少し肌寒くなってきた季節

私と唯先輩はとある商店街でいっしょに買い物をしていました

梓「あ、唯先輩唯先輩。あそこで福引きやってますよ!」

唯「わぁ、本当だねぇ」

梓「『商店街で3000円分以上お買い上げのお客様に福引きチャンス!』だそうですよ」

唯「あずにゃんと私のレシート足したら一回引けるんじゃない!?」

梓「かもしれませんね。レシート出してください唯先輩!」

二人のレシートは福引き一回分には少し足りなくて
あわててたい焼き屋さんでたい焼きとソフトクリームを買い、福引きの列に並びながら食べました

梓「次が私たちの番ですね!」

心なしかわくわくします

唯「うん。あずにゃんがガラガラ回していいよー」

梓「私はいいですよ。唯先輩がどうぞ」

唯「え、いいのー?えへへ、じゃあお言葉に甘えて…」

嬉しそうな唯先輩。こういうの好きですよね、本当

ぎゅっ

梓「えっ?」

唯「やっぱり二人で買ったレシートだから、いっしょに回そうよあずにゃーん!」

梓「えっ、あっ、はいっ」

手を不意に握られて、なんだかよくわからない受け答えになってしまいました

寒い中並んでいたので私の手は冷たく
なのにソフトクリームを食べながら同じく並んでいた唯先輩の手は温かくて、なんだか気持ち良いです

唯「せぇのーっ!」

梓「はいっ!」

ガラガラ、ガラガラ

カラン

福引き係の人「で、出ました特賞!温泉旅館ペア宿泊券ー!!」

カランカランカランカラーン!

梓「……えっ?」

唯「や、やったーあずにゃーん!」ぎゅっ

梓「……えっ?」

さっぱり状況が飲み込めず、特賞を知らせる鐘の音も、唯先輩に抱きつかれているのも意識の外でした

梓「な、なんという豪運…」

唯「やったねぇあずにゃん!温泉だよ温泉!」

梓「お、温泉旅館…ペア宿泊券…」ドキドキ
梓「あ、ああ!憂と二人で行ってきたらどうですか唯先輩!?」

限りなくヘタレな発言

唯「ダメだよ~。あずにゃんと二人で当てたんだから、いっしょに行こうよ~♪」ぎゅー

梓「あ、あぅ///」

即座にいっしょに行こうと誘われる

いえ、別に唯先輩から言って欲しかったわけではないですけど、言われて緊張したのは事実でしたね

梓「りょ、旅行…えっと、他の皆さんもいっしょでしょうか!?」

懲りないヘタレ女再臨
もちろん宿泊券は2枚しかない

いや、その気になればムギ先輩の力で全員というのは可能かもしれないけれど

唯「宿泊券は二人分しか無いよ?ペア宿泊券だし」

梓「そ、そうですよね///」ドキドキ

にこにこと笑う唯先輩

温泉が楽しみなのか、私と二人きりの旅行が楽しみなのか

梓「それじゃあ、日取りを決めちゃいましょうか?」

唯「そうだね。あずにゃんはいつがいい?」

梓「なるべく早い方がいいですっ!」

こんなのいつまでも先延ばしにしてたら、精神がもたない

唯「それじゃあ今週末行こうよ!」

梓「それは早すぎますっ!?」

唯先輩、それだと私の心の準備が出来ません

唯「え~?じゃあいつにしようか?」

梓「わ、私がその宿泊券の旅行代理店に電話してみますからっ」

唯「そう?じゃあお願いねーあずにゃん!」

私はいつでもOKだぜ子猫ちゃん。と、聞く人によっては意味深な言葉を残して
唯先輩とはその場で解散となりました

すでに頭の中はグニャグニャに混乱しています

何から準備したらいいのやら…

いえ、心の準備はたぶん無理ですし
まずは旅行に必要な物を調達しないと

梓「温泉旅館…あ、う、バスタオルとか?いや、向こうにあるのかな?えっと、いや、そんなんじゃなくてっ」

一人であたふたする深夜

とりあえず、明日は旅行代理店に連絡して日取りを決めよう
何が必要かは、その時に聞いてみよう

そんなことを考えていると、唯先輩からメールが届いた

唯『温泉楽しみだね!いっぱい思い出作ろうねあずにゃん(ハート)』

梓「……」

思い出、いっぱい作れるといいな

そうだ。カメラを買おう
携帯のカメラよりも高画質なやつがいい
澪先輩から借りる…のは、止そうか
壊してしまったら悪いし、それに…

梓「せっかく唯先輩と二人きりの旅行なんだし…///」

そんなことを一人で口走り、ベッドの上でバタバタともがいた

唯先輩といっしょの写真、たくさん撮りたいな

そんなこんなで旅行当日

唯先輩は朝からはしゃぎまくりだ

唯「あずにゃんあずにゃん!バスだよバス!長距離バス!」ふんす!ふんす!

