「私、和ちゃんのお嫁さんになるの諦めようと思うんだ。
今日、素敵な結婚式を見てて、思ったんだよ。
やっぱりそんなの駄目なんだよねって。
だって――」


燦々とした六月の陽気の中、唯は寂しそうに微笑んだ。
唯の想い。
唯の決心。
私はその言葉をどう受け止めよう。
どう捉え、どう返すべきなんだろう――。


☆ ☆ ☆


「お姉さん、すっごく綺麗だよねー」


感激に輝いた視線をお姉さんに向けながら、感嘆に満ちた声を漏らす。
純白で清楚なウェディングドレスを着たお姉さん。
短く切り揃えられた髪型をしてさえ、大人の魅力に満ち溢れた雰囲気を漂わせている。
ううん、余計な言葉は修飾に不必要な気までしてくるくらいだわ。
ただすごく綺麗で輝いてる。
単純に素敵な花嫁さん。
可愛い物や綺麗な物が好きな唯にとって、これほど見逃せない物もないでしょうね。

かく言う私もその花嫁さんから目を離せなかった。
模範的な生徒会長と称されがちな私だけれど、
私だってお嫁さんに憧れた時分が無かったわけじゃないもの。
今だってこんな綺麗な花嫁さんを目にしてしまうと、幼い頃の憧れが胸に蘇りそうになる。
しかもその花嫁さんが私達の幼馴染みのお姉さんともなると、その気持ちが一際増すのは仕方の無い事よね。

いいえ、幼馴染みとはちょっと違うかもしれないわね。
けれどお姉さんは私達が幼い頃から傍で私達を見守ってくれていた。
受験勉強の家庭教師をしてもらった事も一度や二度じゃなかったし、
自分一人じゃ抱え切れない悩みを持った時は自然と相談に乗ってもらえた。
困った時、道に迷った時、私達を支えてくれた憧れの優しい近所のお姉さんだ。


「うん! とても綺麗だね、お姉ちゃん!」


唯に釣られて憂も瞳を輝かせる。
私達にとって憧れのお姉さんだもの。
憂にとっても憧れのお姉さんなのは間違いないものね。
何事にも器用な方の憂だけれど、お姉さんの立ち振る舞いには純粋に憧れてるみたいだった。
とは言え、お姉さんは決して器用な方じゃない。
勉強は出来るけど家事は苦手で特に料理の腕前は壊滅的。
音痴でカラオケに一緒に居た時には苦笑いする事しか出来なかったくらい。
特技なんてほとんど無いんじゃないかしら。
それでもお姉さんは私達の憧れなのよね。
不器用さなんて帳消しになるくらい、大きな魅力に溢れた人なんだもの。


「後で挨拶に行きましょう。
二人の言葉をそのまま伝えてあげれば、お姉さんもきっと喜ぶと思うわよ」


私も多分瞳を輝かせながら二人に伝えた。
唯と憂はその時を待ち切れない様子を見せながら、笑顔で頷いてくれた。
お姉さんとは話したい事がたくさんある。
伝えたい祝福の言葉がたくさんある。
二人ともきっとそれは私と同じなんだろう。

六月という梅雨の時期にも関わらず気持ちいいくらい快晴の今日。
今日は私達の近所のお姉さんの結婚式。
お姉さんは純白のウェディングドレスに身を包み、
私達も当然お姉さんほどではないにしろドレスに身を包み、今日という日を迎えた。
式場全体が笑顔と幸福に満ち溢れている。
そういうイベントなのよね、結婚式って。
幸せな二人の新しい門出にして、新たな旅立ちへの節目。
とっても素敵なイベントだと私も思う。
思うのだけれど、でも――。


「あれ、どうしたの、和ちゃん?
お腹痛いの?」


私が少し神妙な表情を浮かべてた事に気付いたんだろう。
唯が首を傾げて訊ね、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
私は「何でもないわよ」と返してから唯に笑顔を向ける。
不承不承という様子ながらも、唯はそれで引き下がってくれた。

