唯の部屋

唯「zzz...」

「唯ーっ! 朝だぞ、起きろ!」

いつものように朝がやってくる。そして、いつもように晶ちゃんの声が聞こえる。
私はゆっくりと目を開いた。

唯「あ、晶ちゃん……おはよー……」

晶ちゃんは腰に手を当ててふくれっ面をしている。この光景ももうお馴染みだ。
それにしてもふとんが温かい。あまりにも気持ち良くて意識が……。

唯「...zzz」

晶「二度寝すんな!」ガバッ

晶ちゃんは強引にかけぶとんをはぎ取った。部屋の寒さに、体を抱きしめるように縮めた。せっかく温かくて気持ちよかったのに……。

唯「ふとんから出たくないよ〜……」

晶「例え、寒くても暑くても授業はあるんだ。また寝るんなら先に行くからな」

そう言い残して、晶ちゃんは部屋を出て行こうとする。

唯「ああっ! 待ってよ〜!」

晶「ったく……毎朝、毎朝……」

そう言いながらも晶ちゃんは待ってくれる。怒ってなかったらもっとかわいいのに。
寒いのをがまんしてえいやと立ち上がった。


唯「うう……さむさむっ!」

晶「寒いな……」

もうすぐ12月になる。
かなり風も冷たくなってきている。今日もマフラーと憂にもらった手袋は欠かせない。

唯「ねぇ、晶ちゃんは夏と冬のどっちが好き?」

そう訊くと、晶ちゃんは少し考え込んだ。

晶「そうだなぁ……私は夏かな。唯はどっちなんだ?」

唯「私はどっちも苦手かな〜」

晶「なんだそりゃ……」

唯「だって、冬は寒いでしょ? 夏はクーラー苦手だもん」

晶「相変わらず面倒なやつだなぁ、本当に」

唯「あっ、ひどーい! でも、クーラーつけると体がだるくなるんだよ!」

晶「そんなに力強く説明しなくても……ってやばっ!? 講義開始まであと五分じゃん!」

唯「えっ、本当に!?」

晶「お前の仕度が遅いからだぞ! ほら、走るぞ!」

唯「あ〜っ! 待ってよーっ!」

お昼休み

唯「ふぅ〜あと一つで終わりだね〜」

広い食堂で私は大きく息をはいた。お昼休みは私にとっては体が休まる心地よい時間だ。

晶「部活もあるんだぞ。しっかりしろ」

唯「お菓子が無いと力が出ないよ〜……」

晶「お前たちは毎日毎日食べてばかりだな……」

机にもたれかかる私を見て、晶ちゃんはやれやれとばかりにため息をついた。

唯「晶ちゃんだってムギちゃんからもらってるくせにー」

晶「むっ……それはそうだけど……」

ピロリロ♪

唯「あっ、メールだ」

着信音が鳴り、ランプがきらきらと光る。私はすぐに携帯を開いた。


澪ちゃん
件名:今日の部活
本文:今日は急な予定ができたから部活は休むよ。ごめんな。


唯「澪ちゃん今日部活休むんだってさ」

晶「ふーん……」

唯「どうしたんだろ……」

ピロリロ♪

唯「あ、またメール」

再び着信音が鳴った。今度は誰だろう?


りっちゃん
件名:すまん
本文:今日用事あるから部活行けなくなった!


唯「えっ、りっちゃんも休むの? りっちゃんの用事って何だろう……」

晶「部屋でゴロゴロしながらマンガでも読んでるんじゃないのか?」

唯「もしかして、彼氏さん疑惑!?」

晶「はは、あいつに限ってまさか……」

唯「高校の時に一度そういう噂あったんだよ」

晶「マジかよっ!?」

晶ちゃん、こういう話には食いつくなぁ……。晶ちゃんの恋の成就を祈ろう。
学祭が終わってから晶ちゃんは髪を伸ばしている。高校の時くらいまで伸ばすのかな。

ピロリロ♪

唯「まただ……」

本日三度目の着信音が鳴った。もしかして……。いや、まさか……。


ムギちゃん
件名:ごめんなさい!
本文:今日はとっても大切な用事ができちゃったから今日は行けないや。ごめんね!


