平日の夜も深まってから、平沢家のインターホンが鳴った。
見当の付いている唯は特に不審を感じる事もなく、応対に向かう。
逆に、安心していた。
ハロウィンの今夜に訪問する予定は、今朝方に恋人から聞かされている。
恋人とはいえ同性で、相手も少女だ。
夜道の一人歩きは危険だからと窘めたが、防犯グッズを携行するからと言って聞き入れなかった。
だが、こうして訪問があった以上、杞憂に終わったようだ。
これからは恋人との楽しい時間が始まる。
唯は胸を躍らせて、玄関のドアを開けた。
「トリック、オア、ミルークッ」
途端、予想通りに
田井中律が元気な声を響かせてきた。
ただ、口上と恰好は予想外だった。
「トリートじゃなくて?りっちゃん、そこまで大きくしたいんだね」
含み笑いながら言った後で、唯は律の装いを眺めた。
ハロウィンの仮装なのだろう、フード付きのポンチョを羽織っている。
黄色を基調としたチェック柄は、律の好みがよく表れたコーディネートだった。
のみならず、広い間隔でストライプが走り、それを各々の底辺として布地が膨れている。
ハロウィンらしく、カボチャをイメージしたものらしい。
頭上を覆うフードの被りは浅く、額も顔もドアから漏れる灯に照らされて明瞭に覗けた。
唇を尖らせてはいるが、心底から不機嫌という訳ではなさそうだ。
「だって、唯より大きくなりたいしー」
「りっぱいは可愛いくらいが丁度いいんだよ。
その恰好も可愛いよね」
褒めてやると、律は照れたように顔を背けた。
「なっ、か、可愛くねーし」
「じゃあ、ハロウィンっぽくて、いいよね。
雰囲気が出てるよ」
「でしょ?」
言葉を換えて褒めると、律は素直な反応を見せた。
嬉しそうにその場で回り始める姿を見ては、愛しさに破顔せずにはいられない。
「やっぱり、可愛いー。くるくるしちゃう回りっちゃん可愛いよぉ」
「なっ、からかうなよなー。
そんな事より、ミルクだよ、ミルク。
ほら、ミルクくれないと、悪戯しちゃうよ」
恥じらって話題を変える際の、慌て様までもが可愛らしい。
そして変えた話題の先は、唯の情欲を惹くものだった。
律は相反する感情でさえ架け渡して繋げて、唯を渡らせてしまう。
「うーん、お菓子なら用意してあるけど、牛乳は用意してなくてねー。
悪戯にしてもらおうかな」
用意の有無ではなく、希望の方向性が唯の返答に影響を与えている。
それは一方向へと偏った欲望に通じていた。
もう、逃がしはしない。
「お菓子でもいいぞー」
鷹揚に笑う律の手を取って、敷居を跨がせた。
律の後方で支えを失ったドアが閉まる。
自分の縄張りに律を捕えたような気分だった。
「それじゃ私の気が済まないよ。部屋に来て」
強引に誘い込まれて驚いていた律も、こうまで言われて察したらしい。
素直に頷いて、靴を脱ぎ始めた。
*
部屋に招き入れると、唯は急く心を抑える事なく切り出した。
「で、りっちゃんはミルクが欲しいんだよね?」
「ないなら、お菓子でもいいけど。
でも、唯が悪戯を望んでるなら、悪戯しちゃおうかなーって」
この期に及んで、律の態度は煮え切らない。
律に任せていては、ハロウィンも終わってしまうだろう。
焦れた唯は、胸先を突き出して迫る。
「ここ弄って、ミルク出してみない?」
「えっ?出たら、おかしーし」
「出ないなら出ないで悪戯にはなるんだから、いいでしょ?」
律の答えを待たず、唯は上着を脱ぎ始めた。
律から夜に来ると聞いた以上、唯とて準備を怠ってはいない。
フリルを施した純白のブラジャーが、有事に備えて服の中で出番を待ち構えている。
否、待ち構えていた。
──さぁ、出番だよ。
「えっ、ちょっ、唯っ?」
戸惑った声を上げているが、律とて唯の肌や艶やかな下着に色情を抱いているらしい。
ブラジャーのみを纏った唯の上半身に、凝視の眼差しを注いでいる。
目は時として、口以上に本心を語るものだ。
「ここから先は、りっちゃんにやってもらおうかな?
