【いちごside】


クリスマスイブの夜。
私は律を待っていた。
サンタ服姿で律の家を訪ねて、律のお母さんに律の部屋に通してもらって。
心臓の音が止まらない。
暖房は動かしていないはずなのに、身体中が燃えるように熱い。
律はこんな姿の私を見て呆れると思う。
私だって自分の行動に呆れちゃってる。
だけど私はサンタ服を着ようと思った。
こうでもしないと最後の勇気を出せないと思えたから。

足音が聞こえる。
これは律の足音だ。
教室で耳で追っていて、いつの間にか覚えた律の足音だ。
部屋の扉が開かれるのをじっと待つ。


律「……」

いちご「お帰り」

律「……」

いちご「座ったら」

律「どうしてお前が私の部屋に居るんだ」


やっぱり呆れた感じの律の表情。
クラスメイトが突然サンタ服で来訪したら、誰だってそんな表情になると思う。
心が折れそうになる。
何をやってるんだろうって、泣き出したくなる。
だけど私はそれに気付かない振りをした。


いちご「?」

律「いや、そこは首を傾げる所じゃないだろ」

いちご「来たかったから」

律「よく分かる答えをありがとな」

いちご「うん」

律「って、そうじゃねーって!」

いちご「?」

律「いちいち首を傾げるなっつーの、可愛いな畜生!」

いちご「可愛い?」

律「前から言ってんだろ、お姫様みたいに可愛いって!」


可愛い。
律は私をよく称してくれる。
しかもただの可愛いじゃなくて、お姫様みたいに可愛いって。
前にジュリエットに推薦された時にもそう言われた。
あれは単に律がジュリエット役から逃れたかっただけかもしれないけど、私は嬉しかった。
勿論ジュリエット役は断ったけれど。
だって、私も律のジュリエットが見たかったんだもの。


いちご「そうだったわね」

律「それよりどうやって私の部屋に侵入したんだよ」

いちご「家の人が上げてくれたけど」

律「帰った時のあのにやけ面はそういう事かよ、お母さん……」

いちご「お茶とお菓子も頂いたわ」

律「たまには自分の娘にもそれくらいのおもてなしをしてほしいもんだ……。
  それよりその恰好で何も言われなかったのかよ?」

いちご「その恰好?」

律「そのサンタ服だよ、サンタ服!
  何でそんな服を持ってるんだよ!
  さわちゃんか? さわちゃんの差し金かっ?」

いちご「部活で使ってる服だけど」

律「マジか……」

いちご「ええ」

律「凄いな、うちのバトン部。
  そこまで多方面にアピールしてんのか……」

いちご「クリスマス付近のイベントで結構使うのよ」


それは本当だった。
バトン部は色んなイベントに参加する。
衣装だって千差万別で、サンタ服だって数着常備されてる。
本当は部活を引退した私がサンタ服を着られる道理は無いのだけど、
クリスマスを近くに迎えて落ち着かない私に後輩が貸してくれた。
これを着て相手をメロメロにしちゃってください、って余計な一言まで添えて。


律「へー……、ってそれはともかくとして。
  そんな恰好で誰にも何も言われなかったのかよ?」

いちご「誰にもって誰に?」

律「うちのお母さんとか」

いちご「特に何も言われなかったけど」

律「お母さん……。
  アレか? 唯で耐性が付いてんのか?
  あいつ妙な服も平然と着こなすからな……」

いちご「……そうね」

律「どうした?」

いちご「何が?」

律「いや、何かちょっと不機嫌に見えたから」

いちご「別に」

律「別にって感じじゃないんだが……」


律は鋭い。
私が寂しかったり不機嫌だったりするとすぐに気付く。
ただこれは私の勝手な嫉妬だった。
律と平沢さんが仲の良い友達だって事は私もよく知ってる。
よく知ってるのに、それを実感させられると悔しくなる。
私の一番の人は律なのに、律には仲の良い相手がたくさん居るから。
秋山さんや、琴吹さんや、軽音部の後輩も……。
でも駄目。
そんな嫉妬ばかりしていちゃ駄目。
私はもうそんな嫉妬ばかりする自分から卒業するために、今日は勇気を出すんだから。


