ここは無人島。

かれこれ三年ほどここで生活している。

遭難と言えば生死に関わる重大事であるが、年頃の女子が五人もいれば割り合い何とかなることもある。

衣食住が賄えるようになり、さほど不自由なく暮らせるようになれば当然、心配事が持ち上がることもある。

ここ数日、そのことでもやもやした気分で過ごしている。

くよくよしていても仕方がないので、思い切って、大親友である田井中律に打ち明ける事にした。



澪「律」

律「どうした、澪」

澪「実は気になっていることがある」

律「聴こう」

澪「借りてきた猫のように大人しい、という言葉がある」

律「あるな」

澪「実際に貸し出してみるのはどうだろう」

律「何を」

澪「猫」

律「一体何を言い出すんだ」

澪「まあ聞け」

澪「借りてきた猫のように大人しい。 では実際に猫を借りてみるとする」

律「うん」

澪「するとその場には猫を借りた人物、ここでは借り主としよう。 猫を借りてきたことによって借り主は、自分の素直な気持ちをさらけ出す事ができる、ということになる」

律「言っている意味がわからない」

澪「こういった経験はないか? 共通の話題を持つ友人との初めての旅行、その電車内で浮かれてはしゃいでいる」

律「お前も居たな」

澪「とても楽しい気分だが、ふと車内に目をやると、同じように浮かれてふざけあっている小集団が居た」

律「人の振り見て我が振り直せ、というやつだな」

澪「その集団を見て恥ずかしくなった律は急に大人しくなり顔を真っ赤にしもじもじと恥ずかしがりながら上目遣いで言うんだ」

律「脱線も甚だしいぞ」

澪「人の振り見て――では長いので、人振り現象と名づける」

澪「人振り現象を先の借り猫現象に適用したのが借り主の自由化だ」

律「ついでに名づけたか」

澪「借りてきた猫は借り主の元で大人しくなる。 借り主はその振りを見て自分を解放する訳だ」

律「ようやく解かってきた」

澪「しかし、そうなると借り主の心中には、猫がいつまで大人しくしていてくれるのか、という不安がもたげてくる」

律「物事には二面性があるからな」

澪「借り主はいつ動き出すか判らない猫におどおどしながら生活しなくてはならない」

律「猫返せよ」

澪「律、猫が大人しい状態と言えば何が思い浮かぶ?」

律「衣食住環境が整っていない野良という条件なら、親猫が子猫を運ぶ時だろうな」

澪「子猫を貸し出せば良い」

律「順に説明してくれ」

澪「親猫が子猫を運ぶ時、それは安全な住家を見つけて移動する時だ」

律「首根っこを咥えるとかわいらしく丸まるな」

澪「その原理を応用する」

律「簡素かつ大仰だな」

澪「子猫の首にヘアクリップをつけて貸し出す」

律「虐待じゃないか」

澪「つまり、猫を貸し出して借り主の出方を見るのは間違いだと言う事だ」

律「まさかの全否定」

――――――

律「あの舟は紬と梓か」

澪「釣りポイントを変えるんだな」

リッチャン ミオチャーン コンナニ オッキナ アズニャンガ ツレタヨー

ワーイ ウッカリ ツラレチャイマシター

アハハ アハハ アハハ

律「不漁か」

澪「今夜は梓鍋だな」

律「えろいな」

――――――

澪「さっきの続きだが」

律「聴こうか」

澪「借り主の置かれている状況についてだ。 借り主は借りてきた猫のように大人しい」

律「うん」

澪「大人しくせざるを得ない要因とは何かという問いが生まれる」

律「リラックスできる状態ではない、ということだな」

澪「人が大人しくしているとき、それは孤立しているときだ」

律「見知らぬ人々に囲まれていれば自然とそうなる」

澪「打開するには自分から人に話し掛けるか、あるいはその場から立ち去るか、もしくはその状態が終わるまで待つしかない」

律「そのとおりだ」

澪「自分から動くのが正解だ」

律「三択の前二つだな」

澪「人猫現象だ」

律「解説を求める」

澪「借り主の自由化はここでついに核心に迫る」

律「私のような凡人には君の考えが理解できない」

澪「解説しよう。 初めての旅行で恥ずかしい思いをした律はまるで借りてきた猫のように大人しく私の言うなりにするりと身にまとった布を床に落としおもむろに 律「石の上を走るのは脱線とは言わないぞ」

澪「借り主は借りてきた猫だ。 猫は大人しくする事で借り主を鎖から解き放った」

律「猫が英雄のように聞こえる」

澪「だが猫は裏切った。 自由を得た借り主を獲物に見立てていた」

澪「借り主は嘆いた。 もう何も信じる事が出来ぬ、この世に生まれ出でたのは、このような仕打ちを受けるためではなかったはずだと」

律「しばらく様子を見る」

澪「つまり借りてきた猫のように大人しくしている借り主は、見知らぬ人々の中にいる借りてきた猫と同じなのだ」

律「つまり今、借り主はヘアクリップ付きの子猫であると」

澪「そうだ」

律「見知らぬ人々は子猫が大人しくしているから自由に活動していると」

澪「そうだ。 そして」

律「見知らぬ人々は子猫が動くか動くまいかおどおどしていると」

澪「友よ、私は嬉しい。 私の考えを理解してくれてありがとう」

律「澪よ」

澪「なんだ友よ」

律「もらわれて来たばかりの子猫としか思えない」

――――――

オーイ リッチャン ミオチャーン オーイ

澪「唯だな」

律「大物だ」

澪「もう漁師として食っていけるな」

律「食っていけてる」

オーイ クロマグロダヨー マタ カツオブシ ツクレルヨー

澪「マグロ節だよな」

律「釣果につっこむべき」

――――――

律「一つだけ聞きたいことがある」

澪「なんなりと」

律「借り主は大人しくしていた。 だが現状を打破するために動いた」

澪「勇気ある決断だ」

律「自由を謳歌していた見知らぬ人々はそれを見てどう応じる」

澪「皆大人しくなるだろう。 猫が動けば契約はご破算だ」

律「大人しい人間が一気に増えたな」

澪「猫とは恐ろしい生き物だな」



ここは無人島。

かれこれ三年ほどここで生活している。

遭難と言えば生死に関わる重大事であるが、年頃の女子が五人もいれば割り合い何とかなることもある。

衣食住が賄えるようになり、さほど不自由なく暮らせるようになれば当然、心配事が持ち上がることもある。

ここ数日、そのことでもやもやした気分で過ごしている。

くよくよしていても仕方がないので、思い切って、このビデオレターを作りました。

憂ちゃん、誕生日おめでとう。



憂「っていうビデオレターが届いてたんです」

和「あの子たちしばらく見ないと思ったらそんな事してたのね」

純「ビデオレター届けられるなら帰ってこれば良いのに」

さわ子「ロックね」


おわり



最終更新:2013年05月17日 01:25