ちょっと眩しい夕焼けが部室の窓から見える。
ずっと見つめてると目が痛くなっちゃうけど、
私達はわざと窓の方に身体を向けて座ったりしてる。
別に夕焼けがすっごい好きってわけじゃないんだけどね。
ううん、どっちかって言うとついでに近いかな。
私達が夕焼けの方を向いている本当の理由は……。


「あの、純先輩」


「どしたの、スミーレ?」


「勉強しなくていいんですか?」


「するってば。後でするよー。
今は勉強よりもこうしたい気分なんだって。
それともスミーレは私とこうしてるの嫌なの?」


「嫌じゃありませんけど……、
学園祭が終わってからも部室に顔を出してくれるのは嬉しいんですけど、でも……」


「でも、何?」


「は、恥ずかしいです……」


本当に恥ずかしそうにスミーレが俯く。
そのうなじが紅く染まったように見えたのは夕焼けだけのせいじゃなさそうだね。
実を言うと私も少しだけ照れ臭い。
二年下の後輩と同じ長椅子に座って、その後輩を後ろから抱き締める体勢になってるなんて。
こんな事、梓とも憂ともした事ないよ。
まあ、梓は誘っても普通に嫌がるし、憂にはそんな冗談を言えないだけなんだけどね。
だけど私は今スミーレとそんな体勢で夕焼けを見てる。
長く付き合った親友とも取った事がない体勢で、お互いの体温を感じ合ってる。
夕焼けでわざと目を細めて、感覚だけでお互いを感じられるようにして。
何だか不思議で照れ臭いけど、悪い気分ってわけでもないかな。

きっかけは単なる気まぐれだった。
部室の掃除をしてるスミーレを見かけた時、ちょっと悪戯心が湧いちゃったんだ。
掃除に夢中で部室に来たばかりの私に気付いてないみたいだったから、
「わっ!」って大声で驚かしたら面白い反応が見れるかもって思ったんだよね。

結果的に面白い反応は見れた。
スミーレは私の声を聞くと「きゃああっ!」って悲鳴を上げて、
腰を抜かしたのかバランスを崩して私の方に倒れ込んできたんだ。
私に倒れ掛かるスミーレの体勢をどうにか立て直そうとしたんだけど、
私よりかなり大柄なスミーレをかよわい私が支え切れるわけもなくて……。
それであっちこっち二人でさまよってる内に、長椅子に座り込む形で落ち着いたんだよね。
今だから言えるけど、あれは押し潰されそうでちょっと怖かった。
スミーレ、やっぱり私よりずっと身長が高いんだよね。


「恥ずかしくなんかないよ、スミーレ。
これは立派な練習になるんだって、さっきも言ったでしょー?」


「それはそうなんですけど……」


「ほらほら、ちゃんと私のリズムを感じるんだよ、スミーレ!」


「は、はい……」


私よりずっと身長が高いのに縮こまってるスミーレの姿に私は苦笑する。
自分でも無茶な事を言ってる自覚は正直あるよ。
だけどさっき(二十分前くらいだっけ?)二人で長椅子に倒れ込んじゃった時、
「すみません、純先輩!」ってすぐに立ち上がろうとするスミーレの姿を見て思ったんだよね。
スミーレとまだくっついてたいなって。
それで私は後ろから強くスミーレを抱き締めながら言ったんだ。
「ちょうどいいから今からリズム隊の練習をしようよ」って。
無茶苦茶な言い分だったけど、スミーレは少し困った様子で話を聞いてくれた。



「とくんとくんとくん……ですよね、純先輩?」


まだ縮こまりながらスミーレが躊躇いがちにまた呟く。
そのとくんとくんのリズムはちょうど私の心臓の動きと同じくらいだった。
流石は有望新人のスミーレ。
私の心臓の鼓動を背中でしっかり感じ取ってる。
私も後ろからだけどちゃんと感じてるよ。
心臓の音は遠いけど脈とか肌の動きとかでね。
だけどやっぱり新人は新人だよね。
私はスミーレに見えないのを承知で不敵に微笑んであげる。


「うん、私のリズムをちゃんと感じてるのは見事だよ、スミーレ!
でもね、それだけじゃ駄目なんだよ。
スミーレのリズム、私よりずっと速いじゃん。
駄目だって、それじゃ。
リズム隊はリズムが命!
ちゃんと二人のリズムをシンクロさせなくっちゃね」


「は、はい……。
分かってはいるんですけど、やっぱり……」


「緊張しちゃう?」


「はい……。
こんなに誰かとくっ付く事なんて滅多にありませんし、
しかもくっ付く相手が純先輩だなんて、緊張するなって方が無理です……」


「そりゃ残念だねー。
私、スミーレにはいっつもフレンドリーに接してるつもりだよ?
もしかして怖い先輩ってイメージがあったりする?」


「い、いえ、そういうわけではなくて……」


「あははっ、分かってるよ、スミーレ。
うん、確かに見知った相手でもくっ付いてるのは緊張しちゃうかもね。
だけどスミーレ、緊張してる時こそ平常心を心掛けなきゃ。
ライブでも練習してきた以上の事なんて出来るわけないんだし、練習の時と同じ感覚じゃないとね」


