律「あぁー、全くついてないわー」ガックシ

紬「りっちゃんが1番前の席だなんて」クスクス

唯「なんかおっかしー」クスクス

律「おかしくねーし」

グリグリグリグリ

唯「ああう、な、なんで私だけぇ〜〜」

律「1番後ろの窓際の席への嫉妬をくらえ」フッフッフッ

紬「唯ちゃん、何て羨ましいの......」

律「ムギ......」

律「って、澪はー、っと」クル

紬「自分の席で勉強してるみたいね」

律「いんや、ノートに何か書いてはいるが、教科書は閉じたままだ。この状況から察するにやつは......作詞をしている......」キラ-ン

紬「名探偵りっちゃんね」クスクス

唯「あうう......まだ痛いですりっちゃん......」

律「すまんすまん......撫でたる撫でたる」ナデナデ

唯「はへぇー」

澪から唯へ視線を戻そうとした時、澪の前の席に座っているクラスメイトと目が合った。
彼女は肩まで伸びた髪の先を指でクルクルといじっていて、たまたま視線を上げただけみたいだ。
何気ない休み時間のよくあるワンシーン。
ほんの一瞬だけ。
彼女と私の視線は交差した。
でも、そのほんの一瞬が私にはまるで永遠のように思えたんだ。

---

律「みぃぃぉお!!!」ガッ

澪「なんだよ、そんなに大声出さなくても聞こえるって」

律「さっきの休み時間、ノートに何書いてたんだー?」

澪「なっ!? み、見てたのかっ!?」

律「ふっふっふっ、あなたの日常的な何気ない仕草が私の目には異様なことに映った、それだけのことですよ」

澪「......なんだそれは」

律「名探偵りっちゃんだ」キラ-ン

澪「すぐそういう変なノリになる」

律「変なノリっていうなよー」

信代「みんなー、数学のノート持ってきたから取りにきてー」

澪「おっ、ノートか」

律「あ、私取りに行ってくるよ」

澪「いいのか?」

律「みんな一斉に取りに行ってもごった返すだけだしな」

澪「ごもっとも。ならよろしく」

律「ん!」

教卓の上に広げられたみんなの数学のノート。
その中から自分のノート、そして

【若王子 いちご】

律(おっ......さっき目があった......)

教室を見回すといちごの姿はなかった。トイレにでも行っているんだろうか。

律(まぁ、ついでだし。持ってくか)

律(几帳面な字だな)

最後に、澪のノートを見つけ出して澪のところに戻った。

律「ほうほーい。持ってきたでー澪」

澪「ありがと、律。ん、それは?」

律「あぁ、これはいちごの。たまたま見つけたから持ってきた」

澪「若王子さんのか。机の上にでも置いといたらいいんじゃないか」

律「ん。そうする」

ノートを机に置き、自分の席に戻ろうとした時、いちごが帰ってきた。

律「あ、いちご!! 数学のノート、置いといたから!!」

いちご「......。 ありがとう」

律「どういたしましてっと」ヘッヘッ

自分の席に着いて、私は妙にウキウキしている自分に気がついた。

律(あれ......? なんでこんなに嬉しい気持ちなんだろう)