梓「バスは普通のバスじゃないですか…」

唯「もう温泉楽しみで楽しみで、昨日全然寝れなかったよぉあずにゃ~ん!」すりすり

正確には昨夜からはしゃぎまくりだったらしい

ちなみに唯先輩はさっきから私に抱きつきまくって頬ずりを繰り返している

梓「ほら、バス乗りますよ?これに乗らないと新幹線しか無いんですから」

唯「あ、待ってよあずにゃーん!」

早朝の長距離バスで、宿泊券が当たった温泉旅館に向かう
交通費は自己負担だそうだ
当然私たちは安いバスに乗ってその旅館へ向かうのであった

バスでの移動中、昨夜寝ていないという唯先輩はぐっすりお休みかと思いきやずっとしゃべっていた

唯「あのねー。あずにゃん。それでねー」

もちろん唯先輩は無口なタイプではないのだけれど、
あれ?唯先輩ってこんなに話す人だったっけ?と思ってしまうくらいのマシンガントークっぷりだった

梓「はい、はい。ええ。そうですね」

だんだん私も疲れてきていた
昨夜あまり眠れなかったのは、私もなのだ(さすがに少しは寝たが)

まあ、それでも。唯先輩とたくさんお話できたのは嬉しかった

すっかり話に盛り上がったところで温泉街に到着

旅館までは少しこの温泉街を歩いて移動します

唯「わぁ!あずにゃんあずにゃん!温泉まんじゅうだって!食べよー」

ここで唯先輩のテンションは再びMAXに
まぁ、温泉まんじゅうは私も食べたいのでいいんですけどね?

梓「はい、食べましょう!」

唯「おねーさんおまんじゅう二つ~」

温泉饅頭屋「はーい」

唯「美味しいねぇあずにゃん!」もくもく

梓「程よい甘さがたまりません!」もくもく

唯「来て良かったねぇ」

梓「それはそうですけど、それは温泉入った時に言いましょうよ」

唯「えへへ、そだね?」

長距離バスの疲れも吹き飛ぶ、温泉グルメを満喫です!

旅館に到着。もうお昼間近です
どんだけ温泉まんじゅうではしゃいでたんだ、私たちは

女将「いらっしゃいませ。お部屋へどうぞ」

唯梓「よろしくお願いしまーす!」

通された部屋は、ちょっと普通の家族旅行では来ないようなとても豪華なお部屋でした

唯「おおう…」

梓「うわぁ…」

唯先輩すらちょっと引くくらいすごいお部屋でした

梓「福引きの景品とはいえ、こんなところに泊まってしまって良いんでしょうか?」

唯「も、もうこうなったら満喫するしかないよーあずにゃん!」ふんすっ

梓「それはそうですが…」

唯「ちょっと庭に出てみようよ!綺麗な庭だね~」

梓「はい、こんな日本庭園始めて見ましたよ」

って、えっ?この中庭、もしかしてこの部屋専用?

庭で遊ぶのですら緊張してしまうような部屋で、今夜は唯先輩と二人きりです
もっと緊張しますね、これは

その事実をなるべく考えないようにしつつ、二人で温泉に向かう事にしました

唯「温泉楽しみだねぇ、あずにゃん」

梓「は、はい、そうですね…」

用意されていた浴衣を着て、石畳にカラコロと雪駄の音を鳴らし温泉へ向かいます

離れにある専用露天風呂なのだとか

えっと、専用ってことはそこでも二人きりなんですよね?
夜のことばかり気にかけていて、温泉に入ることをすっかり意識から外してしまっていましたが
これこそ最も緊張してしまうシチュエーションなのでは?

唯「おー!ひろーい!」

梓「うわぁ~、なんですかこれっ!」

脱衣所を抜けると、それはそれは素晴らしい絶景の露天風呂がありました。
まさに筆舌に尽くし難いので、詳細は省きますが

ついでの脱衣所での様子も省かせてください。
私が唯先輩からかなり離れた場所で、縮こまって身支度を整えた、とだけ伝えておきましょうか

体感時間でいうとかなり長かった脱衣所を抜け、いよいよ温泉です

わぁ、滝かなあれ?

