胸についた花飾り。紙製の筒。紅白饅頭。
見慣れない、でもかつて見たものが今、部室にある。

「ほら、梓も食べなよ」

「梓ちゃん、おいしいよ。このお饅頭」

「うん」

一年前、私は「卒業しないで」と先輩達に言った。
我ながらずいぶんみっともない事を口走ったものだ、と今なら思える。
この一年で私の身長は変わってない。髪型も同じ。ギターの上達も微々たるもの。
それでも、心っていうのかな、月並みだけどそこは変わった気がする。
少しだけ大人になれた、と思う。大人が何なのかまだはっきりとはわからないけど。

「先輩達…お、おめでとう、ございます…」

「もー、スミーレ泣かないの!ほら、梓と憂も何とか言ってあげなよ」

もし今、菫と直に引き留められても私は一年前の唯先輩達みたいに受け止めて、独り立ちできるよう背中を押してあげられると思う。
多分、心が広くなったんだ。

――そう……。テ ニ ス コ ー ト の よ う に ね !!

「せ…先輩達がいなくなるなんて…」

「直?」

「先輩達がいなくなるなんて嫌です!そ、卒業しないでください!」

「ちょ、ちょっとやめてよ直…。こっちまで泣いちゃうジャン!あ、梓っ!パス!任せた!」

「直…。大丈夫。直と菫ならちゃんとやっていけるよ。私、部長として二人の事一年間見てたんだもん。
 そうだ、これあげるね。私が昔、先輩に貰った花びら。花びら五枚……私達みたいでしょ?」

私が取り出したあの花びらはもう茶色くひしゃげてボロボロになっていた。

――そう……。さ わ 子 先 生 の よ う に ね!!

さすがに直と菫も「なんじゃこりゃ」って顔をしたので、私はさっと花びらを閉まった。

「心に咲いた花は枯れないんだよ」

私の言葉に全員が「え?」って顔をした。

「梓ちゃん、何言ってるの?」

しばらくして、また菫と直が泣き始めた。
この二人が――私のかわいい後輩が、こうやって感情をあらわにするところを私はあまり見た事がなかった。
思えば、一年前の私もずっとこんな感じだったな。それを思い出して、何だか嬉しいようなくすぐったいような気持ちになった。
先輩達みたいになれるかな、ってずっと思ってたけど、菫と直の顔を見て「あぁ、なれたんだな」と――。

「さっきの花はウソ。本当はこれをあげようと思ってたの」

私はバッグから「ぶ」と書かれたキーホルダーを外し、それから直の指にはめようとした。

――そ う 。 指 輪 み た い に ね !!

「先輩…?何してるんですか?」

キーホルダーが指にはまるわけがなかった。
私はキーホルダーを床にたたきつけて、バッグを背負い、卒業証書を持ち、饅頭を頬張ると、さっさと部室を出ていった。

これから新しい生活が始まるんだ。
大学ではどんな未来が待ってるんだろう。どんな地図を描けるんだろう。

私は胸一杯に3月の空気を吸い込んだ。
――そ う 。こ れ が 青 春 な ん だ !!




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最終更新:2012年10月13日 18:02