律「なあ……」
律「なあ」
律「なあってば!」
いちご「何?」
律「いちごには感謝してるぞ」
律「あのままだと危なかったかもしれないもんな」
律「あんなに降られるとは思ってなかったし、パンツまで濡れちゃって動きにくいったらなかったよ」
律「だからさ、いちごにはすっげー感謝してるんだ」
いちご「どういたしまして」
律「風呂を貸してもらえるのはすっげーありがたいよ」
律「正直、生き返った心地だ」
律「こんなに気持ちいい風呂なんて久し振りだと思う」
いちご「それはよかったわね」
律「だけどな……」
いちご「だけど?」
律「どうしていちごも一緒に風呂に入っているのか、激しく訊きたいんだがっ?」
いちご「自宅のお風呂に入るのが何かおかしいの?」
律「そうじゃなくて、私は「どうして私達が一緒にお風呂に入ってるのか」訊きたいんだよ!」
いちご「大雨で律がびしょ濡れだったでしょ?」
律「それは分かる」
いちご「びしょ濡れのままだと、律が風邪をひくかもしれないでしょ?」
律「それも分かってる」
いちご「だから、丁度近くにあった私の家のお風呂を貸してあげたの」
律「それは感謝してるよ」
いちご「何か問題があるの?」
律「その話なら、いちごが私と一緒にお風呂に入る必要は無いと思うんだが……」
律「しかも、いちごもびしょ濡れだったってんならともかく、傘持ってたしそんなに濡れてないじゃんか」
律「ひょっとして、私がすっげー長風呂するって思ってるのか?」
律「いくら私でもそんな事しないぞ?」
いちご「私も濡れてたから」
律「えっ、そうなのか?」
いちご「傘は持ってたけどあれだけの大雨だったでしょ?」
いちご「傘を持ってなかった律ほどじゃないけど、少しは濡れたんだよ」
いちご「だから、私も早くお風呂に入りたかったの」
いちご「それで私は律と一緒にお風呂に入ってる」
いちご「何かおかしい?」
律「おかしく……はないな」
いちご「だったら、いいんじゃない?」
律「うーん……。よくなる……のか?」
いちご「いいんだよ」
律(つってもなー……)
律(いちごとは仲が悪いわけじゃないんだけど、一緒にお風呂に入るのも違う気がするんだよなー……)
律(特にいちごはお姫様みたいに可愛いんだから、何か緊張しちゃうじゃんかよ)
律(まあ、いちごはそんな事、全然気にしてないんだろうけどなー……)
いちご「律」
律「は、はいっ?」
いちご「そこにあるシャンプー、使っていいよ」
律「ど、どうも……」
律「って、結構高級そうなシャンプーだけどいいのか?」
律(私の家で使ってるシャンプーの三倍は高そうなんだが……)
いちご「別にいいよ」
律「あ、ありがとな、後で使わせてもらうよ……」
律(いちごも不思議な奴だよな)
律(いい奴だって事はよく知ってるんだけど、色々分かりにくいって言うか)
律(まあ、そこが面白いんだけどな)
律(それに……)
いちご「ねえ、律」
律「何だ?」
いちご「何をじろじろ見てるの?」
律「あー、いや……」
律(いちごの胸の大きさが気になってたなんて言えない……)
律(でも、よかった)
律(体育の時も気になってたんだけど、やっぱりいちごの胸は私と同じくらいだ)
律(その分、いちごは腕とか足首とか細いけど、まあ、それはそれで)
律(とりあえず、今はそれは誤魔化しとこう……)
律「……か、髪だよ、いちごのっ!」
いちご「私の髪?」
律「そうだよ、いちごが髪を結んでない所なんて初めて見たから新鮮だったんだよ」
律「あの巻き髪ってセットが大変そうだよな」
律「毎日、どれくらい時間を掛けてセットしてるんだ?」
いちご「そうね、一時間くらいかしら」
律「一時間っ?」
律「すっげーな、いちご」
律「私なんて櫛をちょっと通してカチューシャ着けるくらいだからな」
律「毎日、一時間も掛けて髪型をセットするなんて考えられないよ」
いちご「律はもっと身だしなみに時間を掛けた方がいいよ」
律「……やっぱそうか?」
いちご「ええ。髪型はともかくとしても、服装がだらしないのは感心しないわ」
いちご「今日なんて雨に濡れる前から完全に下着が透けていたもの」
いちご「シャツと色が違い過ぎるブラは避けた方がいいわね」
律「……ごめんなさい」
いちご「私が言わなくても、いつもは誰かが言ってくれてるんじゃない?」
いちご「秋山さんとか」
律「澪?」
律「まあ、澪にはよく注意されるかもな」
