風にすわないで
梓「お待たせしました」
唯「全然平気だよ~」
言いながら梓に抱きつき、押し戻される。
梓「……そうですか」
梓と会う直前の唯からはいつも煙草とフリスクのにおいがする。
梓は毎回それを嗅ぎ取って少し気分を落とす。
梓は煙草が好きじゃない。
それを知っている唯は梓と一緒にいる時は煙草を吸わない。
が、当然吸いたくなるので今みたいに梓と会う約束がある時は予め吸っておくというのが習慣になっていた。
唯「じゃお店入ろう?」
梓「はい」
二人は居酒屋に入り個室に案内されて、とりあえず飲み物を頼んで、とりあえず乾杯した。
唯「っはー、今日も暑かったからこの一杯が余計に美味しく感じる」
梓「そうですね」
梓「ところで今日は先輩にプレゼントがあるんです」
唯「えっ! 何々? 今日何の日だっけ!?」
梓「特にそういう日ではないんですけど、かわいいの見つけて、いいかなと思いまして」
そう言ってラッピングされた手のひらサイズの箱を唯に手渡した。
唯「わぁー何々!? うわー、ねぇねぇ開けてもいいかなっ?」
梓「どうぞ」
唯は嬉しくてしょうがないといった様子で包みを剥がす。
箱のふたを開けると中にはジッポが入っていた。
表面は黒に近いグレーでラバー加工されていてそこに凹凸で猫のマークが描かれている。
さらにラバーで模った猫耳としっぽがついていて、唯の目がみるみる輝いていく。
唯「わぁぁ……! ……あ、でもこれ」
梓「かわいくないですか?」
『わ』にアクセントをつけて唯に尋ねた。
唯「かわいい! けど、これジッポでしょ? ……いいの?」
梓の嫌いな煙草絡みのプレゼントなど全く想像していなかったので戸惑いと疑問が生まれる。
梓「いいも何もプレゼントですからね。気に入ってもらえてよかったです」
唯「そっか……ありがとあずにゃん」
唯「うふ、へへ……この耳かわいぃ~……黒猫さんだ」
唯「あずにゃんから貰ったジッポだよ~。なんかあずにゃんっぽいから『あずにゃん』って名前つけちゃおうかなー」
梓「いいですよ」
唯「なんちゃって……えっいいの!?」
梓「はい。唯先輩なら大事に使ってくれそうですし」
唯「もちろん大事にする!」
梓「いつも肌身離さず持っててくれそうですし」
唯「持つ持つ!」
梓「他のライターとかジッポに浮気しないでくださいよ?」
唯「え? ……うん」
梓「ずー……っと持ってて下さいね?」
唯「う、うん……ねえあずにゃ――」
梓「よかったです。あとこれが一番大事なんですけど」
梓「そのジッポを使う度に私が『煙草吸うのをやめてほしい』って言ってたことを思い出して下さい」
唯「え……」
梓「あ、先輩飲み物なくなってますよ。注文しますか?」
唯「あの、あずにゃん……えっと」
梓「どうかしましたか?」
唯「あずにゃんが煙草嫌いなのは知ってるけど、あずにゃんの前では吸ってないし……」
梓「そうですけどそれが何か?」
唯「え……いやだからそんなやめなくても……」
梓「とりあえず、そのジッポを使う度に私が煙草吸うのをやめてほしいって言ってたことを思い出してくれるだけでいいです」
唯「……」
梓「……あの、いらなかったら捨ててしまって構いませんので」
唯「そ、そんなことしないよ……」
梓からプレゼントを貰うことなどめったにないので嬉しいのは確かだった。
そんなせっかくのプレゼントを捨てるという選択はしたくなかったし、何より唯の優しい性格でそんなことは出来ない。
唯「……じゃあ、使わせてもらうね」
梓「よかったです。さ、飲みましょう」
唯「うん……」
それから何回か会う度に梓はジッポのことを尋ねて、唯はその度にジッポを見せた。
そのおかげなのか唯が煙草を吸うためにジッポを取り出すと毎回梓の小言が頭を過るようになる。
梓と会う前の喫煙を自重するようになると梓がジッポのことを聞く回数も減っていった。
煙草を咥えてジッポを掴んで、特徴的な猫耳としっぽの感触にジッポを離し、咥えた煙草を吐き捨てる。
梓からジッポを貰って三か月経った頃、唯は煙草を吸わなくなっていた。
梓「あっ」
唯「あずにゃんおまたせーっ」
言いながら梓に抱きつく。
梓は唯のいいにおいを嗅いで、無理に引きはがそうとはしなかった。
唯「じゃお店入ろ」
梓「はい」
二人は居酒屋に入り個室に案内されて、とりあえず飲み物を頼んで、とりあえず乾杯した。
唯「っはー、今日も一段と暑かったからこの一杯が余計に美味しく感じるよ~」
梓「そうですね。そういえば唯先輩最近煙草吸ってないって聞きましたよ」
唯「あー、うん……ちょっと禁煙中」
梓「そうですか」
戸惑う唯とは対照的に梓はにこやかに笑った。
唯「でも禁煙するとあずにゃんから貰ったジッポが使えなくなっちゃうなぁ……」
僅かな期待を乗せて上目使いで梓を見やる。
そんな唯の思惑を知ってか知らずでか自慢げな顔つきで話し始めた。
梓「それでもちゃんとジッポは持ち歩いてるんですよね?」
唯「うん」
梓「それならいいものをあげます。今日は先輩にプレゼントがあるんです」
梓が小さな包みを取り出した。
それを見て唯が少し身構える。
梓「さ、どうぞ」
唯が恐る恐る包みを開けると『tab-dock』と書かれた箱が出てきた。
中を開けるとこれまたtab-dockと書かれたジッポに近い形の容器が入っている。
唯「これは……?」
梓「ジッポのケースに入れられるタブレット入れです。唯先輩よくフリスク食べるでしょ?」
唯「へぇ、これにフリスク入れるんだ」
梓「はい。これを使えば先輩にあげた猫のジッポも役に立つでしょ?」
唯「……そうだね」
梓「……いらなかったですか?」
唯「う、ううん! そんなことないよ? 嬉しいよ」
梓「それじゃさっそく付け替えましょう」
唯「え゛っ……でもオイル臭いから後でやっておくよ」
梓「私が今から綺麗にしてつけてあげます。貸して下さい」
唯「あ……うん」
梓「……よし、出来ました!」
唯「ありがと……」
梓「えへへ、いいですよ」
唯「……」
梓「あれ? 先輩全然飲んでないじゃないですか。おつまみ追加しましょうか?」
唯「あ、うん」
梓「じゃあ注文しちゃいますね。それじゃはいこれ」
手に力が入っていなかったのか梓から手渡されたジッポが零れ落ちそうになる。
梓はすぐさま両手で唯の手ごとがっちりと掴んだ。
梓「もう、大事に扱ってくれるって言ったじゃないですか。しっかり持っててくださいね」
ただのタブケースになったねこのじっぽが唯にはやけに重く感じた。
END
最終更新:2013年06月12日 22:24