こんなにも律と私は近いのに。
手を伸ばせばすぐにでも触れ合える距離なのに。
律はどうして私を優しく見つめてくれるだけなんだろう。
どうして私はそれに甘えることしか出来ないのだろう。
「……律、手を繋いでくれる?」
「……ん」
私の左手に確かに感じられる律の温もり。
外が凍てつくような冷たさの中、私はこの温もりだけを拠り所にする。
陳腐な言葉で私がこの暖かさを表現するとすれば、
それは『満たされる』とでもしか、例えることは出来ない。
でも、律は?
私が暖かいと思うように、律も繋いだこの手を暖かいと思ってくれているのだろうか。
満たされて、いるのだろうか。
「……よかった」
「何が?」
「私、もう律とこうして歩くことなんて、無いと思ってたから」
ずるい言い方だったかもしれない。
まるで気持ちを燻らせるような。
「いつでも一緒に歩いてやるよ」
「でもさ」
「もうそれは私の役じゃない」
「……どうして?」
反射的に私の口をついて出た『否定』の疑問。
分かりきった答えではなく、律が律の答えを出してくれることを浅ましく期待して。
「一緒にいることしか、出来ないからだよ」
目を合わせずに律が答えた。
私と律を繋ぐ手が僅かに強ばったのを感じる。
いつからだろう。
手を伸ばせば届く距離じゃ、我慢出来なくなってしまったのは。
律はこう言ってるんだ。
これ以上近づいても逆に遠ざかるだけだよ、と。
「だからさ」
「せめて、私は」
「私だけはずっと澪に笑っていてあげるから」
そう言いのけた律の横顔は明るい。
でもこの笑顔は、いつも律が見せてくれてたような、太陽のような笑顔では無かった。
優しくて、でも切なく心を締め付けるような悲しい笑顔。
「そっか」
私も律に微笑み返す。
「ありがとう、律」
なぁ、私もちゃんと笑えているかな。
もしかして、泣いてしまってなんか無いよな。
もう言葉なんて欲しくない。
あなた以外に何も要らない。
けれども、そう望むことが許されないのなら。
手の届かないお月様に祈るよりも、見せかけのイミテーションで良いから。
せめて。
私の水に映るこの月を、今は抱きしめさせてほしい。
きっと代わりになることは無いこの心だけを。
終わり。
最終更新:2013年09月21日 05:38