* * *
梓(自転車を数十分走らせて来た、この開けた場所)
梓(周りに空を遮るものはなくて……。
空を見上げれば、瞬く星だけが目に飛び込んでくる)
梓「……まあ、悪くはないかな」
憂「どうしたの梓ちゃん?」
梓「なんでもない」
純「シートも敷いたし……準備完了だね」
純「ささ、二人とも寝た寝た」
憂「うん!」
梓「うん」
* * *
憂「夜とはいえ、やっぱり夏は暑いねー……」
純「これが巷で噂の地球温暖化!」
梓「日本の夏はなにが悪いって、湿度が高いことだよね。
もっと気温の高い国はあるけれど、過ごしにくさは湿度が大きく関係しているだろうし」
憂「そういえば海外に行った友達が、
日本より気温の高い国へ行ったけど、日本ほど暑くなかったって言ってたよ」
純「うう……湿度めぇ……!」
憂「純ちゃんは二重の意味で湿度が恨めしいんだね」
純「全く、気象もレディーの髪に配慮して欲しいものだよ」
梓「ふふっ」
純「あ、他人事だと思ってるでしょ!」
梓「実際そうだもん」
純「むかつくー!」
純「憂〜、なんでもいいから助けてよ〜」
憂「えっと、どうすればいいの?」
純「手っ取り早く日本中を乾燥させる機械作って!」
梓「憂に無理難題を押し付けないの」
純「じゃあじゃあ、一緒に暮らして! 毎朝、髪をセットして!」
梓「おい」
憂「純ちゃんと同棲も楽しそうだけどね〜」
* * *
梓「純、時間は?」
純「んーと……もうちょっとかなー……」
憂「二人は流れ星に、なにをお願いするの?」
純「日本中の湿度が滅されますように」
梓「それはもういいよ」
梓「私は、今年のライブが成功しますようにって」
純「ほうほう。じゃあ、梓部長の歌も上手くなりますように、ともお願いしないと」
梓「余計なお世話だ!」
憂「大丈夫、私たちも精一杯演奏するから。梓ちゃんは歌の練習も頑張って!」
梓「……うん、ありがとう」
純「この差は一体」
* * *
純「あっ、あれってさそり座?」
憂「本当だ!」
梓「どれどれ?」
憂「ほら、あの赤く光る星があるでしょ?
あれがさそり座の心臓部、アンタレスだよ」
純「アンタレス?」
憂「あの星の名前なんだ」
純「ほええ、カッコいい!」
梓「あっ、見つけた」
憂「夏はね、湿度のせいで空気の透明度が低くなっちゃうんだ。
でもこういう住宅地から離れた、高い場所からは綺麗な星空が見えるんだよ〜」
純「また湿度か……。こうなったら、本当に日本中を乾燥させる機械を……」
梓「それこそ流れ星に祈らないと叶わないんじゃない」
憂「さそり座のアンタレスがあそこにあるってことは、
あそこから左に視線をずらしていくと……」
憂「あった! いて座だよ!」
純「ちょっと待って」
梓「どうしたの?」
純「こんなこともあろうかと、星空早見表を持ってきてたんだよねー」
純「……おっ、見つけた見つけた」
梓「わ、私にも見せて!」
純「一回百円ね」
梓「おい悪魔」
* * *
梓「あれがいて座かー……」←無料で貸してもらった
憂「二人は北斗七星って知ってる?」
梓「うん。ひしゃくの形に並んだ星でしょ」
純「春が見やすいんだっけ」
憂「じゃあ、南斗六星は知ってる?」
純「えっ、そんなのあるの!?」
憂「いて座の右上から左下の途中にかけて、六つの星を繋いでみて」
梓「……あっ、ひしゃくの形だ」
憂「それが南斗六星なんだよ〜」
純「凄い凄い! 大発見だよ、憂!」
梓「いや大発見ではないでしょ……。私たちにとっては新発見だったけれどね」
憂「じゃあね、南斗六星はいて座だけれど、北斗七星は何座の星か知ってる?」
純「私、アレ自体が星座だと思ってた……」
梓「流石に純ほどではないけど、正確に何座かは忘れちゃった。
記憶が曖昧だけど……、おおぐま座だっけ?」
憂「梓ちゃん、正解!」
梓「あれ、当たってたんだ」
純「知らないフリして知ってるとか、梓あざといわー」
梓「今すぐこの場で星にしてほしいの、純?」
* * *
