◇◇◇

梓(4月、私が2年生になってすぐ、つむぎさんからメールが来ました)

梓(1週間ほどお店を休みにするとのこと)

梓(理由は書いてありませんでしたが、つむぎさんにも用事はあるのでしょう)

梓(私はそう思い、深くは考えませんでした)

梓(1週間後、私はつむぎさんに呼び出されました)

梓(バイトのためではなく、話し合いのために)


紬「まずはダージリンでもどうぞ」

梓「いいんですか?」

紬「ええ、今日は特別だから」

梓「はぁ。それで、お話って」

紬「梓ちゃん、私、梓ちゃんに謝らないといけないの」

梓「……詳しく話してもらえますか?」

紬「このお店を閉めることになったの」

梓「えっ。なんで! どうして!?」

紬「茶葉を仕入れてた貿易業をやってた会社が潰れちゃったから」

紬「現地での内需拡大と中国での消費量増大で、茶葉の市場価格が上がったんだけど、価格転嫁に失敗したそうで……」

梓「じゃ、じゃあ、違う会社から仕入れれば!」

紬「私も考えて、いろんな会社をまわったわ」

紬「でも、駄目。今までの取引してた会社が特別だったの」

紬「今までと同じグレードの茶葉を仕入れようとしたら、価格が二倍になっちゃう」

紬「これじゃあ、お店にお客さんは来てくれない」

梓「で、でも。他のお店は……」

紬「ケーキが美味しいとか、そういう付加価値があればなんとかなるんだろうけど」

紬「高級住宅街でもない、この街で、価格を倍に上げたら来てくれるお客さんはほとんどいなくなってしまう」

紬「だからといって紅茶のグレードを下げたら、何の取り柄もないお店になってしまう」

紬「だから、お金に余裕があるうちに、お店を畳むことにしたの」

梓「……お父さん」

紬「え」

梓「お父さんのお店じゃなかったんですか?」

紬「うん……」

梓「だったら最後まで」

紬「……」グスッ

梓「つ、つむぎさん」

紬「どうしようもないの……このままお店を続けても……」グスッ

紬「きっと借金だらけになってしまう……」グスッ

紬「それくらいならお店を畳んで再起をはかったようが……」グスッ

紬「御父様……ここは御父様のお店……」グスッ

紬「私……私は……」グスッ

紬「……」グスッ

梓「……」

◇◇◇

梓(つむぎさんは悩んでいる)

梓(このお店と一緒に心中するか、それともいつかお店を取り戻す道を選ぶか)

梓(私には答えなんてわからない)

梓(いますぐ、つむぎさんの前に答えをあげたかった)

梓(お金でもいい、卓越したアイディアでもいい)

梓(つむぎさんを救ってあげられる何かが欲しかった)

梓(でも、そんなものはない)

梓(私には手を差し伸べることなどできない)

梓(それがとても悔しかった)

