*登場人物A・B 共に女性、20代

Aが親戚の結婚式に出席して、帰ってきた時の会話


A「新婦さん、綺麗だったなあ。 嬉しそうに笑ってさ、幸せそうだったよ」

B「ふうん」

A「やっぱり結婚するなら6月だよなあ、憧れるなあ」

B「なんで?」

A「なんでって、ジューンブライドだよ」

B「ジューンブライドねえ」

A「6月の花嫁は幸せになれるんだぞ」

B「そっかあ? それ統計取った結果なのか? データあんの?」

A「データなんか無いだろうけど……」

B「それに6月ってヨーロッパなら良い季節なんだろうけどさ、日本じゃ梅雨でジメジメだぞ?」

A「そうだけどさあ」

B「招待される方は天気の心配しなきゃいけないし、着物は汚れるしあんまり嬉しくないだろ」

A「夢がないこと言うなよ……」

B「じゃあお前の結婚式も6月がいいのか?」

A「え?結婚?……私? い、いや急にそんなこと言われても……まだそんな」

B「憧れるって言ってたじゃん」

A「あっ、あっ……でもやっぱり6月がいいかな……」

B「どんな結婚式にしたいんだ?」

A「えっと……そうだな、人が多いと恥ずかしいし自分たちだけでこじんまりしたのがいいかな」

B「あー、お前らしいな」

A「手作りでアットホームな感じで。 そうだ、ドレスもシンプルなのがいい」

B「それスタイルが良いから言えるセリフだぜ。 きっと似合うだろうけどさ」

A「そ、そうかな……えへへ」

B「友達は呼ぶんだろ? あいつらとかさ」

A「そりゃもちろん。 皆に囲まれてブーケトスは欠かせないしな」

B「そっか、よしじゃそのブーケあたしが取ってやる」

A「は? お前が?」

B「おうっ、そういうのは得意だからなっ」

A「……」



――――――――

律「とこんな会話があってだな……」

そこまで話すと、律は手に持ったコーヒーカップに視線を落としひと口飲んだ。

律「それからAの奴の機嫌が悪いんだよな、ぶすっとっしやがってわけわかんねえ」

そして律の視線はコーヒーカップを離れ、テーブルの脇に飾られた花から窓の外を経由して
また正面に座った梓に戻ってきた。

今まさにジューン・ブライドの季節
梅雨の晴れ間のその日、待ち合わせに使ういつもの喫茶店、窓際の席に二人は居た。


梓「なるほど、それが今日の本題なんですね」

律「なんだよ本題って」

梓「どうでもいい前置きが一時間あったじゃないですか」

律「どうでもいいとか言うなっ! 私は久しぶりに会った後輩と旧交を温めようとだな」

梓「久しぶりじゃないです、先月もここに呼び出されましたよ」

律「あー……そうだったけ」

梓「とぼけないで下さいよ、Bさん」

律「Bさんじゃねえよっ! 今のは知り合いの話だっつったろ!」

梓「そうでしたね、まあそれこそどうでもいいですけど」

律「……んだよ、言うようになったじゃねえか」

梓「私だってそれなりに社会の荒波に揉まれてますからね」

律「揉まれてる割には相変わらずペタンコな胸ですこと、ホホホ」

梓「なっ……律先輩に言われたくないですよっ!」

律「へへっ怒んなよ、これはお約束みたいなもんだ」

梓「そんなお約束いらないですよっ」

梓「それはともかくですね」

律「ん?」

梓「澪先輩ともめるたびに私を呼び出すのやめてくれませんかね」

律「んなこと言うなよ、お前が一番相談しやすいんだよ。 ほらお前らだって似たような感じだしさ」

梓「まあそれは否定出来ませんが……でも私はAさんポジションですけど」

律「だからこそだよ。 頼りにしてるんだよ、あずにゃん」

梓「あ、あずにゃんはやめて下さいよっ」

律「え? 今でも呼ばれてるんだろ?」

梓「もう呼ばれてませんよ、もう」

律「へえ、いつから?」

梓「いつからでもいいじゃないですかっ わかりましたよ話聞きますから」

律「へへっ、そう来なくっちゃ」

律「そりゃBも悪いところがあったら謝り様もあるんだけどさ、それが判んねえんだよな」

梓「……」

律「何でブーケあたしが取ったらダメなんだよ」

梓「あたしが取ったら?」

律「い、いや間違った。 Bが取ったら」

梓「はあ……」

律「梓?」

梓「ごちそうさまです」

律「え? あ、いやそりゃここは私が払うけど」

梓「そういう意味じゃないんですけどね……なんですかねえもう聞くまでもないっていうか」

梓「ていうか本当にわからないんですか? 本当は判ってるのに私に言わせたいんじゃないですか?」

律「んなこたねーよ。 判らないからきいてんだろーがよ」

梓「言ってもいいんですか?」

律「だから言ってくれよ」

梓「じゃあ言いますけど、馬鹿ですね」

律「は?」

梓「Bさんは馬鹿です、大馬鹿」

律「なんだとーっ!」

梓「あれ? なぜ律先輩が怒るんですか?」

律「うっ……あ、そ、そうだった。 でも馬鹿ってなんだよ」

梓「一緒にいる人の気持ちがわからないからです。 そんな人を馬鹿っていうんです」

律「えー」

梓「立場が違うんですよ」

律「立場?」

梓「AさんはBさんにはブーケを取る立場にいて欲しくなかった、ということです」

律「えっと……AはBの方が先に結婚してて欲しいってこと?」

梓「違いますよ、なんで判らないんですか」

律「そう言われてもなあ……」


梓「だったら聞きますけど」

律「?」 



梓「その結婚式、ブーケを投げる澪先輩の横に立っているのは誰なんでしょうね?」

梓「じゃあ私はこれで、今日は時間が無いんです」


考えこむ律の返事も待たず梓は席を立った
時間が無いなんて嘘だ、早く家に帰りたくなっただけ

なんだかとても帰りたくなっただけ

家で待っているあの腹ペコ魔人に何か甘いもの、プリンでも買って帰ろう
梓の目に彼女の嬉しそうな笑顔が浮かんでくる

プリンを食べながらさっきのブーケの話をしてみよう
あの人はなんて答えるだろうか

さてどう話を切り出そうか
今日律先輩と会って……いやいや、もっと自分たちに置き換えた方が……

考えながら梓は口元を隠すように手を当てた

自然と口元がほころぶのを抑えられなかったから

誰かを想って誰かに想われて
泣いて笑って怒って悩んで喜んで

そんな彼女たちのなんてことない日常

そんな彼女たちのなんてことないお話

ある梅雨の晴れ間の昼下がりのお話


――――数日後  とある喫茶店にて


唯「どうしよう、あずにゃんが怒って口きいてくれないんだよ〜」

和「ねえ唯」


和「梓ちゃんともめるたびに私を呼び出すのやめてくれるかしら」


                             おしまい



最終更新:2013年07月13日 15:14