ジュン「ぐっ……!(まずい……非常にまずい……)」
ジュン「(爆弾なんか無くてもなんて言ったけど……もう出せないんだよね……)」
ジュン「(残ってるのは……)」
ジュンは短く息を吐くと例の構えをとった。
ジュン「なんだか危険な予感がするから退散させてもらうよ」スッ
紬「!!」ピクッ
ジュンが腕を交差して構えた直後、紬が勾玉の予見を感知した。
紬「唯ちゃん! 腰につけてる剣を構えて!」
唯「剣?」
唯は腰につけていた剣を見た。刀身が黄金の光を受けて煌めいている。
唯「これをどうするの……?」
紬「……っ!」
唯は紬に尋ねたが、紬は険しい顔をして押し黙っている。紬は次の予見を待っていた。
ポンッ
ジュンは札で包まれた玉を出現させた。煙玉である。
ジュン「(まさか人間相手にここまでしてやられるなんて……)」
ジュンは煙玉を掴むと最上級の勝ち誇った笑みを浮かべた。
ジュン「ではでは、再びドロン!」
プシュウウウウウウウウ!!!!!
叩きつけられた煙玉は膨大な量の煙を放出し、瞬く間に五人を包み込んだ。
ジュン「わはははは! それじゃあまたね~!」
紬「!!」ピクッ
紬は予見を感知した。そして、すばやく唯の方へと向き直った。
紬「唯ちゃん! 跳んで!」
紬「目一杯高く! 全力で!」
唯「わかった!」グッ
ダンッ!
唯は剣を構え、全力で跳躍した。すると、煙に包まれた空間を脱した。煙は天井まで到達していなかった。
唯「!!」
下を見てみると、ジュンも宙に跳び上がっていた。恐らく天井を伝ってここから逃げ出す作戦だったのだろう。
唯はジュンの背後の上空にいた。こちらには気づいていない。
唯は自分が何をすべきなのかを理解した。両手で剣を握り締め、頭上に構えた。
唯「わあああああああああああああああああああっ!!!!!!」
ジュン「!?」
ジュンは驚愕の表情を浮かべながら後ろの上空を見上げた。なんと、今にも剣を振り下ろそうとしている唯がいた。
体を動かし、回避を試みるものの、宙にいるのでは意味を成さない。
ジュンは切っ先が黄金に輝くのを見た。
唯「あああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
ズバッ!
ジュン「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………!!!!」
ジュンは白目を剥いて悍ましい断末魔を上げた。その声は洞内に反響し、何重もの音となった。
ズズズズズズ……
ジュンの体から黒い靄が溢れ出した。
唯が着地すると、煙は消え去っていた。ジュンが力尽きたからなのだろうか。
背後でジュンが落下する音が聞こえた。五人はジュンの元へと駆け寄った。
ジュンの体から黒い靄が消え、角は煙のように消えた。上空を見上げると、黒い靄が渦巻いている。
ズズズズズズ……!
そして、靄は集合し、鬼の形へと変化した
鬼「ぐおおおおおおおおおおっ!」
梓「あれが鬼……!」
鬼「よくも……! この角の怨念を体から引き剥がしたな……!」
鬼「許さん……! 絶対に許さん……!」
宙に浮かぶ黒い影の鬼は全身で怒りを表した。赤い眼が爛々と輝いていた。
唯「もう終わりだよ!」
唯は剣を鬼へ向けた。唯の行動を挑発と受け取った鬼は激昂した。
鬼「おのれ人間めえええええええええぇぇぇぇっ!!!!!」
鬼は影を伸ばし、唯の方へ飛び掛かって来た。巨大な漆黒の手が唯に迫る。
しかし、唯は怖くなかった。唯は柄を握り、全力で影を切った。
ズバッ!