梓「夏の星空といえば、夏の大三角形。
織姫星と彦星も、これに含まれてるんだよね」
純「じゃあ初めに大三角形を見つけた人が勝ちね」
梓「また突飛な……。まあ私も見つけたいから、丁度いいけど」
純「よし、準備はいい?」
梓「うん」
純「よーいスタート!」
憂「見つけた!」
純・梓「早っ!?」
憂「……なんちゃって。
本当は、純ちゃんがスタートをかける前に見つけてたんだよね」
純「フライングだ! 憂選手、失格!」
憂「えへへ」
梓「それで、どれなの?」
憂「まずはこと座のベガを見つけて。東の空で、白くて明るい星がそれだよ」
純「あった!」
憂「今度はベガから右下に視線をずらしていって……。
近い間隔で、三つ並んだ星が見えてこないかな。その真ん中がわし座のアルタイルだよ」
梓「あれかな?」
憂「今度はその北東側、さっき見つけた二つの星と
三角形を作っている星さえ見つけることが出来れば……」
純・梓「大三角形が完成した!」
憂「良かった〜。最後に見つけたのは、はくちょう座のデネブだよ!」
* * *
純「ベガが織姫星、アルタイルが彦星なんだね」
憂「二人は一年に一度だけ、天の川を渡って会うことが許されてるんだよ。
実際にベガとアルタイルの間には、天の川が流れているんだ」
梓「そういえば七夕の話って色々あるよね」
憂「お話によっては、本来一年に一回だけじゃなかったものもあるね」
純「えっ、どゆこと?」
憂「本当は “七日に一回会っていいよ”ってことだったんだけど、
伝達役のカラスが“七月七日だけ会っていいよ”って、間違えて伝えたお話とか」
純「えー!? なにそれ可哀想すぎー!」
梓「だったら最初から一年に一回の方が、救いようがあるかもしれないね」
憂「私だったら七日に一回だけでも、堪えられないけどね……」
純「安心しなって。憂にはいつも私がついてるよ」
憂「純ちゃん……」
純「憂……」
憂「大好きー!」
純「へへっ、私も憂が大好きだよー!」
梓「ただでさえ暑いのに、もう暑苦しいのは勘弁してよ……」
憂「ううん! 梓ちゃんも大好きだからね!」
梓(……どんな星より輝いてるなあ、憂の笑顔)
純「あ、私も梓のこと好きだから安心しなって」
梓(こいつの笑顔はどこかイラッとするけど)
* * *
梓「二人はさ、卒業したらなにをしたい?」
純「どうしたのいきなり?」
梓「一緒にいるってことを意識すると、
今度は離れた時のことを考えだしちゃってさ」
純「なるほどねー……。私は海外に行ってみたいな」
憂「海外?」
純「うん。それで色んな国の文化を勉強して、体験してさ……」
純「最終的に一番生活が楽な国に移住する」
梓「えっ」
純「冗談だって。でも、海外の人がどんな生活をしているのか、すっごい気になるんだ」
梓「それは確かに……。憂は?」
憂「私は看護師になってみたいな。弱った人たちの力になりたいの」
憂「そんな人たちが笑顔になってくれたなら、それだけで毎日が充実すると思うんだ」
梓「とっても立派な夢だと思うよ、憂」
憂「えへへ。梓ちゃんは?」
梓「私は、どうなんだろう。
普通の大学に行って、普通の企業に就職して……」
梓「……うん、幸せな生活をしてみたい」
梓「温かい家族と一緒に笑い合って、時にぶつかるけれど、
最後は一つになれるような、安心感のある生活をしてみたい」
純「仕事に夢を持つんじゃなくて、生活に夢を持つんだ?」
梓「うん。駄目かな?」
純「どこが駄目なのさー。それが叶ったら十分すぎ、逆に羨ましいよ」
梓「……ありがと」
純「でもそっか。みんな、それぞれの夢があるんだ」
憂「なんか寂しいね〜……」
純「なに言ってんの。それが当然でしょ。
先輩たちだって、今は一緒だけれど、どこかで別れる時が来るんだから……」
憂「うっ、うん……」
純「……憂、泣いてる?」
憂「うぇっ……?」
梓「……」
憂「……えっと、その、これは……」
純「あ、ああ、あれかー……。目に水が溜まっちゃってるだけか!