いちご「それより律」

律「何だよ?」

いちご「クリスマスパーティーをして来たの?」

律「分かるのか?」

いちご「脇にプレゼントをたくさん抱えてるじゃない」

律「あっ、そりゃそうか。
  うん、いちごの言う通りだよ。
  軽音部の部室で軽くクリスマスパーティーをやってきたんだよな」

いちご「受験生でしょ」

律「息抜きだよ、息抜き。
  つーか、それを言うならサンタ服を着てるいちごだって受験生じゃんか」

いちご「息抜きよ」

律「さいですか……」

いちご「楽しかった?」

律「クリスマスパーティー?」

いちご「ええ」

律「おう、楽しかったぞー。
  久し振りに後輩達のセッションも聴かせてもらえたしな。
  これで受験に向けて頑張れるってもんだ」

いちご「よかったわね」

律「うん、すっげーよかったよ」

いちご「……」

律「……」

いちご「他には?」

律「何が?」

いちご「クリスマス、律は他に予定はあるの?」

律「いや、特に無いぞ。
  って、それくらいいちごも知ってるだろ?
  前に私からいちごにクリスマス何すんの? って訊いたじゃんか。
  無いならクラスの皆で軽いパーティーしようぜーって」

いちご「そうだったわね」

律「でもいちごはクリスマスに予定があるって言ってたから、誰かと過ごすのかと思ってたんだが」

いちご「誰かって?」

律「友達とか家族とか、彼氏とか?」


彼氏。
その言葉に胸がざわめく。
私に彼氏は居ない。
恋に憧れないわけじゃない。
だけど私の恋する相手として、私の頭の中に浮かぶのはたった一人の顔だけ。
大雑把で鈍感でやかましくて、元気で優しくて大切なカチューシャのクラスメイトの事だけ。


いちご「彼氏なんて……、居ないわ」

律「そうなのか?
  意外だなー、いちごなら何人か彼氏が居そうだと思ってたんだけどな。
  何せ可愛いもんなー、お姫様みたいにさ」

いちご「うち女子高じゃない」

律「それでも、だってば。
  学外にイケメンな彼氏でも居るもんだと思ってた」

いちご「居ないから」

律「そっか……。
  じゃあ予定ってのは何だったんだよ?
  私の家に来てる暇なんてあるのか?」

いちご「予定はあるわ」

律「ほら、あるんじゃん。
  彼氏は違うとして、家族と一緒に過ごすのか?」

いちご「違う」

律「じゃあ何をするんだよ?」

いちご「予定は今実行中」

律「え」

いちご「実行中」

律「予定って私の家に来るって事だったのかよ!」

いちご「悪いの?」

律「いや、悪くはないけど」

いちご「それならいいでしょ」

律「いや、いいんだけどさあ……。
  でもいきなり来られても何もおもてなし出来ないぞ?」

いちご「おもてなしならもうお母さんにして貰ってるわ」

律「いやいや、私がいちごをもてなせないって事だよ」

いちご「気にしないわ」

律「私が気にするんだよ」

いちご「私が勝手に来たわけだから、律も気にしないで」


おもてなしなら既にされているもの。
律が傍に居てくれるだけで、私の全身がサンタ服より赤くなりそう。
勿論そんな事をまだ気付かれるわけにはいかないけど。


律「そう言われてもなあ……。
  って、今更だがこの部屋寒くないか?」

いちご「大丈夫よ」

律「大丈夫とかそういう問題じゃないだろ……。
  あ、やっぱ暖房動かしてないじゃんか。
  何やってんだよ、部屋の中とは言え風邪ひくぞ?」

いちご「勝手に暖房使ったりなんて出来ない」

律「どうしてそんな所で律儀なんだよー……。
  いいから暖房点けるぞ?」

いちご「大丈夫だって」

律「そんな薄着のいちごを放っておく方が私の精神的に大丈夫じゃないんだよ」

いちご「……」

律「ほら、つけたからな。それにこれ羽織ってろ」

いちご「毛布?」

律「私が使ってるやつだけど我慢しろよ。
  風邪ひくよりはマシだろ?」

いちご「律の毛布……」


律の匂い。
律の温かさ。
律の優しさ。
どうしよう……、毛布の中で泣いてしまいそう。
そんな律だから、私はクリスマスに勇気を出したかった。
勇気を出さなくちゃって思ったのよね。
例えそれに結果が伴わなかったとしても。


律「受験も近いんだからさ、体調管理はちゃんとしようぜ?
  万全じゃない体調で挑んで後悔したくないだろ?」

いちご「……」

律「私が後悔したくないってのもあるけどな。
  私の部屋でいちごを風邪にさせたなんて、後悔してもし切れなくなるって。
  気持ち良く卒業したいじゃんか、お互いにさ」