鬼「おぉ……! おおおおおぅ……おお……!」
先程の角と同様に鬼の黒い影の体が消え始めた。鬼は消えていく自身の手を見て狼狽えた。
鬼「そんな……鬼が人間に……やら……れるとは……」
そして、鬼は風のように消えた。唯はぼんやりと鬼が消えた辺りを見上げていた。
唯「…………」
梓「倒したんですか……?」
澪「そうみたいだな……」
律「やった~!」
紬「すごーい!」
律は木棒を横に投げ捨て唯に抱きついた。澪、紬、梓も続いて抱きついた。
澪「私たち本当に鬼を……!」
唯「はぁ~……疲れた……」
唯は剣を置いて寝転がった。いつの間にか四人の首飾りから黄金の光が消えていた。
それどころか首飾り自体が見当たらない。
律「あれ? 唯、首飾りはどうしたんだ?」
唯「え? あれ……無い……」
紬「りっちゃんも首飾りが無いよ?」
律「えっ!?」
律「本当だ……」
澪「て言うか、ムギも梓も無くなってるぞ!」
紬「あ!」
梓「無くなってる……」
律「でも、なんで澪のだけは残ってるんだ?」
澪が胸元をさすると、確かに首飾りが存在した。澪はきらりと輝く黄金の桃を見て納得した。
澪「たぶん、首飾りがみんなを守ってくれたんじゃないか?」
律「うーん……」
梓「そうかもしれませんね……」
律が首を捻る傍らで梓が安心したように微笑んだ。
紬「あっ!」
不意に紬が背後を指差した。紬の指は横たわっているジュンに向けられていた。
律「うわっ! まだいたのか!」
澪「い、生きてるのか……?」
唯「たぶん、生きてるよ」
唯が上体を起こしてジュンの方を見た。ジュンは気を失っていて少しも動きだす気配は無かった。
梓「じゃあ、さっき倒したのは何だったんですか?」
唯「あれはたぶん、鬼の怨霊みたいなものじゃないかな……」
梓「怨霊……」
唯「うん」
唯は立ちあがってジュンの元へ歩いた。ジュンの体を揺すってもしばらく目覚めるようには見えなかった。
唯「よし」
唯「連れて帰ろう!」
唯は四人の方へ向き直ってきっぱりと言った。
紬「え?」
律澪梓「えぇっ~!?」
あまりにも突拍子もないことを言いだす唯に四人は驚いた。
律「駄目駄目っ! そいつは村の人……人間を支配しようとした鬼なんだぞ!」
唯「でも、この剣のおかげでもう鬼じゃないよ」
梓「鬼じゃなくてもです! 何をするかわかりませんよ?」
唯「さわ子さんだって戻ったよ」
律「あの人は……元々人間だったから……」
唯「この子も大丈夫だよ! 人間に生まれ変わったんだから!」
唯はジュンの頭部を指差した。角は消えたのでそこらにいる人間の女の子と何ら変わりは無い。
唯は横になっているジュンを背負った。
唯「とにかく、私はこの子を信じるよ!」
唯はジュンを背負いながら歩いた。しかし、その足取りは疲労のせいもあるのか、非常に不安定なものだった。
ガッ!
唯「わっ……!」
唯が段差に躓き、体がよろめいた瞬間、倒れかかっていた唯の体が止まった。
紬「一緒に連れて帰ろう?」
唯を支えたのは紬だった。紬は唯の顔を見ると大きく頷いた。
唯「うん!」
唯は満面の笑みを浮かべて頷いた。律と澪は呆れたようにため息をついた。
澪「まったく……」
律「仕方ない……」
梓「帰りましょう!」
五人はその場を後にして、洞内を進んだ。
~~~~~
唯「外だーっ!」
五人はついに鍾乳洞を抜け出し、外の世界に出た。空は晴れて、太陽が島全体を照らしていた。
ジュン「ん……」
梓「あ、起きた」
ジュン「え?」
ジュンは目の前に先程まで闘っていた敵の頭部が見える。ジュンは自分が背負われている事に気づいた。
ジュン「な、なな……なんであんたが私を背負ってるの……!?」
唯「え? 助けたいからだよ」
ジュン「人間に助けてもらう義理なんてなーい!」
紬「でも、あなたも人間になったのよ?」
ジュン「え?」
ジュンは頭部を撫でると、角が消失していた。ジュンは口を開けて唖然とした。
ジュン「に、人間に……」
唯「そうだよ!」
ジュンがわなわなと震えているのをよそに、唯は笑顔で答えた。ジュンは密かに耳に手を当ててみたが、何も出現せずため息をついた。
~~~~~
島の浜辺に着くとたくさんの船が並べられており、男たちが腰を下ろしていた。
律「おーい!」
律が大声で呼びかけると、男たちは一斉に六人のいる方へ顔を向けた。中には立ち上がる者もいた。
紬父「紬!」
紬「お父様!」
紬は走って紬父の所に行った。紬は父の胸に思い切って飛び込んだ。
紬父「よく無事に……!」
紬父は随分と待ちかねていた愛する娘を抱きしめた。
少し遅れて唯たちも集団の所へ辿り着いた。男たちは唯たちを歓迎した。律、澪、梓の家族も駆け寄ってくる。
