逆上がりができなかった。
小学校のクラスで、できないのはわたしくらいなものだった。
「逆上がりをするとさ。もうひとつのせかいがみえるんだよー」
クラスで一番上手な唯が言った。
くるんくるん。

わたしは公園に通うようになった。
仕事でくたくたの父親が毎日練習に付き合ってくれた。
家に帰ると必ず母親が温かいお風呂をつくっていて、「おつかれさま」と笑った。
そのお風呂には普段いいことがあった時にだけ使うはずの白い入浴剤が必ず入っていた。
結局、逆上がりはできなっかたのに。
あたたかい湯、よくわかんないけどいいにおい、できない逆上がり、公園の夕日。
わたしはいつも泣かずにはいられなかった。


あれからいろいろあってわたしは中学生になって高校生を卒業して、大学生活をけっとばして海外に留学した。
もしかしたら、わたしは世界の残り半分をずっとさがしていたのかもしれない。
新たな世界は楽しいけど、時々ひどく寂しくなる。
もう大人になった私は泣かない。
そんなときわたしはあの入浴剤を入れたお風呂に入る。
それで真っ白、リセットできる。

海外にいると、よく日本のすごいとこはどこかって聞かれる。
わたしは「入浴剤」と答える。
たいていは首を傾けられる。
こんどは逆にわたしが「ここのよいところはどこかしら?」と聞く。
彼らはこう答えた。
「家庭のつながりが強いんだ」
それは日本もね。
わたしは笑った。

おわり!

最終更新:2012年10月13日 18:07