公園前の坂道。
初めての待ち合わせ。
夏の終わりと秋の始まりが顔を覗かせる。

「澪ちゃ~ん!」

友達に名前を呼ばれる事がこんなにも嬉しいのだと、私は気づく。
君が駆けてくる。

澪「りっちゃん!」

呼び返す。
こんなにも驚いたような、嬉しいような、弾んだ声が出るのだと初めて知った。

律「お待たせっ。遅れちゃったかな?」

春と夏の狭間のような笑顔と声。

澪「ううん!私も来たばっかりだよ」

ちょうど待ち合わせの5分前。
彼女が時間より早く来てくれた事が嬉しくて、迫る秋の空の下でかじかんだ両手を胸の前でにぎった。
本当は待ちきれなくて10分には着いてたのに…。

律「そっか!よかったぁ」

彼女がホッとしたように笑う。
私もまた笑顔になる。

律「じゃあ、行こっ!」

自然と繋がれた手。
ほんのり冷たい指先。
暖かい手の平。ああ、嬉しいな。

律「澪ちゃん手が冷たいよ?」

澪「えっとね…私寒がりなの…」

冷たくなった手が彼女を不快にさせたのかもしれない。
怖い。嫌われた。
りっちゃんに嫌われた。

律「そうなの?」

きょとんとした顔。

律「じゃあこれ貸してあげるね」

無邪気に半袖の上着を脱いで、私の体に被せてくれた。

澪「へ…?」

律「これであったかいでしょ?」

澪「ありがとう…」

なんだか恥ずかしいな。でも嬉しいな。

律「今日は200円持ってきたんだー。澪ちゃんは?」

澪「私は500円…」

律「すごいね!澪ちゃんお金持ちなんだ!」

500円でお金持ち。
今なら笑ってしまう台詞だけど、当時の私達にとっては大金。
ましてや、駄菓子屋に行くには少し持ちすぎじゃないだろうか。

家族以外の誰かと駄菓子屋に出掛けるのが楽しみで、ついつい。

律「あー!早く行かないとお菓子無くなっちゃう!」

澪「そ、そうかな…」

律「走れー!」

君が手を引き駆けて行く。

世界が早送りになったみたい。

キラキラ、キラキラと日に透けた髪がゆれる。

すぐに駄菓子屋が見えて来た。
店頭に並ぶガチャガチャ。
打ちっぱなしのセメント。
所々窪んだ床。
駄菓子屋独特の匂い。

律「おばちゃんただいまー!」

澪「こ、こんにちは…」

おばちゃん「おかえり。今日も元気だね。あら…?」

私が今よりもまだ子供だった頃から『おばちゃん』だったおばちゃんは、りっちゃんと一緒の私を見て目をまん丸にした。

律「今日は澪ちゃんと一緒だよー」

おばちゃん「そうかいそうかい。一緒かい」

まん丸な目がすぐに嬉しそうに笑った。

駄菓子屋に来たのは初めてじゃない。
『お友達』と一緒に来たのが初めてだけど。
時々1人で来る私に、おじちゃんもおばちゃんもよく話しかけてくれた。
まごつく私に優しくしてくれた。

おばちゃん「お友達と一緒なんだねぇ」

おばちゃんはもう一度私を見て笑う。
私は何だか気恥ずかしくなって、コクンと、ひとつ頷いた。

律「澪ちゃん?」

澪「へ?」

律「お顔真っ赤だよ?」

澪「ふぇ…」

律「風邪ひいたの?大丈夫?」

澪「ううん、違うよ!私大丈夫だから」

おじちゃん「仲が良いなー!お前さん達は」

後ろからクシャクシャ、ちょっと乱暴に頭をなでる手。
シワシワでゴツゴツしてるけど、あったかい手。
おじちゃんは手と同じくらい顔をクシャクシャにして笑ってくれた。

律「でしょ~?えへへ~」

胸の奥をキュッと摘まれたような、ほんの少しむずがゆいような気持ち。

初めてりっちゃんとお話しをした時はちょっぴり驚いたけど、今は『友達』と言われると照れくさい。嬉しい。

律「のど渇いちゃったね。澪ちゃん」

澪「え?うん…」

律「ラムネ買おうかな~。でもな~…」

彼女が迷うのも当然。
ラムネなんてものは私達にとっては少し高い代物。

裾をぎゅっと握りしめる。
私は500円持っている。
りっちゃんにラムネを買ってやれるだけの余裕はある。

澪「あの…!」

律「そうだ!澪ちゃん半分こしない?」

澪「半分こ?」

律「うん。お金もラムネも半分こ。いや?」

澪「ううん!する!半分こするよ!」

律「やったぁ!」

その日飲んだラムネの味を私は忘れない。
串に刺さったイカを頬張りながら、おいしいね、って笑いあったことも…。



和「それはそれは良い話ね。ところでさっさとそれを置いて教室から出てくれない?鍵をかけられないから」

澪「和は何にも分かっちゃいない!この律のアロマが染み渡った体操服を嗅がずにいろと言うのか?!」

和「さっきからそう言ってるでしょ」

澪「和は一体なにを聞いていたんだ!」

和「律と澪の思い出話しね」

澪「それもあるけど…。私が言いたかったことは、時間は優しくも無情に進んで行くってことなんだ…。こうしてる間にも律のアロマが刻一刻と酸化して、いや、それはそれで素晴らしいアロマになるんだけど、できればフレッシュに近い香りや味だって楽しみたいと思うのが人としてのサガじゃないかな?」

