実は私、紅茶が苦手でした。
独特の薄い苦味があって、特に味もしませんし。
……実は緑茶も好きじゃありませんでした。
正直に言えば、番茶以外、全部苦手だったんです。
ムギ先輩のお茶は飲めるほうです。
他で飲むより癖が少なかったから。
それでも、好んで紅茶を飲む気にはなれませんでした。
軽音部に入ってまだ間もないある日のこと。
部室に行くとムギ先輩と澪先輩しかいませんでした。
私に気づくとムギ先輩は言いました。
紬「ちょっとまって、今お茶を入れてあげるから」
梓「あ、はい」
‥……
……
…
梓「ありがとうございます」
澪「う~ん」
梓「澪先輩?」
澪「あ、いや、ミルクティーしかないなんてことがあるのかなって」
紬「ストレートとミルクティーには違う茶葉を使っているの」
澪「そうなのか。本格的だな」
紬「ありがとう」
私はカップを受け取り息をふーふーと吹きかけました。
実は猫舌でもあるんです。
しばらくそうしていると、先輩達が話しかけてくれました。
紬「最近どう」
澪「友達はもうできた?」
梓「はい、純っていうんです」
紬「じゅん?」
梓「はい。純粋の純と書いて純」
紬「まあ、素直ないい子なのかしら」
梓「澄んでいるのは名前だけで、本人はとてもとても」
澪「そうなのか?」
紬「たとえばどんなところが純粋じゃないの?」
梓「それは……」
しばらく考えてみましたが、思い浮かびませんでした。
そんな私を見てムギ先輩は笑って、
紬「ふふふ。身内のことはついつい悪く言ってしまうものよね」
梓「そういうことにしておきます」
話が途切れるとムギ先輩は自分の紅茶を飲み始めました。
合わせるように澪先輩も。
目の前のカップを見つめました。
湯気はもう出ていませんし、猫舌の私でも平気そうです。
口をつけて飲んでみると……
梓「……おいしい」
つぶやいてから先輩達のほうに目を向けると、にこやかな顔でこっちを見ていました。
紬「実はね、この温度で飲むと一番美味しく感じるの?」
梓「温度ですか?」
紬「ええ。人間は温かいもののほうが甘さを感じられるのよ」
紬「でも、これ以上熱いと味覚が熱さに邪魔されてうまく甘さを感じられないの」
紬「逆に、これより冷たいと、今度は甘さが弱くなってしまう」
紬「だから、これがちょうどいい温度」
梓「ちょうどいい温度……」
うん……うん……。
ちょうどいい甘さ……優しい匂い……。
梓「この匂いは?」
紬「ダージリンの匂い」
梓「いいにおいです」
紬「いつもの紅茶と同じ木からとれる茶葉なんだけどね」
梓「……不思議です」
梓「いつもの紅茶の匂いはあんまり好きじゃないけど」
梓「今日のはやさしい匂い」
紬「いつもの紅茶は薫りが強すぎたんだね」
紬「今度から茶葉を変えてみるわ」
梓「気づいていたんですか?」
澪「あぁ、さっきムギとその話をしていたんだ」
梓「……ごめんなさい」
澪「どうして謝るんだ?」
梓「話しておくべきでした」
紬「いいのよ。先輩には話しにくいものでしょう」
梓「ムギ先輩って優しいんですね」
澪「あぁ、そうだろ。ムギはちょっと優しすぎるんだ」
梓「はい」
紬「そ、そんなことないと思うけど」
澪「将来苦労しそうだよなぁ」
梓「確かに」
紬「そんなぁ……」
澪「誰かが助ければやればいいんだが」
この言葉がどうして澪先輩から出てきたか知るのはずっと後のことです。
だけど、私は……。
梓「そうですね。誰かが助けてあげないと」
紬「えっと……何の話かしら?」
梓「紅茶、おかわり貰えますか? 今度はストレートで」
これがきっかけのお話。
私が……を好きになったきっかけの話なんです。
おしまいっ!
最終更新:2013年05月16日 22:51