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……
………
…………
……………



『…』




『…い』



『憂』


『うい』

『うーいー』

『うーいー!』
『ういってばぁ!』

……えっ!なに?もしかしてお姉ちゃん!?


『もう、憂ったら。どうかしたの?ぼうっとして』


ごめんねお姉ちゃん。なんでもないよ…


『………泣いてるの?』


……うん。


『………寂しいの?』


……うん。寂しい。お姉ちゃんがいないから。


『………私がいないから、泣いてるの?』


そうだよ。お姉ちゃんが、いないから。
だって私、一人ぼっちなんだよ。


『………一人ぼっち?』


一人は寂しいよ、おねえちゃん。そばに…そばにいてよ!


『憂はバカだね』


え?


『バカだよ』


なんで?なんでそんなこと言うの?お姉ちゃん!


『バカ。憂のバーカ』

『バカバカ。バーカ!!』


ひどいよお姉ちゃん。ひどいよ…。私は…私はただ…

ひとりが嫌なだけなのに。お姉ちゃんに、側にいて欲しいだけなのに。


『……バカだよ。憂は』


……………
…………
………
……


嫌な夢を見た。


学園祭ライブ本番の朝の目覚めは、最悪だった。


お姉ちゃんから手紙の返事が来ない心細さ。
はじめてのステージでギターだけじゃなくて、ボーカルまでしなくちゃいけないプレッシャー。

悪夢を見るには十分な条件だった。

頭が重い…あまり眠れていない。
身体を起こして時計を見ると…針は8時を差していた………あわわわわわ遅刻しちゃう!

朝ご飯を食べる暇も、髪を結ぶ暇もなく、制服に着替えると玄関を飛び出した。

いつもなら、朝起きてまず一番に手紙が届いていないか郵便受けの中を確認するのだけれど、そんなことをしている余裕もなく、私は走った。

朝寝坊なんて…生まれてはじめてかもしれない。
息を切らして走っていると、途中で律さんと澪さんに出くわした。

「あれー憂ちゃん、そんなに慌ててどうしたんだ?」

「律さん達こそ、ゆっくりしてる場合じゃないですよ!遅刻しちゃいますよ!」

「まだ、7時30分だぞ…?」

「……え?」


……時間を見間違えていたみたい。


「憂ちゃん大丈夫か?」

「す、すみません…私ったら…」

恥ずかしい…。

「ハハ、憂ちゃんもあんなに慌てたりすることもあるんだな」

「え、あ、いや…」

「ほらほら、髪型ぼっさぼさだぞ?」

そう言って律さんは私の髪をやさしく撫でてくれた。

「ほら、タイくらいちゃんと結ぼうな」

「あ、すみません…」

澪さんは顔を近づけて私のタイを結んでくれた。
ふわりとシャンプーのいい香りが漂う。

「あれ?みんな一緒?」

後ろから紬さんがやってきた。

「なんだなんだー?!みんな今日は早起きだなー!!今日は大雨にでもなるんじゃないか??」

「縁起でもないこと言うな!第一、律が早起きしてることが一番の驚きだろ!」

「私もなんだかドキドキしちゃって…よく眠れなかったの」

よく見ると紬さんの目にはうっすらとクマができている。

「なーんだ。みんな一緒か。緊張してんのか!」

なんだかおかしくなってきて、みんなで笑う。変なテンション!