そう、別に何でもない事なのよね、本当に。
小さな頃から『結婚』という言葉を思い浮かべる度に、連想してしまう顔があるだけなんだもの。
そんなの誰かに話す事でもなければ、心配してもらうほどの事でもないわ。
ましてやその連想してしまう顔の持ち主本人には、ね。


☆ ☆ ☆


小さな頃から私は何故か連想してしまう。
『結婚』という言葉を思い浮かべる度に、私の幼馴染みの唯の顔を。
確かそれに気付いたのは小学生の頃だったと思う。
国語の授業で結婚を題材にした作品が取り上げられた時、何故か唯の顔が頭に浮かんだのよね。
それ以来、私は結婚に関して考える時、何故か唯の顔ばかり思い浮かべている。
自分でもその理由は全然分からなかったし、高校三年生になった今でも不明のまま。
まるでパブロフの犬みたいに、いつの間にか『結婚』=唯という方程式が私の中で成立していた。

『結婚』という言葉だけで幼馴染み、
しかも同性の顔が一瞬で浮かぶなんて妙な事この上ない。
理由や原因があるのなら知っておきたいけれど、その願望はいつか叶うのかしら?
別に唯の顔が浮かぶのが嫌というわけじゃない。
それでも原因の分からない現象を自分の中に抱えたままというのも気持ち悪いものね。

実を言うと心当たりが無いわけじゃない。
これも小学生の頃だったと思う。
普段通り私と一緒に登校する唯が、急に結婚について話し始めた記憶がある。
その時の唯の表情は憶えていない。
ただ私が初めて見る唯の表情だったと思う。
その表情で唯が結婚について何らかの話をしたはずだった。


「ねえねえ、のんちゃん。
びっくりしないできいてね?
なんとわたしとのんちゃんはけっこんするうんめーだったんだよ!
わたし、のんちゃんのおよめさんになるんだー。
だってねー」


だって――何だったかしら?
それを思い出せれば、このはっきりしない曖昧な気持ちは消えるのだろうか。
私の唯への想いを再確認する事が出来るのだろうか。
私は『結婚』という言葉から唯を連想出来て嬉しいのかしら。
それとも悲しいのかしら。
どっちなんだろう?


☆ ☆ ☆


「今日は三人ともありがとねー」


赤いアンダーリムの女性が豪快に笑う。
勿論私じゃない。
笑ったのはウェディングドレスに身を包んだ花嫁であるお姉さんだ。
花嫁姿に身を包みながらも、その男勝りな中身は昔と全然変わってない。
その事実に私は何だか安心した。


「いえ、今日はこちらこそご招待ありがとうございます、お姉さん。
素敵な結婚式、楽しませてもらってます。
今日はお日柄もよ……」


「お姉さんのドレス姿、すっごく綺麗だよー!」


既に感極まっていたらしく、唯が私のお礼の言葉を遮って叫んだ。
何事かと思った賓客の皆さんの視線が私達に集まり、私と憂はちょっと縮こまってしまう。
でも唯が楽しそうにピースサインを皆さんに向けると、すぐに朗らかな雰囲気に戻った。
流石はお姉さんの結婚式の賓客と言った所なのかしら。
そして勿論お姉さんもお姉さんだった。


「ありがとねー、唯ちゃん。
そんなに褒めてもらえて、お姉さんは感謝感激雨霰だよー!」


イベントのスケジュールを大体終えて余裕も出て来たんでしょうね。
さっきまで少しだけ緊張して見えてたお姉さんの面影はもう無かった。
そこに居たのはウェディングドレスに身を包んだだけのいつものお姉さんで、
そこにあったのはいつものお姉さんの豪快で朗らかな笑顔だった。


