澪「も、もう一つだけ発表させてくれ!」
梓「えぇどうぞぉ……ふわぁ~あ。ねむい」
澪「梓がそれじゃ困る!ほらお茶!お菓子!」
梓「グムゥッ!?げほっ、ごほっ!」
梓「窒息するかと思った!バカァ!」
澪「やりすぎた!すまん!でも聞いてくれ!」
梓「画面の前のみんなに向けて言うんでしょ?わたしが聞く必要ないもん。つーん」
澪「梓も含めたみんなに聞いてほしいんだよぉ!」
梓「つ、つーん……」
澪「『恋人の梓と、それからわたしに勇気をくれたみんなに永遠の幸せを約束してください』って言いたいんだって!どうしても!」
梓「つーん……?勇気……みんな……?」
澪「あああああああああああああああっ!?先に言っちゃったあああああああああ!!」
澪「今の無し!おーコホンコホンッ!」
梓「深夜テンションもここまでくるといくら恋人でもうっとおしいです……いったい何の話ですか?」
澪「ほ…ほんとにごめんよ梓ぁ!!」
梓「あーんもー!許すから早く話して!!」
澪「こっほんっ。わたしと梓はあの日話し合うことで、お互いを恋人としてきちんと認めることができた。あの日以前のわたしたちは恋人ごっこをしていたに過ぎなかったと思う」
梓「ん?」
澪「性の葛藤を乗り越えお互いの性別を受け入れたことで、現在のわたしたちが在る」
梓「ちょっ先輩!?その話はもう済んで」
澪「いや言わせてくれ。あのこともわたしたちの大切な想い出だから。いや、いずれ訪れる試練だったんだ」
梓「いずれ……?」
澪「そう」
澪「事の発端は梓と恋人としてお付き合いを始めたあの日からだ」
澪「わたしは情けないけどヘタレだから、わたしから梓に告白することはできなかった。梓が告白してくれなかったら一生一方的な片想いだと思い込んでたにちがいない」
澪「梓の告白を受けてわたしの中にはうれしい気持ちはもちろんあった、けれど素直にうれしくなれない思いもあった。性別の壁をそのとき初めて意識したんだ」
澪「仮にだ。わたしが壁を感じなかったら?梓も壁を感じなかったら?わたしたちは将来壁を感じずに生きれたと思う?」
澪「そんなことは有り得ない……。絶対に周りの誰かがこう言って壁の存在に気づかせるんだ」
澪「同性愛なんて気持ち悪い、て」
梓「………………」
澪「おろかにもわたしは自分一人の問題だと、誰にも心配をかけまいとした。でもわたしは運が良かった。一人で悩みを抱え込もうとしても無理矢理聞き出すような……ははっ、自分勝手な親友がいたから」
梓「それって……あぁっ」
澪「さすが幼馴染というか。どんなに表面を繕って周囲に明るくふるまっても、アイツの目は誤魔化せなかった」
澪「今思うとわたしって馬鹿だよな。どうしてすぐに悩みを誰かに打ち明けなかったのだろう」
梓「……わかります、その気持ち」
澪「何度となく律に心配されてきた。ついイライラが募って心にもないことを言ったこともある。それなのに律はわたしと顔を合わせても嫌な顔ひとつしないし、日常を崩そうともしなかった」
澪「ある日律に言われたんだ。幼い頃から今までで一度も見せたことのない、本気の怒りを放ちながら」
澪「『おまえ、ヤバイこと考えてないよな?一人で悩んでたらダメだ。仲間に相談しろよ!わたしじゃダメか!?なら唯でもいい!ムギでもいいし和でもさわちゃんでもいい!全部ぶちまけてみろ……!!』って」
梓「不覚にも律先輩がカッコよく思えてしまった」
澪「すごい剣幕で迫られたものだから足がすくんでしまったよ。でも頭は不思議と冷静でいられてさ。『ヤバイことなんて考えてないぞ、男の人になってみたい、くらいがせいぜいだ』って言い返す準備はできてた。まさに口を開こうとしたときだ」
