*

 夏は終わりに近づいているが、暑気は未だに猛威を振るっている。
海水浴場も天候の恵みを受けて、殷賑に湧いていた。

「わ、澪。私、浮いちゃってない?」

 自分から誘ったものの、これだけの人数を前にしては気後れもする。
律は自然と、澪の背に隠れるようにして歩いた。

「マイクロ水着って、日本じゃあまり着る人居ないしな。
でも、皆好きな水着で楽しんでるんだから、折角海まで来て遠慮しちゃうのは損だぞ?」

 燥ぐ律を見ていた時の澪の表情が思い出されてくる。
楽しそうな律を見たい、という想いの表れではなかっただろうか。
ここまで来て遠慮してしまっては、澪にも損を波及させるような気がした。
損は愛する者同士で連帯して負ってしまう。
翻せば、得を増幅させる事もできる。

「そうだね。楽しまないとね」

 律は澪の隣に進み出ると、寄り添って歩く。
すると、澪が手を握ってくれた。
ここが自分の定位置なのだと、温もりと包容を通して実感させてくれる大きな手。
律も居場所を主張するように、握り返した。

 後ろを振り返れば、砂浜に同じ歩幅で刻まれた足跡が並んでいる。
背丈は澪の方が高いが、律は歩調を速めてなどいない。
澪の優しさを海が証しているのだ。
そしてその証跡は歩く程に増えてゆく。
何処までも刻んで歩きたい、二人の道程だ。

「この辺でいいか」

 比較的に人気の少ない所で、澪が足を止めて呟いた。
片手で持っていたパラソルを下ろし、手際良く設置してゆく。

「あ、澪。私も手伝うよ」

 律が手伝いを申し出たが、澪は一人で十分だとばかりに首を振っている。

「いや、力仕事を彼女に手伝わせるにはいかないよ。
私の顔を立てると思って、律は休んでいるといい」

「澪だって、女じゃんかー」

「でも、律に負担させてしまう程、力に自信がない訳じゃない。
律は私に甘えていればいいって」

 涼しい顔で言う澪に見惚れてしまう。
思えば、パラソルを運ぶ時も澪が一人で持っていた。
加えて言うなれば、途中からは片手で持っていたのだ。
その理由も、律の手を繋ぐ為である。
本当に甘えさせてくれる存在だと、律は改めて澪が頼もしく思えた。

「よし、できた。じゃあ私、昼食を調達してくるよ。
適当に見繕ってくるから、律はここで待っててくれ」

 時間帯は午後に入っており、律も空腹を覚え始めていた。
澪の提案は渡りに船だが、何もかも頼る事は気が引ける。
甘えていいと言われているが、自分の足も動かすべきだろう。
このままでは、何処か居心地が悪い。

「私も行くっ」

「ん、ちょっと危ないかもな。
海の家はまだ混んでる時間帯だろうからさ、その恰好では行かない方がいいと思う」

 威勢よく声を張り上げた直後だが、澪の指摘は尤もに思えた。
律の身体は、非常に際どい水着によって一部しか隠されていないのだ。
人混みの中に行けば、猥褻な手を伸ばされかねない。
律は満ち足りない胸中を抑えて、素直に頷いて言う。

「言われてみれば、そうだね。
何か、ごめんね。何もかも、澪に頼っちゃって」

「いいさ。今日は誕生日なんだから。思いっきり、頼るといい。
存分に甘えさせてやるよ」

 今日の澪はいつにも増して優しかった。
本当に誕生日が理由なのだろうか。律は訝った。
今日に限った事ではなく、澪は最近になって甘くなったような気がする。
海に来てから庇護する姿勢まで見せ始め、その傾向に拍車が掛かっただけだ。
律と相対する態度の変化は、今日より以前から始まっている。

