「ソーメン出来たぞー」


「えー、またソーメンなのー?」


テーブルに突っ伏して溶けてる唯の不満の声を無視して、出来たばかりのソーメンを配膳する。
唯の奴、ノーブラにTシャツでスパッツなんてだらしない恰好しやがって。
私も人の事は言えないけどさ。
蒸し暑い部屋だけど、ソーメンの中に入れた氷がちょっと涼しい。
今日の昼飯は確かにまたソーメンだ。
だけど今日はちょっと工夫を凝らしてみたんだよな。
唯もそれには気付いたみたいで少しだけ目を輝かせた。


「あっ、今日はちくわ付きなんだね」


「まあな、いつも卵ときゅうりばっかりじゃ飽きるだろ?」


「でもソーメンにちくわって何か変じゃない?」


「文句を言う子にはそのちくわもあげません」


「すみません! いただきます!」


「それでよろしい。
んじゃちょっとお邪魔して」


私がそう言っただけで唯は二つ並べた椅子の右側に寄ってくれた。
左側の椅子に座ってから私は床に置いてあるバケツに足を突っ込んだ。
おー、ちょっと温くなってるけど、やっぱ氷水に足を浸けると気持ちいいな。
唯の足も入ってるから少し窮屈ではある。
でもそれも悪くない。


「それじゃりっちゃん、ソーメンいただきまーす」


「はいはい、召し上がれ」


不満を口にしていた割に、唯が嬉しそうにソーメンを口に運んでいく。
アクセントとして入れてみたちくわの味も楽しんでくれてるみたいだ。
って、このままじゃ唯に全部食べられちゃうな。
ソーメンをつゆに浸けて一気に口に運ぶ。
うん、我ながら結構いい出来だ。
まあ、ソーメンくらいで自慢出来る話じゃないけどさ。


「ソーメンは冷たくて美味しいけど、やっぱり暑いねー、りっちゃん」


「当たり前の事言うなよ」


「当たり前でも本当の事でしょー?」


「そうだな、クーラー使ってないもんな」


「ご、ごめんね、私がクーラー苦手で……」


「いいよ、クーラー使わない生活ももう慣れたっての。
電気代もかかるしな」


笑って唯の頭を撫でてやる。
照れた表情で頬を染める唯。
そのまま私の肩に頭を寄せてきた。
夏の暑さに茹で上がった唯の体温がそのまま私の肩に伝わる。
表現は大袈裟かもしれないけど、太陽に熱された石みたいな体温だ。
じんわりと私の肌にまた汗が滲み出てくる。
だけどそれも唯も同じなんだろうな。
あーあ、暑いのが苦手なくせに無理しやがって。

私は手をバケツの氷水に突っ込んで小さめの氷を取り出した。
唯の首筋に軽く這わせてやると、あっという間にその氷は溶けてなくなった。
ほとんど涼しくなる効果なんて無かっただろう。
それでも唯は笑顔を浮かべていた。


「えへへ、ありがと、りっちゃん」


「どういたしまして」


「このお返しに、うーん、そうだなあ……」


「別にお返しなんていいってば」


「そういうわけにはいかないよー。
お返しは気付いた時にしておかなくっちゃ!
あ、そうだ!」


何かを思いついたらしい唯が、自分の箸をソーメンの中に突っ込む。
数少ない桜色のソーメンを掴んだかと思うと、つゆに浸けて私の口元に運んだ。


「はい、りっちゃん、あーん」


「いや、あーんって……」


「このピンクのソーメン、りっちゃんにあげるね!
いつもりっちゃんが譲ってくれて私が食べちゃってたから、
本当はりっちゃんも食べたいんじゃないかってずっと思ってたんだよね。
いつもありがとね、りっちゃん!
今日はピンクのソーメン、全部りっちゃんにプレゼントしちゃうね!」


いや、別にそんなこだわりはなかったんだが。
唯が喜ぶならって全部譲ってただけだしな。
でもこんな眩しい笑顔で唯に言われちゃったら断れるわけがない。
私はちょっと照れ臭くなりながらも、口を開けて唯の箸を待った。


「はい、あーん」


「あーん……」


「どう? 美味しいでしょー?」


正直に言わせてもらうと、普通のソーメンとの味の違いは分からなかった。
ただ色を付けただけのソーメンなんだ。
普通のソーメンと味に違いなんてあるわけないよな。
だけど。


「お、美味いな、このソーメン」


「でしょー?」


「うん、ありがとな、唯」


唯の頭に軽く頬を重ねてからまた撫でてやる。
嘘を吐いたわけじゃない。
勿論、普通のソーメンとの味の違いは分からない。
それでもいつも食べてるソーメンの何倍も美味しく感じた。
美味し過ぎてほっぺが落ちちゃいそうだ。
それは唯が食べさせてくれた事と無関係じゃないだろうけど、私はそれを言葉にするのはやめておいた。
その代わり私も残った桜色以外のソーメンを箸で掴んで、唯の口元に運んでみせる。