だって、悪戯するの、りっちゃんだもんね」
「そうだな。ハロウィンのミルクを用意しなかったのが、いけないんだからな」
言い訳のようにそう口にすると、律は唯のブラジャーへと手を伸ばしてきた。
柔らかい肉を抑える窮屈な下着を、律の指で弾いて欲しい。
そうしてミルクが飛び出るまで、淫らな肉を弄って嬲って捏ね繰り回して欲しい。
唯は破裂しそうな情欲を滾らせて、近付いてくる律の指を見つめた。
後少し、後少しだ。
律が指の第一関節だけの間を埋めれば、奥の高鳴る心臓とともに爆ぜる。
だが、触れる寸前になって、ドアをノックする音が部屋に響いた。
勢いを削がれたように、律の手も止まる。
同居している妹の憂だろう。
今、家には唯と律の他、彼女しか居ない。
唯は当て付けるように服を着ないまま、ドアを開けた。
「わっ、お姉ちゃん、何でそんな恰好してるのー?」
トレーにマグカップを乗せた憂が、驚いたような声を上げた。
察しているに違いないが、惚ける憂を叱咤しようとは思わなかった。
姉を想う妹の気持ちまで、無下に扱うつもりはない。
「見ての通り、いい所だったから。で、憂はどうしたの?」
「お姉ちゃん達の玄関で話してる声が聞こえちゃって。
律さん、牛乳が欲しいみたいだったから、持ってきたの。
だから、お姉ちゃんに悪戯するの、止めてね?」
憂の視線が、唯の後方へと向く。
律を牽制しているのだろう。
「駄目だよ、憂。冷たいのなんて飲ませたら、りっちゃんがお腹壊しちゃうでしょ?」
唯は律を守るように立ち塞がって、憂の視線を遮りながら言った。
「大丈夫だよ。人肌くらいの温度に、温めてきたから」
マグカップに目を落とすと、白い液体が微かに湯気を上げていた。
よく出来た妹だ。
と、用意周到な憂に感心するだけの余裕が、唯にはあった。
「ほんとだー。でもねー」
唯はマグカップを手に取ると、憂の唇に宛がった。
そうして驚く憂の顔を覗き込んで、抵抗しないよう目で制する。
「零したら、駄目だよ?」
言い聞かせながら、唯は緩やかにマグカップを傾けた。
始めは表情に動揺を見せていた憂も、口腔へと流し込まれる牛乳の量に比例して目が蕩けてゆく。
嚥下の度に震える喉にも、牛乳の飲に専心している様子が伺えた。
「憂が飲んじゃったから、なくなっちゃったよ。
りっちゃんの牛乳を飲むなんて、悪い子だね。
でも許してあげるから、今は二人きりにさせてね?」
唯は空になったマグカップをトレーに置くと、目の焦点が定まっていない憂に言った。
「うん、ごめんね、お姉ちゃん」
恍惚の境地に居るせいか、憂は素直に頷くと大人しく退室していった。
妹の扱いには、慣れている。
「お待たせ。
憂は普段はしっかり者なんだけど、姉離れの中々できない所があるから」
律に向き直ると不服そうな顔に迎えられ、唯は言い訳のように憂の情報を補足した。
「ミルク、あるじゃんかー。憂ちゃんに飲ませてた、りぃー」
律が口を尖らせて唸る。唯も冷蔵庫に牛乳がある事は知っていた。
その事を隠す気はない。
「ミルクの方が、悪戯より好き?」
首を傾げて、挑発的に問うた。
「そういう事じゃなくって。
相手が妹でも、恋人の前でああいう事は無しだと思うぞー」
律の不機嫌の原因も分かっていた。
それでも唯は惚けて言う。
「もっと穏やかな手段もあったんだけど、早くりっちゃんと楽しみたかったから。
それに、憂はいい子だよ?りっちゃんの事も気に入ってくれてる。
偶に嫉妬しちゃうけど、私が構えば治まるから。
今のは大目に見て欲しいな?」
「嫉妬なら、私だってしちゃうんだからな。唯ったら、女の扱いにばっか手慣れちゃってー。
とにかくっ、ミルクがあるなら、私も飲ませてもらう」
胸を仰け反らせて宣する律に、唯は満足気に目を細めて見入る。
律の口から嫉妬の言葉を聞きたいが為、気付かない風をしていたのだ。
それでも唯は欲を深めて、もう一つ求めた。
律の事ならば、どこまでも貪欲になれる。
「悪戯は?」
「それもするっ。嘘を吐いた罰だ」
律もまた欲深かった。
お似合いの二人だと思わずにはいられない。
「分かったよ。じゃ、牛乳持ってくるから、待っててね」
我慢の利かない表情を浮かべる律にそう言い付けたものの、キッチンへと向かう唯の歩調は速い。