「じゃ、行ってくるよ。混んでるだろうけど、なるべく急ぐからさ」

 律が考えている間にも、澪の足は海の家の方向へと向いていた。

「うん。気を付けてね」

 律は小さく手を振りながら、遠ざかる澪の背を見送った。
頼もしげに映る背は変わらない。
だが、物理的な距離に比例するように、澪が遠のいていく気がした。

 律は頭を振ると、寂寞から逃れるべく思考を前向きに転じた。
澪の変化を訝って思い煩うより、午後の計画でも考えよう、と。
釣竿でも持ってくれば良かったかもしれない。
出発を急いだせいで、遊具にまで頭が回っていなかった。
何も道具がない以上、磯で海の生物でも見て過ごそうか。
澪と二人ならば、見ているだけでも十分楽しめるだろう。

 律がそこまで考えた時、視野に影が差した。
一瞬、澪が戻って来たのかと思ったが、顔を上げる前に違うと気付く。
二人分の影だ。

「暇そうじゃん」

「奇遇。俺らも時間持て余してんだよね。折角だしさ、一緒に遊ばない?」

 顔を上げた律の目に、二人の男の顔が映った。
双方ともに、遊びなれた風体に見える。
律とて人を見た目で判断する事は慎みたいが、初対面の女に馴れ馴れしく話し掛けてくる人間だ。
警戒せずにはいられない。
律は身体を固くしながら、小さな声を絞り出す。 

「えっと、ごめんなさい。人、待ってるから」

「何それ?彼氏?だったら白けるわ」

 最初に声を掛けてきた方が、屈んで律に目線を合わせながら言った。
逆立てた髪を見るに、海で泳いだ形跡は見当たらない。

「いや……女、だけど」

 男だと言えば引き下がるような気もしたが、嘘を吐く事が怖かった。
それだけ、律は相手に畏怖を感じている。

「丁度いいな、俺らも二人だし。一緒に遊べるじゃん。
俺らも一緒に待つわ。その間、お話しでもしてよ?
俺ら、自分で言うのも変だけど、悪い奴らじゃないっしょ?」

 もう一人の男が、立ったまま言った。
所々に茶色のメッシュを入れた髪は乾いており、こちらも海に入ったようには見えない。
二人とも、泳ぐ以外の目的で海に来たのだろうか。
律の警戒心は高まる。

「いやー、悪いよ。なんか、時間が掛かりそうだし。
私一人で待てるから、大丈夫だよ」

 律は固辞したが、男達に踵を返す様子はない。

「遠慮しなくていいって」

「一人じゃつまんないでしょ?俺らが楽しくしてあげるわ」

「遠慮じゃなくって、本当に大丈夫だからぁ。
待ってるの、つまらなくなんて、ないし。他、行ってよ」

 必死な思いが胸から迫り出して、自然と追い払うような口調になってしまった。
失言を悟った律の瞳に、不機嫌露わに目元を歪める短髪の男の顔が映る。

「何?嫌なの?ないわー、それはないわー。
だってー、君、そんな挑発的な恰好して海に来てる訳でしょ?つまり誘ってる訳でしょ?
そんで狙い通りに俺らが釣られてきたんだから、責任持って相手してよ」

 言葉も硬化していた。このまま相手をしては危険だと、律の本能が訴えている。
本能の警告に従い、逃げ出してしまいたかった。
同時に、律の脳裏に遠ざかっていく澪の背が蘇った。
呼応して、澪が遠のいていく不安も胸に再来する。
隔たる距離を感じる今、澪が戻ってくる場所を放棄したくはなかった。
律は震えそうな身体を抱いて、死守の覚悟を固めて言う。

「別に、誘ってる訳じゃないよ。ただ、こういう恰好、したかっただけで。
言葉が悪かったのは謝るけど、人、待ってるし。
それに、恋人、居るし」

「へー、そういう恰好したかったんだ?
それって、欲求不満だからじゃね?だから、そういう恰好したいんじゃね?
その恋人とやらじゃ、足んないって事っしょ?
俺らがお相手してあげよっか?」

「おっ、いーね、それ。名案じゃん」

 茶髪の男の放った言葉に、短髪の男も同調していた。
律の意思など無視して、律の言葉など都合良く解釈して、二人の間で話が進んでゆく。
律は堪らず言葉を割り込ませた。最も大事な認識を、二人に突き付ける為に。