「すみません、純先輩
分かってたつもりなんですけど……」


「いいのいいの、そのための練習でしょ?
ほら、落ち着いて私とリズムを合わせて、ほら、とくんとくんとくん……」


「はい、とくんとくんとくん……」


少しだけスミーレのリズムが緩やかになる。
真面目でまっすぐだから私の言葉を真剣に実践してくれてるんだね。
ちょっと後ろめたいけど、完全に嘘を吐いてるつもりはない。
「リズム隊は身体をくっ付けて、お互いのリズムをシンクロさせる練習をするんだよ」。
それが私から離れようとしてたスミーレに言った私の嘘。
でも嘘じゃない嘘。
スミーレから離れたくないのは嘘じゃなかったけど、
スミーレとリズムをもっと合わせたい気持ちも嘘じゃなかったもん。

二週間前のあの学園祭ライブ。
わかばガールズ初めてのライブは最高だった。
わかばガールズ全員と心を通わせられた気分も最高だったし、
何よりスミーレと合わせたリズムがすっごく気持ちよくて楽しかった。
勿論梓と憂の事をないがしろにしてるわけじゃないよ。
だけど思ったんだよね。
私は最高のリズム隊仲間を手に入れられたんだって。
スミーレともっともっとリズム隊でセッションしていきたいって。

斉藤菫……、スミーレ。
ムギ先輩によく似てる金髪で青い目の私の後輩。
背が高くてメイド気質で意外にドラム担当で真面目でまっすぐで。
私はそんなスミーレと同じ部活をもっと続けたかった。
もう学園祭でスミーレとライブする事は出来ない。
仕方ない事だけど、やっぱりちょっと寂しい。



「純先輩……?」


スミーレが不安そうな声色で私に訊ねる。
おっとちょっとリズムが乱れちゃったかな。
私は深呼吸して、後ろ向きな考えを振り払う。
学園祭のライブはもう出来ないけど、他のライブが出来ないわけじゃない。
何なら澪先輩達みたいに教室でゲリラライブをやっちゃうのもいいかもしれないしね。
だから私は笑うんだ。
きっと不安なのは卒業する私より、残されるスミーレ達の方だと思うから。


「ごめんね、スミーレ。
私のリズムちょっと崩れたの気付いちゃった?」


「はい、どうかしたんですか、純先輩?
それともこれもリズムを合わせる練習の一環だったり?」


「あははっ、そうじゃないんだよねー。
これからしようと思ってる事を想像しちゃっただけだよ。
そして、そのしようとしてる事とは……、うりゃっ!」


「きゃああああっ!」


私の突然の行動にスミーレがまた悲鳴を上げる。
それもそのはず。
私が後ろからスミーレの両胸を揉み始めたんだもん。
これで悲鳴を上げないのはさわ子先生くらいだろうね。


「ちょっ……、ちょっと純先輩……!」


「おおっと、またリズムが乱れてるよ、スミーレ!
ほら、心臓を落ち着けて!
これは二人のリズムを平常心で合わせる練習なんだから!」


「無茶苦茶ですー……!」


「あははっ、うりうりー!」


悪い笑顔を浮かべながらスミーレの胸を揉み続ける。
うーむ、やっぱり大きいな……。
そりゃ私も梓と比べたらある方だけど、梓と比べてもね……。
まあ、スミーレと比較して勝てる女子高生もそんなに居なさそうだけど。
でも今は自分の胸がそんなに大きくないのがちょっと嬉しい。
だってそのおかげで私のリズムを強くスミーレに伝えられるもん。

呆れたのか諦めたのか、スミーレは私にされるがままにされていた。
もしかしたら笑ってるのかな?
後ろからだからスミーレの表情は掴めないけど、そうだといいなって私は思った。
スミーレとはもっとずっとこうしてたい。
卒業した後もベストなリズム隊としてセッションしてたい。
真面目でからかい甲斐があって綺麗で楽しいスミーレとずっと……。

自分の心臓が高鳴っていくのを感じる。
リズムを静めなきゃと思いながら、全然そのスピードが止まらない。
何でだろう、私すっごくドキドキしてる……。
スミーレの胸を揉んでるからかな?
それとも卒業した後にスミーレと会う機会が減るのが寂しいのかな?
そのどっちでもないし、そのどっちでもある気がする。

でもどうしよう……。
ちゃんとリズムを保たなきゃって言ってる私がリズムを乱しちゃうなんて……。
こんなの先輩としての面目が立たないよ……。



「純先輩」


スミーレが訊ねる。
私のリズムの乱れに気付いたんだろう。
どうしよう、どうしよう……。
こんなリズム、スミーレに感じさせたままでなんていられない。
もう練習は終わりってスミーレから離れちゃう?
だけどそんなの不自然だしスミーレから離れたくないし……。
あー、でも!
そうして答えが出せなくて、色んな矛盾が私の頭を駆け巡って、
どうしたらいいか分からずに唸っていたら、スミーレがすっごく優しい感じに続けた。