和「残念ね。私、変態としてのサガなんて持ち合わせてないの」

澪「お願いだ和!」

和「私だってこんな下らない事で足止めされたくないのよ」ハァ

澪「下らない…?私はいつでも全力で誠心誠意だって言うのに…!」

和「その方向性が外れすぎてるって言ってるんだけど」

澪「分かった…。5クンカで手を打とう…」

和「全然分かってない…5クンカ?!」

澪「駄目か…。なら2クンカ!2クンカだけ!」

和「それ単位なの?!」

澪「そうだよ?」

和「私がおかしいみたいな目で見ないで」

澪「クンカが短いブレスでスーハーが長いブレス。クンカなら複数回繰り返す事で、律の様々な匂いを嗅ぎ取れるし、スーハーなら1回で律のアロマが全身に染み渡っていく気がするし…ああ!どっちも捨てがたい!」

和「バカなの?」

澪「?!」

和「だから意外そうな顔しないで」

澪「1スーハー!1スーハーだけ!」

和「正直、私もこんな状況イヤだけど、生徒会として見過ごせないの。さっさと美術室に行きましょう。それとも、律に知られてもいいの?」

澪「ぐっ…」

澪「分かったよ。諦めるよ」フゥ

和「なら今すぐ体操服を下に置きなさい」

澪「頼むよ和ぁああああ!」

和「私そろそろ手を出してもいいわよね?」

澪「和ぁあああ…」



皆さんは、あの日飲んだラムネの味を覚えてますか?
プラスチックの容器に入っていた10円、20円の甘辛いイカの味を覚えてますか?
その思い出は大切にしましょう。


澪「はっ!待てよ!律の体操服を握っていた手を嗅ぐならセーフだよな?」

和「そろそろ本気で泣きそうなんだけど」




おまけ編1

梓「まさか唯先輩達も体育とは…」

紬「奇遇ね~」

梓「そっちはバスケですか」

紬「梓ちゃん達はバレーなのね」

梓「はい。律先輩元気ですね」

紬「純ちゃんも生き生きしてるわ~」

梓「あれくらい真面目に普段の授業に取り組んでくれたらいいんですけど…」

紬「うふふ」

キャーオネェサマヨ
ツムギサマ…
アズムキカシラ?

純「あー!疲れたー!次梓の番だよ」

梓「わかってる。じゃあ、また後で」

紬「頑張ってね」

梓「はい!」

純「ふいー。どっこいしょー」

紬「お疲れ様」

純「おお!ムギ先輩!私の活躍見てくれました?」

紬「うん。かっこよかったよ」

純「いやあ…」テレテレ

紬「あら、純ちゃん。髪の結び目が…」

純「げっ!」

紬「ちょっとじっとしててね」スッ

純「ありがとうございます。へへ…」

紬「くせ毛って嫌だよね」

純「そうなんですよ!毎日毎日大変で~」

イヤーオネェサマガ
シッカリ!マダワンチャンアルデ!
ワタシノツムギサマガ

紬「私、純ちゃんの髪好きよ」

純「私もムギ先輩の髪好きですよ」

紬「そっか~」

純「はい」

紬「はい。できました~」

純「ありがとうございます。汗臭くなかった「純ちゃん!えい!」ギュー

純「ムムムムムムギ先輩?!」

紬「ごめんなさい。つい~」

オワタ
カミハシンダ
ゼツボウシタ
ジンセイツンダ

純「ついって…」

紬「だって体操服の純ちゃんが新鮮なんだもん」

純「まあ、確かに…」

紬「ねえ、純ちゃん!お願い事があるの」

純「お願い事?」

紬「あのね…」

紬「手を繋いでもいいかな」コソコソ

純「手を?いいですよ」

紬「いいの?」

純「た・だ・し周りの人に見つからないように、ですよ」

紬「うんうん!じゃあもうちょっと寄らないと」

純「よいしょ…。はいどーぞムギ先輩」

紬「失礼しま~す」ギュッ

純「こちらこそ」ギュッ

シノウ…
コレハコレデワタシトク
バカップルェ…

憂(相変わらず仲いいなぁ)




おまけ編2

律「ここは行かせないぜ!澪!」

信代「このツーブロック!抜いて行けるもんなら行ってみな!」

澪「ふふ…甘いな2人とも…」

律「なにぃー?」

信代「随分な自信だねぇ」

澪「律のその眼差しだけで、私はもうイケる!」ハアハア

律「」スススッ

信代「」ズザッ

律「信代…頼んだ」

信代「いや、律こそ…」

澪「来ないのか?なら…遠慮なく!」ダッ

澪「あ、このシュート決まったら今夜は制服でプレイだから」

律「止めて!誰か止めて!」

唯「ここは行かせないよ!」ドンッ!

澪「…」ヒラリ

唯「…」

唯「抜かれました!」ビシッ

律「こらー!」

いちご「甘い」スッ

澪「…!」

いちご「カット」ヒョイ

律「いちごー!愛してるぜー!」

澪「おい律。今なんて言った?私だってまだ愛してるは言われた事ないんだぞ」

いちご「信代」シュッ

信代「まかせな!」パシッ

律「いちご~」ヒシッ

いちご「邪魔。暑い」

澪「なあ、律ちょっといいか?」

いちご「…」チラッ

いちご「…律」ダキッ

澪「そこぉおおおおおおおおお!」

和「ちょっと澪!カバーして!」

澪「いちごぉ…。ちょっと体育館裏に行こうか」

いちご「いや」

律「べーだ」

澪「 」

体育教師(真面目に授業やってくんねぇかなぁ…)



おしまい



最終更新:2013年10月03日 07:39