「私、恋人には満足してるからっ」

「その割には、女友達と二人で海に来てるんでしょ?
満足してるなら、恋人と来るはずじゃん?」

「あるあるー、てか、嘘の下手な子だよね。どうせ、恋人なんて居ないんでしょ?
嘘吐く気持ち、分かるよ。俺らに警戒してんしょ?
だったらさ、俺らのいい人な所見て、見直してよ」

 短髪の男はそこで言葉を切ると、柔らかな笑みを浮かべて続けた。

「レクチャーしちゃうとね、マイクロ水着にパラソルとか似合わないっての。
日焼けが嫌なら、俺らが全身にUVカットクリーム塗りたくってやっからさ。
ほら、開放的に気持ちよくなろ?」

 表情と対照を為す一方的な物言いが、一方的な行為に移る手前の危うさを伝えている。
下手な言葉で拒めば、それが引き金となりかねない。
必死になって宥める言葉を探していると、茶髪の男が焦れたように口を開いた。

「あーもう、んな恰好しといて、とんだヘタレちゃんだなー。
こういう子にはさ、実践が一番でしょ?身体で分かってくれるって」

 言葉ではなく、時間が引き金となった。
二人の男の身体が、律との距離を詰めようと動く。
万事休す。
その時、恐怖に眩みかけた律の目が、もう一つの影を捉えた。
瞬く間もなく、自分を覆うように影が被さってくる。
見慣れた脚、頼もしい背、甘えられる後姿。
律は恐怖から一転、安堵の呟きを漏らした。

「澪……」

 律の前に立ち塞がった澪に、男二人の訝しげな目が注がれる。
澪の接近にこそ気付いていなかったらしいが、予期せぬ闖入者という訳でもないだろう。
律は待ち人が居る事を、教えていたのだから。

 尤も、事前の情報があっても、想定を超えてしまえば怪訝の種となる。
澪は彼等が戸惑う程の、睥睨で威嚇しているのかもしれない。
顔は見えずとも、小刻みに痙攣する肩が澪の表情を教えている。

「ごめんな。この子、私のだから」

 毅然とした言葉が、澪の口から男達へ向かって放たれた。
それで、片は付いた。
人の感情は、衝撃に応じて瞬時に変わる。
律の目にも、感情に追随したであろう彼等の表情の変化が見て取れた。
劣情から、畏怖へ。

「ちっ。レズかよ」

「マジ白けたわ。行こーぜ」

 威勢を保つように吐き捨てて、男達は背を向けて去って行った。

「ふん、レズはお互い様だろ。自分達だって、オマンコ野郎同士でつるんでるじゃないか」

 澪の言葉が聞こえなかったのか、男達は振り向く事もなく姿を消した。
尤も、聞こえていたとしても、反応は同じだっただろう。
明らかに、彼等は澪に怯えていた。
男にしても体格の良かった二人だが、澪に比せば見劣りする。
澪は体躯こそ細いが、鍛え上げられた肉体だと一目で分かる。
隆々たるボディビルダーとは対照的な、日本刀のような美しさだ。
男達に向けられていた鋭利な面は翻り、今度は美しい面が律へと向いた。

「ごめんな、時間掛かっちゃった。怖かったよな?」

「うん、怖かった。でも、澪が助けてくれたから、もう大丈夫。
ありがとね、みーおっ」

「でも、危なかったんじゃないか?
危なくなったら、逃げなきゃ駄目だぞ?」

 澪が両手に持った昼食を置きながら言った。
律とてその誘惑には駆られたが、逃げられない理由があった。

「ご飯を買いに行ってくれた澪が、戻ってくる場所だったから。
どっか行っちゃうと、もう澪と会えないような気がして。
んーん、会えないんじゃなくって、なんか、澪が遠くなったままのような気がして」