「ついに…やってきたんだもんな」

「ああ、今日が本番だぞ」

「本番…」

「うまく…弾けるかな?」

「コード、忘れないように確認しとないと!」

「今からそんなに慌ててどーする!」

「でも…だって…」

「緊張……するよね」

「………」

「大丈夫ですよ。私たちなら」

自分でも気がつかないうちに、その言葉は口から紡ぎだされていた。

「大丈夫です。絶対」

「憂ちゃん…」

理由はよくわからないけれど、私は不思議な確信に満ちていた。

「そうだな!私たちなら大丈夫だ!」

律さんが元気いっぱい叫んだ。

「本番が始まる前から弱気になってたら、うまくいくものもいかないもんな!」

澪さんは吹っ切れたようににこやかな表情を見せた。

「そうよ!初めての私たちのステージなんだから、想いっきり楽しまなきゃ!」

いつも通り天真爛漫に微笑む紬さん。

私たちなら大丈夫。きっと、大丈夫。


客席はほぼ満席。

今、ステージでは奇術研究会が手品を披露している。
時折聞こえてくる歓声の様子からすると、中々盛り上がっているみたい。

「よかった。今日の憂ちゃんは大丈夫そうだな」

「え?」

「いや、さ。ボーカル、無理に押し付けたみたいになっちゃたからさ…ゴメンな」

「そんな…」

「もちろん、私たちも全力でサポートするつもりだけど…ほら?やっぱりボーカルってバンドの中心だからプレッシャーもかかるだろ?」

律さん…。

「それにさ、気になってたんだよ。2学期になってからさ。なんだか元気ないように見えたから」

私のこと見ててくれたんだ……些細な変化にも目を配ってくれてたんだ…。

「あのさ、憂ちゃん。今さらなんだけど…」
「もし無理だったら、私が歌うから!」

澪さん……あんなに恥ずかしがっていたのに…。

「ゴメン、今さらこんなこと言い出して…」
「私、卑怯者だったよ。憂ちゃんだって緊張してるに決まってるのにさ」
「大変な役目を後輩に押し付けて逃げるなんて私、最低だった」
「でもやっぱりこれじゃダメだって思ったんだ。…だから逃げない!逃げたくないんだ!」

よく見ると足ががくがくと震えてる。
きっとすっごく勇気を振り絞ってくれてるんだ。

「不安になったときはね…お茶にしよう♪」

舞台の袖でもお茶って……でも、これもけいおん部らしいかも。

紬さんが水筒に入れて持ってきてくれたお茶を、ひとつのコップを使って三人でまわし飲み。

でも、紬さんの淹れてくれるお茶を飲むと、本当に不安な気持ちがスッとなくなるみたい。

そうだ。私、大切な人がたくさんできたんだ。

もう、一人じゃない。

いや、ずっと一人じゃなかったんだ。いつでも見守ってくれる人がいたじゃない。

私はその人の視線に気づいているようで気づいていなかった。ううん、気づかないフリをしてた。



「みなさんに聞いて欲しいことがあります」
「私、歌いたいです。だからボーカル、やらせてください!」



「憂ちゃん…」


私、やりたいことができた。


「澪さん、一緒に歌いませんか?」

「え?」


私、歌いたい。

「それ素敵!ツインボーカルね〜♪」

「二人で…ボーカル?」

「そうです、二人で歌いましょう…私、澪さんと歌いたいです」

「ありがとう憂ちゃん………私も……歌いたい。憂ちゃんと…歌いたい」

「何泣いてんだよみおー!まだこれからが本番だぞっ!」

「……グズッ、泣いてなんかいない!」

「そうよ!泣いてる暇なんてないわよ澪ちゃん!初ライブなんだから精一杯楽しまなきゃ!」

「ああ、そうだな!みんな!楽しもうな!」


みんなと一緒に演奏したい。私の為に…みんなの為に…!