「ねえねえ、お姉さん」


お姉さんに負けないくらい朗らかな笑顔で唯が続けた。
唯も普段通りの唯だった。
お姉さんの結婚式の雰囲気に気圧される事もなく、愛らしい笑顔を浮かべたままの。


「どうしたの、唯ちゃん?」


「お姉さん、ウェディングドレスなのに眼鏡外さなかったんだねー。
普通はドレス着たら眼鏡を外す物だって聞いてたから、
お姉さんの眼鏡外した姿を見られるかと思ってドキドキしてたのになー」


「あははっ、それは残念でした。
唯ちゃんはドレスに眼鏡って変だと思う?」


「ううん!
お姉さんらしくてすっごく可愛いよ!」


「ありがとー!」


手を合わせて唯とお姉さんが笑い合う。
私と憂はそんな二人に釣られて笑顔になった。
眼鏡の件は私もお姉さんに訊いてみたいと思っていた事だった。
前代未聞ってわけでもないと思うけれど、眼鏡の花嫁なんてそう聞く話じゃないものね。
私も今日までお姉さんが眼鏡を外してドレスを着るものだとばかり思ってた。
けれどお姉さんは私の予想に反して眼鏡を掛けたまま花嫁姿になって、
その事実は私の胸を凄く温かい感情で満たしていた。

中学生に上がり立ての頃だったか、雑談のついでにお姉さんと話した事がある。
「お姉さんはコンタクトレンズに変えようとか考えないんですか?」って。
その頃の私は視力を落として眼鏡を掛け始めた時分で、
別に眼鏡が嫌というわけではないけれど、
眼鏡とコンタクトのどちらを選ぶべきか少しだけ迷っていた。
対したお姉さんは私達と知り合った頃から赤いアンダーリムを掛けていた。
それであの頃の私はお姉さんこそ相談相手に丁度いいと思ったのよね。


「考えた事無いなー。
だって眼鏡は私の顔の一部だしね!」


お姉さんから何の迷いもなくまっすぐ返って来た答えがそれだった。
もう少し詳細に話せば、視力が低いのも自分の個性なんだからそれをわざわざ隠すつもりもない。
という意味合いも含まれていたらしかったけれど、そんな言葉はお姉さん的には蛇足らしかった。
自分を自分として受け入れる。
それがお姉さんの一番言いたい事だったのだと私も強く感じた。
そんなお姉さんに強く憧れた。

それ以来、私は自分が眼鏡を掛ける事を迷わなくなった。
そうして今日も私はお姉さんとお揃いの赤いアンダーリムを掛けている。
私の眼鏡がお姉さんとお揃いの物だなんて誰にも言ってないけれど、
多分私達の両方を知っている人達には全員にバレているでしょうね。
少し照れ臭く感じはするけれど、それはそれで構わない。
お姉さんに憧れている私も他ならぬ私なんだから。


「それにしてもいきなりだったよねー」


唯がお姉さんと指相撲をしながら話を展開させる。
どうして指相撲をしているのかについては、まあ、二人らしいという事にしておこう。


「いきなりって何よー、唯ちゃん」


「お姉さんの結婚式だよー。
急に招待状が来てびっくりしちゃったよー。
もー、お姉さんったら水臭いんだから。
いい人が居るなら居るで紹介しておくれよー」


「そうですよ、お姉さん。
私もお姉ちゃんも家ですっごく驚いちゃったんですよ」


「あははっ、ごめんね、唯ちゃん、憂ちゃん。
でも私もこんなに早く結婚する事になるなんて思ってなかったんだよね。
そりゃ小さな頃の夢は『お嫁さん』だったけど、こんな形で叶うなんてねー」


お姉さんが瞳が眼鏡の奥で遠くを見つめるようになった。
色んな事を思い浮かべているんだろうと思う。
お姉さんは高校を卒業してからすぐに留学して、かねてからの夢だった古い都市の研究を始めた。
花婿さんはその留学先で出会った日本人の研究者らしい。
一つの夢を追い掛けていた先にもう一つの夢があったなんて、何とも運命的だ。