律「あいつは私のお母さんかよ、っていっつも思ってたけど……」
律「でも、そうだな」
律「いちごがそう言うんなら、やっぱり私の服装はだらしないんだろうな」
律「うん、明日からもうちょっと気を付けてみるよ」
いちご「そうして」
律「言ってくれてありがとな、いちご」
律「澪にも謝っとくよ、今まで面倒臭がっててごめんな、って」
いちご「それがいいわね」
いちご「でも、律」
律「何だ?」
いちご「私の今の髪型が新鮮なら、律の今の髪型も新鮮よ」
いちご「カチューシャを外した髪型、初めて見たわ」
律「そうだっけ?」
律「体育の着替えの時とか、結構外してるんだけどな」
いちご「自分の着替えで忙しいのに、誰かの着替えなんて気に出来ない」
律「ははっ、そりゃそうだ」
律「どうだ、りっちゃんの前髪下ろしバージョンは?」
いちご「前髪、長いのね」
律「それだけかよっ!」
律「まあ、前髪が長いのは自覚してるよ」
律「切った方がいいのかもしれないけど、昔からやってる髪型だから替えにくいんだよな」
いちご「子供の頃からその髪型なの?」
律「そうだな、小学生の頃にはもうこの髪型だったな」
律「澪もそうだよ」
律「あいつも昔っからあのまんまの髪型だ」
いちご「そう」
律「ああ、二人とも昔のまんまで笑っちゃうよな」
律「でも、唯の小学生の頃の髪型は違ったんだぜ」
律「卒業アルバムで見せてもらったんだけど、ツインテールとかにしてたよ」
いちご「仲が良いのね」
律「そうかもな」
律「そうだ、今度軽音部に遊びに来いよ、いちご」
律「今日のささやかなお礼としてさ、私達の演奏会に案内させてくれないか?」
律「あんま興味が無いかもしれないけど、聴いてもらえると私も嬉しいよ」
律「唯達も観客が居てくれると喜ぶと思うしさ」
いちご「そうね」
いちご「今度、聴かせてもらおうかしら」
律「!」
いちご「どうかした?」
律「いや……」
律(言えないよな、今、いちごがちょっと笑ってたように見えたなんて)
律(何だよ……、笑うと余計にお姫様みたいに可愛いじゃん、いちごの奴)
律(こんな可愛い子とお風呂に入ってるなんて考えると、何だかこっちが緊張してくるじゃんか……)
いちご「律、ちょっといい?」
律「何だよ……って、うわっ!」
律「急に湯舟に入ってくるなよ、びっくりするだろ!」
いちご「ちょっといい? って訊いたでしょ」
律「そりゃそうなんだけどさあ……」
律(うわっ、狭い湯舟じゃないけど、やっぱいちごの二の腕とかが当たるな……)
律(細いし温かいな、いちごの身体)
律(何か羨ましい……)
いちご「どうしたの、律?」
いちご「何だか表情が固くなってるみたいだけど」
いちご「お湯、温い?」
律「あ、いや、温くない、大丈夫だよ」
いちご「そう」
律「ああ、お気遣いサンキュな」
いちご「それなら」
律「ん?」
いちご「一つ、訊いてもいい?」
律「何だよ、いきなりだな。でも、いいぞ」
律「こっちはお風呂を貸してもらってる立場なんだし、何でも訊いてくれよ、いちご姫」
いちご「じゃあ、遠慮なく訊くけど律」
律「ああ」
いちご「どうしてこんな大雨の中で傘を持ってなかったの?」
律「……傘を忘れたんだよ」
いちご「それは嘘」
律「どうして分かるんだ?」
いちご「今日は朝から雨だったし、朝に律が傘を差してるのも見た」
いちご「それに放課後に見たから」
律「見た……、って何を?」
いちご「宮本さん」
律「見てたのかよ」
いちご「たまたまよ」
いちご「馬鹿よ、律」
律「宮本さんの傘が風で壊れてるの見たんだから仕方ないじゃんかよ」
律「宮本さんってちょっとか弱そうだろ?」
律「だから、持って来た傘も軽くて小さな傘だったんだよ」
律「そんな傘だから、強風で壊れちゃったんだよな」
律「そんなの見たら、傘を貸すしかないじゃんか」
律「宮本さんは読書家だから、沢山持ってる本とか濡らすのはまずいし」
律「それに自慢じゃないけど、私の鞄には教科書とかほとんど入ってないからな!」
律「だったら、濡れても大丈夫な私が走って帰った方が合理的だろ?」
いちご「馬鹿」
律「そんなに馬鹿馬鹿言うなよ……」
律「確かに予想以上の雨だったから、いちごに拾ってもらわなきゃやばかったけど……」
いちご「宮本さんと一緒に帰ればよかったでしょ」
いちご「相合傘で家まで送るなり何なりあったじゃない……!」
律(いちごの奴、初めて見る表情だ……)
律(ひょっとして、怒ってるのか?)
