【第5話】
温かいお飲物はいかがですか?
唯「行ってきまーす…」ガチャ
朝。朝食もほどほどに 私は部活をするために 靴を履き学校へ向かう
しかし私の学校へ向かう足どりは 決して軽やかなものではなかった
唯「はぁ…」
思わず私はため息をつく
重い足取りで通学路を歩いていると 私は突然声をかけられた
イラッシャイマセ。アタタカイオノミモノハイカガデスカ?
自動販売機の機械音声だった
温かい飲み物…か
唯「……仲直りできるかな」
そう言うと 私はお金を入れてボタンを押した
今思えば、事の発端はほんの些細な出来事だった
昨日のお昼休み、唯と律と紬は いつものように一緒にお昼を食べようとしていた
律「おっ!今日はなんか唯の弁当は豪華だな」
唯「おっ!!気が付きましたか、りっちゃん隊員!」
コロッケにから揚げ、ハンバーグと弁当には唯の好物が並んでいた
唯「えへへぇ…昨日憂にお弁当の中身をリクエストして作ってもらったんだ~」
紬「へぇー、そうだったの、よかったわね唯ちゃん!」
唯「自慢の憂だよぉ」
そう言いながら 唯はうれしそうにから揚げをほおばった
律「なぁー、唯 私にも一つから揚げちょうだい!」
唯の弁当をうらやましそうに見ていた律がお願いした
唯「ダーメ。今日のお弁当は憂が私のために一生懸命作ってくれたんだから 全部わたしがいただくのです!」
唯は律の頼みをやんわりと断った
律「そっかー…残念…」
…と言い諦めたように見えた律だったが 突然 箸を唯の弁当に伸ばし から揚げを奪った
唯「あー!何するのさ!!」
唯は大声で律に注意する
律「別に一個ぐらいいいじゃん。ケチだなー、唯は」
唯に注意され 律はつい心無い台詞を言ってしまった
唯「えー!勝手に取っておいて何さその態度は!?ひどくない?」
唯もすかさず反論をしてしまう
律「唯だって私のアイス勝手に食べたことあるだろ!」
唯「それはそうだけど…でも、ひどいよー!」
楽しいはずの昼食の時間はお互いを非難しあう時間になってしまった
紬「まぁまぁ二人とも…ね?ケンカはやめよ?」
紬は必死に二人をなだめようとする
律「だいたい唯は…!」
唯「りっちゃんこそ…!」
しかし口ゲンカは おさまる気配を見せなかった
唯「もういいよ!りっちゃんなんて知らないんだから!!」
唯は目に涙をいっぱいにためながら叫んだ
律「おーいいよいいよ!もう私も唯なんて知らねーよ!」
律も椅子から立ち上がって 大声で叫ぶ
律「ふん!!もういいよ!」
そう言い放つと律は弁当を片づけ教室から立ち去ってしまった
紬「あ…唯ちゃん…」オロオロ
紬はたじろぎながらも唯に話しかけた
唯「私も…ちょっと席を外すね…ごめんねムギちゃん」
そういうと唯も荷物をまとめて席を立った
放課後の部活にも唯と律は姿を見せなかった
梓「唯先輩と律先輩、大丈夫ですかね…」
梓が心配そうにつぶやいた
澪「大丈夫だと…いいんだけどな」
澪も不安そうな顔をして言った
紬「…私は唯ちゃんとりっちゃんを信じるわ」
紬は小さい声ながらもはっきりと言った
・・・・・・
律「はぁ…朝練行きづれーな…」
昨日の出来事を思いだしながら 私はため息交じりに通学路を歩いていた
うつむきがちに歩いていると 突然声が聞こえた
イラッシャイマセ。アタタカイオノミモノハイカガデスカ?
私の近くにあった 自販機の販促のための音声だった
律「温かい飲み物、ねぇ…」
…きっかけにはなるかな?
そう思うと私は お金を入れてボタンを押した
・・・・・・
ガチャ
私はカギを使って部室に入った
いつもは私が来るのは後の方なのに 今日に限っては一番乗りしてしまった
唯「はぁー…」
昨日してしまったことへの後悔から思わずため息が漏れる
気分の乗らぬまま 練習の準備をしようとカバンを探っていると温かい感触がした
唯「あ…」
私はそれを握りしめ 沈んでいた心を吹き飛ばすように言った
唯「よし…!やるぞ!」
律「はぁ~…」
私はため息をつきながら重い足取りで階段を上がっていた
律「唯の靴があったってことは、もう 唯来てるんだよな…」
行きづらさを感じながら制服のポケットに手を突っ込むと 温かい感触が伝わってきた
律「あ…」
私は制服の上から それをなでながら気合いを入れなおす
律「よっしゃ…!頑張るぞ!」
・・・・・・
ガチャ
唯「!」
部室のドアが開き、律が入ってきた
律「あ…」
律は部室に唯しかいないことに気づき 多少気まずさを覚え、足を止めてしまう
唯「…」プイッ
唯も部室に入ってきたのが律だと気づくと思わずそっぽを向いてしまった
唯「…」
律「…」
嫌な沈黙が訪れた
いざ仲直りしようとも 当人の前では二人ともなかなか勇気が出せなかった
唯「…」ガサゴソ
唯はせめて沈黙だけでも掻き消そうと 中断していた練習の準備を再開した
律「はぁ……」
律も練習の準備をしようと 自分のドラムセットに向かう
律は肩からバッグを下ろし、ドラムセットの横に置こうとした
ジャァアアン!!
唯・律「!!」
突然、部室に大きなドラムの音が響いた
律「あ!しまっ…!」
律は誤ってバッグをドラムセットに当ててしまったのだった
唯「あっ!」ドサッ
驚きのあまり唯も手に持っていたカバンを床に落としてしまった
コロコロ…
落ちた拍子に 唯のカバンから律の方に何かが転がってくる
律「ん?なんだ?」
転がってきたものを拾い上げると 律に温かい感触が伝わってきた
唯「あ、あのねりっちゃん!!」
こうなってしまってはもうしかたがないと ついに唯は腹をくくって言った
唯「あの!昨日はゴメン!くだらないことで怒っちゃったりして!」
唯「今日は憂にりっちゃんの分のから揚げも作ってもらったから!だから、あの…」
唯「その前にそれを渡して仲直りしたかったんだぁ…」
律「…!」
最後には少し声が小さくなってしまったが 唯は律に伝えたいことを全て言い切った
数秒の沈黙の後 律が口を開いた
律「あのさ…唯」
唯「?」
そう言うと律はポケットから缶を取り出して言った
律「私も…唯と同じ気持ちだ」
・・・・・・
梓「唯先輩と律先輩、もう来てるみたいですけど…大丈夫ですかね?」
階段を上がりながら 梓は前日と同じように不安をつぶやく
澪「変な空気になってなければいいんだけどな…」
澪も心の中は正直不安でいっぱいだった
紬「!澪ちゃん!梓ちゃん!!」
一足先に部室の前に到着していた紬が嬉しそうな声で報告する
澪と梓が部室の前に到着すると そこからは楽しそうな笑い声が聞こえてきた
放課後。通学路には楽しそうに話しながら帰る二人の影が伸びていた
いくらか歩いた後 通学路の途中で二人は足を止めた
イラッシャイマセ。アタタカイオノミモノハイカガデスカ?
自動販売機の前には仲睦まじそうに飲み物を選ぶ二人の姿があった
終わり
最終更新:2013年06月22日 22:45