澪「律が……律が涙を流したんだ。わたしは今度こそ茫然とした」
梓「…………」
澪「嗚咽の止まらない律を眺めていてようやく気づいた。これは自分だけの問題じゃない。迷惑をかけまいと一人で抱え込んでいたら、それがかえって大好きな親友を傷つけてしまう。悩みをみんなに打ち明けようと決意したのがそのときだ」
澪「後日律や唯、ムギ、和に相談した。話し合った結果は梓も知ってるとおりだ。あいつらがいたからあの日、梓とあの話し合いをする勇気が生まれた!」
梓「そうか……みんなはすでに知ってたんですね……わたしたちの関係を。あの日を迎える前から」
澪「今まで黙っててごめん……」
梓「ぜ、ぜんぜんかまいませんっ、むしろ話してくれて嬉しいです。でも気になるのは……あの日問題が解決したあとも黙っていたのはどうしてです?」
澪「それは…………」
梓「?」
澪「……梓と二人だけで解決したことにするほうが素敵だ、て唯が」
梓「無邪気なもんです……」
澪「今日この七夕企画に誘ったのは、きっちり全て話したほうが良いと思ったからだ」
澪「わたしは恋人に相談する勇気すら一人で奮い出せなかった……。そんなわたしの弱さを梓に隠すのは、唯にはわるいけど卑怯だと思い直した」
澪「梓に幻滅……いや、とっくに幻滅してたな。あの日梓に幻滅した、て言われたもんな。幻滅に幻滅を重ねてしまった。ハハッ、いいさ。隠さなきゃ傷つく自尊心なんて梓の前ではもうない」
梓「残念でした。今度は幻滅しません」
澪「えっ?」
梓「カッコよくて頼れる先輩像はとっくに跡形もなく崩れてますから幻滅の余地がありません♪」
澪「なっ……言ってくれるなーこのーっ」グリグリ
梓「きゃーっ」
澪「コホンッ。これが今晩伝えたかったことのすべてだ……です」
梓「あの問題の裏で澪先輩がそんなことになっていたなんて」
梓「わたしから後でみなさんにお礼言わないといけませんね」
梓「澪先輩とお付き合いするようになって、その裏で澪先輩は重大な悩みを抱えて、親友たちの助言を得て、解決した」
梓「みなさんの支えがあったから、わたしたちは今も恋人でいる」
梓「えーっと……ということは問題が解決した翌日、わたしたちの関係をHTTのみなさんに知らせましたけど、あれは単なるお披露目的なものじゃなかったんですね。もっと深い祝福だった。なのに唯先輩のせいでわたし一人だけ理解してなくて仲間はずれにされた気分ですよ、まったくぅ……」
澪「あははは……」
梓「でも、まあ……唯先輩にそんなこと言えた口ではないです、わたしは。恋人を名乗っておいて、澪先輩に打ち明けられるまで、恋人の悩みの相談に乗れなかった」
澪「それは……しかたないさ。わたしが何もない風に周りに振舞っていたから、打ち明けるまで梓は知らなくてm」
梓「いえっ、解っていました」
澪「えっ……?」
梓「いや、解ったとは違うのですけど……。それに話を聞く限りでは、澪先輩の悩みに気づいたのは律先輩よりずっと後でしょう、おそらく」
梓「澪先輩から憂鬱な雰囲気をほんの少し感じ取りました。けれど態度に表れないし、なにより困ったことがあれば恋人のわたしに相談してくれると思っていたから訊こうとしなかった。今思うと恋人って立場に甘えていただけです……」
澪「……」
梓「ある時ふと、ほんとうになんでもないときにふと、わかったんです。澪先輩の悩みの正体が。そして先輩が一人で解決しようとしていることも」