 澪に感じる距離感を上手く言語化できず、律は口籠もった。

「馬鹿だな。律が何処に行っても、必ず私は律を見つけ出すよ。
確実に律を捉えてみせる。
律を守っていく決心が付いたんだから。もう、あの日に黙ってた私じゃない。
律の為に、私は何処までも強くなるよ。
だから、律は無理するな」

 決意を語る澪の語勢は、執念じみていた。
水着の話で律を庇えなかった後悔が、澪に強くなるよう強いているのだろう。
最近になって律を優しく扱っている事も、律を庇護する決意の表れに思えた。
確かに、律の目に澪は頼もしく映っている。律が隔たりを感じてしまう程に。

 強さを見せる澪に釣り合いたい。
甘えているだけでは、恋人という関係ではない。
律の中で言語化された思いが、決意へと変じていく。

「私だって、強くなるよ」

 律は独り言のように呟くと、昼食の一つに手を伸ばした。

*

 昼食を片付け終わった後、律は澪とともに岩場で過ごした。
砂浜に比べて人は少ないが、代わりに水棲の生物が多い。
蟹や貝、イソギンチャクを見つける度、報告し合い語り合った。
律に危害が及んでいない今、澪も楽しそうだった。

「あっ、貝殻でエッチな部分隠してる。律みたい」

 ヤドカリを指差して、澪が茶化してくる。

「なっ、何言ってるんだよ、馬鹿澪ぉ」

 怒ったように返しつつも、普段はできない体験を澪と共有する事は楽しかった。
時間が経つ事も忘れて、岩場の逢瀬を続けた。

「そろそろ、戻ろっか」

 澪の言葉で、太陽が傾いている事に気付く。

「うん。そういえば今日、泳いでないね」

「また来ればいいさ。その時に泳ごうな。
後一日くらい、夏休み中に機会はあるだろうし」

 岩場を抜けて砂浜に着いた頃には、海を赤く染めるまでに陽が傾いていた。
夕日に燃える海の波打ち際を、二人並んで歩く。

 この時間になると他の人々も大半が撤収しており、残った者も帰宅の準備を始めている。
一方で、まだ遊ぶつもりらしい集団もあった。
目の前を歩いてくる、女子高生から女子大生と思しき群れもその一つだろう。
大人数で気が大きくなっているのか、周囲を斟酌せずに喧しさを撒き散らしている。

「ねーっ、アレ見てー?
あの子、あんな貧相な身体してるのに、マイクロ水着着ちゃってるよ」

「あー、ないわー。何勘違いしたら、あの体系であんなん着れる訳?」

 擦れ違う時、彼女達の嘲る声が律の鼓膜を嬲った。
同調して起こる笑い声も、追い討ちのように胸を抉る。
古傷が疼いた。梓達に否定された日を思い出したせいだろう。

「おい」

 澪が聞き逃すはずもなく、彼女達を呼び止めていた。
律が嘲笑されたとあって、声音も顔付も猛り立っている。

 女の群れが足を止め、一斉に顔を澪へと向けた。
一様に皆、怪訝を表情に滲ませながら。

 注目を引いた澪の口が、再び動く。
後は澪に任せておくだけで、対峙する女達を霧散させる事ができるだろう。
先程、男達を退けた時と同じように。
律にはそれが分かっていた。