唯「ムギちゃんまで!?」

まさか私以外のみんなが休むだなんて思ってもいなかった。驚く私を見て晶ちゃんが小さく笑った。

晶「放課後ティータイム分裂、だな」

唯「えー……じゃあ、今日の部活どうしようかなぁ……」

晶「ま、ギターの練習くらいなら付き合ってもいいけどな」

晶ちゃんが頭をなでながら少し小さな声で言った。気のせいかもしれないけど、ほっぺたが少し赤いように見えた。

唯「えっ、本当に!?」

晶「なんでそんなにうれしそうなんだよ……」

唯「だって、晶ちゃんからそんなこと言ってくれたこと今までなかったからっ!」

晶「い、イヤなら別にいいけどなっ!」

今度は顔を赤くしてそっぽを向いた。照れてる晶ちゃんもかわいいなあ。
私は立ち上がって晶ちゃんに向かっておじぎをした。

唯「お願いします!」ビシッ

晶「……わかったよ。じゃ、講義が終わってから部室でな」

唯「ラジャー!」

部室

ジャラーン♪

唯「どうだった?」

部室に行くと、菖ちゃんとさっちゃんも来ていなかった。二人も急に用事ができたらしい。なので、晶ちゃんは付きっ切りで練習に付き合ってくれた。

晶「よし、いい感じになってきたな」

唯「やっぱり難しいね」

晶「いや、かなり弾けるようになってるよ。あとは細かい微調整だけだな」

唯「ありがとね、練習に付き合ってくれて」

晶「……まぁ、私自身の再確認にもなるから」

少し照れ臭そうにほっぺたをかいている。そんな晶ちゃんを見て私は微笑んだ。

唯「あーお腹空いたー……」

晶「おっと、もうそんな時間か」

晶ちゃんは時計を見てから立ち上がった。私もそれに続いて立ち上がった。

唯「寮に帰ろっか」

晶「あっ、ちょっとやりたいことがあるから先に帰っててくれ」

唯「そうなの? 困ったことなら手伝おうか?」

晶「いや、いいんだ。ありがとう。またな」

唯「うん、またね〜」


晶ちゃんに別れを告げてから部室を後にした。
外はもう真っ暗になっていた。厳しい寒さが体に染み渡る。私はマフラーに顔をうずめるようにして歩き始めた。
今は何時かな……。携帯の側面にあるボタンを押して、時刻を表示させた。

『11月27日 18:48』

あ、今日私の誕生日だったんだ。すっかり忘れていた。
誰にも祝ってもらえないのはちょっとだけ寂しいけど、今日はみんな用事があるから仕方無い。
それに晶ちゃんが練習に付き合ってくれただけでもうれしい!



唯の部屋

カチッ

部屋に着いて玄関の明かりを点けると、足元に一枚の紙があった。郵便受けにはさまっていたのが落ちたのかな。紙には何かが書かれている。

『律の部屋にて』

りっちゃんの部屋? 今日は用事があるらしいから、部屋にいるかどうかもわからない。とりあえず行ってみよう。
靴を履き直してりっちゃんの部屋に向かった。


唯「どうしたんだろ……」

りっちゃんの部屋の前に着いた。試しにインターホンを押してみても、誰も出てこない。何となしにドアノブを引くと……開いた! 恐る恐る中を覗くと、部屋の中は真っ暗だった。
閉め忘れかな? とにかく不用心だ。

唯「りっちゃーん……?」

少しだけ声が震える。澪ちゃんほどじゃないけど、私だって暗い所は怖い。
とりあえず、明かりを点けようと部屋にあがった。すると突然、私の背後でドアがひとりでに閉まった。

唯「わっ!?」

廊下から部屋に差し込む唯一の光が無くなり、何も見えなくなってしまった。私は短く声を上げて、その場にしゃがみ込んだ。
どうしよう……。とにかく明かりを点けないといけない。携帯の光で探そう。
ポケットから携帯を取り出そうとすると、どこからか良い匂いがしてきた。

唯「ん? この匂いは……」

これは……? 判断に迷っていると、くすくすと笑い声が聞こえた。

「やっぱり唯は鼻が良いなぁ」

「高校の時からずっと食べてるからじゃないか?」

「じゃあ、もうわかるんじゃないかな?」

聞き覚えのある声だ。話を聞いている間に匂いの正体がわかった。

唯「ケーキ!」

「正解っ!!!」

カチッの音と一緒にぼんやりとした灯りが点いた。それはロウソクの灯りだった。
りっちゃんと澪ちゃんとムギちゃんの顔が光で照らされている。そして、三人の前にはバースデーケーキがあった。
それを見て悟った。