「あ、でも歌詞とか大丈夫なんですか?ぶっつけ本番なんじゃ…」

「それならダイジョーブ!!実はな澪のやつ、こっそり自主練してたんだぜー!」

「うわぁっ!それは秘密にしとくって約束だろぉ!!」

「いいじゃない♪いい話なんだから♪」

これがけいおん部。私たちけいおん部。私は、一人じゃない。


「もうすぐ、本番ね」

私の隣りにいる和ちゃんが、そっと声をかけてくる。

「髪、下ろしたままで演奏するの?」

「あ、そういえば忘れてたや」

「…結んであげるわ。後ろ向いて」

和ちゃんにリボンを渡して背をむける。

「髪、下ろしてると本当にあなた達そっくりね」

「和ちゃんでも見分けつかない?」

「つくわよ。当たり前でしょ。何年の付き合いだと思ってるの?」

「ごめんごめん」

要領よく髪を結ぶ和ちゃん。

「和ちゃんに髪を結んでもらうなんて、何年振りかな?」

「……昔はよく結んであげたわね」

「お姉ちゃんより上手だったよね」

「………唯が不器用すぎるのよ」

「フフ…懐かしいね」

「…そうね。はい、できた」

「ありがと、和ちゃん」

「…やっぱり憂はこの髪型の方が似合っているわ」

「ありがと」

自分で結ぶのと変わらないくらい、違和感ない高さで結ばれたポニーテール。
なんだか愛おしく思えて、髪をスッと撫でた。

「もうすぐ始まるわね、ライブ」

「うん」

「ずっと。見たかったのよ。あなたたちのライブ。憂の演奏」

「和ちゃんのおかげだよ」

「私は何もしてないわ。みんなが…憂が頑張ったからよ」

「ううん。私、和ちゃんがいなかったら、今ここに立っていないよ」

「…」

「和ちゃん、ありがとう。本当にありがとう」

「憂…」

「私、一人じゃなかったんだね。ずっと一人じゃなかったんだね。和ちゃんが側にいてくれたから」

先輩たちには聞こえない、隣りにいる和ちゃんにしか聞こえない小さな声で私は喋り続けた。
和ちゃんは何も言わずにただ黙って私の話を聞いていた。

「ゴメンね和ちゃん。私バカだった。ずっと…いなくなった人のことばっかり考えて…目の前にいる人のこと、隣りで私を支えてくれてる人のこと、ちっとも見てなかった」
「私ね。大丈夫だよ。本当にもう大丈夫だよ。お姉ちゃんがいなくても大丈夫」
「先輩たちがいるから…和ちゃんが…いるから」
「やっと気づいたんだ」
「私、うたうよ。私を支えてくれた人のために…先輩たちのために、和ちゃんのために…」
「もちろん、私のためにも。私がだいすきな音楽をたのしむために」
「今までありがとう。和ちゃんのおかげだよ。和ちゃんがいなかったら、一生気づかなかったかもしれないもん」

真っすぐに和ちゃんの目を見つめて、私は想いの丈を伝えた。

和ちゃんは、俯いてスッと視線をそらす。

「憂…」
「私…私ね……ずっと黙っていたことがあるの」
「憂にね、言わなきゃいけないことがあるの」
「謝らないといけない……ことが」

下を向いているから表情は見えない。絞り出された声は弱々しく震えている。
こんな和ちゃんを見るのは……あのとき、以来。

「ねえ和ちゃん…」
「秘密にしておいた方がいいことも、あるんじゃないかな?」

そう言って私は笑ってみた。

和ちゃんはしばらく黙ったままだったけれど、ゆっくりと顔を上げて私を見ると、フッと微笑みを返してくれた。

舞台袖の暗がりではっきりわからなかったけれど、その瞳赤く潤んでいたように見えた。

「……そうね、そうかもしれないわね。なんだか憂も大人になったわね」

「そうかな?」

「そうよ」

「和ちゃんが言うなら、間違いないかもね」

「ま、とりあえず今は本番頑張って」

和ちゃんにポンと背中を押された勢いで、私は一歩踏み出した。

ああ、やっと前に進めたよ。一歩を踏み出せたよ。

「さ、みんな。行こうか」

律さんが後ろを振り向いて私に声をかける。

手品が終わり、いよいよ私たちの出番。幕が下りたステージで楽器のスタンバイを済ませる。

「私たちの全力を見せてやろうぜ!」

「ああ!もちろんだ!」

「精一杯楽しもうね!」

「はい!よろしくお願いします!」

横を見ると舞台の袖から和ちゃんがこちらを見つめていた。

スッと手を上げて中指と薬指の間をあけて合図を送ると、和ちゃんも同じ合図を送り返す。

ブザーがなって、幕が上がる。

「1・2・3・4!!」

律さんの威勢のいいかけ声と共に演奏が始まったー。


拝啓、平沢唯

    学園祭のライブ、大成功でした!
    もう夢みたいにたのしくて、
    気づいたらあっという間に演奏は終わっていました。 
    みんなで音楽をやるのって、ホントにホントにたのしいね! 
    お姉ちゃんも、どこかで聴いてくれてたらいいな。

    突然ですが、手紙は書くのはこれを最後にしようと思います。
    今までありがとう。

    私は今、毎日がとってもたのしいです。
    大好きなことができたから。夢中になれることに出逢えたから。

    落ち込むこともあるかもしれないけど、きっと大丈夫。
    これからも元気に頑張れると思います。
    先輩達が一緒だから。和ちゃんが一緒だから。
    だから心配いらないよ、お姉ちゃん。

    私、本当にお姉ちゃんの妹に生まれてよかった。しあわせでした。
    この気持ちはずっとずっと変わることはありません。

    お姉ちゃん、ありがとう。さようなら。

                              平沢憂






最終更新:2014年02月22日 08:27