「ほっ!はっ!とーりゃー!!!」
「な、なんだ……?」
部活の後、忘れ物に気付いた私が、一人、部室へ戻ってきて見た光景は、異様なものだった。
「えいっ!でいっ!ぬぉーーー!!!」
「……ほんとになんなんだ?」
その後継が異様過ぎて、私は、らしくもなく、呆然と”それ”を見つめていた。
「おい、律、なにやってるんだよ」
「ふにゃっ!」
聞き覚えのありすぎる声に振り返ると、校門で待っているはずの、四人が私の背後に立っていた。
「どうしたんですか、こんなところに突っ立って、みんな待ってるんですから、早k」
「し〜、静かにしろよ」
私は、生意気な後輩の口を塞ぐと、黙って、部室を指差し、
その中でうごめく”それ”をみんなに見せた。
「……りっちゃん、”あれ”なに?」
「知るかよ」
唯の問いかけに、そっけなく返しながら違和感を感じていた。
そうだ、こんな異様な光景を見て、澪が悲鳴を上げないなんて、おかしい。
そう思って振り返ってみると、
「ミ、ミエナイキコエナイミエナイキコエナイミエナイキココココ」
「澪ちゃんしっかり、大丈夫だから、ね」
思った以上の惨状で、ムギにすがり付いていた。
「……でも、本当に”あれ”なんなんでしょうね」
いつの間にか、私の腕をすり抜けた梓が問いかける。
「あ、そうだ、狐憑きだよっ!」
「ひっ!ミミミミミエナイキコココココ」
「唯先輩、これ以上澪先輩怖がらせないでください。
だいたいそんなことあるわけないじゃないですか」
「でも、昨日やってたTVで、こんな感じの人出てたよ)
「おい、お前ら声が」
私が、二人の声量を注意しようとした時、”それ”の動きが、突然止まった。
「やべっ、ばれたか?」
「どどどど、どうしよ、りっちゃん、私も狐さんに憑かれちゃうのかな?」
「唯先輩、もう馬鹿なこと言わないでください」
そう言ってる合間にも、”それ”は、振り返り、こちらへ向かってゆっくりと歩いてくる。
「りっちゃん、逃げよう!」
「でも、澪ちゃんがこんな状態じゃぁ」
唯の提案を、ムギが否定する。
無理もない、澪は、ムギにすがりつき失神しかかっている。
「澪先輩をみんなで抱えて逃げましょう」
「って、そんなこと出来るのかよ」
「でも、ほかに方法はないじゃないですか」
「そうだな、よし、じゃあ」
そう言ったときだった。
大きな音を立て、部室のドアが開いた。
「おまえらー!!!!見ぃーたぁーなぁぁぁあああああー!!!!!」
「「「きゃーーーー!!!!!」」」
―――
「……酷い目にあった」
「はい、澪ちゃんお茶。大丈夫?」
「ありがとう」
いまだ涙目の澪が、ムギからカップを受け取る。
「ごめんなさい……見られたらと思ったらつい……」
そして、私達の前には、肩を落とし、俯く”それ”こと、さわちゃんが座っていた。
「で?いったいなにやってたんだよ〜」
「そ、それは……」
不機嫌な私の問いかけに、沢ちゃんは口ごもる。
「そうだよ、なに、一人でピョンピョン飛び回ってたの?
私、狐さんに憑かれたのかとおもっちゃったよ」
「空中をにらんでたかと思うと、手を必死に伸ばして、異様でした」
「いやぁ、あのぉ……最近ちょっと運動不足で……」
「適当な嘘でごまかさないでください。
澪先輩だけでなく、私達だってそうとう怖かったんですから」
「そうだぞさわちゃん、きちんと吐いちまった方が楽だぜ」
「田舎のお母さんも泣いてるよさわちゃん」
「だからがんばってたんじゃないのよー!!!」
唯の言葉に逆切れしたさわちゃんが、叫ぶ。
「お、落ち着けよさわちゃん」
「……ごめんなさい」
「で、お母さんを悲しませないことと、さっきの行動に、いったい何の関係があるんですか?」
「実は……」
梓の問いかけに、さわちゃんは、やっと重い口を開き始めた。
「実はね、再来週の日曜日、大学の友達の結婚式があるの。
だからね、その練習を……」
「練習?」
「そう、練習」
聞き返す私に、さわちゃんは頷く。
「さわちゃん、それじゃ説明になってないよ」
「そうですよ、結婚式と飛び跳ねるのと何の関係があるんですか?」
「ひょっとして、ブーケトスじゃないか?」
さわちゃんの、要領を得ない説明に、質問を重ねる、唯と梓に答えたのは、澪だった。
「ブーケトス?」
「ほら、結婚式の時に、花嫁がブーケ投げるだろ?