よくわからないまま考えていると、次の授業の先生が勢いよくドアを開けて入ってきて、慌ててバッグの中から教科書を取り出した。

---

律「はふー。やっと昼飯時間ですかぁー」

まだ授業中の気だるさが身体から抜けなくて席を立つ気が起きない。
お気に入りの黄色のシャーペンをグルグルと回し続けていた。

唯「りっちゃーん、ご飯食べないのー?」

唯に声をかけられて、その方に振り向く。

律「んー」

唯の周りはお決まりのメンバーが弁当を持ち寄り集まっていた。
教室の最後尾は、いつも賑やかだ。

ふと、いちごに目がいった。
彼女は自分の机で1人でご飯を食べようとしていた。ちょうど弁当の蓋を開けたとこ。

回していたシャーペンをペンケースに戻し、弁当をバッグから取り出して席を立った。

律「悪いー、今日はいちごと食べるわー」

唯「ガーン、りっちゃんに振られた。私とは遊びだったのね」

律「悪い唯、君の気持ちは重くて耐えられない」

唯とケラケラ、教室の中央と端っこで互いのノリに笑いながら、澪の席に座る。

律「みおー、席借りるぞー」

澪「漁るなよ」

律「それはフリと捉えて良いのかな、みおちゅわーん」

澪「......」

澪が黙って睨みつけてきたから、慌てて前を向いた。
目の前にはこのやり取りを聞いていたであろうに、依然として前を向いて座っているいちごの背中。

律「いちごー。一緒に弁当食べよーよー」

背中をツンツンとして、私はここにいるという合図をしてみる。

律(......シカトですかい)

私は広げたままの弁当を持って、いちごの前の席へとすかさず移動した。

律「みかー、席借りるねー」

律「みおー、席返すー」

教室のどこからともなく、いいよー、という返事が帰ってきた。
まったく、これだからりつは、というため息も聞こえてきたけどそれは知らない。

律「ふぅ。ったく。無視するなよー」

律「いちご」

私は弁当を咀嚼しているいちごに話しかける。

いちご「......食べる約束してない」

律「そんなもん。ほら、ケースバイケースよ。事態は刻一刻と変化してるんだ。ノリよ、ノリ。ノリで押しきらないと」

いちご「......」

律「もう、いいや。おなかすいたー。いただきまーす」

私は弁当の中身をつつき始めた。今日は朝に余裕があったから、自分で冷食をチンしたり卵焼きを焼いたりして、お手製なのよ。

律「今日さー、自分で弁当作ったんだ
ー。 これみてみてー。うまく焼けてるだろー、卵焼き」

自分の箸でつまみ上げたそれを堂々といちごの目前に持っていった。あぁ、なんてキレイな黄色なんだ。焦げ目なんてひとっつもついてない。なんたって私が小学生の頃から鍛え上げた卵焼き機で焼いたからな。あぁ、あの卵焼き機は本当に素晴らしいんだ。きっとあの素晴らしさをわかってくれる人は料理が得意な憂ちゃんくらいしかいないんじゃないんだろうか。それにしても上手くできた。輝いて見えるよ今日のこの卵や

パクッ

律「......」

いちご「」モグモグモグモグ

律「......」

いちご「」モグモグモグモグ

ごくん

いちご「......甘くない」

律「......」

律「なんで食べた......」

いちご「? 食べさせてくれたんじゃないの?」

律「あぁ、なるほど。そういう感じ? おっけ。おっけー。了解した。理解した。状況は把握されたし。いちごはそういうノリの人なのな」

いちご「......ん?」

律「カムバァァァアアアアク!! 私の卵焼きぃぃぃぃぃぃぃ!!」

澪「うるさいぞ、律」

流石、澪。どこにいてもツッコミが飛んでくる。

いちご「......食べたらいけなかった?」

律「いや、あの完璧な卵焼きをひけらかした私がいけなかった。 あの卵焼きを前にして冷静に居られるやつなんていないもんな」

いちご「......」

いちご「......ん」

律「えっ......」

いちごは自分の弁当の中の卵焼きの食べかけを私にはよこしてきた。

いちご「まだ一口しか食べてない」

律「そんな。 いいっていい......んむっ!?」

開けた口に卵焼きは押し込まれた。

律「......」モグモグモグ

いちご「......」

律「......」モグモグモグ

いちご「......」

ごくん

律「......甘っ」

そうつぶやいた私に、いちごは一言だけ返して再び弁当を食べはじめる。

いちご「知ってる」

---

音楽準備室......というと誰もいなくて静寂でほこりっぽいイメージなんだけど、桜ヶ丘高校の音楽準備室に来てみればそんなイメージは木っ端微塵にぶっこわされる。

ムギが持ってきたティータイム用具の数々、唯と私、そして時々澪が持ち寄ったお人形の数々。
唯一の後輩である梓の、そのまた後輩であるスッポンモドキのトンちゃんin水槽。そして、私のドラム!!!