「お姉さんの小さな頃の夢って『お嫁さん』だったんだ」


唯がちょっと的外れに思える事を言った。
今の話題はそれじゃなかったと思うんだけど。
だけどお姉さんは嫌な顔一つせずに笑って応じていた。


「こんな髪を短くしても女の子だからね、
そりゃ小さな頃はお嫁さんになるのが夢だったよ、私も。
でも中学に上がる頃にはそれより気になる夢が出来始めてねー」


「古い町の事?」


「うん、そうだねー。
私さ、前も話したかもしれないけど、小さな頃からお父さんに貰った絵本の街並みが好きだったんだ。
その街並みが現実にある都市をモチーフにしてるって知った時は正直ときめいたねー。
大人になったら絶対その街に行きたい! って思ったよ。
それで新しい夢に向かって私は頑張り始めたわけなんだけど……」


お姉さんが言葉を止めて、視線を花婿さんに向ける。
花婿さんは旧友らしい男の人と楽しそうに何かを話していた。
身長はお姉さんと同じくらいで痩せぎすだったけれど、よく日焼けしたその肌は頼もしく感じた。
きっと慣れない力仕事をこなしながらも夢に向かって進んでる人なんだろう。
流石はお姉さんを射止めるだけの人だと思う。
軽く笑顔を見せてからお姉さんが続けた。


「あの人と留学先で会ってから色んな事を話す機会があったんだよね。
あの人も私と同じ研究に情熱を燃やす人だったんだけど、
あの人はさ、私以上に夢に向かって突き進んでる人だったんだよ。
結構自信があった私の勉強量なんかじゃ全然足りないくらいの知識があって、
私に語ってくれた夢は私の想像を遥かに超えてて……。
それで気付いたら、私はこの人と一緒に夢を見たいって思ってたんだ」


「それじゃあ、お姉さんの方からプロポーズをしたんですか?」


私が訊ねるとお姉さんは軽く頬を赤く染めた。
どうも図星だったみたい。
お姉さんが照れる所なんてほとんど見た事がなかったから、かなり新鮮。


「まさか了承されるとは思ってなかったんだけどねー。
でもあの人は言ってくれたんだよ。
「僕も夢に掛ける君の情熱がずっと好きだった」って。
あははっ、自分で言うのも恥ずかしいんだけどねー」


「あっ、お姉さん照れてるー」


「そりゃ照れるってば。
でもね、それで私は思ったの。
夢を持って頑張るって大切な事なんだって、改めてね。

統計で語るのは好きじゃないんだけど、
最近は『夢を見れば何もしなくても叶う』って考える人と、
『どんなに頑張っても夢なんて叶わない』って考える人の二極化が進んでるらしいね。
考え方は自由だけどどっちも違う気がするんだよね、私は。

夢は必ず叶うなんて言えないし、叶わない夢を持ち続ける辛さも知ってるつもり。
それでも夢のために頑張るのは大切で素敵な事だと思うよ、私は。
何だかんだ言っても、人は昔から夢を持ってたからこそこんなに発展出来たんだと思うしね」


「お姉さんの好きな都市を作ったのも、ですよね」


私が言うとお姉さんは唯との指相撲をやめて、優しい視線を向けてくれた。
私の憧れたお姉さんのまっすぐで温かい視線だった。


「そうだね、のんちゃん。
私はそういう人の夢の形を見るのが好きで、古い街並みが好きになったんだと思うよ。
勿論叶わなかった夢もたくさんあったと思う。
私だっていくつも叶えられなかった夢があったしね。
でも諦めたくなかった夢もあったし、諦めなかったから叶えられた夢もあったんだ。