そのブーケを受け取った女の子は、次に花嫁になれるって言うジンクスがあるんだ」
「もちかちてぇ、夢見る澪ちゃんもそんなジンクス信じてたりして〜♪」
「う、うるさい!」
「あいたぁ!」
澪に殴られ、おでこを摩る私を無視して、梓が問いかける。
「つまり、さわ子先生も、そのジンクスにあやかって、次の花嫁になれるように、ブーケを取る練習をしていたという事ですか?」
「わ、悪い?」
「悪くはないですけど……」
「ジンクスに頼るようになっちゃおしまいだな」
「ぬぁんですってええ!」
「い、いえなんでも」
「でも、うちのママは、ブーケとってすぐ、パパにプロポーズされたって言ってたから……」
「「「ママ?」」」
「お、お母さん!」
「そう言えば、内のお母さんもそんなこと言ってた気がします」
「ほらね、そう言うことあるのよ」
澪と梓の話に、さわちゃんが、ふふんと鼻を鳴らす。
「じゃぁ、明日から、再来週の日曜日まで、私達でさわ子先生の、練習のお手伝いしない?」
「そうしよう!」
ムギの提案に、唯が即座に賛同を示す。
「でも、練習が」
「あずにゃん、さわちゃんはこのチャンスを逃したら、一生結婚できないかも知れないんだよ?」
「そうだな、さわ子先生に幸せになってもらいたいし」
「そうですよね」
「貴方達……」
こうして、私達は、次の日からさわちゃんの特訓をすることになり、その日は解散となった。
―――
「それでは、放課後ティータイムプレゼンツ!”溺れるさわちゃんはブーケをもつかむ大作戦”開始ー!」
「「「おー!!!」」」
「貴方達、練習に付き合ってくれるのは嬉しいけど、そのネーミングはなによ?」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない。
用は、きちんと練習が出来て、さわちゃんが再来週の日曜の結婚式で、ブーケが取れればいいんだろ」
「まあそうなんだけど……」
私は、さわちゃんの不満を押さえると、夕べ寝ずに考えたプランを口にした。
「それではまず、さわちゃんには梓を負ぶってもらう」
「えー、なんでですか?聞いてないですよ」
「まあ、言ってないからなっ。」
「威張らないでください」
「梓を錘として負ぶってもらい、下半身の筋力強化に努めてもらう。
もちろん、錘はずっと梓というわけではない!
二日ごとに、私、唯、ムギ、澪と重量を増やしていく!」
「な、なんで私が一番最後なんだよ!」
「だって澪しゃん、この前太ったって言ってたし〜」
「うっ……」
私は、落ち込む澪を他所に、説明を続けた。
「よしっ、では梓を負ぶって」
「はい!」
「では次に、この、”りっちゃん”って書いた石を、窓から投げるので拾ってきてくれ。
見つけ出せなければ、晩飯は抜き!
そうそう、そこら辺の石に”りっちゃん”って書いてもばれるからな」
「律先輩、パクリはだめですよ」
「それに、こんなところから石を投げて、人にでも当たったらどうするんだよ」
「そ、そっかぁ」
夕べ、徹夜してまで漫画読んで考えた、私のプランはあっさり否定されてしまった。
「私、ブーケ用意してきたから、それを取ってもらいましょう」
「お、おう、さすがムギ!