しかし、唯の背負っている人物に気づくと体を仰け反らせて驚いた。
「そ、そいつは鬼なんじゃ……!」
ジュン「…………」
ジュンはふてくされた顔で明後日の方を向いた。
唯「この子は人間になったんだよ!」
「人間……?」
唯「そう、私たちと同じ人間だよ!」
ジュン「!!」
村の男たちはまだどこか納得のいかない顔をしていたが、唯の勢いに押されて根負けして承諾した。
律「それじゃあ、帰るか!」
紬「帰ろう!」
澪「あぁ、帰ろう!」
梓「帰りましょう!」
唯「帰ろう、桜が丘へ!」
~~~~~
その後、五人娘と村の男たち、そして元鬼のジュンと元村人のさわ子は村に帰った。
帰ったその日は村を挙げての壮大な宴が開かれた。姉の帰りを一人で待っていた憂は唯の顔を見るなりぼろぼろと泣きだした。
唯「和ちゃん! 憂!」
和「唯!」
憂「お、お姉ちゃん……!」
唯は優しく憂を抱きしめた。
唯「ごめんね……心配掛けて……」
憂「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」グスッ
憂は唯に抱きつき安心した。
そして、平穏な日々が訪れた。
元村人だったさわ子はともかく、元鬼のジュンは村人と心の距離があった。
しかし、ジュンが五人娘と仲良く遊んでいるうちに村人も考えを改め、ジュンは桜が丘の村に受け入れられた。
ジュンは琴吹家で働くことになり、紬父に「純」という名前を貰った。
直「純さん、また遊びに行くんですか?」
純「へへ~! みんなと親睦を深めるためだよ!」
純「いってきまーす!」
純は子どものように無邪気に笑って家を飛び出していった。菫と直は呆然とその後ろ姿を見送った。
直「行っちゃった……」
菫「でも、純さん楽しそうだね」
直「うん、そうだね」
純はこの生活を心から楽しんでいた。純が集合場所に向かっていると、梓が見えた。
純「おーい!」
梓「あ、純!」
純「私にも敬語で話してくれてもいいんだよ?」
梓「純は私と同い年でしょ!」
純「えへへ、冗談冗談!」
梓「それじゃあ、行こう!」
純「うん!」
純は特に同世代の梓と憂といる時が一番楽しいと思った。一人でいた時よりも何倍も有意義で楽しかった。
しばらくすると、集合場所が見えてきた。三人の人影が見える。
律「おっす」
純「おはようございます!」
澪「おはよう、純」
紬「おはよう、純ちゃん!」
純「おはようございます!」
純はハキハキと朝の挨拶をした。その横で梓は安心したように微笑んでいる。
純「ところで唯さんは……」
律「いつものことだろ」
純「ですよね……」
純は唯の遅刻に慣れてしまった。唯が最後に来ない方がおかしいと思うようになっていた。
唯「みんなー!」
紬「あ、来たよ!」
澪「本当だ」
梓「いつも走ってますね……」
そう話している間に唯は到着した。五人は温かく唯を迎え入れた。
唯「いやー憂の作ってくれた味噌汁が美味しくて美味しくて……」
律「あーはいはい……いつもの事だから……」
唯「憂の味噌汁は美味しいんだよ!」
頬を膨らませる唯の顔を見て、純は噴き出しそうになった。
律「よし! じゃあ、今日は何をして遊ぼうか」
唯「あ、この前、みんなで隣の村の祭りに行ったでしょ?」
律「行ったけど、それがどうかしたのか?」
唯「その時に思ったんだけど、私にも何か趣味がないかな~って思ってさ……」
唯「そこで、楽器の演奏なんてどうかな?」
梓「私たちがですか?」
紬「楽器なら私の家にあるよ!」
律「おっ! さすが琴吹家!」
澪「でも、あんな大勢の前に出るなんて……」
唯「大丈夫! みんなで気軽に楽しめる音楽にするから!」
梓「趣味程度なら大丈夫ですよ!」
澪「それなら、やってみようかな……」
紬「じゃあ、今から私の家に行こう!」
純「えっ! 私また家に戻るんですか!?」
唯「楽器を見に行かなくちゃ!」
純「えー……なんか損した気分……」
唯「それじゃあいくよ!」
律澪紬梓純「おーーーーーっ!!!!!」
娘たちの間には笑いが絶えませんでした。村人はそんな娘たちを微笑ましげに見ていました。
そして、鬼を退治したことにより、五人娘の名は全国へと広がり、桜が丘の村は瞬く間に有名になりました。
澪は金の桃の首飾りを神社に寄贈し、やがて、その神社は訪れると幸福が舞い降りると評判になりました。
村は繁栄し、村人は幸せに暮らしました。
そして、奇跡の五人娘の伝説は後世にまで語り継がれ、娘たちは桜が丘の村で幸せに暮らしましたとさ。
~完~
最終更新:2012年10月21日 21:20