しかし、現在進行形でその場所はトンちゃんのエアーポンプからのプクプク音にすら満たされていない。

澪「惨敗だな......」

律「文化祭まであと1ヶ月だというのに......」

澪「これじゃ、まるでマッチ売りの少女だな......」

唯「とりあえず、つぎは体育館だね」

紬「私はどちらかというとヘンゼルとグレーテルかしら」

梓「パンはちぎって落としてないですけど?」

紬「ふふっ」

梓「?」

---
体育館

唯「おぉー、これが運動部の熱気......!!」

澪「す、すごいな......」

律「練習していいか聞いてくるかー」

唯「あ、私が聞いてくるよー」タタタッ

紬「乙女の汗が飛び散る光景もいいわね」

梓「トンちゃん大丈夫かな」

律「んっ。 あれは」

クルクルと視界の隅で回るものに気を取られ、その先に目をやると

律(いちごだ......)

唯が何やら話しかけ、いちごに許可を得て帰って来た。なんだ。いちごに聞きに行くんだったら私が行ったのになぁ。

唯「ここでしてもいいって!」タタッ

律「おーしっ!じゃあ、するかー!」

その後、澪がバレーに夢中になって、そして私がいちごに......いや、バトン部の曲にリズムを狂わされてしまって体育館での練習は辞めになった。

---
律「はぁ......。今日はもう帰るか」

澪「だな。移動に時間食っちゃってうまく練習できなかった......」

唯「あぁ......部室がないって辛いッ!!!」

梓「あ、私トンちゃんにご飯をあげてくるのでみなさん先に帰っててください」

唯「えー、じゃあ私も付き合うー」

澪「......わ、私も、行こうかな......」

律「あら澪ちゅわん。珍しいっ!!」

紬「それなら私も!私も!」

律「こんな時までトンちゃんって、梓は偉いなぁ。つーか、みんなかよ」

梓「トンちゃんも大切な部員ですから!」

唯「そうだよりっちゃん! トンちゃんも仲間なんだよ!」

律「ははっ。だな。 餌やりよろしくな。 私はドラムを運び疲れたから今日は先に帰らしてもらうわ」

澪「1人で帰れるのか! 律」

律「いや、私何歳だよ。1人で帰れるわっ! 澪だって帰り気をつけて帰れよー!」ジャ

---

律「ダンデドンダンデドン〜♪」

律「んおっ...!!...いちごー!!」テブンブン

いちご「......」スタスタ

律「だからー! シカトすんなってーのっ!」

いちご「何?」

律「一緒に帰ろーぜー! てか、いちごの家ってどこ?」

いちご「あっち」

律「おぉ、あっちか。なら、まぁ......だいたい方角は一緒だな!さ、帰りましょ帰りましょ」

いちご「......」

----

いちご「......」

律「今日は悪かったなー。体育間で練習しちゃって」

いちご「別に......困った時はお互い様」

律「あ、そう? そう思ってくれる? よかったー! 部室がないと本当に練習するところがなくてさぁ!」

いちご「......大変?」

律「大変......だけど、でもまあ、みんながいるからな! 嬉しいことは5倍! 悲しいことは5分の1って感じだな」

いちご「そう......」

律「そう!」

別れ際、私は「そう言えばいちごとケータイのアドレスやら電話番号やらを交換していなかったな」ということを思い出し、2人で互いにそれらを交換してからバイバイをした。
いちごのことだから拒否られるかと思っていたけど、スンナリと交換してくれてちょっと意外だった。

---

その日からいちごとの奇妙なやり取りが始まった。
学校にいる間は、挨拶はするもののお互いに干渉はしない。
澪の席で澪と話をしていても、いちごは振り向きもしない。
でも、家に帰るとどちらからともなくメールのやり取りが始まる。

今日は唯が調子が良かったとか、ムギのお菓子が美味しかったとか、本当にたわいもないことをメールする。
いちごはいちごで、夜ご飯の内容とか、後輩が練習を一生懸命しててくれて嬉しいとか、あの無表情・無反応のいちごからは到底想像出来ないくらいに、感情豊かなメールが送られてきて最初の頃はびっくりしてた。