だからさ、のんちゃん達も夢を持ってくれると、お姉さん嬉しいな。
のんちゃん、小さな頃に私に言ってくれたよね?
将来の夢は『かわいいおよめさんになること』だって」


「それは流石に昔の話過ぎませんか?」


「それならもう諦めちゃった?」


「いえ、まだ諦めたわけじゃありませんけど……」


そう、まだ諦めたわけじゃない。
まだお嫁さんになるために身を入れて努力しているわけではないけど、
大学を卒業した頃には真剣に自分が結婚する事も考えるのもやぶさかじゃない。
お姉さんの言う通り、私も夢に向かって進んで行きたいもの。
どんな小さな夢でも、どんな古い夢でも、等価値に。


「でしょ?
のんちゃんの結婚式には呼んでね!
私、思いっきり祝っちゃうからね!」


「私もいっぱいお祝いするね、和ちゃん!」


お姉さんと憂が瞳を輝かせて私ににじり寄る。
もう、二人とも気が早いんだから。
この調子だと唯は二人以上に盛り上がって……。
そう思っていたけれど、唯は押し黙ったまま真剣な表情を崩さなかった。
結婚について何か考える所があるのかしら。
それとも――。


「やっぱりこんなの私の我儘だよね……」


お姉さんへの挨拶が終わって席に戻った時、
唯が神妙な声色でそう呟いていたのを私は聞き逃さなかった。


☆ ☆ ☆


朝から開かれた盛大な結婚式はお昼過ぎに終わった。
お姉さんには二次会、三次会が残されてるみたいだったけれど、
それに出席するのはお姉さんの学生の頃の友人の皆さんだけだ。
近所の幼馴染みである私達が出席するにはちょっと場違いだろう。
残念だけど、こればかりはどうしようもない。
お姉さんもそう思ってくれたのか、私達とまた話す機会は次の日曜に作ってくれるとの事だった。
そういうさりげない気遣いも、私がお姉さんに憧れる理由の一つだった。

唯と肩を並べて六月の陽気の中を歩く。
道すがらに綺麗な色の紫陽花を見つけては、二人でつい足を止めてしまう。
幸い式場は徒歩で来られる場所だったから、それくらいの時間は取れる。

憂は少しだけ寂しそうな表情で先にバスで家に戻っている。
「梓ちゃんとお昼から約束があるから」と言っていたけれど、それは多分嘘でしょうね。
とても申し訳なさそうな表情だったのを私は見逃さなかった。
憂はどうでもいい事や自分のために嘘を吐くような子じゃない。
それは私もよく知っている。
つまり憂は自分じゃない誰かのために嘘を吐いたのよね。
勿論、それが憂の大好きな人のためなのは一目瞭然だった。

唯。
そう、唯のために、私と唯に話をさせてくれるために憂は嘘を吐いてまで家に帰ったのよね。
後でお礼を言っておかないといけないわね。
お姉さんと話している途中から、唯は急に無口になった。
私達の誰より結婚式にはしゃいでいた唯だったのに、嘘みたいに黙り込んでしまっている。
二人で肩を並べて歩いている今でも、それは変わらない。
何度も私に何か言いたげな視線を向けながらも、口は閉じられたままだった。

唯が何かを伝えようとしている事までは私にも分かった。
その何かが何かまでは分からない。
お姉さんが夢について話していた時、唯は急に黙り込んだ。
夢について考えた事があったのは確かだと思うけれど、それは何なのだろう。
夢、そして結婚。
唯はそれらについて何を考えているのかしら。


「素敵な結婚式だったねー」


都合七度目の紫陽花に足を止めた時、不意に唯が呟いた。
笑顔を見せてはいるけれど、若干無理をしているようにも見える。
私は唯を安心させるために、出来る限り穏やかにその言葉に応じた。


「ええ、素敵な結婚式だったわね、唯。
そう出席した事があるわけじゃないけど、今までで一番だったと思うわ。
お姉さんもとても綺麗な花嫁姿だったものね」


「そうだよね、お姉さん綺麗だったよねー。
和ちゃんがお姉さんに憧れるのも分かるよー」


「憧れるって、唯……」


「違うの?」


「違わないけど、そういうのは本人の前で言う事じゃないでしょ」


「あっ、和ちゃん、照れてるー」


「照れてないわよ、もう……」


「でも分かるよー。
今日のお姉さん、いつも以上にすっごく綺麗だったんだもん。
私だっていつもより憧れちゃうよ!