梓「ポッと頭に過っただけで確証なんて無くて……。それなのに確信がありました」
梓「そしたら今度はわたしが悩んでしまいました……。澪先輩に気づかされたんです、壁の存在に」
梓「死角にいた壁が問いかけたんです。あんたは澪先輩を理想の男像に重ねているだけじゃないかって」
梓「先輩のコトバを借りて表現したけど、実際には自分へ宛てた独り言だった」
梓「わたしはけいおん部に入った頃から、先輩をカッコよくて頼れる人だと尊敬していました。一度部を辞めようとしたのを撤回したのも澪先輩が信頼できたから。部活だけでなくプライベートでも澪先輩と二人っきりで過ごすことが珍しくなくなった頃には、信頼が恋慕に変わっていました」
梓「壁が問いかけたようなことを考えたこともないです。だから自分が呟いたとは……正直今も信じられなくて。それに呟きの内容について触れるのが恐くなりました。まるで自分を構成する大事な部分を稚拙な手で弄り回すような危うさがあった」
梓「そこであの独り言を聴かなかったふりをすることにしました。べつのことに夢中になることで思慮がそちらへ向くのを避けたりもしてきました……」
梓「それでも壁から逃げることはできなかった……。とうとう夢の中に出てきたんですよっ!!男の人の身体になった澪先輩がッッ!!!」
澪「あ…梓……?」
梓「わたしは恐くなって逃げようとした!けど身体が言うことを聞かなかった!!勝手に身体が動いた!そしたらそいつも近寄ってきた!嫌なのに腕の中に抱かれたッ!嫌なのに!」
梓「気持ち悪いのに、わたしの身体は気持ちよさそうにしててっ!!そいつに身体をまさぐられてッ!!!恥ずかしい声を出させられた!あげくわたしの身体がそいつに抱きついて押し倒させて……グゥヴェエエエエエッ、はあはあ…ヴェエエエッッッ!!グォホッ!ゴホッ!!」
澪「お、おい!もういいよ!!辛いだろ!?」
梓「ゲホッゲホォッ、ハァッ、ハァッ……」
梓「すいません取り乱して……」
澪「辛かったなあ……。辛かったなあ……!」ぎゅっ
梓「あぅっ、暗闇で急に抱きつかないで…………やっぱりこのままでいて」
澪「よしよし…………」なでなで
梓「もう平気です……」
澪「すまなかった……気づいてあげられなくてすまなかった……」
梓「せ、先輩は悪くないです!それに先輩だって自分のことに必死だった!」
澪「あずさ……」
澪「……よしわかった。二人とも反省すべきところがあった。お互い変な意地を張るのやめよう」
梓「はい……」
澪「正直こんなに深く話す予定じゃなかった……」
梓「わたしは……これで良かったと思います。勢いで話してしまいましたが、おかげで胸のつっかえが取れた気がします」
澪「……ふふっ、わたしもすっきりした」
澪「よし!湿っぽい空気をカラーッと吹き飛ばそう!わたしの用はもう全部済んだけど、梓はなにかビデオに撮ることあるか?」
梓「ビデオ?」
梓「あ、しまったー!!あんな内容をビデオレターにするなんてヤですよ!?」
澪「 ダメなの? 」
梓「ダメですぅ!!」
澪「梓ってカメラの存在を忘れやすいな。よし覚えた」
梓「いらないこと覚えないで!?もうカメラの電源切ってください!」
澪「切ってもいいけどその前に撮れてるか確認したいことがある」
梓「えー今見返すのはやめましょうよぉ」
澪「いや、これは梓に関わることだから梓は見返さないといけない」
梓「この流れだと嫌な予感しかしないのですが……やっぱり見返すのは後日にしましょうよ」
澪「わかったよ……。代わりにひとつ訊かせてくれ」
梓「えーもう眠いです。膝枕して欲しいなぁ……」