次の日が休みの日とかで余裕のある日は電話で話もした。
電話だと、いつもの学校にいる無表情・無反応のいちごに戻るらしくて、受話器越しには「うん」とか「へぇー」とかしか返ってこないことが多い。
それでも、私からのかけた電話には必ず出てくれるし、いちごからも電話がかかってくることもあるから少なくとも、この奇妙なやり取りをいちごが悪く思っていないということは想像出来た。

送信履歴と着信履歴がいちごでいっぱいになっていった。

---
問題、問題なのか不具合と言うべきなのか。
日常がいびつに変化した。
私は文化祭でやる劇であろうことか、ジュリエット役になってしまったのだ。クラスの連中は一体何を考えているんだろうか。ああいうものをノリで決めるやつらはどうかしている、と、普段の行動をノリで決める私が言っても説得力が無くて泣けてくる。

そしてその日の夜。

私はいつものように家の自室のベッドに寝っ転がってメールを送っていた。

『あーもーマジで私がジュリエット役とかわけがわからないんですけどっ!!!!!!!!』

『良かったじゃん。 秋山さんがロミオ役だよ?』

『なんで澪がロミオ役なら良かったことになるんだよ!!! 』

『だって、律と秋山さんってそういうのじゃないの?』

『そういうのってなんだよ!!
あ、クラスのみんなが言ってるみたいなのを間に受けてるのか? ないないないない。そんな事実全くないからな!!!』

『ばーか』

『なんだよ、いきなりばーかって。わけわかんないんですけど!!!』

それから10分ぐらい間が空いて

『ばかりつ』

たった一言。
『ばかりつ』という一通を最後にその日から全くいちごと連絡が取れなくなった。
電話をかけても出ないし、メールを送っても返事がこない。
たまにメールが着たと思ってケータイに飛びつくと、宛名が澪でガックシきたことも何回もあった。

いや、連絡が取れなくなっただけで学校に行けば普通に澪の席の前にいちごは居るし、劇の準備も参加していたし、部活にも行っていた。
ただ、私がいちごと連絡が取れなくなっただけで、何も変わっていなかった。
そもそも私といちごは学校にいる間は会話らしい会話もしていなかったんだ。
改めて知らされるその事実に我ながら愕然とした。

仮に私と澪のやり取りがなくなったら、2年の時のように唯が騒ぎ立てるだろう。ムギは私と澪との仲を直そうと必死になるだろう。和は澪の話を聞きに行くだろう。梓は澪の側につき、私を罵るだろう。
でも、私といちごの関係が変わっても、そんなことは起きなかった。それを知る人がまずいなかった。それを察してくれる人がいなかった。それを取り持ってくれる人がいなかった。
そして、私は何故かいちごとの関係を他人に相談できなかった。
澪にさえ、いちごのことを伝えたくても伝えられなかった。

日常は文化祭に向けて変化して行っていた。
私はジュリエット役をこなさないと行けなくて、いちごは衣装係で。なかなか話しかけるタイミングもない。劇の練習が終わったかと思えば2人もそれぞれの部活にいかなければいけない。

文化祭が近づくに連れて次第に私はケータイの履歴を確認しなければ、いちごとのやり取りは私が生み出した幻想なんじゃないか、と思い始めた。
そんなことはない。そんなことはないはずだ。いちごとは確かにメールでやり取りをして、電話もかけて......。
でも、それは誰も知らないことだから私はそんな不安定になっている自分のことを誰にもやっぱり相談できなくて、いちごを思って泣いたりなんかして夜を過ごした。
---

劇は練習のおかげもあって、成功した。
あぁ、良かった良かった、と舞台袖から引く時にクラスのみんなで感動をお互いに身体中に染み込ませている時にふと視線を感じてその方向を見ると、いちごと目が合った。

その瞬間になんとも言えない安堵感が私を襲った。
あぁ、これだ。私が欲しかったのはこれだ。私が求めていたのはこれなんだ。どうしてなんだ、どうして。なんで。......なんでこんなに。