私もそう言おうと思ってたんだ」
「調子いいこというなっ!」
「あいったぁ!」
それからは、私達の長く苦しい日々が始まった。
二日ごとに錘の重量を増やし、ブーケの数もどんどん増やし、一つでもさわちゃんが落とそうものなら、日ごろの恨みをはr、いや、活を入れ、
本番前日には、澪を負ぶったまま、同時に投げられたブーケ八つを、すべて受け取れるまでになっていた。
「よくやったよさわちゃん」
「みんな、ありがとう」
「いや、喜ぶのはまだ早いぜ」
「え?」
「最後の試練だ」
私が、そう叫ぶと、部室にわらわらと人が流れ込んできた。
「こ、これは……」
「3年2組のみんなです」
「みんなさわ子先生に協力したいって」
「憂と純ちゃんもいるよ」
「貴方達……」
「最後の試練、それは、本番と同じように、大勢の中でもまれながら、ひとつのブーケを目指してもらう」
「わ、分かったわ」
「じゃ、早速」
ざわめいていた部室が静まり返る。
さわちゃんは、中央よりやや左手前にいる。
ならばやはりここは右奥を目指して!
「とぉーりゃぁー!!!」
私はブーケを放った。
ブーケは高々と上がり、
「と、届きません!」
「無理」
梓といちごの頭上を越え、さわちゃんから遠ざかるように飛んでいく。
「どけー!」
「ひっ」
「きゃっ」
だが、さわちゃんは、進行方向に立ちはだかる、澪と昭代を、目だけで萎縮させ、開いたスペースに突き進む。
「唯ちゃん、私が抱えるから取っ手」
「うん、」
ムギが唯を抱えて飛び上がるが、やはり届かない。
「先にとってしまえば!」
「バレー部の維持にかけて!」
エリとアカネが、脅威のジャンプ力を見せたが、最高点に達したブーケには届かない!
「よっしゃぁ!」
それを見たさわちゃんは、猛然と人を掻き分け突き進む。
「じゃぁ、私が!」
今度はバスケ部の信代が飛び上がるが、目測を誤ったのか、人に押されたのか、僅かに横にずれてしまった。
「あと少しっ」
さわちゃんは、すごい執念で、もう少しで、ブーケに手が届きそうなところまで来ていた。
その時だった。
「憂、さわ子先生のためよ、本気で行きなさい!」
「うん」
突然、奥からウイチャンが飛び出した。
「そんな!」
突然の伏兵に、驚きの声を挙げる沢ちゃん。
「よし、後1センチ」
誰の目にも、ブーケは憂ちゃんの手に収まると思った時だった。
「あきらめてぇったまるかぁーっ!!!」
さわちゃんの咆哮がとどろいた。
「うぎゃーっ!!!」
そして、なんとさわちゃんは、目の前にいた鈴木さんのモフモフを掴むと、それを反動に飛び上がった。
「え?先生?」
その凶行に驚いた憂ちゃんが怯み、一瞬の隙ができた。
「うぉーりゃぁぁああああ!!!」
そして、次の瞬間、パシッと言う、小気味良い音をたて、ブーケはさわちゃんの手に収まっていた。
「はぁっ、はぁつ……」
部室は静まり返り、沢ちゃんの息遣いだけが響く。
そして、その次の瞬間、部室はわれんばかりの拍手に包まれた。
「おめでとー!」
「さわちゃんやったぁ!」
「やったね!」
「おめでとうございます!」
「さわちゃん最高!」
「わ、私のモフモフが……」
そして、私は、賞賛に包まれるさわちゃんにゆっくりと近づき、肩を叩いた。
「おめでとーさわちゃん、これで明日ばっちりだよな」
「うん、りっちゃん、みんな、ありがとう!
私、明日がんばるね。
そして、幸せになります!」
さわちゃんは、一層大きな拍手に包まれた。
―――
「さわちゃん遅いね〜」
週明けの月曜日、ホームルームの時間になってもなかなか現れないさわちゃんを、みんな心配そうに待っていた。
「まさか、昨日」
ムギがそう言いかけたとき、教室のドアが開いて、さわちゃんが入ってきた。
そして、その入ってきたさわちゃんの憔悴しきった表情を見た瞬間、
さえぎられたムギの言葉が、私の口から飛び出た。
「まさか、ブーケ取れなかったのかよ!」
「……うわぁーん」
私の責める様な言葉に、さわちゃんは泣き出してしまったが、私も止められなかった。
「なんだよ、あんなにがんばったのに、なんで取れなかったんだよ!」
「だって、しょうがないじゃない」
「なんでしょうがないんだよ」
「だって、神前結婚式だったんだものーーー!!!」
おしまい
最終更新:2013年07月13日 15:06