律(でも、私も……)
律「……正直、私もそれを考えはしたんだよ」
いちご「だったら……!」
律「でもさ、いちご、思ったんだよ、私」
いちご「何を」
律「ほら、宮本さんって控え目で物静かな感じだろ?」
律「私と相合傘なんて、宮本さんの性格的に難しいかもって思ったんだ」
律「それに私と相合傘をしてるのを誰かに見られても困るかもな、とも思ってさ」
律「それで宮本さんに傘を貸して、私が走って帰るのが一番いい判断だと思ったんだよ」
いちご「その結果がこれでしょ」
いちご「せめて軽音部の誰かに連絡すればよかったじゃない」
律「今日は学校に体操服を忘れたのを思い出したから取りに帰って、皆には先に帰ってもらってたんだよ……」
律「でも、そう言われると、ぐうの音も出ないな……」
いちご「律の馬鹿」
律「……ごめん」
いちご「律が病気になったりしたら、心配する人が沢山居るでしょ」
律「ああ、そうだな……」
律「私が馬鹿だったよ、ごめんな、いちご」
いちご「しっかり反省して」
律「うん、分かってるよ、いちご」
いちご「律の手、凄く冷たかったんだから」
律「私に傘を差し出してくれた時の事か?」
律「確かにあの時は身体中冷え切ってやばかったな……」
律「って、待てよ?」
律「いちごは私が宮本さんに傘を貸してたのを見てたんだよな……?」
いちご「うん、部活の後に」
律「という事は、いちごは私を追い掛けて……」
律「だから、私ほどじゃないにしても濡れて……」
律「ごめん、いちご、私……」
いちご「それ以上、いいよ」
律「でも、いち……」
いちご「いいから」
律「あっ……」
律(いちごの人差し指が私の唇に……)
律(これ以上は言わなくてもいいって事なのか)
律(こう見えて優しいんだよな、いちごは)
律(いや、後先考えてなかった私なんかより、ずっと優しいよ……)
律(私ももっと色んな事を考えられるようにならないと……)
律「いちご?」
いちご「何?」
律(ごめん……? いや、今、言う言葉はそれじゃなくて……)
律「ありがとな、いちご。本当に助かったよ」
いちご「どういたしまして」
律「帰って落ち着いたらさ、改めてお礼を考えるよ、いちご」
律「いちごが私にしてくれた事を少しは返したいからさ」
いちご「それもいいけど、もう少し後先考えるようになって」
律「おっしゃる通りです……」
いちご「後先考えないのが律のいい所なのかもしれないけど」
律「えっ、そう?」
いちご「かもってだけ。調子に乗らないで」
律「はっ、すみません……」
いちご「そうだ」
律「何?」
いちご「お礼なら今、一つ返してくれる?」
律「今かよっ?」
律「いや、私に出来る事なら何でもやるけど……」
いちご「なら」
律「うわっ、何だよっ、急に抱き着くなって!」
いちご「これがお返し」
律「ど、どういうお返しだよっ?」
いちご「よかった」
律「よかったって何だよっ?」
律「はあっ?」
いちご「律の身体、マカロニみたいになってるから」
いちご「さっきまで身体中冷え切ってて、硬直してたでしょ?」
律「マカロニ……ねえ」
律(わ、分からん……)
律(さっきまで固かったけど、お湯に浸かって柔らかくなってるって事なのか……?)
律(やっぱ変わった感性だよな……)
律(でも、ま、いっか)
律(いちごは私の心配をしてくれてるんだし、今の私がマカロニみたいに柔らかくなれたのもいちごのおかげだもんな)
律(ひょっとしたら、いちごは私を心配して一緒にお風呂に入ってくれたのかもしれないな……)
律「なあ、いちご」
いちご「何?」
律「今日はありがとうな」
律「私の事だからまた変な失敗をしちゃうかもしれないけど、これからも頑張るよ」
律「自分だけで突っ走らずに、心配してくれる皆の事もしっかり考えられるようにさ」
律「勿論、いちごの事もな」
いちご「そうね」
いちご「いいんじゃない」
◇ ◇ ◇
いちご「あっ」
律「急にどうしたんだよ、いちご」
いちご「律の制服の洗濯、忘れてた」
律「いやいや、それは私が家に帰ってするからいいって」
いちご「それだと今から律が着る服が無いけど」
律「……悪いけど貸してくれるか?」
いちご「下着も?」
律「うっ……」
いちご「私は別にいいけど」
律「それは困る……。色々と困る……!」
いちご「……」
律「……」
いちご「パジャマだけ貸してあげるから、今日は泊まっていく?」
律「悪いけど、それで頼む……」
律「ノーパンだけど、まあ、パジャマだからいい……よな……?」
いちご「それは律次第ね」
律「明日の朝までに全部乾いてますように……」
おしまい
最終更新:2013年05月16日 23:04