今すぐにでもいちごに駆け寄りたかった。いちごを抱きしめて、いちごと話がしたかった。話したいことが沢山あった。聞いてほしいことが沢山あった。

そんな私に声がかかる。
右腕を掴まれて、振り向くと澪がいた。

澪「さぁ、律。 部室に行こう。 明日に向けて練習しないと」

まるで舞台が暗転した時のような暗闇。目の前が真っ暗になっていうのはこういうことなのか、と思った。

律「あ、あぁ。......そうだな。練習しないと......最後の文化祭なんだ」

部室に向かう途中、さっきまでいちごがいた場所に目をやる。

当然そこにいちごの姿はもう無くて、私はみんなとは違う涙を流しそうになるのを堪えて部室にむかった。


---
真夜中、ヤケになった私は唯とムギ、そして梓を巻き添えに徹夜を試みて、あえなく失敗した。
さわちゃんの持ってきてくれた寝袋に包まって眠りについた。

途中に夢を見た。
劇で疲れて夢を見る暇もないくらいグッスリパターンかと思っていたけど夢を見た。

夢の中で私は劇をやっていた。
今日の劇の印象が余程強かったのだと思えるような内容だ。
でも、ところどころ違っているしシーンがトビトビだった。
なにより、私はジュリエット役ではなくてロミオ役をやっていた。
そしてジュリエット役の顔は黒くボヤけていて誰だかわからない。
少なくとも感じからして澪ではなかった。

『ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』

なんで、私はロミオをしているんだ?
むしろわたしが聞きたかった。
散々澪とやったシーンだから覚えているのに、私は次に続くロミオのセリフを何故だか言えないで立ち尽くす。

ジュリエットが繰り返し尋ねてくる。

『ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』

『ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』

『ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』

ジュリエットがそう聞いてくる度に、スポットライトの角度が変わってジュリエットの顔が私にもわかるようになっていく。

『ロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』

そして、完全にジュリエットの顔が見えた。

『律、あなたはどうして』

---

ハッと目が覚めると明け方の4時頃だった。辺りはまだ暗くて、部室にはトンちゃんのエアーポンプの音が響いていた。

律「いやいやいやいやいや、夢と深層心理がマッチングするからっていってその結末はないだろ......」

右腕で顎の辺りの汗を拭って、
動揺している自分を落ち着かせるために小さくつぶやいてみた。
依然として部屋にはプクプク音しかないことが、私を落ち着かない気持ちにさせる。

隣で澪が気持ち良さそうに寝ていた。バカかこいつ。襲うぞ。

律「あぁ、だからさ。 そういうのがダメなんだってば、田井中律よぉ......」

私は仕方なく、ジュースを買いに自販機に行くことにした。

---
ジュリエット役は、いちごだった。
自分でもイマイチ落ち着かないオチだ。
なんでそこでいちごなんだよ、と私の頭の中をぶん殴りたくなるくらいにいちごだった。

ボタンを押すと、ガタンっという音が辺りに響いて、缶ジュースが落ちてきた。ぐいっと一気に飲み干そうとして失敗、むせた。

律「げほっげほっ。 はぁ......。私のアホ......げほっ」

とりあえず、近くのベンチに座ってしばらくそこにいることにした。どうせ部室に帰ったって寝るしかない。
こんなモンモンとした気持ちでなんか寝られはしないことはわかっていた。

律「なんでそこでいちごさんなんですか......」

はぁー、と溜息が出た。
アホな私でもだいたいの状況は把握出来てきていた。
考えるくらいの時間はたっぷりあった。
それはいちごがくれたものだったけど。

いちごが私に向けている感情はズバリ「嫉妬」だ。ジェラシーだじぇらすぃー。
それは私がジュリエット役。 澪がロミオ役になったことで向けられはじめた。
そうするとメールの『ばかりつ』もすんなりと受け入れられる。