それに幸せそうで羨ましかったなー。
ウェディングドレスの魔力なのかなあ。
お姉さんの笑顔、とっても眩しかったよね」


「そうね、私もその点は同意するわ」


瞬間、唯がまた数秒黙り込んだ。
何かを言おうと決心しようとしている。
そんな様子だった。
何度か視線を彷徨わせて、何度か口を開けるのを躊躇って、
けれど最後には私にまっすぐ視線を向けてその言葉を言ってくれた。


「和ちゃんの夢って『お嫁さん』になる事なんだよね?」


質問の意図は掴めなかったけれど、きっと唯にとって大切な質問なんだと思う。
私は正直に、真剣にその質問に応じる事にした。


「一番の夢ってわけじゃないけどね。
でも、確かに叶えたい夢ではあるわ。
私だって女の子だもの、お嫁さんには憧れてるわよ」


「だよね?
私も和ちゃんがお姉さんを見てるのを見て分かったもん。
和ちゃんもお嫁さんになりたいんだって。
幸せな花嫁さんになりたいんだよねって」


「ええ」


「ねえ、和ちゃん、知ってた?」


「何を?」


「私ね、和ちゃんのお嫁さんになりたかったんだよ?」


「知ってるに決まってるでしょ」


「そうだったの?」


「知らないって思ってる方がおかしいわよ。
だって唯ったら幼稚園の頃からずっと私のお嫁さんになるって言ってたじゃない。
これで気持ちを隠してるつもりだったら、それこそ変な話よ」


「あははっ、それもそうかもねー。
でもね、最近は言ってなかったから、和ちゃんも忘れてるかもって思ったんだ」


それは唯の言う通りだった。
確かに最近の唯は私のお嫁さんになりたいとは昔みたいに言わなくなった。
いつからだっただろう。
少なくとも高校生になってから唯のその言葉を聞いた記憶は無い。


「中学生になってからね、言ってないんだよ、和ちゃん」


私の思っている事に気付いたのか、唯が少し寂しそうな笑顔で答えを教えてくれた。
中学生になってから。
そんなに前から唯は私にその言葉を言わなくなっていたのね……。
それは何故?
唯の気持ちに変化があったから?
私にその言葉を伝えられない理由が出来たから?


「中学生になった頃からずっと悩んでたんだ、こんなの駄目だよねって」


唯が続ける。
寂しそうに、でも決心が込められた力強い瞳で。


「私は和ちゃんのお嫁さんになりたかったんだ。
和ちゃんのお嫁さんになれば幸せになれると思ったし、すっごく楽しそうだったんだもん。
でもね、いつ頃からかなあ……。
和ちゃんの夢が『お嫁さん』になる事だって知ってから、それはいけない事だって気付いたんだよね。
今日の和ちゃんを見てて、余計にそう思ったんだ。
だからね……。

私、和ちゃんのお嫁さんになるの諦めようと思うんだ。
今日、素敵な結婚式を見てて、思ったんだよ。
やっぱりそんなの駄目なんだよねって。
だってそれは和ちゃんの夢を壊しちゃう事になっちゃうんだもん」


燦々とした六月の陽気の中、唯がそう寂しそうに微笑んだ。
唯の想い。
唯の決心。
私はその言葉をどう受け止めよう。
どう捉え、どう返すべきなんだろう。

唯は私のお嫁さんになりたいと言った。
その想いは幼い頃からずっと胸の中に抱いてくれているんだろう。
けれど私の夢も誰かのお嫁さんになる事だった。
それで唯は悩んだんでしょうね。
二人の夢が合致する事は決して無いんだって。
それで唯は自分の夢を一つ諦めた。
自分の夢で私の夢を壊してしまわないように。


