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「お、珍しいな、唯」


「りっちゃん、おいっす」


「おいーっす」


珍しい所で見慣れた顔に会ったもんだ。
就活の後、梅雨のにわか雨に降られ、結構濡れちゃった私は寮の大浴場に足を運んだ。
部屋には個別のユニットバスもあるにはあるんだけど、
こうして急な雨に降られたり、沸かすのが面倒だったりした時はたまに来てみるんだよな。
何しろ広い風呂だから開放感があるし、少しだけでも泳げるのは結構嬉しい。

だけど、大浴場で見知った顔と会う事はあんまりなかった。
澪はまた体重が気になるのか大浴場にはほとんど顔を出さなかったし、
ムギも意外と大浴場には姿を現さないし、晶や幸の顔を見掛けた事なんて一度も無い。
たまに菖と入れ違いに脱衣所で顔を合わせるくらいだ。
まあ、別に示し合わせてるわけじゃないんだし、きっとタイミングが合わないだけなんだろう。

だから、思いがけない展開に私はちょっと嬉しくなった。
高校の時みたいに授業中、唯達とずっと一緒に居られるわけでもないもんな。
湯舟に浸かる唯に洗面桶を取ってもらってから、身体を流して唯の隣に座る。
私が何を言うより先に、唯がいつも以上に気の抜けた笑顔を私に向けた。


「大浴場で会うなんて珍しいね、りっちゃん」


「こっちの台詞だよ、唯。
どうしたんだ?
おまえもにわか雨に濡れちゃったのか?」


「えっ、雨降ってるの?」


「気付いてなかったのかよ……。
まあ、にわか雨ですぐ上がったから、知らない奴は知らないかもな。
つーか、だったら、何でおまえはこんな早い時間に大浴場に来てるんだよ?」


「もー、りっちゃんももう長い付き合いなのにー。
私、授業が終わったらすぐ大浴場に来る事が多いんだよー?
知らなかったの?」


唯がお湯の中に口を沈めて頬を膨らませる。
しかしそれは知らなかった。
唯と同じ講義を受ける事はほとんど無かったし、私が大浴場に来るのは大体深夜なんだ。
こりゃ本当にタイミングがずれまくってたみたいだな。
私は軽く苦笑しながら、お湯の中で息を出して泡風呂みたいにしてる唯の頭に手を置いた。


「拗ねるな拗ねるな。
折角会えたんだしさ、拗ねるより先にこの出会いを大切にしようぜ?
つっても、身体を洗う以外にする事もないけどな」


「お風呂場だもんねー」


お湯の中から顔を上げて唯も苦笑した。
二人で顔を会わせて苦笑し合うなんて、何だか懐かしいな。
そういや唯と二人きりになるなんてどれくらい振りだったか。
たまに唯の部屋には遊びに行くけど、菖やムギ連れだったからなあ。
うん、随分と長い間、唯と二人で話す事なんて無かった気がする。
つっても二ヶ月くらいだろうけどさ。


だけど唯とそんなに長い間二人にならなかった事なんて、今まで無かったからな。
高校の時は暇したらすぐに唯の家に遊びに行ってた。
漫画の好みが私と似通ってて掘り出し物を教えてもらえたし、
気が向けば二人でただだらだら出来るって気軽さも手伝って、それこそ唯の家にはよく行った。
部屋に泊まった事も両手じゃ足りない。


「りっちゃんと二人きりって久し振りだよね」


私と同じ事を考えていたのか、唯が嬉しそうな笑顔を浮かべた。
唯が嬉しく思ってくれてるんなら、私も嬉しい。
自然と私も苦笑から普通の笑顔になって、もう一度お湯に濡れた唯の頭を撫でる。


「そだなー、本当に久し振りだよなー。
私と二人きりになれなくて寂しくなかったかー、唯ちゃんはー?」


「うん、寂しかったよ?」


笑顔で即答する言葉じゃないぞ、それ。
本当に寂しかったのかよ、こいつ。
なんて事を思い掛けて、すぐに振り払った。
そうだよな、こいつはそういう奴だったんだ。
照れ臭い事や言い難い事を平然と言葉にして、気持ちを伝えてくれる。
本心を隠しがちな私を知らず知らずの内に引っ張ってくれる。
だから私はこいつと一緒に軽音部をやって来れたんだ。

