穏やかな秋空の日。夏も過ぎて、涼しい風が心地よい。
私たち三人は大学の友人の結婚式に参加している。新郎新婦は会場の外に出て、あらゆる角度からフラッシュを浴びている。私たちは少しだけ離れた場所からその光景を眺めていた。

「幸せそうだね」

「うん、そうだね」

純と憂は微笑みながら、新郎新婦の様子を眺めていた。二人の横顔を窺うと、高校の卒業式の時と同じような穏やかな表情だ。前方を見ると、新郎は照れ臭そうに頭を掻き、新婦は嬉しそうに頬を赤らめている。高校の時は結婚なんて考えたこともなかった。白いウェディングドレスを身に纏った友人。
一体いつから結婚の事を考え始めたのだろう。

「結婚、ねぇ。軽音部では誰が最初に結婚するのかな」

純がにっと笑いながら言った。
私たち軽音部は先輩を含め、誰も結婚していない。まだ大学生というのもあるだろうけど、そういった恋愛の類の話は一切聞いたことがない。
しかし、私だって結婚願望がまったくないわけじゃない。ただ何となく……。

「純ちゃんは結婚したいの?」

憂がそう尋ねると、純は意外にも即答した。

「そりゃあ、いつかはしてみたいかな」

ふと、言い終えた直後の純の顔を見た。表情はいつも通りの笑顔だけど、口調はどこか神妙だった。冗談ではないようだ。憂は「やっぱり、そうだよね」と言って微笑んだ。純は訊かなかったけど、憂はどうなのかな。やっぱりしたいのかな。

「私はこのままでもいいけどなぁ」

軽く息を吐きながら言ってみた。嘘でも強がりでもない。ただ、何が何でも結婚したい、とまでは思わない。
すると、純は意地悪な笑みを浮かべながら、私の顔を覗き込んだ。

「そう思うのは今だけかもしんないよ~」

「むっ……」

ずっと一人ならどんな気持ちなのか、それは想像もできない。
いちいち家のことを心配せず、自分の事だけを考えればいいのだから気楽なのかもしれない。それとも、ずっと一人だから退屈感に襲われて、毎日が虚しいだけなのかもしれない。
ただ、今はわからない。まだ私が子どもだから、わからないのかな。

「あっ」

少し俯きながら考えていると、憂が声をあげた。
憂の視線の先を見ると、新婦がブーケを手にして、人だかりに背を向けて立っている。人だかりは女性ばかりだ。これはあれだ。

「ブーケトス、かぁ……」

「すごいね……」

ドラマとかでよく見る光景だ。改めて、自分たちが式の場に参加しているのだと思い知る。人だかりの女性たちはその時を今か今かと待ち構えている。純はため息をつきながら、肩をすくめた。

「あそこまでがっつくのはねぇ」

「純ももう少しすればあそこにいるかもしれないよ?」

少しだけ仕返し。

「そんなことなーい!」

「ごめん、ごめん」

純は頬を膨らませながら憤慨した。私が笑いながら謝っていると、前方の人だかりがざわめき立った。新婦がブーケを高く掲げていた。
私は思わず黙り込んだ。あのブーケにはやはり不思議な力が潜んでいるようだ。
新婦が人だかりに背を向けたまま、ブーケを高く投げた。

ゆっくりとブーケが放たれた。悲鳴にも似た歓声が一段と大きくなった、気がした。
実は、ほとんど聞こえていなかった。いつの間にか、私がブーケに釘付けになっていたからだ。
まるでスローモーションのようにゆっくりと宙を舞うブーケ。それは人だかりを越えて、私たちの方へ飛んでくる。数多の手が宙を横切るけど、ブーケには届かない。私はそれらの光景をその場に突っ立ったままぼんやりと眺めていた。
ブーケは私たち三人の、そしてその中央にいた私に向かって来た。私は無意識のうちに両手を差し出して、ブーケを受け止めた。
その瞬間、時間が戻った。

「うわっ、すごいじゃん、梓!!」

「おめでとう、梓ちゃん!!」

「えっ? あぁ、うん……」

いつの間にか、両隣にいる二人が顔を輝かせながら私を絶賛していた。一連の出来事があまりにも一瞬だったので、少し呆然とする。
私は受け取ったブーケを見下ろした。綺麗な花がいくつにも束ねられている。ブーケトスの縁起がなくても、これは綺麗でかわいらしい花だ。
私はそれを愛おしく見つめた。いつの間にか温かい気持ちになっている。純と憂も満面の笑みを浮かべている。

「えへへ……」

私たちはそれぞれ顔を見合わせてから、仲良く肩を寄せ合い、心から気持ち良く笑った。

ブーケトス。それは今日、世界で一番幸せな人からの優しくて温かいおすそ分けなのかもしれない。


~完~





最終更新:2013年07月07日 21:52