潮の匂い波の音。
私は海にいた。
律「潮を感じるか?」
紬「りっちゃん?」
隣にはりっちゃんだけ、唯ちゃん達はいない。
律「やっと付いたな……長かったなここまで」
何がやっとなのか何が長かったのか分からない。
一つだけ分かる事と言えば私はりっちゃんと海に行く約束をしていたんだろう。
りっちゃんを見てみる。
表情はどこか寂れていて、とても病的だ。
律「なんだ?」
紬「あ、いいえ……何でもないわ」
一体、この未来では何が起こったのか……。
りっちゃんを見るとあまりいい未来だとは思えない。
紬「りっちゃんあのね……唯ちゃん達は?」
律「唯?……みんな死んだじゃないか、忘れたのか?」
紬「え?……し、死んだ?」
みんな死んだじゃないか。
その言葉が私の頭に突き刺さる。
律「本当に忘れたみたいだな。お前の病気にそう言う症状ってあったか?……まぁいいや、もう関係の無い事だ」
こんな未来嫌だ。
りっちゃん意外のみんなが死んだ未来なんて……。
私がこの未来を否定しようとした時、りっちゃんは言った。
律「怖いか?」
紬「こ、怖い……?」
りっちゃんから見て私の表情は怯えているのだろう。
りっちゃんは私の肩に手を置いてニッコリと微笑んだ。
律「大丈夫、私がいる」
そう言ってりっちゃんはタバコに火を付けて砂浜に向かった。
紬「あ、りっちゃん待って!」
私もりっちゃんの後を追いかけた。
何だか胸が痛い。
この胸の痛みは何だろうか、そう言えばさっきりっちゃんはお前の病気にそう言う症状あったか?と言っていた。
きっと私は病気なんだろう。
そして、りっちゃんのあの病気な表情を見る限り彼女もまた……。
りっちゃんは立ち止まり、海をジッと見ていた。
私もりっちゃんの側に近付いて、海を眺めていた。
私達はただ海を眺めていた。
言葉を交わすことなく、この広い海を眺めていた。
ときおり、りっちゃんは手に持っていたお酒を私に渡す。
私はそれを受け取り、少しだけ飲んでまたりっちゃんに手渡す。
海は綺麗だ。
波の音は心が落ち着く、同じ事をりっちゃんも思っているのだろう。
紬「りっちゃん、綺麗ね海」
律「あぁ……」
紬「風もとても気持ちいいわね」
律「そうだな……」
りっちゃんは砂浜にペタリと座り込む。
律「出来ればみんなと一緒に来たかった」
紬「そう……ね」
みんながどうして死んだのか、なんで私達は海にいるのか。
私はそれを詳しくは聞かない事にした。
だって、今のこの雰囲気でそれを聞いたら、何かダメな気がする。
後で色々教えて貰おう。
律「なぁ……」
紬「なぁに?」
律「綺麗だな。海ってこんなに綺麗だったか?」
紬「えぇ、元々からとても綺麗だったわよ」
律「そうか……」
紬「………………」
律「………………」
紬「あのね、りっちゃん?」
律「あぁ、なんだ?」
紬「お酒って意外と美味しいわね」
律「そうだな……」
紬「……うん」
それから、私達はしばらく潮風に揺られていた。
りっちゃんは私に寄り掛かるようにして横になり。
私はりっちゃんの頭を撫でた。
涙が溢れる。
どんどん、弱っていく彼女を見ていると涙が溢れる。
紬「ねぇ、りっちゃん。もし私達がまだ高校生でこの未来を知っていたとしたらどそれは嫌な未来?楽しい未来?」
律「別にどっちでもいいさ、私は今とても幸せなんだ」
紬「…………そっか」
りっちゃんにとってはこの未来は幸せな未来らしい。
私にとってはこの未来は嫌な未来だ。
多分、もうすぐりっちゃんは死んでしまう。
死んでしまったら、私は一人。
紬「一人になっちゃう……私一人になっちゃう」
りっちゃんは私の頭を撫で、そしてフッと手の力が抜けた。
紬「りっちゃん?りっちゃん?」
りっちゃんは……死んだ。
紬「りっちゃん?りっちゃん?……りっちゃん!嫌だ死なないでりっちゃん!嫌だ嫌だ私こんな未来は嫌だよ!」
気が付くと木の前にいた。
溢れでる涙を拭い、木の枝が折れた事を確認した。
紬「りっちゃん……」
大丈夫、この世界ではりっちゃんは生きている。
でも、あの未来はりっちゃんにとって幸せな未来。
私がその未来を否定してしまった。
紬「ごめんなさい……りっちゃん。私、みんながいない未来なんて耐えられない」
そう、私が望むのはみんな幸せな未来。
また木に私は触れる。
澪「ムギ!?ムギ!?聞こえてる?」
紬「あ、澪ちゃん……」
澪「もう、折角のデートなんだからボーッとしないでくれよ」
紬「えぇ?デート!?誰と誰が?」
澪「もう、ボケてるつもりか?私とムギがだよ」
紬「澪ちゃんと私がデート!?」
澪「もう、もうボケるのはいいから早く行くぞほら手」
紬「手?えぇっー?」
澪ちゃんは手に指を絡ませてきた。
澪「最初は何処に行く?」
紬「えっ……えっと……」
澪「あ、楽器屋に行こう!そう言えばレフティーのフェアやってるんだった!」