勿論唯と違って、私はそんな照れ臭い事を簡単に言葉に出来るタイプじゃない。
それでもこの嬉しい気持ちを少しでも唯に示したい気持ちもあった。
私は頬を軽く掻きながらも、出来る限りの満面の笑顔を唯に向けてやる。


「素直でよろしい。
それじゃあその寂しかった唯ちゃんのために、私が何かやってしんぜようじゃないか。
つっても何をやるかはすぐに思い付かないんだけどな。
どうする?
唯の背中でも流してやろうか?」


「背中はさっき洗ったからいいよう。
でも、いいの、りっちゃん?
私のために何かしてくれるの?」


「まあ、私に出来る事の範囲だったらな」


「ねえねえ、だったら……」


「変な事はごめんだぞ?」


「変な事じゃないってば。
あのね、私、りっちゃんの頭を洗ってあげたいな!」


「はあっ?」


「えー、駄目なのー?」


「いや、駄目じゃないけど、何だよそれ。
大体私が唯に何かしてもらう形になってるじゃんか」


「そこはほら、私に頭を洗わせてくれるのが、
りっちゃんが私にしてくれる事なんだ、って事でどう?」


「まあ、唯がそれでいいなら私もいいけど……」


「やった! ありがとー!」


「お礼を言われるような事なのか、これ?」


「そうだよー!」


唯が心底嬉しそうに湯舟から上がって、シャワーの前に椅子を用意し始める。
鏡を拭いて、お湯の温度を調整してから満足気に頷いた。
準備万端ってわけだ。
こりゃ私の方も気合を入れて洗われてやらなきゃなるまい。
気合を入れて洗われるってのも変な話だけどな。


しかし関係無いけど、また唯の奴は成長しちゃってるな……。
高一の頃は澪のボインに嫉妬し合った仲だったはずなのに、勝手に私を置いて成長しやがってる。
胸も腰も柔らかそうな曲線を描いていて、女の私の目から見てもかなり艶っぽい。
対する私は正直高一の頃からほとんど成長してない。
胸が膨らむわけでもなく、尻が大きくなるわけでもなく、手足も細長いまんま。
これが格差社会と言うものか……。
まあ、そろそろもう私はこのままでいいんじゃないかと言う気もして来たが、
こうして差を見せ付けられると溜息を吐きたくなる私のなけなしの乙女心くらい許してほしい。


「りっちゃーん?
早くおいでよー?」


唯が首を傾げながら椅子を叩いて私を催促する。
その度に大きくなった唯の胸が揺れる。
当然ながら風呂場で何も着けてないその胸は本気でよく揺れた。
くそう……。
唯に気付かれないよう大きく溜息を吐いて、私は湯船から上がった。


「分かってるって、そんなに催促すんなってばー」


「だって早くりっちゃんの髪が洗いたいんだもん」


「そんなにかよ」


「うん、そんなに!」


「はいはい、んじゃ頼むぞ。
丁寧にとは言わないけど、粗末には扱ってくれるなよな?」


「あいあいさー!」


唯の用意してくれた椅子に陣取り、唯が私の頭を洗いやすいように少し猫背になる。
すぐにシャワーで頭を流すのかと思ってたけど、唯はそうしなかった。
両手で私の肩を軽く掴み、鏡を覗き込んで私と視線を合わせる。


「それじゃあ洗わせてもらいやすぜ、お客さーん」


「早くしろってば」


「うん。でもそのためにはまず……」


言いながら唯が私の前髪に手を延ばす。
ヘアゴムでパイナップルみたいにまとめた私の前髪。
唯はその私の髪を数秒撫でてから、ヘアゴムに手を掛ける。
それから手首を器用に回してヘアゴムを外すと、私の前髪を下ろさせた。
そういや唯の前でも前髪を下ろした事ってほとんど無かったっけな。
今更なんだけど少し照れ臭い気もする。
まあ、もうすぐ洗っちゃうんだから、気にする必要も無いんだけどな。

そう思っていたんだけど。
唯は私の髪を下ろさせたままで、しばらく手の動きを止めてしまった。
その代わり身体と顔は縦横無尽に動かしていた。
後ろから、前から、横から、上から、下から、鏡越しに。
とにかく色んな方向から、私の前髪を下ろした髪型をチェックしてるみたいだ。
私は肩を竦めながら訊ねてみる。


