今日は、
ちょっと遠くまで、
出かけていたんだ。
帰りは電車。
とっくに日が沈んでたよ。
外は真っ暗。
座れなかった。
土曜日だからなのかな。
思いのほか混雑していたんだ。
つり革に掴まることも出来ずに、
電車に揺られて帰ってきた。
がたんごとん。がたんごとん。
駅に着いて改札を抜けたら、
雪がちらついてた。
真っ黒な夜空に、
ちらちらと白い雪が舞ってた。
うわあ雪だぁっ、
雪が降ってるっ、
…って嬉しくなってさ。
思わず立ち止まって空を見上げたよ。
すごく綺麗だった。
もう死んでもいいってくらい。
「大げさだな」
大げさだよ。
「雪なんて、それほど珍しくもないだろ」
今夜は特別綺麗だ。
「そうかな?」
そうだよ。
あんまり綺麗だったから、
ずっと空を見ていたくて、
上を向いたまま歩いた。
「前を見ずに?」
そう。
前を見ずに。
「危ないな」
だって、
空を見ていたかったから。
寒い。
吐く息はまっしろ。
しろい。
しろーい息。
空に向かって息を吐く。
吐き出されたわたしの白い息は、
顔の上を通って後ろへ流れていく。
わたしは歩く。
「前を見ずに?」
ああ、
前を見ずに。
上を向いたまま歩く。
息を吐く。
吐き出された息は後ろへに流れていく。
その繰り返し。
ずっと同じことの、繰り返し。
そのとき思ったんだよ。
「何を?」
あー今のわたし、
機関車みたいだなーって。
「ふぅん」
それから私は走った。
「上を向いたまま?」
そう。
上を向いたまま。
走るから息が荒くなるだろ。
わたしの口から空に向けて、
どんどん息が吐き出されていく。
それが勢いよく後ろに流れて、
消えてゆく。
機関車だ、わたしは機関車だー、
って楽しくなっちゃって。
「楽しいのか?」
夢中だったよ。
「そんなもんか」
そんなもんだ。
「わかんないや」
やってみればわかるよ。律も。
「たぶんわかんないよ」
そっか。
…で、
夢中で走ってたら何かにぶつかった。
「そりゃあ前見てないからな」
まあな。
「びっくりしただろ?」
びっくりしたよ。
人間が本当にひっくり返ることってあるんだな。
ぶつかって後ろに転んだ勢いそのまま一回転。
まるでマンガみたい。
自分のことながら笑っちゃった。
「ケガはなかったのか?」
うん。
ぶつかったとこは少し痛いけど、
頭を打ったりはしなかったみたい。
「本当に?」
ああ。
ホント。
「ならよかった」
心配してくれたの?
「当たり前だ」
心配してくれて、
うれしい。
「泣くなよ」
だって、
うれしかったからさ。
「ぶつかった相手は?大丈夫だったのか?」
必死に謝ったよ。
わたしのせいだから。
わたしが悪いだもん。
調子に乗って前を見ずに走っていたせいで、
誰かに迷惑かけちゃった。
それまですっごく楽しかったのに。
そんな気持ち、
一瞬でなくなったよ。
「そうだろうな」
ごめんなさいを十回くらい繰り返したかなあ。
恐る恐る顔を上げたら、さ。
「……顔を上げたら?」
電信柱だった。
「……マジかよ」
マジだ。
「ベタすぎるだろ」
でもホントの話だ。
「ハハ、笑えるな」
うん、笑える。
「……それで澪はなぜここに座ってるんだ?」
転んだから。
「それは今聞いた」
うん。
「……もしかしてずっとその体勢なの?」
うん。
「それ、どれくらい前のことなんだよ?」
30分くらい前かな。
「寒く……ないのか?」
寒い。
「ばか。震えてるじゃないか」
なあ、律。
「なんだ?澪」
冷蔵庫に入ってる野菜って、
いつもこんな気持ちでいるのかな?
「さあな」
そっか、
律ならわかるかと思ったんだけど。
「わからないよ」
わからないか。
「ごめん」
気にするな。
この気持ちは作詞に生かすことにしよう。
「ご自由に」
「立てよ」
無理。
立てない。
「なんで?どこも怪我してないんだろ?」
うん。でも、
立てない。
律、引っ張ってくれ。
「……」
「はい」
ありがと。
「ん」
やっと立てた。
おしり冷たい。
律はいつもやさしいなあ…。
「わたしは澪に甘すぎるなあ…」
大丈夫。
わたし、甘いもの好きだから。
「知ってる」
そっか。
「知ってるよ」
だよね。
律ゴメン。
わたし、嘘ついた。
ホントは立てたんだ。
ひとりで。
「うん。それも知ってた」
そっか。
「うん」
律に引っ張り上げて欲しかったんだ。
「そうだろうなと思ったよ」
さすが律だな。
「…へんな顔してる」
にっこり笑ったつもり。
「へんなかおー」
寒すぎてうまく笑えないんだ。
表情筋が固まっちゃった。
「ばかだな、もう」
「もしわたしが…」
「偶然通りかからなかったらどうするつもりだったんだよ?」
待ってる。
律が来るまで、
待ってる。
「……ばか。風邪ひくぞ」
もう遅い。
すでにひいてる。
「鼻水、きたない」
えへへ。
「やっぱりへんな顔!」
律は呆れているようだったけど、ちょっと嬉しそうにも見えた。
わたしの勘違いじゃないと、いいな。
「さ、帰るぞ」
…。
「?」
「どうした、澪?」
歩けない。
「は?」
歩けないから引っ張って。
「……」
私の手を握って、
連れて行って。
燃料がきれちゃったんだ。
わたしは機関車だから。
燃料がないと動けないんだ。
律に引っ張ってもらわないと動けないんだ。
律、お願い。
「…」
「……」
「………はいはい」
ありがと。
「まったくもう」
律の手、あったかい。
「澪の手、つめたい」
だって寒かったんだもん。
「家に帰ったらすぐにお風呂に入れよ」
うん、
わかった。
「ぬるま湯はダメだぞ」
「あつ~いお湯につかるんだぞ」
38℃のお風呂に入るんだ!
「ぬるいだろ、それ。わたしは42℃くらいが好きかな」
無理。
熱いのヤだ。
「ワガママ言わないの。風邪こじらせるだろ」
「身体が冷えちゃったんだから、今日は熱いお風呂に入るんだ、わかったな」
……わかった。
律がそう言うなら、頑張る。
「うん。いい子だ」
えへへ。
「あ、ちゃんと笑えてる!」
律の手に引かれて歩きながら、
わたしはまた空を見上げた。
雪は降り続けている。
真っ黒の夜空にちらちらと雪が舞っている。
空を見上げたまま歩く。
今度は律が手を引いてくれてるから、
転んだりぶつかったりなんかしない。
空に向かって息を吐く。
白い息はわたしの顔の上を通って、
後ろに流れてゆく。
やっぱりわたしは機関車だ。
でも、
ひとりじゃ動けない。
わたしは機関車。
燃料は律。
わたしは機関車。
律が隣りにいてくれたら、
どこまでもゆける。
わたしは機関車。
わたしは機関車。
終
最終更新:2014年02月12日 07:51