澪「……わたしの汗って甘しょっぱいのか?///」
梓「……起きてたんですかっ!?///」
澪「梓って変態さんなんだな///」
梓「ちがーうっ!あれはほんの出来心で!」
澪「フェ、フェチは人それぞれだもんな。ただ相手の了承があったほうがヒかれないと思うぞぉ……」
梓「ヒかないで!ごめんなさいごめんなさい!」
澪「でもな!ほんとうのところ…う……うれしかったんだ///」
梓「えっ……///」
澪「あああ!ぶっちゃけるとな!胸がキュンときた!」
澪「今まで見たことのないあの梓がすごく愛おしく思えた……」
梓「先輩……」
澪「梓!わたしは確かにあの時うれしかった!うれしかったよ!」ぎゅっ
梓「きゃっ!わ、わかりましたから急に抱きつかないで///」
澪「梓のフェチ、受け入れていくから!あっ、もしかして梓!直で汗舐めとりたいか!?い、いいよ!フェチだから仕方ないよ!今右のほっぺに垂れてるんだ!舐められるなんて初めてだから過剰に反応しちゃうかもしれないけど、わたし慣れるから!舐めて!さっきからドキドキがとまらないの!あとやさしく舐めてね///」
梓「こんなときに頭よわいモード!?わからないけどわかりましたから舐め舐め連呼しないでくださいよぉ!///」
ぺろっ
梓「はぁ、はぁ、はぁ、///」
澪「ゾクゾクしたぁ……甘しょっぱい?///」
梓「ノォォォォコメントォ!!!」
澪「ひぃっ!?」
澪「あ、あの。さっきも言ったように梓のフェチをどんどん受け入れていくから!」
澪「なのでこれからも貴女の恋人として側に居させてください///」
梓「えぇこちらこそっ!!ただし澪先輩の考えるようなマニアックな意味じゃなくて!!!」
梓「ってアーッ!!!!」
澪「わっ!?」
梓「わっ!じゃないですよ!ビデオにこんな話を残すつもりですか!?」
澪「わたしは……べつにいいぞ?」
梓「カットです!あとで絶対編集しますからね!絶対!///」
澪「えっー!?」
梓「もちろん先輩が最初っから盗撮してた部分は全カット!ビデオレターも星に関係ない部分はカットです!」
澪「それじゃ梓の間違った大三角形の紹介以外見どころがないじゃないか!反対!」
梓「うあああああ!!やっぱり全カットでs……!」
梓「お……お腹が痛い……トイレェ……」
プツンッ
――ねえ、あの頃のわたし。貴女の悩んでいることは決して無駄にならなかったよ。それは試練です。その試練を乗り越えた先に本当の幸せがあります。一度乗り越えてしまえば同じ試練を二度でも三度でも、簡単に乗り越えてしまえます。
あずさは澪のために、澪はあずさのために、生きる。でも生きるには一人で抱え込んではいけない。貴女には愛してくれる仲間がいる。どうかそれを忘れないで。
貴女はシャボン玉は好きですか?どちらでもないでしょうね。未来のわたしはシャボン玉が大好きです。貴女には想像もつかないかもしれない。そんな子供の遊び、と一蹴してしまいますか?
優しく吹くだけで飛んでいくそれはか弱く、それでいて美しい色合いを纏う。わたしの目はたゆたうシャボン玉に惹かれ見守ってしまう。ときどきシャボン液に濡れた手を差し出して、そっと乗せ、眺める。
幸せとは泡のように脆いもの。あのなんでもない雨粒が当たるだけで弾け、無害でかわいらしいぬいぐるみに触れたらやっぱり割れてしまう。泡の表面では様々な色のひしめく群像劇が繰り広げられていて、見つめる者を楽しませる。
わたしはこの儚い美しさを大切にしたい。キミも一緒にどうです?
こんどこそおしまい
最終更新:2013年09月08日 22:28