唯「もしかして用事っていうのは……」

「そうだよ、みんな唯ちゃんの誕生日をお祝いするために準備してたんだよ」

「成功したみたいでよかった」

「ったく、苦労したんだからな」

この声ももちろん知っている。

唯「菖ちゃん、さっちゃん、それに晶ちゃんまでっ!?」

菖「そうだよー! お誕生日お祝いしたくってさ」

菖ちゃんが口元に手を当ててにししと笑った。

律「さあ唯、澪の服にクリームが飛ぶくらい思いっ切り吹いてくれ!」

澪「できるわけないだろ!」

澪ちゃんのげんこつがりっちゃんに飛んだ。お約束だけど、それだけで和やかな雰囲気に包まれる。

紬「唯ちゃん、どうぞ!」

ムギちゃんが両手を広げて私に頷いた。
みんなが見つめる中、私は大きく息を吸って、ふうっとはいた。ロウソクの火が消えて再び部屋が暗くなった。
明かりは晶ちゃんがすぐに点けてくれた。

澪「誕生日おめでとう、唯!」

紬「おめでとう、唯ちゃん!」

律「こんなに祝ってもらえてよかったな!」

唯「えへへ、みんなもう忘れちゃってたのかと思ったよ」

けど、みんな覚えてくれていた。それはとってもうれしいことだ。

幸「ここで唯ちゃんにプレゼントがあります」

唯「えっ、本当に!?」

菖「はい、私たちみんなからの誕生日プレゼント!」

菖ちゃんとさっちゃんがかわいいリボンで結ばれた袋を持って私に手渡してくれた。
中身は何だろう? とっても気になる。

唯「ねえ、今開けてもいい?」

菖「いいよ!」

唯「やった!」

袋を開けると、私好みのTシャツとネコのぬいぐるみが出てきた。
かわいい腕かざりまである。

唯「ありがとう、かわいい〜!」

幸「どういたしまして」

菖「よろこんでくれたみたいでよかった」

すると、私の肩に手が置かれた。振り返ると、晶ちゃんがいた。

唯「晶ちゃん?」

律「ん? どうしたんだ、晶?」

晶「私からも誕生日プレゼント、だ」

なんだか晶ちゃんがもじもじしているように見えた。やっぱり照れてる晶はかわいい。私はプレゼントを受け取った。

唯「ありがとう、晶ちゃん」

晶「どーも……」

唯「これも今開けても?」

晶「うん、いいよ」

唯「ありがとう」

袋を開けると、それは見覚えのある物だった。

唯「これは……」

晶「ああ、ギターの弦だ。お前の錆びてたからな。ちなみに私の使っているのと同じやつだ」

晶ちゃんが胸を張って堂々とそう言うと、りっちゃんと菖ちゃんが顔を見合わせた。

律菖「おおっ!?」

澪幸「もしかしてもしかして……」

紬「二人はそういう関係なの〜?」

晶「ばっ……どういう関係なんだよっ!」

唯「ありがとう! ギターも同じだから、私たち仲良くお揃いだね♪」

晶「だーっ! 誤解を招くような発言はやめろ!」

晶ちゃんが叫ぶと、部屋が笑いに包まれた。
こうやって笑っていると、みんなと同じ大学でよかったと心の底から思える。

ピロリロ♪

唯「あ、メール」

すぐにメールを開いた。


和ちゃん
件名:お誕生日おめでとう
本文:唯、お誕生日おめでとう。大学生活は楽しんでいるみたいね。またお正月に帰るから、お互いの都合が合えばまた会いましょう。その時は事前に連絡を忘れないようにしようね。
この先いろいろあるだろうけど、これからもずっと笑顔でいてね。

和ちゃんからの思いがけないメールに感動して、うれしさに震えてしまった。

唯「わあぁ〜っ……!」ブルブル

澪「今度は唯がどうしたんだ?」

唯「和ちゃんからメール来たよ!」

紬「やっぱり、和ちゃんは唯ちゃんのこと気にかけてくれてるんだね」

律「だなぁ……」

ピロリロ♪

唯「また?」

今日はメールの多い日だ。誰からかな……。
携帯を開くと、私はまた固まってしまった。


あずにゃん
件名:唯先輩へ
本文:唯先輩、お誕生日おめでとうございます!
[添付画像]


添付画像を開くと、わかばガールズのみんなの画像が表示された。
ケーキを前の机に置いて写っている。五人とも笑顔だ。よく見ると、「ハッピーバースデー唯先輩!」とあった。
そっか。私は今、この五人の先輩なんだ。あずにゃんにもかわいい後輩ができたんだなぁ。

唯「……うふふ」

私は小さく笑った。
この前あずにゃんから、みんなに誕生日祝いをしてもらった、とメールで教えてもらった。
あずにゃんはどんな風に祝ってもらえたのかな?
今度会った時にでも教えてもらおう。楽しみがまた増えた。

何事も無く終わると思っていた今日の一日。でもみんなのおかげで私は今、笑っている。
みんなの優しさが、私を笑顔にさせてくれた。
こんな温かい幸せがずっと、くり返されますように。


〜完〜




最終更新:2013年11月27日 07:47