貴方の穏やかな寝息と、しとしとと振り続ける雨音だけが聞こえる、ほの暗い部屋の中。
私は、貴方のぬくもりに包まれ、幸せを噛み締めていた。
まさか、こんな日が訪れるなんて、あのころは少しも思っていなかった。
確かに、出会ってすぐ、私は貴方に恋をした。
でも、こんな関係になれるだなんて思いもしなかった。
ただ、”好き”それだけだった。
だって、それ以上を望んでも仕方がないと思っていたから。
貴方は、普通に恋をして、普通に結婚をし、優しい旦那さんと、子供達に囲まれ、平凡ながらも、幸せな人生を送ると思っていた。
そして、それが貴方に相応しいと思っていたから。

「本当に、これでよかったの?
私でよかったの?」

少し、不安になって、そっと手に触れると、優しく握り返してくれる。

「起きてるの?」

そっと顔を覗き込んでみたけれど、あどけない寝顔のままだった。

私は、安心したような、少し残念なような複雑な気持ちで、再び身を横たえる。
そして、また思い出に、思いをはせていく。

―――

部活でのお茶の時間、練習、夏休みの合宿に、学園祭でのライブ。
いつも、貴方が傍にいた。
そして、貴方のいろいろな面を発見するたび、どんどん好きになっていった。
みんなが欠点だと言うところでさえ、私にはかわいく見えた。
そして、私が、支えてあげられたら。
そんな風にまで思うようになっていた。

「でも、知らなかったんだよね?
私がこんなに好きだったの」

そっと指を伸ばし、ほっぺをつっついてみる。

―――

そんな私達の関係に転機が訪れたのは、私達が離れ離れになった時、
そう、貴方が卒業してしばらく経ったころだった。

卒業する時、連絡するって言ってくれたのに、貴方は全然連絡をくれなくって。
私は、落ち込んでいた。
ほかの先輩とは連絡を取っていたけれど、貴方のこと、聞くに聞けなかったし、
何より、私の事なんてなんとも思っていなかったんだという思いが、胸を締め、
そんな気力さえ、なくなっていた。
でも、そんな風に思っていても、諦められなくって。
そうやって、うじうじ考えていた、六月の雨の日。

突然、貴方が放課後の部室に現れて。

「そして、いきなり抱きしめられたんだよね」
私は、その時そうされたように、背中に腕を回し、強く抱きしめる。

―――

そのあと、貴方は、みんなの前で、私に告白してくれた。
離れ離れになってから、私への思いに気付いたって。
だからこそ、自分から連絡するのは躊躇われたんだって。
でも、私からの連絡も来ないから、辛かったんだって。
そして、それに耐えかねて、今日、来たんだって。
私は、それを聞いて、みんなの前だということも忘れて、貴方の胸に飛び込んだ。

その後はたいへんだった。
次の日から、学校中の噂になって、みんなから羨望や非難めいた視線にさらされたから。

「でも、あの時は、本当に恥ずかしかったんだよ」

もう一度、ほっぺをぷにぷにとついてみる。

―――

でも、それからはとても幸せだった。
毎日、メールや電話をし、夏休みや春休みには、二人で旅行した。

私が、同じ大学に入ってからは、本当にいつも一緒で。
放課後ティータイムの先輩方はもちろん、ほかの先輩方や、同級生達にも温かく見守られて。

でも、そんな楽しい日々にも終止符が打たれる時が来た。
あれは、貴方が4年の夏。
ご両親からお見合いの話が舞い込んだ。
なんでも、お父さんの仕事関係の人の息子さんとかで、断りにくい相手だった。
しかも、その相手は、高収入であるばかりか、”温和”を絵に描いたような好青年だということだった。

その話を聞いて、私は絶望した。
だって、そうじゃないか。
同性の私では、幸せに出来ない。
結婚だって出来ないし、子供だって。
だから、私は別れを決意した。

私は、貴方を、二人でよく散歩した公園に呼び出した。
そして、私が口を開こうとした瞬間。

「先に言ってくれたんだよね。
あの時、嬉しすぎて、なにがなんだかわからなくなっちゃったんだよ。
……ねぇ、なんて言ってくれたか覚えてる?」

「もう一度、ケーキ入刀しよう」
「え?起きたの!?」

私が、驚いて尋ねると、いたずらっぽく微笑んで答えた。

「うぅん、実はずっと起きてた」
「ずるい!ずっと聞いてたんだね!」
「ごめんごめん」

私が怒って背を向けると、貴方が、優しく抱きしめてくれる。
そして、耳元で、さっきの言葉を続けた。
「もう一度、ケーキ入刀しよう。
法律上は結婚、無理だけど、私は、ずっと梓と一緒にいたいんだ」

私は、その優しい声音に、目頭が熱くなった。

「で、梓はなんて答えてくれたんだっけ」
「私m」
「だめ」

私が、涙声で答えようとすると、優しく制止された。

「きちんとこっち向いていって」

私は、のそのそと振り返ると、愛しい瞳を見つめ、ゆっくり答えた。

「私も、澪先輩とずっと一緒にいたいです」

私が、プロポーズの返事を繰り返すと、息が出来ないほどの強さで抱きしめられた。

「梓、愛してる」
「澪せんp」
「澪」

口癖を訂正され、言い直す。

「澪、愛してる」
「わたしも……」

私達は、そっと唇を重ねる。

―――

澪、本当にありがとう。
私は、貴方が告白してくれたこの日、みんなに祝福されて、結ばれたこの日、
6月27日という日を一生忘れません。

「ずっと一緒だよ、澪」
「うん、ずっと……」

そして、二人で過ごす1日1日を大切にしていきます。
死が二人を分かつまで、ずっと。


終わりです。



最終更新:2013年07月14日 15:33