「ちょっと唯さん?」


「何でしょうか、お客さん」


「髪を洗うなら洗うで早くしてほしいんですが」


「えっへへー、ちょっと待っててねー。
前髪を下ろしたりっちゃんって新鮮だから気になっちゃって」


「そんな見るほどのもんでもないっつーの」


「そんな事無いよー。
私ね、ずっとりっちゃんの前髪を下ろした姿を見てみたかったんだよね」


「今まで何度も見てるじゃんか」


「そりゃ何度も見てるよー?
でもね、こんなに落ち着いて見られる事が無かったんだもん。
これはもうじっくり見せてもらうっきゃないよ!」


「ひょっとしてそれが目的だったのか?」


「ううん、それだけじゃないよ。
卒アルの写真撮影のリハーサルの時、
りっちゃん、ムギちゃんに髪型をセットしてもらってたでしょ?
私もあれくらいりっちゃんの髪を触ってみたかったんだー」


さいですか。
ちょっと納得はいかないけど、何かしてやるって言った以上は唯の好きにさせてやらなきゃな。
何だかよく分からないけど唯も楽しそうだもんな。
久々の二人きりなんだし、好きにさせてやるか。
とか思っていたら、急に唯がとんでもなく恥ずかしい事を言い始めた。


「『冬の日』」


「急に何だよ」


「ねえ、りっちゃん、『冬の日』の歌詞って憶えてるよね?」


「そりゃまあな。
いくら私が忘れっぽいからって言っても、自分のバンドの曲の歌詞くらい憶えとるわい」


「前髪を下ろしたキミの姿も見てみたい♪」


「そ、その歌詞が何だってんだ?」


「この歌詞、りっちゃんの事を歌ってるみたいだよね?」


「さあなー……」


それは誤魔化して言った言葉じゃなかった。
『冬の日』の歌詞が本当に私の事を示してるのかを澪に確認した事は無い。
単に私の事を歌われてるみたいに思えて、私が勝手に恥ずかしくなっちゃっただけだ。
澪の事だから無意識に書いただけのフレーズなのかもしれない。
でも少なくとも唯は『冬の日』の歌詞が私の事を示してるって感じてるみたいだ。
私は小さく溜息を吐いてから唯に訊ねてみる。
私の声が上擦ってるのを出来るだけ悟られないよう心を落ち着けて。


「それを確かめたくて私に髪を下ろさせたのか?」


「ううん、違うよ。
この前、久し振りに『冬の日』の歌詞を読んでてね、思ったんだ。
私も前髪を下ろしたりっちゃんの姿を見てみたいなって」


「それでその私の姿を見たご感想は?」


「何か変な感じー」


何故か嬉しそうに笑う。
何だよもう。
変なのは自分でもよく分かってるっての。
だからカチューシャで前髪を上げてるわけだしな。
まあ、似合うからずっと前髪下ろしてて、って言われるよりはずっといいか。

そうして何となく複雑な気分で唯の笑顔を鏡越しに見ていると不意に。
本当に何の前触れもなく。
唯が全身で私の背中に抱き着いた。
首から手を回して、その頬を私の頬と合わせて。


「ねえ、りっちゃん」


「何だよー、暑苦しいぞ、唯」


「私、カチューシャしてるりっちゃんが好きなんだよね」


「そうだったのか?」


どう反応していいかは分からなかった。
意外ってわけじゃないんだけど、そんな事を唯に言われたのは初めてだったからだ。
そういや私は唯と私の髪型について深く話し合った事が無かった気がする。
強いて言えば、唯が自分のおでこ丸出しが苦手だって言ってたのを聞いた事があるくらいだ。
だから何となく唯はカチューシャが苦手なんだと思ってた。
でも唯は私に頬を寄せながら笑うんだ、とても優しく。


「そうなんだよー、気付かなかった?」


「気付かなかったぞ、残念ながら」


「えへへ、それは残念だなあ……。
でもね、これは本当の事なんだよ、りっちゃん。
私、カチューシャをして前髪を上げてるりっちゃんが好き。
元気いっぱいで明るくて、私を引っ張ってくれるりっちゃんが好きなんだ。

前髪を下ろしてる姿もね、悪くないけど、カッコいい感じもするけど……。
だけど私はりっちゃんがカチューシャしてくれてる方が嬉しいな」


「そっか」


それ以上は何も返せなかった。
私の髪型は別に深い理由があって続けてるわけじゃない。
小さな頃から慣れ親しんだ髪型で楽だし、
前髪を下ろした自分の姿に違和感があったから続けてるだけの髪型だ。
それでも唯にそう言って貰える事は正直嬉しかった。
今までの自分がずっと唯に認めてもらえてたような、そんな気がするから。
だから、すっごく嬉しい。