「唯、それは……」


「ううん、何も言わないで、和ちゃん。
私、決心したんだもん、和ちゃんのお嫁さんになるのは諦めよう、って。
お姉さんの花嫁姿見てて思ったんだもん。
和ちゃんにはちゃんとお嫁さんになってほしいなって。
ウェディングドレスを着た一番可愛い和ちゃんを見せてほしいなって。
だからね……」


「え?」


「私、和ちゃんのお嫁さんになるの諦めて、和ちゃんのお婿さんになるよ!
和ちゃんには『お嫁さん』になるって夢を叶えてほしいんだもん!
ウェディングドレス姿の和ちゃんが見たいもん!
そのためだったら私がお嫁さんになれなくても、全然大丈夫だもんね!」


「あ、そういう事なのね……」


それには色々と問題があるんじゃ、とは少し思ったけど私は言わなかった。
そんな事、唯はきっと百も承知でしょうしね。
それでも唯は私との未来を考えてくれている。
叶えたい夢について、真剣に考えているのよね。
断腸の思いで一つの夢を諦めてさえ、本当に叶えたい夢だけは絶対に諦めずに。
だから私は唯の夢について野暮な事は言わない。
代わりに伝える事は、そう、こういう言葉はどうかしら。


「私のお婿さんになってくれるのはありがたいんだけど、唯……」


「うん!
結婚式の時にはびしっとスーツも着こなしちゃうよ!」


「二人ともお嫁さんって選択肢もあるんじゃないかしら」


「あっ……」


その時の唯は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。
鳩が豆鉄砲を食らっても表情は変わらないらしいから、あくまで慣用句なのだけれど。
とにかくすごく驚いた表情をしていたのは確かだった。
でもやっぱりその選択肢を全く考えてなかったのね、唯……。


「そそ、そんなのかか関係無いよ!
私は和ちゃんのお婿さんになるって決めたんだもんね!」


その震えた声には全く説得力が無かったけれど、
それでも自分の決心を貫こうとしてくれてるのはとても嬉しかった。
唯は唯なりに私との未来を真剣に考えてくれてるのよね。
だからこそ私も自分の気持ちと向き合って、唯との未来を本気で考えないといけないと思う。
私なりの答えを唯にきちんと伝えたいもの。
だけどとりあえず今は唯の言葉の意味を確認しておかないとね。


「ねえ、唯、それはプロポーズでいいのかしら?」


「うん!
これは私から和ちゃんへのプロポーズだよ!
答えはまだ先でいいけど、私、いつか和ちゃんのお婿さんになりたいな!」


「ありがとう、唯、嬉しいわ。
でも私のお婿さんになるのは大変よ?
私のお婿さんになるからには唯にはもっとしっかりしてもらわないと。
まずは部屋の整理整頓くらいは出来るようになってほしいわね」


「が……、頑張るっ!」


唯が拳を握りながら宣誓して、私はそれが嬉しくてまた笑ってしまう。
同性の私達。
まだ恋人ですらない私達。
そんな事はお互い分かり切っている。
大切なのはお姉さんの言っていた通り、夢のために行動する事。
その先に何が待っているのかは分からない。
ひょっとしたら私達の夢が崩れ去ってしまう未来が待っているのかもしれない。
けれど二人なら。
唯と一緒ならそれまで笑っていられると思う。