問題はその「嫉妬」の方向だ。

その嫉妬が「私」に向けられたならまぁ、いい。
その場合は、いちごは澪が好きなんだろうなー、好きではなくても憧れとかそういうのがあるから私が邪魔なんだろうなぁっていうのが十分理解できる。
だから『ばかりつ』なんだろうなぁってわかる。
実際澪と居るとそういう類の感情を向けられることは少なくなかった。
仕方ないんだ。これは澪の有名税なんだ。ただ、問題はその有名税が直接税ではなく間接税であることだ。 なんで私が澪の有名税を引き受けなければいけないのか。

律「まぁ、澪の有名税っていうのを今度から放課後ティータイムの有名税と思えば......」

うん。よし。そうなんだ。
その嫉妬の方向が「私」なら、私はいちごに謝ることもできるし、これからいちごと仲良くしていく自信がある。 そういう人とも私は仲良くしてきた経験があるから、その場合であれば本当に大丈夫なんだ。 もう一件落着なんだ。

ただ、その嫉妬が「澪」に向けられたものだったなら。

---

律「その場合は、あれなんですかねぇ......。 いちごは...私が......す、好きなのか......」

その場合は、どうなることがベストなんだろうか、と考える。

いちごが私のことが好きで、澪と劇をすることに嫉妬していて、だから『ばかりつ』だし、だから電話もメールも返ってこないし。

あぁ、教室の中でも散々澪からかってたし胸も揉んでたし......うわぁ......私勘違いされることしすぎだろ。そりゃあ、あの無感情・無反応のいちごさんの堪忍袋の緒も切れますわよね。

律「仲直り、難しそうだな......」

そもそも私はいちごのことをどう思っているんだよ、えぇ、私ですよ私。お前はどう思っているんだよ。

律「くそぉ......。なんだよ。胸が苦しいっての......」

缶の残りを全て飲み干した。

『律、あなたはどうして』

律「どうしての続きなんだよ...ばかいちご」

缶を空きカン捨ての容器に入れて私は部室に戻った。

そっと部室に戻って、寝袋に入ると

澪「りつ」

律「うっわー、びっくりしたぁ」

オバケかと思った。

澪「あ、ご、ごめん」

律「いや、てか、起こしたならごめん」

澪「どっか行ってたのか?」

律「あぁ、喉乾いてジュース飲んでた」

澪「そっか」

律「さ、まだ早いしもう一眠りしようぜ」

澪「そうだな」

律「ん。 おやすみ」

澪「......りつ」

律「ん? 何? 」

澪「いや、その。 ......ケータイ、光ってたぞ」

律「あ、......そう。 わかった。ありがとう、 おやすみ」

澪「......うん。 おやすみ」

慌ててると思われたくなくて、寝袋の中で深呼吸を2回してから、頭の上に置いてあったケータイを取ってすぐに頭まで寝袋に潜った。

心臓の音がバクバクと五月蠅かった。 寝袋に潜った分それはさらにひどく大きく聞こえた。

律(......差出人.........)

律(..................いちご)

その名前を見た途端に、なんで?という問いかけと嬉しいという喜びがぐちゃぐちゃに混ざり合った。

メールを開くのが怖い。
ケータイを持つ手が震えているのが自分でもわかって、ははっ、と情けない笑いが出た。

律(はぁ......。まぁ、いいさ。どうせ罵倒のメールだろう。いいさ。受けて立つよ、いちご)

深呼吸をしてから、メールを開いた。

---
唯「み"ん"な"あ"り"がどう"ーー!!!!」

生徒会とさわちゃんの粋な計らいで、観客のみんなが同じTシャツを着ているというシークレットに私たちは泣かされた。

唯のMCにそそのかされて、前の日の劇の再現もした。

笑って泣いて、全力で演奏が出来た最後のライブになった。

私がそうやって心から演奏が出来たのにはきっと、メールが一役かっている。

律「......よっす、来たぞ」

律「いちご」

---

文化祭が終わった次の日、本来ならば片付けにあてがわれている休日だけど、私たちのクラスは1日目だったこともあってクラスでの片付けはなかった。
そんな教室に私はいちごに呼び出された。