梓「お店を閉じて、どうするつもりですか?」

紬「……お金をためながら、お菓子の勉強をしようと思うの」

梓「お菓子ですか?」

紬「うん。おいしいお菓子と、おいしい紅茶、その二つがお店には必要だと思うから」

梓「お金をためて……」

紬「うん。そして立地条件のいいところにお店を立てれば……」

紬「お店を再開できるかもしれない」

梓「……」

紬「だから、どちらにしても御父様のお店は完全に捨てることになるの」

紬「それは絶対」

紬「絶対に捨てないといけないんだ」

梓「つむぎさん……」ギュッ

紬「あずさちゃん?」

梓「泣いてください」

紬「どうして?」

梓「悲しい時は泣いてください」

紬「あずさちゃん……」

梓「じゃないと私が泣いてしまいます」

紬「じゃあ、泣かせてもらうね」

梓「はい。好きなだけ泣いてください」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

紬「――――――――――――――」

◇◇◇

梓「落ち着きましたか?」

紬「うん……えへへ」

梓「え」

紬「あずさちゃんって優しいんだね」

梓「そ、そんなんじゃないです」

紬「あずさちゃんが恋人でよかった」

梓「もうっ」

紬「でもお別れだね」

梓「えっ」

紬「お店をたたんだら遠い街に行っちゃうんだ」

梓「……」

紬「ごめんね、梓ちゃん」

梓「私、つむぎさんを手放すつもりありませんから」

紬「駄目よ。この街でできることには限界があるもの」

梓「いいです。離れても」

梓「離れたってつむぎさんのこと、忘れませんから」

梓「それに別れてもあげません」

梓「ずっとずっと恋人のままです」

梓「遠くに行ったって、ずっと恋人のままです」

梓「私以外の好きな人を作ったら浮気ですから」

梓「だから……」

紬「梓ちゃん……いいの?」

梓「こっちの台詞です」

紬「5年後」

紬「5年後、もう一度お店を開くから

紬「お店の名前は『放課後ティータイム』」

紬「今の時代だもの。インターネットで調べれば簡単に見つけられるわ」

紬「その時まだ梓ちゃんが私を想ってくれるなら、どんなに遠くても会いに来て」

紬「そこからもう一度始めましょう」

梓「約束、してくれますか?」

紬「ええ、約束」

梓「やぶっちゃ嫌です」

紬「破ったらハリセンボン飲むわ」

梓「駄目です。破ったら未来永劫つむぎさんは私のものです」

紬「あら、怖い。まるで呪いね」

梓「だから、絶対に守ってください」

紬「そう。じゃあ私も呪いをかけてあげる」

梓「呪いですか?」

紬「ええ、呪い」

梓「どんな呪いですか?」

紬「私のことを忘れられなくなる呪い」

梓「もう呪われてます」

紬「それなら更に呪ってあげる」

梓「そういうことなら大歓迎です」

紬「あずさちゃん、こっちに来て」

梓「はい……」


梓(私たちは、大人のキスをした)

梓(ファースト・キスは優しくて甘いミルクティーの味がした)

◇◇◇

梓(1週間後、送別会をやって、つむぎさんは遠くの街に引っ越していった)

梓(唯先輩は泣いていた。いつの間にか仲良くなっていた憂も泣いていた)

梓(律先輩は笑っていた。笑って送り出したいという、律先輩なりの優しさだろう)

梓(澪先輩は和先輩に慰められていた)

梓(そして私は泣かずに済んだ)

梓(きっとまた会えるから)

梓(絶対に会えるから)

梓(だから、泣かなくていいから)

梓(その夜、私は夢を見た)

◇◇◇

梓(あれ……ここは……部室?)

梓(私、寝ちゃったんだ……)

梓(先輩たちは……あれ、やけにソファが柔らかいけど)

梓(……え)