いちご「律……」

律「どうした?」

いちご「ごめんなさい」

律「いいよ、それより体調には気を付けろよな」

いちご「……うん」

律「そうだ、温かい飲み物でも取ってくるか?」

いちご「……ありがとう」

律「いいってば。
  あ、それより前に一つ訊かせてくれるか?」

いちご「何?」

律「どうしてそんな恰好で私の部屋に来たんだよ?
  何かのサプライズとか?」

いちご「……」

律「秘密だって言うんなら無理して訊かないけど」

いちご「律は」

律「?」

いちご「クリスマスってどう思う?」

律「パーティーをする日……とか?」

いちご「そうね、それも正解。
    クリスマスはパーティーをする日でもあるわ。
    だけどパーティーをする以外の意味を持たせる人も居るの」

律「どういう事だ?」

いちご「クリスマスは大切な人と一緒に……」

律「一緒に?」

いちご「……」

律「……」


黙り込んでしまう。
言わなくちゃいけない言葉を前に、私は最後の勇気を振り絞れなくなる。
クリスマスには色んな意味がある。
キリスト誕生、パーティーで一年を振り返る日、そして一番大切な誰かと過ごしたい日。
高校三年生になって私は律と友達になった。
傍から見ていたらそれほど仲の良い関係には思えないかもしれない。
律の言葉にもぶっきら棒に答える事が多かった。
だけど本当はすっごく……、すっごく嬉しかった。
私の事を気に掛けてくれる、私に笑い掛けてくれる友達が出来た事が嬉しかった。
友達以上になりたい。
もっともっと深い関係になりたい。
そう思えてしまうくらいに。

だから私は今日こそ律に伝えなくちゃいけない。
一番大切な人と過ごせるこの日に。過ごしたいこの日に。
けれど私は……。


いちご「くしゅんっ」

律「くしゃみかよ!」

いちご「だ、大丈夫だから……」

律「だから大丈夫って言うなってば、私だって心配なんだから。
  うーん、これは早く身体を温めた方がいいよな……。
  よーし!」

いちご「?」

律「温かい飲み物もいいけど、先にうちの風呂に入ってけよ。
  身体をしっかり温めてからさ、温かい飲み物でもっと温まろうぜ」

いちご「そんな……、悪いわ」

律「悪くないっての、嫌でも連れてくからなー!」

いちご「い、一緒に入るの……?」


律の唐突な申し出に頭が回転しなくなる。
律とお風呂なんて、そんな事全然想像してなかった。
私の身体を見て変に思わないかしら、なんて極普通の体型なのに心配になってしまう。
変な事を考えては駄目よ、私。
律は私の事を心配してくれるだけなんだから……。


律「一人だと入らないかもしれないからな、しっかり監視させてもらうぞ?」

いちご「着替えも無いから……」

律「心配すんなって、いちごの体格って私と同じくらいだろ?
  だから私の下着とか貸してやるよ」

いちご「り、律の下着……」

律「それがクリスマスプレゼントって事でいいよな?」

いちご「律の下着が……?」

律「違うわ!
  そうじゃなくて一緒にお風呂に入る事が、だよ。
  勿論私からじゃなくて、いちごからのプレゼントって事だぞ。
  いちごの体調が心配な私をお風呂に一緒に入らせてくれる……。
  それがいちごから私へのクリスマスプレゼントって事で!」

いちご「……」

律「いいよな?」

いちご「……分かった」

律「よーし、そうと決まればさっさとお風呂に入っちゃおうぜ?」

いちご「ええ」

律「グフェフェフェ……。
  いちごの髪、触ってみたかったんだよなー」

いちご「下品」


律ったら……。
だけど分かる。
律が私の遠慮を無くさせようとわざと下品に振る舞ってる事くらい。
そんな律だから、私はクリスマスに一緒に居たかったんだもの。


律「バッサリだー!」

いちご「律」

律「何だよ?」

いちご「ありがとう」

律「どういたしまして。
  私がプレゼントを貰う立場なのに変な話だけどさ」

いちご「そうね」

律「でさ、お風呂から上がったら聞かせてくれるか?
  さっきの言葉の続き」

いちご「……」

律「……」

いちご「ええ、言うわ。
    いいえ、言わせてほしい」

律「ありがと、いちご」

いちご「どういたしまして」


言える。
ううん、言いたい。
どんな反応が返って来ても構わない。
お風呂から上がったら、私のこの想いを律に伝えよう。
私と友達になってくれてありがとうって。
律の事が好きだって。
答えが何でも、私は後悔無く受け止めてみせる。


律「おっし、んじゃ風呂行くかー」

いちご「ねえ、律」

律「どうした?」

いちご「一つだけお風呂の前に言わせて」

律「いいぞ?」

いちご「メリークリスマス、律」

律「ああ、メリークリスマス、私のサンタさん」


律の気障な冗談に自分が微笑んでる事に気付きながら、私はもう一度胸の中でだけ呟いた。

メリークリスマス、律。
大好きだよ。



完結です。




最終更新:2013年12月24日 04:47