唯「あずにゃんあずにゃん!飛び込んでもいいかな!?」

梓「他に誰もいませんけど、とりあえずは体を洗ってから入るべきかと」

唯「おおっ!それもそうだね!」

唯「じゃ洗いっこしよっか?」

梓「えっ?」

何か墓穴を掘ったような、むしろラッキーなような…

唯「はい、あずにゃん座って座って~」

梓「えっ?えっ?」

唯「唯先輩があずにゃん後輩のお背中お流ししますよー!」ふんすっ

梓「い、いいい、いいですよっ!自分で洗いますっ///」

唯「まあまあ遠慮しないで~」

そう言いながら、すでに備え付けのボディソープをあわ立てる唯先輩

唯「はーい、痒いところありませんかー?」にゅるにゅる

梓「そ、それは髪を洗う時…ひゃうっ///」

唯「おおっ!あずにゃんすべすべだねぇ」にゅるにゅる

梓「~~~~っ///」かぁぁ

真っ赤になってどぎまぎする私と、振り返って顔を見ればにこにこと楽しそうな唯先輩

天然でこんなことをしてくるからこの人は、その、困る

唯「前も洗ってあげよっか?」

梓「それは絶対にやめてくださいっ!」

唯「えへへ、冗談だよ~」

梓「唯先輩のは冗談に聞こえないんですっ!」

唯「そう?じゃああずにゃん、自分の体が終わったら次は私だね~」

梓「…はい?」

唯「私の背中はあずにゃんが流してねっ!」にこにこ

なんですと?なんですと!?
そうですか。そうですよね流れから言って

梓「し、失礼します…///」ドキドキ

唯「どうぞー?」

梓「…えいっ」にゅるっ

唯「んー?」

梓「……///」かぁぁ

柔らかくて温かい

梓「~~っ///」ドキドキドキドキ

どんどん鼓動が早まる
温泉に入る前にのぼせてしまいそうだ

抱きついてみたら、もっと柔らかくて温かいんだろうな

などという妄想を実行する度胸があるわけもなく
まるで手のひらから自分の鼓動が伝わるのではないかというくらいにおっかなびっくり唯先輩の背中を洗ってから温泉に入る

唯「ふい~。極楽ですなぁ」

梓「はい、夢のようですね」

カポーン

桶の音が響いたのではない。ここは露天風呂なのだから
近くにししおどしがあるのだろう

風流な景色に見惚れてしまいます

唯「綺麗な景色だねぇ」

梓「ですね」

ほんのり紅くなった唯先輩の横顔を見て、この旅行に来て本当に良かったと思えました

唯「そろそろあがってご飯食べようか?」

梓「ええ。お腹すきましたね」

唯「ご飯は何が出るのかな?」

梓「この様子だと、かなり豪華だと思いますよ」

唯「楽しみだね」

梓「はいっ!」

夕刻。もうすぐ夜になる

部屋に戻ると、部屋に新しい物が一つ増えていた

唯「わぁ!コタツだー!」

梓「最近寒いですからね。旅館の人が用意してくれたんでしょうか」

唯「えへへ~おこたおこた~」ぬくぬく

さっそく潜り込む唯先輩
こたつが似合うなぁ

梓「あ、みかんまでありますよ?」

唯「あずにゃん剥いて~」ぬくぬく

梓「それくらい自分でやってくださいっ!」

その後、大変豪勢な食事の後に仲居さんが布団を敷いて行きました

唯「はぁ、美味しかったねー。カニ」

梓「はい。カニ食べてる時は唯先輩でも静かになるんですね?」

唯「カニは別格だからねぇ~」

再びこたつにもぐり、幸せそうな笑顔でそうつぶやく唯先輩
心なしか少し眠そうだ

梓「唯先輩、布団で眠ったらどうですか?こたつで寝ると具合悪くなりますよ?」

唯「おー、そうだね。さっき旅館の人が敷いてくれたんだった!」

のそのそとこたつから這い出る唯先輩
この様子も不思議と似合うなぁ

唯「まったくもう。布団の敷き方がなってない旅館ですなあ」

梓「ん?」

唯「よい、しょっと!」

ズルズル

梓「……」

唯「これで良しっ!」ふんすっ

梓「…唯先輩。どうして布団くっつけちゃうんですか」

唯「えー?だってあずにゃんとくっついて寝たいし~」

もじもじと体をくねらせて言う唯先輩

いや、照れるポイントがおかしいですよ
さっき温泉で裸でくっ付いてきたくせに!