文化祭があっただなんてまるで嘘のように元通りに片付いた教室に少し悲しくなる。
私たちはこれからはもう受験に一直線なんだということを思い知らされる。

誰もいない教室で、いちごは律儀に自分の席に座って待ってた。

律「自分の席に座らんでもよかろうに......」

いちご「几帳面だから」

律「なんだそれ、よくわかんない」

三花の席に腰をかけた。澪の席に座ったって、いちごはこっちなんか向いてくれないだろうから。

律「名探偵りっちゃんは学習型なんだぜ」

いちご「何それ。 訳わかんない」

律「ははは。 で、なに? 」

いちご「......唐突に聞きすぎ」

律「メール。言いたいことあるから、今日のこの時間に教室に来いって送ってきたのはいちごの方じゃん」

いちご「......」

律「......」

いちご「メール、電話、ごめん」

律「......いきなり連絡取れなくなって淋しかったんだからな」

いちご「......」

いちご「わたしも......寂しくなった」

律「......」

いちご「その、それで言いたいことがあって、今日来てもらった」

律「知ってる」

いちご「えっ?」

律「だーかーらー、いちごが言いたいこと知ってる!!! だからちょっと待ってくれ。言うのを待って。......お願いだから」

いちご「......」

私はおそらく顔が真っ赤だったはずだ。自分でも耳まで熱いのがわかっていたくらいだ。

今のいちごの反応で私はわかってしまった。
メールで薄々そうなのではないか、と思っていたものが今この場で確信に変わってうろたえている。恥ずかしい限りだ。
嫉妬の方向は私には向いていなかった。

昨日の今日で、私はまだ自分の気持ちの方向性を決めかねていた。
別に選択を間違えたところで死ぬわけじゃない、わかってる。
でも、そういうことじゃないんだ。
自分の気持ちをちゃんと知っておきたい。
その上で何かしらの行動を私はいちごに対して取りたいんだ。
いちごが私にしたように、突然連絡を経ったりとかそういうことを私はしたくないんだ。
そういうことの辛さを私はいちごに味合わせたくないんだ。

いちご「律は、どうして」

律「えっ」

これは夢の中か? と思うくらいにリンクしたセリフにドキッとした。

いちご「律は、どうして律なんだろう」

いちごがそのセリフを口にした時に、私は本当に何でなんだろう、と思った。

何でなんだろと思うと同時に席から立ち上がって、いちごをギュと抱きしめていた。

本当にその通りで、私はどうして律なんだろう、と思ったし、どうしてこんな風にいちごを抱きしめているんだろうと思った。

---

思えば私はいちごが絡むと衝動的に行動を起こしてしまう。
いちごと目が合えばなんでだか嬉しくなったし、いちごが1人で昼ごはんを食べていたら一緒に食べたくなった。
いちごが帰ってたら、たとえ途中まででも一緒に帰りたくなった。
ケータイを手に取ればいちごにメールを送りたくなったし、いちごの声が聞きたくなった。
いちごの姿が目に映ったら駆け寄りたくなった。
いちごを抱きしめて、いちごと話がしたかった。話したいことが沢山あった。聞いてほしいことが沢山あった。

つまり、そうだ。
私はいちごが好きなのだ。

そう、好きなんだ。
あぁ、これが好きってことか、この気持ちが好きってことなんだ。

そうわかった瞬間に、自分でもびっくりするくらいに心臓がドキドキし出した。

いちご「心臓の音凄いね」

律「ごめん、冷静に言わないで。すっごく恥ずかしいから」

いちご「ごめん」

律「わかればよろしい」

いちご「いきなりどうしたの?」

律「気がついたらこうしてた」


いちご「......そう」

律「そう......なんです」

いちご「......」

律「......」

いちご「......好きだよ」

律「......」

いちご「......」

律「知ってる」

いちご「......」

律「好きだよ......」

いちご「......」

律「......」

いちご「知ってる」

---

帰り道、あの日と違うのは手を繋いで帰ったってことだろうか。

いちご「そうだ......律」

律「んー、なにー?」

いちご「文化祭おつかれさま」

律「......ありがとう。 いちごもおつかれ」

いちごはいつものように無表情だけど、繋いだ手がさらに強く握り返されたから、それだけで私はいちごがもっと知りたくなる。

おわり