唯とて我慢ならない情欲は同じだ。
言い付け通りに、待たせるつもりはなかった。
*
一リットルの紙パックだけ手にして戻った唯は、律の呆れたような声に迎えられた。
「何だよ、そのサイズ。つーか、コップも持って来てないじゃん。
紙パックに口付けて飲むの?」
「まっさかー。そんな事させないよ。
さっき、りっちゃんが言ったでしょ?悪戯もしたい、って」
その反応を予想していた唯は、牛乳の封を開けながら答える。
「って、未開封かよ。どう飲ませるつもりか知らないけど、勿体ない事できないぞー」
律は期待を煽る唯の言動よりも、牛乳が新品である事の方に注意を引かれたらしい。
催促した負い目もあってか、言葉に遠慮を滲ませている。
開封してある紙パックもあったが、憂が使ったせいもあって残り少なかった。
多く長く楽しみたい唯としては、年に一度のハロウィンを倹約の精神で慎ましくする気などない。
「無駄にしないように、りっちゃんが頑張ってよ」
「まぁ、いいけどさ。唯は言い出したら聞かないし。
で、どうするんだ?口移しで飲ませてくれるのか?」
言い出したら聞かないなど、どの口が言うのだろう。
その口を塞いでやれる律の案も捨て難いが、唯には別の案の用意がある。
牛乳を取りに退室した段階で思い付いており、だからこそ容器を持ってこなかった。
「りっちゃんは、そういうのが望みなの?いい提案だとは思うけどさ。
でもそれじゃ、りっちゃんが悪戯した事にはならないでしょ?」
「だから、どうす」
律が重ねようとした問いを、実践で以て遮った。
「ほら、りっちゃん。ミルク飲みたかったんでしょ?
悪戯しながら、たっぷり味わってよ」
驚いている律に、牛乳の滴る乳房を向けながら言う。
綿を素材として用いたブラジャーは吸水性に優れているが、
零した量が多過ぎたせいか吸いきれなかったらしい。
「えっと、いいのか?」
律は唯が自身の胸に牛乳を零してから、今に至るまで黙していた。
動揺から我に返った彼女がまず放った言葉は、確かめるような問いだった。
尤も、淑女らしく確認を前置する口とは裏腹に、目は貪るように唯の胸へと注がれている。
その胸を突き出して、唯は言う。
「悪戯するって言ったの、りっちゃんだよ?
牛乳を飲みたいって言ったのも、りっちゃん。
あ、冷たい牛乳を飲ませられないって言ったのは私だね。
ほら、責任を持って、人肌に温めたよ?」
「う、うん。じゃあ、貰おう、かな」
律はそう言って顔を唯の胸へと迫らせながらも、触れる直前で止めてしまった。
躊躇うように、深呼吸を繰り返している。
吐息が乳房にかかって、唯は焦らされているような切ない気分になった。
律の臆病な仕草にさえ、嬲り者にされてしまう淫らな身体が恨めしい。
それ以上に、律が恨めしい。
「もうっ、りっちゃんの意気地なしっ」
唯は片手で律の後頭部を掴むと、そのまま胸へと押し付けた。
乳房が潰れて、水気を含んだ綿が軋むような音を立てる。
「ヘタレちゃうりっちゃんが悪いんだからね。
飲むまで放してあげないよ」
切なくさせた罰を与える思いで、唯は語勢を強めて言い切った。
律の頭が前に傾き、唯の乳房の圧迫感が強まる。
それが首肯の動きなのだと分かった時、胸の一点にだけ強く引かれる力を感じた。
同時に、ポタージュを啜るような音が唯の耳朶にも届く。
律がブラジャーに籠もるミルクを吸い始めたのだ。
「はぁ、りっちゃんが、私のミルク吸ってるよぉ……」
唯は恍惚の声を漏らし、律の後頭部から手を離した。
自由になった律の顔が上がり、潤んだ瞳が唯を見上げてくる。
唯は片手で持っていた牛乳を、両手に持ち直した。
そうでもしないと、身に走る震えで取り落としてしまいそうだった。
「唯ー、もっとー」
垂涎の面持ちで強請る律を、焦らすだけの自制心など今の唯にはない。
「うん。全部、飲み切ってもらうからね。
そうじゃないと、私の気が治まらない」
再び牛乳を掲げて、先程よりも多量を胸へと零す。
冷たい感触が肌を打つが、間を置かずに冷気は失せた。
飼い主に飛び付く子犬のような勢いで、律が顔を唯の胸に埋めてきたのだ。
肌から綿から、牛乳を啜る音が部屋に響く。
「ぷはっ」
吸飲の音が乾いてきた頃、律の口から息苦しそうな声が漏れた。