紬「あら、お目覚め」

梓「えっ、つむぎさん?」

紬「うふふ。梓ちゃん。ぐっすり眠ってたわ」

梓「……って膝枕?」

紬「ええ、膝枕。梓ちゃん、好きでしょ」

梓「はぁ……まあ気持ちいいですけど」

紬「うふふ」

梓「どうしてつむぎさんがここに?」

紬「ねぇ、なんで私のことをつむぎさんって呼ぶの?」

梓「えっ」

紬「いつもみたいにムギ先輩って呼んでくれないのかしら?」

梓「むぎせんぱい?」

紬「ええ」

梓「……むぎせんぱい」

紬「うん」ニコッ

梓「……これは夢なんだ」

紬「え」

梓「つむぎさんが先輩で、私が後輩で、一緒に軽音部をやってて」

紬「どういうこと?」

梓「そうですね。では、お話します……」

◇◇◇

紬「じゃああずさちゃんは私が知ってる梓ちゃんじゃないんだね」

梓「はい。ムギ先輩はつむぎさんじゃない」

紬「でもあずさちゃんはつむぎさんと別れちゃったのよね」

梓「……」

紬「それなら、ずっと夢の中にいてもいいんじゃない?」

梓「……ムギ先輩はつむぎさんじゃないです」

紬「……」

梓「それに……私はずっとつむぎさんと居ました」

梓「ずっとずっと琴吹さんって呼んでて、それからつむぎさんになって、私の恋人になってくれて」

梓「うまくはいえないけど、私はつむぎさんのモノなんです」

紬「モノだなんてあずさちゃんだいたん!」

梓「そ、そうですか?」

紬「ええ、でもそうね。私も私の梓ちゃん以外愛せそうにないし」

梓「ムギ先輩達も両思いなんですか?」

紬「私から告白したの。梓ちゃんから好きだって言ってもらったことはないんだけど」

梓「そうなんですか」

紬「うん」

梓「私も、つむぎさんから好きだって言ってもらったことはないんです」

紬「そっかぁ、大変だね、お互い」

梓「そうでもないです……あれ」

紬「どうしたの?」

梓「なんだか眠く……」

紬「そう。おやすみなさい、あずさちゃん」

梓「……」

梓「……あれ、ムギ先輩?」

紬「ふふ、お帰りなさい、梓ちゃん」

◇◇◇

梓(つむぎさんは私達に曲を1つだけ残してくれた)

梓(それをなんとか習得して、文化祭では演奏した)

梓(私は、純や憂と遊びに行くことが多くなった)

梓(つむぎさんがいなくなっても、2人は気遣うような真似はしなかった)

梓(それが、とても嬉しかった)

梓(やがて、唯先輩たちが卒業し、私は部長になった)

梓(憂、純が入ってくれた上、新入部員を獲得できたおかげで、軽音部は続いている)

梓(あのお店でみんなでお茶を飲めないのは残念だけど)

梓(それでも、私はなんとかやっていけてる)

梓(大学はN女子大を受けることにした)

梓(この大学を選んだ理由は二つある)

梓(ひとつは唯先輩たちがいるから)

梓(もうひとつは、経営学の教授が有名だから)

梓(なんでも個人経営向けのコンサル業で名をあげた、有名人らしい)

梓(モチベーションが高かったからか、私は特待生扱いでN女子大に入学できた)

梓(入学式の後、唯先輩たちに学食へ呼び出された)

梓(サークルの歓迎会をしてくれるらしい)

梓(勉強は重要だけど、大学生活を楽しむことだって大切だと思う)

梓(そうしたほうが、つむぎさんもきっと喜んでくれるから)

◇◇◇

パンパンパーン

唯「私たちのサークルへようこそ、あずにゃん」

澪「よくきたな梓」

律「あぁ、歓迎するよ」

梓「はい。これから4年……あっ、3年間よろしくお願いします」

律「なんだかんだ言ってたけど、結局梓もN女子大にきたんだな」

梓「はい。ここの経営学の先生が書いてる本を読んで感銘を受けたので」

澪「へぇ……真面目な理由なんだな」

サッ

梓「……えっ」

梓(突然、私の視界が遮られた)

?「だーれだ?」

梓「視界が……め、めかくし?」

?「10、9、8、7」

梓「な、なんで……」

?「6、5、4」

唯「あずにゃん、ヒントをあげるよ」

律「私たちのサークルのキーボード兼作曲担当」

澪「製菓専門学校からの助っ人」

?「3、2、1」

梓「つむぎさん……」

紬「ただいま、あずさちゃん」

梓「……」グスッ

紬「……あずさちゃん?」

梓「ひ、酷いです、今まで黙ってて、こんな……こんな……」

紬「ご、ごめんなさい。でも驚かせたかったの」

梓「こんなの……こんなの……嬉しすぎます」

紬「ええ、私もとっても嬉しいわ」

梓「むぅ……責任とってキスしてください」

紬「ここで?」

梓「はい。ここで」

律「お、おい。ここは学食だぞ」

梓(学食のどまんなか)

梓(私とつむぎさんは熱烈なキスをした)

梓(舌を絡めたねちっこいキス)

梓(優しくて甘いキス)

梓(やっぱりミルクティーの味だった)

梓(噂は3日で大学中に広まり、2人は注目の的となった)

梓(でも、そんなことはどうでもいい)

梓(だって……)


紬「早く私のお店を再開したいわね」

梓「間違えちゃ駄目です」

梓「『私たちの』お店ですから」

紬「……! うんっ!!」


おしまいっ!





最終更新:2013年06月09日 10:28