不意に笑顔が隠し切れない私の頭に唯が手を伸ばした。
キスをねだるつもりかと錯覚したけれど、勿論違った。
流石の唯もそこまで大胆じゃないわよね。


「あれ、和ちゃん、ドレスの首筋に何か付いてるよ?
取ってあげるね」


「本当? 何かしら?」


「あ、これ……」


首筋に付いていた何かを取った唯が私にそれを見せてくれた。
見覚えのある花の欠片。
ついさっきまで会場で目にしていたものだ。


「ブーケの欠片だね」


「そうね……、どうして私の首筋に付いてたのかしら?」


ブーケトスの際、私はブーケ争いには参加しなかった。
唯も憂も傍から見てて参加はしていなかったはず。
なのにどうして私の首筋にブーケの欠片が?
首を捻って考えてみてすぐに思い当たった。
私達にはこういう事をしそうな人が身近に居るじゃない。
唯もそれに気付いたらしく、ブーケを手の中で転がしながら笑った。


「きっとお姉さんだねー」


「そうでしょうね。
それにしてもいつの間に付けたのかしら?」


「お姉さんならそんなの簡単に出来るよ!
そんな事より和ちゃん、これは運命だよ!
このブーケは次に和ちゃんが私のお嫁さんになるって運命を示してるんだよ!」


「かなりインチキっぽい運命に思えるけどね」


「インチキでも運命は運命だよ、和ちゃん!」


「そ、それはどうなのかしら……」


軽く苦笑しながら呟いていて、不意に私の脳裏に懐かしい光景が映し出された。
いつだったか唯とこういうインチキっぽい運命について話し合った事がある気がする。
あれは確か唯が急に結婚について話し始めて……。
思い出したわ。
私が『結婚』に関して考える時、唯の事を連想するようになったきっかけ。
まるでインチキみたいなこじつけだったけれど、悪い気はしなかった。
あの日、唯は初めて見せる表情で言ったのよね。
顔中を真っ赤に染めながら、満面の笑顔を浮かべて。
私が唯の事を初めて意識するきっかけを作った表情で。
そうね、あの日から唯は夢のために頑張ってたんだわ。
私はブーケを転がす唯の手を取って、唯の優しい瞳と視線を合わせた。


「『私達には結婚の女神様の祝福があるんだよ、のんちゃん!』
……だったわよね?」


「あの時の事、憶えててくれたんだね、和ちゃん!」


「つい今思い出した所よ、唯。
もう……、唯が変な事を言い出したせいで、ずっと気になってたのよ、私」


「気になってたって何が?」


「結婚って言葉を思い浮かべる度に、唯の顔が頭の中に浮かんでたのよ。
どうしてなのかきっかけが思い出せなくて、結構悩んでたのよ?」


「えへへー。
『和ちゃんがつい私の事を気にしちゃう作戦』成功ー!」


「そんな作戦なんて考えてなかったでしょ」


「結果オーライだよ!
それにね、あの時の私には本当に運命にしか思えなかったし、
今だってこれは私達の運命なんだって本気で信じてるんだもんね!」


「まあ、たまたまを運命と呼んでもいいのなら、そうなるのかもしれないけれどね」


「えー、和ちゃんはこういう運命は嫌なの?」


「いいえ、別に悪くないんじゃないかしら。
結婚の女神の祝福……、無いよりはあるに超した事はないものね」


「でしょー?
私、漫画読んでて、これだってビビッて来ちゃったんだ!
結婚の女神様の名前が私達の名前の頭文字で出来てたんだもん!
和ちゃんを振り向かせるにはこれしか無いって思ったなあ。
嬉しくて和ちゃんに伝えずにはいられなかったんだよね。

『ねえねえ、のんちゃん、結婚の女神様の名前って知ってる?
『ゆ』いと――』」


「『の』どかで――」


「『ユノー』」


言葉を紡ぎながら私達は指を絡める。
笑顔で、見つめ合う。
夢を持って、未来を紡いで、
結婚の女神の運命を冗談交じりに信じながら――。
そんな風に二人で歩いて行けたら、とても幸せだろうなと思った。
これはそんな――、六月の日の出来事。