 分かっていながらも、澪に先んじて語気鋭く言葉を割り込ませる。

「おかしくねーし、似合ってるし。だって、澪が選んでくれたんだもんっ。
澪はエロ可愛いって、褒めてくれたんだからぁっ。
澪が好いてくれれば、それでいーもんっ」

 多勢を相手に反駁してくるとは思っていなかったのか、女達が怯んだ。
それでも律は言い足りない。
見せ付けるように澪の身体に腕を絡めて、女達を眇めながら付け足す。

「それに私、見せる相手が居るし。りーっだっ」

 皮肉でもまだ足りず、律は長音を発しつつ舌も見せてやった。

「何あれ?レズな訳?行こ、行こ」

「付き合ってらんないよねっ」

 捨て台詞と言うものは、性差に関係なく似通ったものらしい。
彼女達も先程の男二人に似た言葉を置いて、足早に去って行った。

「ふんだ。性差に関係なく、見せる相手もいないくせに」

 去りゆく背中の群れに掛けた言葉も、届かなかったらしい。
女達は振り返る事もなかった。

「偉いぞ、律。良く頑張ったな」

 女達の姿が見えなくなってから、澪が律の頭を撫でてくれた。
心地好い感触に目を細めながら、律は言う。

「強くなるって、言ったでしょ?
澪さえ私を好いてくれるなら、私は自分のプライドを保てるくらいには強くなれるよ」

 少しは澪に近付けただろうか。
律は試しに海の方向へと掛けて、澪から遠ざかってみた。
足首まで海水に浸かり、密着していた距離が手の届かない位置にまで隔たる。
律の目測だが、ライブステージの奥行くらいだろうか。
それでも、澪を遠く感じる事はなかった。

「あっ、律。そのままで居て」

 始めこそ唐突な律の行動に怪訝を浮かべていた澪だが、
急に何かに気付いたように写真を撮った。
携行していたデジタルカメラの電池が切れたのか、撮影は携帯電話のカメラ機能だった。
突発的な出立を思えば、充電の不備も無理はない。

「急にどうしたの?」

 律が問うと、澪は携帯電話を下げて応じた。

「いや、今の姿を見て、ある絵を思い出しちゃってさ」

「絵?」

「うん。サンドロ・ボッティチェリ作、ヴィーナスの誕生」

 澪は笑みを浮かべて、続けた。

「そのマイクロビキニの、モチーフでもあるんだ」

 貝殻の上で裸体を晒す女神の絵が、律の脳裏にも蘇ってくる。
過剰な評価だと言い聞かせても、胸奥が火照って堪らなかった。

「褒め過ぎだしっ。大体、私、あんなに髪の毛が長くないよ?」

「でも髪の色とか、色々と似てる所はあると思う。
まぁ、ヴィーナスじゃなくても、その代役のガラテーでもいいけどね。
それなら、詩的な類似も付与できる」

 再び、澪が携帯電話を構えた。
今度は動画モードらしく、シャッター音は聞こえてこない。

「詩的って?」

「ゲーテ作、ファウスト第二部第二幕、エーゲウス海の岩の入り江」

 律は弾かれたように足元の海面を見た。
今も夕日を反射して、炎のように燃えている。
次いで、自分の水着を見遣った。
それは貝殻に跨っているようにも見えて──

「あっ」

「気付いたか?ホムンクルスがガラテーの行列に近付き、そして燃え広がった情景。
それを動画に収めてるんだよ。
今ならホムンクルスの気持ちが分かる。ネーロイスの気持ちだって。
ただあの時代は、こうやって録画する事もできないから、ネーロイスには同情も覚えるよ。
奇しき神の業に幸あれ、新しき人の技にも幸あれ」

「もうっ、さっきから、褒め過ぎだしっ。
えーとね、どっちかっていうと、澪って調子に乗った私を拳骨する役だったでしょ?
私、大丈夫だよ?澪から拳骨されても、大丈夫なくらいに強いよ?
だから、ヴィーナス気取りで調子に乗ってる私を捕まえて、拳骨してごらん」

 律はそう言うと、波打ち際を平行に駆け出した。
澪が慌てたように追ってくる。

「こ、こら待て、律っ」

 飛沫を上げて駆けながら、律は後方へと言い放つ。

「そうっ、それでこそ澪だよっ。
ね、みぃおっ。今度は、軽音部の皆で来ようね。
私の水着、皆にも見せびらかしてやるんだ」

「ああ。夏休み中に、もう一度来ような」

 後方から返ってくる澪の声が、水を弾く足音とともに近付いてくる。
律は駆けながら、澪の腕に捕まる時を待った。
確実に捉えてくれる、分かっているから矜持を保てる。
その時はもう、間近だ。


<FIN>





最終更新:2013年08月21日 23:39