「ほら、唯もあーんしろって」


「えっ、でもでもー……」


「人にしておいて恥ずかしがるなって。
これは、そうだな、唯が色付きのソーメンを私にくれたお返しだよ。
遠慮せずに食べちゃえってば」


「ちょっと恥ずかしいよう、りっちゃん」


「先に恥ずかしい事をさせたのは唯だろー?
ほらほら食べちゃえって」


「じゃ、じゃあ……」


かなり渋ってから私の箸に口の中に入れる唯。
何だよ、自分の時だけ顔を真っ赤にしちゃって。
やってる私の方まで照れ臭くなってきちゃうじゃんかよ。
暑さからじゃない汗を掻き始める私。
唯もきっと私と同じ理由の汗を掻いてる。
だけど唯も私も夏の暑さなんてどうでもよくなってた。


「ごちそうさまでした!
美味しかったよー、りっちゃん!」


ソーメンを食べる時間は他の料理よりもずっと短い。
二人で食べさせ合っていると、あっという間にソーメンがなくなってしまった。
最初のソーメンへの不満はどこへやら、
唯はとても満足そうな笑顔を浮かべて私の肩に頭を寄せている。
私もその唯の表情を見ていると、何だか嬉しくて笑顔になってしまっていた。


「ちくわ付きのソーメン、そんなに悪くなかっただろ?」


「うん!
意外だったなー、ソーメンにちくわが合うなんて。
また今度ソーメンにちくわ入れてよー」


「おう、任せろ。
ソーメンならまだ腐るほどあるからな!」


「あー……、そうだねー……」


「母さん達、ソーメン送ってき過ぎなんだよなー。
うちの母さんだけじゃなくて、唯のおばさんまでこんなに送ってくるなんてなー。
この夏休み中に食べ切れるのか、これ……?」


「ど、どうかなあ……」


唯と振り返って、積み上げられた段ボールに視線を向けてみる。
いや、段ボール自体は二箱だ。
だけどその二箱の段ボールの中には、まだぎっしりとソーメンが詰め込まれている。
夏と言えばソーメンだけど、いくら何でもこの量は度が過ぎてるぞ、母さん&唯のおばさん……。


「でも助かってるのもホントだよねー」


「確かになー、破産寸前だったもんなー、私達」


「路頭に迷うかと思ったよー」


「それは大袈裟過ぎだ」


軽く唯の頭を叩いてやると「えへへ」と唯が笑った。
唯の言う事は大袈裟だったけど、生活が厳しいのは本当だった。
ギャンブルや危ない事に手を出したわけじゃない。
唯のギターと私のドラムのメンテナンスに、想像以上の予算が掛かったんだよな。
長年使ってる方だけど、まさか十万以上も掛かっちゃうなんてな……。
いや、よくお店の説明を聞いてなかった私達にも責任はあるんだが。

そんなわけで今の私達の財布はすっからかんだ。
電気代の節約のために、私の部屋で唯と同居してるくらいやばい。
バイトもあるから実家に帰れないし、そもそも実家に帰る予算がない。
特に夏休み中は寮のごはんも出ないから、
普段以上にお金が掛かるってのに非常事態もいい所だよな。
一応澪やムギ、晶達もカンパするって言ってくれたんだけど、私と唯はそれを断った。
こうなっちゃったのは私達のせいだし、自分でやっちゃった事の責任くらいは自分で取りたかったんだ。
それくらいには音楽活動に真剣になりたかったんだと思う。


「あっついねー、りっちゃん」


不意に唯がまた当たり前の事を呟いた。
だけど今度は嫌そうじゃなくて、ちょっと嬉しそうな表情だった。


「暑いよなー、唯」


「うん、すっごくあっつい。
このままだと干からびちゃいそうだよー。
でもね」


「でも、何だ?」


「ギー太達、ぴっかぴかになったよね」


「そうだな」


「りっちゃんのドラムも!
プロの人にメンテナンスしてもらったら、あんなになるなんて知らなかったからびっくりしたよ!」


「ああ、私のも中古だなんて思えないくらいぴっかぴかになってたもんな。
それを思うとこのソーメンばっかりの生活も悪くない……かな?」


「あははっ、それはどうかなー?」


言い様、唯が私の肩に手を回した。
私も唯の肩に手を回して、二人で肩を組んで笑った。
ソーメンだらけで暑さに苦しんでる今の生活。
よくはないけど、決して悪くもない。
暑くても笑ってくれる仲間の存在を感じられるから。
私と同じくらい音楽に向き合ってくれてる仲間が居てくれる事が分かったから。
だからきっと、この生活は悪くない。


「ねえねえ、りっちゃん」


「どうした、唯?」


「後でシャワーで汗を流してすっきりしたら音楽室に行こうよ。
私ね、ぴっかぴかのギー太と一緒に、りっちゃんのぴっかぴかのドラムが聴きたいな」


「おっ、いいなー。
唯のぴっかぴかのギー太の音も聴かせてくれよな」


「うんっ!」


汗を掻きながら、汗だくになりながらも私達は頷き合った。
バケツの中の氷はほとんど完全になくなりかけている。
ぬるま湯に足を浸けてる感覚。
だけど私も唯も氷を入れ替えようだなんて口にはしなかった。
そんな程度の時間も作りたくなかった。

だって。
暑くたって、汗だくだって、
私達はまだ大切な友達から離れたくなかったから、さ。


暑いのでこんな話を書きました。
終わりです。