「あのね、りっちゃん」


私が唯の言葉を一人で噛み締めていると、唯がその声を少し上擦らせた。
私の肩に回した腕にもう少し力を込めて、何度か深呼吸にその胸を上下させて。
それでも唯は言葉を続けてくれた。


「最近どう?」


「どうって言われてもな」


ちょっと首を捻ってから、自分の頭を掻いてみる。
人里離れた山奥に住んでるわけじゃないんだし、何も起こらなかったって事は無い。
毎日色んな事が起こってるし、色んな事が変わってる。
でも強いて唯に伝えなきゃいけないほど、何かが劇的に変わったわけでもなかった。
それを正直に伝えると、唯は何故か少し寂しそうに微笑んだ。


「そうなの?
だったらいいんだけど……」


「何だよ、唯。
私に何か起こらなかったら問題なのかよ?」


「ううん、そうじゃなくて……。
えっとね……、変な事を言うみたいでごめんね。
私ね、りっちゃんが最近疲れてるんじゃないのかなって思うんだ」


「私が疲れてる、って何で?
そりゃ就活とかで毎日忙しいから、疲れてないわけじゃないけどさ」


「何でって、だってりっちゃんが……」


「私が?」


唯がまた深呼吸で私の背中で胸を上下させる。
その胸から唯の柔らかさ、温かさや想いを感じる。
しばらく後、躊躇いがちにだったけど、唯は私への想いをちゃんと言葉にした。


「あんまりカチューシャしてないんだもん……」


「カチューシャ……?」


それと私の元気にどんな関係があるんだ?
そう思うと同時に、さっきの唯の言葉を頭の中に思い浮かべていた。
唯が優しく微笑んで言ってくれた言葉。


『私、カチューシャをして前髪を上げてるりっちゃんが好き。
元気いっぱいで明るくて、私を引っ張ってくれるりっちゃんが好きなんだ』


カチューシャをした元気いっぱいの私。
唯を引っ張る明るいカチューシャの私。
ああ、そっか、と思った。
唯は私のカチューシャ姿に明るさとか元気さとかそういうイメージを見てたんだ。
だから最近あんまりカチューシャをしてない私が、疲れてるんじゃないかって思ったんだ。

確かに私は最近カチューシャを着けてない。
不本意ながら前髪を下ろしてる事も多くなった。
でもそれは別に疲れてるからじゃなくて……。

まったく……。
唯こそ明るくて元気なくせに、人の変化には敏感なんだよな。
こんなに私の事を心配してくれるくらいにさ。

私は静かに微笑んでから、手を伸ばして唯の頭を撫でた。
心配しなくても大丈夫。
心配してくれてありがとな。
二つの気持ちを手のひらに込めて。


「私は元気だよ、唯。
最近カチューシャしてなかったのにはさ、ちゃんと理由があるんだよ」


「理由?」


「食堂とかで話してて気付かなかったのかよ?
まあ、おまえや晶は実習が多かったからかもしれないけどさ。
就活だよ、就活、就職活動。
澪や幸に言われたんだよな、就活にカチューシャはやめた方がいいって。
だからさ、気分は乗らないけど、カチューシャ外して前髪下ろしてたんだよ。
それが私が最近あんまりカチューシャをしてなかった理由だ」


「就活……」


「そうだよ、拍子抜けしたか?
まあ、就活で疲れてるっちゃ疲れてるけど、唯が気にするほどの事じゃないって」


私の肩に回していた唯の腕から力が抜けていく。
あんまりな真相に気が抜けちゃったんだろうか?
何だか冴えない真相な上に変な擦れ違いだったわけだからな。
こりゃ力も抜けるかもな。


「よかったー……!」


とか思ってたら、唯が腕に力を込めて今までより強く私に抱き着いた。
胸どころか臍辺りまで私の背中に密着させる。
いくら何でも唯と全裸でここまで密着した事はほとんど無い。
照れ臭いんだか恥ずかしいんだか、私は自分の頬がどんどん熱くなっていくのを感じる。