しかし、私の顔も真っ赤になってしまったのも確かなわけでして

梓「い、い、いっしょに寝るとかっ!あり得ないですしっ!///」

などと言ってしまった

唯「いっしょにじゃないよ~隣同士の布団でくっ付いて寝るだけだもん!」

とても嬉しそうににこにこ笑いながら言う
まったくこの人は…

唯「ふふー♪枕もくっつけちゃおう!」ぼふっ

そう言って枕を私の布団側にピッタリと寄せる
そのまま私の枕も唯先輩の布団側にくっつけた

梓「もうっ!勝手にしてくださいよ。私は普通に寝ますからね!」

そう言って自分の枕だけを真ん中に戻した

唯「もー!あずにゃんのいけず~」

梓「何がですかっ!ほら、みかんでも食べてさっさと寝ちゃってください」

千載一遇のチャンスを逃げ出す私は照れ隠しに唯先輩にみかんを渡してそっぽを向く

唯「あずにゃん剥いて~」

梓「だから自分で剥いてくださいよ…」

梓「まったくもう。唯先輩は旅行に来てもマイペースですよね」

せっかく二人きりなのだから、もう少し、こう…

いや、さっきから恥ずかしがって拒んでばかりの私が言うべきではないか

そう思うと、次にどう会話を切り出してよいかわからなくなってきた

唯先輩と何を話したらいいんだろう?

梓「唯先輩は、その、私といっしょに旅行に来て…って」

唯「すーすー、くー」

寝てるし!

寝てるし!寝てるしー!!

梓「なっ、なっ!?」

あれだけ意味深な態度取って、自分はすぐ寝ちゃってるしー!!

唯「すー、すー」

梓「な、なんなんですかー!」

唯「くかー」

梓「なんっっなんですか!?二人きりの旅行ですよ!?二人部屋で、布団までくっ付けて敷いてっ!」

唯「すぴー」

梓「どうして先に寝れるんですかあっ!!」

唯「すかー、すぴー」

梓「……はぁ」

中野梓、チャンスを逃し続ける女です

唯「すー、すー」

梓「まったくもう。みかん握ったまま寝ちゃって…」

唯「くー、すー」

梓「昨日寝てないのに、あんなにはしゃぐからですよ?」

唯「くかー、すぴー」

梓「…まだまだ夜は長いと言うのに、もったいない事をしましたね。唯先輩」

唯「すー、すー」

そんな私にある考えが閃く
ゴソゴソとバッグの中を探して、目当ての物を見つけた

梓「…唯先輩の寝顔、撮ってもいい、よね?」ドキドキ

そう言いつつ、カメラを唯先輩に向ける

昨日買ったばかりの新品だ
唯先輩との写真をたくさん撮ろうと思って買ったのに、今の今まですっかり失念してしまっていた不遇のカメラを、今こそ使う時

梓「唯せんぱーい、起きないでくださいよ?」

パシャ!

唯「う~ん…」もそもそ

梓「わっ…!」びくっ

…寝返りをうっただけだった
なんてタイミングで寝返りをうつんだ。びっくりした

唯「ふぅーん、ん~」もぞもぞ

梓「……」

唯先輩の体が、私の布団の方に少しはみ出す

梓「唯先輩…」

少しだけなら、いいよね?
自分に何かを言い聞かせ、私は自分の枕を取る

梓「……」もそっ

唯「すー、すー」

梓「唯、先輩…」そっ

枕を唯先輩の方にピッタリと寄せ、唯先輩にくっつくように布団に横になった

梓「……///」

唯先輩の顔がこんなにも近くに…

すごく、ドキドキする

手を、唯先輩の腕に絡めてみる

唯「…んん」もぞっ

…柔らかい、温かい
唯先輩のぬくもりが伝わってくる

梓「……っ///」

唯先輩のシャンプーの香り、唯先輩の寝顔、唯先輩の体温

すべてが私をドキドキさせる

梓「唯、先輩…寝てるんですよね?」

唯「すー、すー、」

梓「そうですか。…それなら…」そっ

もう少しだけ、唯先輩に体を近づける
もう少しだけ、体がふれあうくらいまで

梓「唯先輩、今だけは、もう少しだけ…こうしていてもいいですか?」

唯先輩の寝顔が、わずかにうなずいたように感じた

今だけは、カメラなんて使わない

シャッターチャンスはこの目に刻む

そういうことにしておこう


そんな、私の唯先輩との一瞬の思い出の日


おしまい!