全く、日本の夏は湿度が高くて困っちゃうよね〜……」
憂「純ちゃん……?」
純「べ、別に私も泣いてないから……。これも湿度のせいだから……」
純「……」
憂「……」
梓「……二人とも、こっちに来て」
「ぎゅうううう」
純「梓……」
憂「梓ちゃん……」
梓「……泣き止むまで、だからね」
純「あ、あんたが一番泣いてるじゃん……」
梓「うるさい……!」
梓「……私が泣き止むまでだから」
純「これまた勝手な部長だねー……」
* * *
純「……」
憂「……」
梓「……」
純「結局、最後まで泣き止まなかったのは梓だったね」
憂「うん」
梓「ふ、不覚……!」
純「あと梓の抱擁はどこか物足りないということがわかったね」
梓「純は私になにを伝えたいの?」
純「今こそ星に願う時だ、梓!」
梓「余計なお世話だ!!」
憂「ふ、ふふ……!」
梓「憂まで笑わないでよ、もう……」
憂「ご、ごめんね。なんか可笑しくなっちゃって」
憂「そういえば、そうこうしている間にも、いくつか流れ星が流れたみたいだけど」
純「えっ、いつの間に!?」
梓「もう、純のせいなんだからね」
純「一番長く泣いてたやつに言われたくない!」
純「……ま、輝く星たちも私たちには敵わなかったってことだね」
梓「どゆこと?」
純「青春する私たちの方が輝いてるってことさ!」
梓「んなことドヤ顔で言われても……」
純「トゥナ〜イ、ウィア、スーパースター!」
憂「今夜は私たちがスーパースターなんだね!」
梓「なんじゃそりゃ」
純「どうも、ジュン・ギャラガーです」
梓「オアシスかっ!」
* * *
梓(……はあ、今夜は私たちがスーパースターって。
流れ星以上に輝いているって言いたいの?)
梓(……でも、それを心のどこかで認めている私もいるわけで)
梓(それは、この二人を心の底から信頼しているから……?)
梓(……)
梓(我ながら、どうしようもないなあ……)
憂「梓ちゃん?」
梓「……私たちが流れ星よりも輝く、スーパースターならさ。
私たちの願い事を叶えるのも、私たちってことでいいんだよね?」
純「当然! ライブの成功だって、私たちの力で必ず叶えてみせるよ!」
梓「そっか……」
憂「私も頑張って叶えるから! 純ちゃんも梓ちゃんも、信じてるからね!」
梓「うん……」
梓(そんなこと、言われる前からわかっていた)
梓(だけど改めて確認した)
梓(……二人に私の願いを託すというのも、また悪くないんじゃないか)
憂「直ちゃんとスミーレちゃんも頑張ってくれてるから、きっと」
梓「その二人も信頼しているよ。
だけどやっぱり、引っ張っていくのは私たち先輩じゃないと」
純「うんうん。でも私たち“わかば座”の一等星は梓なんだから、忘れないでね?」
梓「なに勝手に星座を作ってるの」
純「さっき見たさそり座だって、いて座だって、
人が勝手に星と星を繋ぎ合わせて作ったものなんだよ」
純「だったらさ、私たちだって勝手に作ってもいいじゃん!」
梓「もう、自分勝手なんだから」
純「それに空に浮かぶ星よりは、私たちの方がずっと近くで繋がっていられるし」
純「例え私が海外に行ってても、憂が看護師になってても、
梓が幸せな家庭を築いていてもね」
純「私たちを繋ぐ線は、星座のそれよりしっかりしていて、強くて、
この目にだって見えるものなんだよ。きっと!」
梓「純……」
梓「……無理して暑さを和らげようとしなくていいんだからね」
純「どうせ寒いこと言ったですよーだ!!」
憂「私はそう言ってくれて嬉しかったよ、純ちゃんっ」
梓(……ああ。二人とも、とっても良い表情してる)
梓(それは、私も同じなのかな?)
梓(私も、軽音部を引っ張れるスーパースターになれているのかな?)
純「それにしても、憂には星座の知識もあるんだね」
憂「小さい頃、お姉ちゃんと一緒に図鑑を読んだことがあるんだ〜」
梓(……そうだとしたら、本当に良かった)
梓(先輩方。……私は、先輩方と同じステージに、
やっと私たちを立たせることが出来たみたいです)
梓(先輩方に、追いつくことが出来たみたいです……)
梓「ふふっ」
憂「梓ちゃん?」
梓「ごめんごめん、なんでもないよ。さっきの純の発言がちょっとね」
純「思い出し笑いってわけ!?」
梓「でも嬉しかったのは、私も同じだから」
純「……そ、そっか」
梓・憂(照れてる照れてる)
* * *
純「あーあ……、なんだか流星群を見に来た意味がなくなってきちゃった」
憂「どうして?」
純「自分の願いは自分たちが叶えるって、決心しちゃったからさー」
梓「いやいや、願い事が無くても変わらず綺麗なんだから、
それだけで価値があるでしょ」
梓「ていうか、それが最大の目的だったんかい……」
純「そりゃそうなんだけど。決心したことも後悔してないし。
でもさ、折角だし、なにか一つぐらい祈っておきたくない?」
憂「勿体無いから?」
梓「単純に純が卑しいからだと思う」
純「……あっ、そうだ。いいこと思いついた」
憂「なになに?」
梓「どうせロクでもないことなんでしょ」
純「いや、これは星に願わないといけないことだよ。
梓も祈っておいた方がいいんじゃない?」
純「梓の歌が上手くなりますように、ってさ」
梓「その点は信頼ゼロなの!?」
‐ お し ま い ‐
最終更新:2013年10月10日 07:35