どうやらこの未来では私と澪ちゃんは恋人らしい。
本人が良ければ私は全然構わないと思ってたけど、いざそうなると心の準備が……。
澪「もう……ムギまたボーッとしてる。ほら行くぞ?」
澪ちゃんグイグイと手を引っ張って来る。
紬「わ、わかったわ澪ちゃん行きましょう」
澪「もう、ムギったらほら口」
澪ちゃんはそう言って、私の口元をハンカチで拭った。
澪「ソースが付いてぞ」
紬「あ、ありがとう澪ちゃん」
楽器屋でショッピングを楽しんだ後、私達は近くのレストランで食事をしていた。
しかも、お互いが向かい合わせに座ってるんじゃなく、私の横に澪ちゃんが座っている。
私達はこの未来ではらぶらぶらしい。
何回か未来を見る中で始めて芽生えた感情が一つ。
この未来いいかもしれない。
横にピタリと座る澪ちゃんはとても可愛くて私は思わずにやけてしまう。
澪「なに笑ってるんだ?」
紬「ううん、澪ちゃん可愛いなぁ……と思って」
澪「もう……バカ!」
顔を赤くして澪ちゃんはそう言った。
紬「ねぇ、他のみんなは何してるの?」
澪「他のみんな?」
紬「唯ちゃん達、元気なのかなぁ……って」
澪「みんな元気にしてるぞ、なんでいきなり?」
紬「ううん、ちょっと気になっただけ、そう幸せなら良かった」
澪「私達も幸せだけどな……」
澪ちゃんの対抗心なのかボソリと呟いた。
そんな澪ちゃんが愛らしくて抱き締めたかった。
タバコ買ってきます
すぐ戻ります
紬「ほんと澪ちゃん可愛いわね~」
澪「も、もう!褒めてもなにもでないぞ!」
紬「うふふ、ねぇこの後どうする?」
澪「どうする?って……どうしよっか」
紬「あ、私駄菓子屋行きたい!」
澪「駄菓子屋かぁーよし!次は駄菓子屋な」
紬「えぇ!」
何かおかしいと感じた。
昼前なのにこのレストランお客さんや店員がいない。
なのに、料理だけはちゃんとテーブルの上にある。
外を見てみると通りには誰一人もいなくて、人の気配すらも感じない。
澪「なぁ……ムギ?」
澪ちゃんは私の手をギュッと握る。
誘うような目付き。
澪ちゃんは何かを求めている。
私の頬を両手で支え、キスをした。
あり得るだろうか?
あの恥ずかしがり屋さんの澪ちゃんがいくら人がいないレストランとはいえ、この公共の場でキスをするなんて、あり得るだろうか?
いいや、いくら私達がらぶらぶでもそれはあり得えなかった。
まず私達は女の子同士で付き合ってる。
それだけでも、人の目を気にするのに公共の場でキスだなんて、澪ちゃんならまず気にする。
人の目を澪ちゃんならまず気にする。
直感的に感じた。
これは夢だ。
私は未来にタイムスリップしてその中で夢を見ている。
そう、私は今幸せな夢を見ている。
それが分かった瞬間、澪ちゃんやレストラン、景色が全て消えて、私は目が覚めた。
生活感の欠片も感じない部屋に私はいた。
いや目が覚めた。
六畳の部屋に敷き詰められた布団。
そこに4人の女性が寝ている。
その四人の女性は私の全く知らない人で、さっきまで幸せな夢を見ていた私はもう一度その夢の続きを見ようとした時、部屋にベルがジリリと鳴った。
四人の女性がムクムクと気だるそうに起きて、私は軽く会釈する。
すると四人の女性の内一人が私に向かってこう言った。
こっちを見るな。
この人殺しと……。
紬「ひ、人殺し?私が?」
さっきまで私が見ていた未来は夢……きっとこれが本当の未来。
それに、ここがどう言う場所か分かった。
ここは……刑務所だ。
さっきの人の言葉を聞く限りじゃ私は人を殺している。
紬「私が…………人を殺した?」
誰を?私は誰を殺したの?
分からない……だけど、人を殺した自分が恐ろしくて、私はすぐにこの場から逃げ出した。
紬「こんな未来……嫌だ!」
木の前で私は大きく深呼吸した。
やっと……やっといい未来を見付けたと思ったのに……。
未来に行ってその中で夢を見るなんてアリなの?
しかも、私が人を殺してるだなんて……信じられない。
この未来だけは否定しなきゃならない。
パキッ。
枝が折れ地面に落ちる。
またこの木に触れなければならない。
私はもう夢中になっていた。
映画を見るみたいに未来を見る。
その映画が面白くなければまた別の面白い映画を探せばいい。
この無数の枝からいい未来を見付ければいい。
ただそれだけ。
神様のような力を持った私はもう誰にも止められなかった。
木に触れる。
また未来を見る。
唯「ねぇ、ムギちゃん」
唯ちゃんの声が聞こえた。
なんでだろう、うまく体が動かせない。
唯「今日はとてもいい天気だよ。ポカポカで猫が日向ぼっこしてた」
それに、声も出せない。
唯「その猫、あずにゃんみたいで可愛かった」
視界も真っ暗だ。
唯「ムギちゃん……早く目を覚まして……」
最終更新:2012年10月13日 21:55