「ちょっと唯、暑苦しいし痛いっつーの……!」


「でもでも、りっちゃんが元気で嬉しいんだもん!
よかった……! りっちゃんが元気で本当によかったー!」


「おいおい、やめろってば」


「よかったよう……!」


私の話を聞いているんだか聞いてないんだか、唯は私の背中から離れない。
でも唯がそんなに喜んでくれるのは、私にとっても嬉しい事だった。
唯の笑顔を見てると嬉しくて、もっと頑張りたくなる。
思い返してみれば、私は唯の笑顔が見たくて音楽を続けてたようなもんだ。
失敗ばかりの唯。
素っ頓狂な事ばかりやってる唯。
だけど誰よりも仲間思いでいい笑顔をしてる唯。
私はすっごく運が良いと思う。
こんな大切な親友が出来て。
こんな小さな事で私を心の奥底から心配してくれる親友が出来て。


「そういや唯の方こそさ」


「何?」


「唯の方こそ疲れてないのかよ?
就活はまだ自分のペースでやれるけど、実習はそうもいかないだろ?
私にとっちゃのんびりしてる唯が、激務って言われる実習をやれてるか心配なんだけどな」


「あー、りっちゃん、ひどーい。
私、そんなにのんびりしてないってばー。
実習も大丈夫!
毎日大変だけど楽しいよ!
休憩時間なんかにギー太を弾いたりすると、皆も喜んでくれるしね!」


「やっぱり持ってってんのかよ……。
何かスーツ着てギー太持ってんなとは思ってたけど……。
でも楽しいんなら何よりじゃんか。
唯も頑張ってるんだよな」


「うんっ!」


二人で頬を寄せて笑う。
忙しい毎日。
ほんの小さな事で相手の事を心配しちゃう日々。
大事な親友が居てくれる日常。
それはきっと幸せな事なんだろう。


「あ、でも、りっちゃん。
やっぱり疲れてる事は疲れてるんだよね?」


唯がさっきまでと同じ言葉を私にぶつける。
でもその表情は嬉しそうな笑顔のままだった。
だから私は安心して素直に頷く事が出来た。


「そりゃまあな。
慣れないスーツ着て、前髪下ろして面接やって、それで疲れない方がおかしいっての。
唯が心配するような疲れじゃないけど、身体が疲れてるのは確かだなー」


「だよねー?
だからさ、りっちゃん!
今日は私がりっちゃんを洗ってあげるよ!
頭だけじゃなくて身体までしっかり気持ちを込めて洗うよ!
それでりっちゃんの疲れを取ってあげたいな!」


「おいおい……」


呆れた声を出しながら私は分かってた。
自分が笑ってるって事を。
変わらない唯。
出会った時から元気で面白くて仲間想いの唯。


「まあ、仕方無いか」


私はわざとらしく肩をすくめて、全身から力を抜いた。
二回だけ唯の肩を軽く叩く。


「いいぞ、そんなに言うなら私の全身を洗ってもらおうか」


「うん、しっかり洗うね!」


「だがしかーし!」


「な、何っ?」


「それが終わったら、次は私がおまえの全身を洗うからな?
おまえと同じ様に洗ってやるから覚悟しとけよー?
変な洗い方をしちゃったが最後、全部自分に返ってくると思えよ?」


「うっ……、がっ、頑張るでありますっ!」


「よろしい!
それでさ、風呂が終わったら久々に私の部屋で遊ぼうぜ?
ゲームとかしながら最近の事を話したいしな」


「おっ、いいのかい?」


「実は唯が来てくれると助かるんだよな。
無双がソロプレイだと隠し武器出しにくくてさー」


「あははっ、分かる分かる。
よーし、それじゃ私も頑張っちゃうよー!」


「んじゃ、お手前拝見だ!」


「らじゃー!」


妙な形の敬礼を取った後、唯が私の頭から丁寧に洗い始めていく。
忙しい毎日の疲れを泡にして洗い流していく。
とってもいい気分だった。
単に身体を洗ってくれてるからだけじゃない。
唯と一緒に居るだけで、私の心が綺麗に洗濯されていく。
そんな気がしてくる。
こいつと一緒に居れば、私もいつまでも元気に笑っていられそうだ。

もしかしたら、いつかは私もカチューシャから本当に卒業する日が来るかもしれない。
流石に三十歳を過ぎてもカチューシャを続けられる自信は無いしな。
でもその時は笑顔で皆に伝えようと思う。
カチューシャはやめるけど、私はずっと私のままなんだって。
その時には皆も笑って私の決心を喜んでくれる事だろう。

そうして私達はお互いの身体を洗い合って、
はしゃいだり笑ってたりしながら心の洗濯をし合って、
とってもさっぱりした気持ちで大浴場を後にしたんだ。




おしまいです。
ありがとうございました。


最終更新:2013年06月16日 21:57