「これでリズム合いましたよね?」


「えっ?」


「ほら、私のリズム」


「あっ……」


言われてやっと気が付いた。
私の止められない激しい心臓のリズム。
それと同じくらいスミーレの心臓も激しくリズムを刻んでるって事に。
とくとくとくとく……。
とくとくとくとく……。
かなり、ううん、ほとんど近いリズムで動く私とスミーレの心臓。
それを自覚した途端、私は吹き出してしまった。
スミーレも私に釣られて笑顔になったみたい。
心臓の鼓動が激しいまま、二人で笑顔になってしまう。


「あはっ、ホントだねスミーレ、やるじゃん!」


「純先輩のリズム、走り過ぎで合わせるのが大変でした」


「お見事、スミーレ。
でもさ、本当に合わせてるの?
それともたまたま合っちゃったの?」


「えっと、それは……」


スミーレが口ごもる。
当てずっぽうで言ってみた事だったけど、どうも当たっちゃったみたい。
たまたま激しくなったリズムがぴったり合っちゃった私達。
練習としてはどうかと思うけど、その原因が何なのかは分からないけど――





――けど、それってすっごい事じゃない?

私はスミーレの耳元に唇を寄せる。
リズムは静まらない。
スミーレのリズムも同じ速度で止まらない。
だけどそれでいいんだよね。


「あははっ、どっちでもいいよ、スミーレ。
合わせたのか、合っちゃったのか、とにかく合ったんなら万々歳だよ」


「いいんですか?」


「うん、いいんだよ。
って言うか、そっちの方が好みだな、私。
ねえスミーレ、澪先輩知ってるよね?」


「え、あ、はい、知ってます。
何度かお会いした事もありますし、素敵なベーシストの方でした」


「私ね、澪先輩に憧れてるんだ。
カッコいいしテクニシャンだし美人だし、もう本当に最高の人なんだよ。
だけどね、自分が軽音部員になって、セッションするようになって考え方が変わって来たんだ。
スミーレは勿論律先輩も知ってるよね?
澪先輩と律先輩は幼馴染みなんだけど、結構正反対の性格なんだよね。
ずっと仲良しで幼馴染みなのが不思議なくらい。

でもね、ライブでの二人は違うんだよ。
ぴったり噛み合ってしっかりした土台になって、
澪先輩のカッコよさはそこから生まれてるんだって、スミーレとセッションしてて気付いたの。
ベースだけでも、ドラムだけでも駄目なんだって。
二人合わさって最高のリズム隊になれるんだってね。
だから今は律先輩にも澪先輩と同じくらい憧れてるんだ」


「私とセッションしていて……ですか?」


「うん、私も結構音楽歴長いけど、スミーレとのライブで感じた楽しさは初めてだった。
本当のリズム隊ってこういうのなんだって思ったよ。
うん、最高に楽しかった!
澪先輩や律先輩達みたいに……、ってのはまだ無理かもしれないけどね。
でもスミーレと一緒ならさ、いつかは出来るかもって思えるんだ」


「私に……出来るでしょうか?」


「そんな弱気発言しないでよー。
私は大丈夫だって思ってるんだからさー。
スミーレもそのつもりでこれからも私とセッションする事!
いいよね?」


「はっ、はいっ……!」


「もっと声を大きく!」


「はいっ!」


スミーレが大きな声で返事してくれて、私は笑う。
今はまだ無理だと思う。
だけどいつかは二人でもっとカッコいいリズム隊になれるはず。
だって運命感じちゃたんだもん。
合わせようと思わなくてもリズムが合っちゃうなんて、もう運命って言ってもいいんじゃない?



とくとくとくとく……。

とくとくとくとく……。


二人のリズムが重なる。
緊張だけじゃなくて嬉しさやときめきや、色んな素敵な原因で私達はリズムを刻む。
そのリズムはいつまで続くのかな?
今日は梓達は部室に顔を出さないとは言ってなかったし、もうすぐ姿を見せるかもしれない。
さわ子先生に私達の様子を見られてからかわれるかもしれない。
でも、そんなの気にしない。
私達はこれからもずっと最高のリズム隊を目指していくんだから、いっそ見せ付けちゃおう!
それまで私とスミーレは素敵なリズムを刻んでいくんだ。


「あの、純先輩」


「どうしたのスミーレ?」


「これからも部室に顔を見せてくれるんですよね?」


「そのつもりだよ?
嫌って言ってもお局みたいに顔を出すから覚悟しててよ、スミーレ!」


「あはは、お手柔らかにお願いします……。
でも純先輩がこれからも部室に来てくれるなんて、すっごく嬉しいです!
また一緒にリズムを合わせる練習をしましょう、純先輩!
純先輩オリジナルの練習でも、私構いませんから!」


「あはは……、やっぱばれてた?」


「はいっ!」


とくとくとくとく……。


それでも私達は二人のリズムを感じて、刻んで、笑い合っていく。
これが私達の新しい始まり。
夕焼けに映えるスミーレの金髪にちょっとときめきながら、
そうして私は最高の仲間と最高のリズム隊を目指していける喜びを感じたんだ。


とくとくとくとく……ってね。



おわり



最終更新:2013年09月15日 10:42