それでも律は離れようとせず、催促するように顔を上げている。
唯を見上げる律の顔は額まで牛乳に塗れて、髪の毛も端が所々濡れていた。
白のコスメチックを淫らに熟す律が、唯の前言を揺らがせる。
牛乳がなくなろうとも、気は収まらない。
牛乳を胸に垂らすと、飢えたような勢いで律の顔が唯の乳房へと沈んでくる。
この様子では、一リットルあった牛乳もそう長くは持たないだろう。
その事を証すように、紙パックを持つ唯の負担は軽くなっている。
「一人で家に帰ると危ないから、今日は家に泊まっていきなよ。
ブギーマンがうろついているかもしれないし」
牛乳をブラジャーから口で搾り取る律へと、唯は囁きかけた。
「着替え、持って来てない」
唯の胸から顔を離して、甘えるように律が言う。
「私の制服を貸してあげるね。予備があるから。
丁度いいよね、その可愛い服着たまま、っていうのも趣あるし。
カボチャを食べるみたいで、ハロウィンっぽいよ。それ、期待してた?」
「違うし。お菓子貰ってミニパーティーして、帰るつもりだったし」
羞恥を見せる律の眼前、唯は自身の胸に牛乳を注いだ。
反射的な速度で律が乳房に齧り付いて、ブラジャーに染み込んだ牛乳を啜り上げる音が響く。
躾けた通りの反応に、唯は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ほらね?ジャック・オー・ランタンも、元は欲深い人だったんだって。
カボチャ繋がりで、りっちゃんも倣って素直になっちゃえば?」
「うー。初めからそういうつもりじゃなくて、成り行きだし」
悔しそうに律が睨んでくるが、その睥睨さえ健気に見えて可愛らしい。
「じゃ、今はそういうつもりなんだ?
まぁ、夜道の一人歩きが危険なのは本当だよ。危なくて、りっちゃんを帰せない。
りっちゃんを待ってる時だって、不安だったんだから」
「じゃ、澪と来れば良かったかな。そうすれば、危なくな」
「一番危ないね。マイケル・マイヤーズに遭遇したいの?」
みなまで言わせない。禁句を放った律に割り込んで、唯は凄みの利いた声を被せて遮った。
だが、律に怯んだ様子は見られなかった。代わりに、拗ねたように目を細めている。
「会いたくないよ、妹にばっか執着する、あんなシスコンになんか。
私のだもん、唯、私のだもん。唯のミルクは、私のだもんっ」
唯の乳房に顔を押し付けながら、叫ぶように律が言った。
嫉妬はお互い様らしい。
唯は思わず頬を緩めると、優しい声で律に囁く。
「分かってるよ。私は、りっちゃんのものだよ。
だから、ミルク、最後まで飲んでね?」
「うん。私がトリック・オア・ミルークで求めたんだから、責任持って全部飲むよ」
嫉みの消えた顔が上がり、上目が唯に向いた。
その仕草の逐一が唯を虜にして、本当に律のものになったのだと自覚を迫る。
唯は慰撫の言葉ではなく、自認の言葉を知らずと放っていたらしい。
負けじと唯は、今この時まで口にしていなかった言葉を放つ。
ハロウィンの、定型の言葉を。
「あ、それで思い出した。私の方から、まだ言ってなかったね。
トリック・オア・トリート改め、リッツ・オア・リーツ」
「なっ。それ律or律で、どっちにしろ、私じゃんかー。
もうっ、やっぱり泊まってくの、危険だし」
赤く染まった律の顔がカボチャを模した服と相俟って、ジャック・オー・ランタンの灯のように映えている。
律がハロウィンを祝う象徴と化しているならば、羞恥ではなく期待や興奮故に火照ったのかもしれない。
「朝の段階で、言ったでしょ。
夜に私の家に来るのは、危険だって。
さ、これが終わったら、選んで答えてもらうからね」
唯は悪戯っぽく笑んで言うと、胸に牛乳を零した。
唯の方こそ、期待していたのだ。
そして重量を感じなくなった紙パックが、その成就の時が近い事を教えている。
代わりに、唯は重量を胸に感じていた。
乳房を浸す牛乳の染み込んだブラジャーと、口を寄せてくる律の重みだ。
この胸が軽くなった時、今度は律が唯のものとなるのだ。
その時を急くかのように、胸を吸い上げる律の力が強まった。
胸を弄られる快感に身悶えながら、唯は律の答えを聞いた思いだった。
律もまた、唯のものになりたがっている、と。
<FIN>
最終更新:2013年11月04日 07:05