……嘘みたいだ、やってしまった。

憂の誕生日一日前だというのに風邪をひいてしまったのだ。



朝起きてから何だかフラフラするなぁと思いながら準備をして寮の部屋から出ると

純「あれ、梓。今日は髪結ばないの?」

純に言われてからその事に気付き、そのあとすぐに出会った唯先輩に抱き着かれて

唯「…あずにゃん、なんか熱いよ?」

憂「えっ、ホントだ!」

と、憂に引きずられて部屋に戻され

憂「暖かくして眠っておくんだよ?あとでまた見に来るから」



そんな騒ぎがつい一時間ほど前。



高三の秋にギリギリまで悩んで悩んで、結局N女に進路を決めた。
憂もN女を一応選択肢に入れてて、純は受けるだけ受けてみる!なんていいながら、先輩達みたいに部室で毎日勉強した。
(まあお茶飲んだり、菫と直と演奏したりもしたけど)
そうした頑張りが実ったのか三人とも無事N女に合格。
なんだかんだで三人一緒に進学、寮にも入る事となった。

で、そんな大学一年目の憂の誕生日が明日だというのに、なぜこんなことに?!
昨日、プレゼント買いに街に出た時の人込みが原因かな…。

はぁ…。

2月のあたまくらいに憂の誕生日に何か演奏しませんかと私が提案したら、先輩達はすぐに賛成してくれて、
その頃には春休みに入ってるけど皆残ってくれる事になった。
唯先輩は妹の為に新しい歌作っちゃうぜ!なんてムギ先輩とノリノリになってて、
そのおかげもあってか最近は練習も熱が入ってたのに…。

なにより、憂本人にライブに招待すると伝えてあったというのに……。

はぁぁ…。



憂「梓ちゃん?」

梓「んぅっ?!」

憂「ちょっと熱上がってきてるね…。身体起こせる?」

梓「…うん、だいじょぶ」

純「じゃじゃーん!ウィダーとスポーツドリンク、お薬もあるよ!」

梓「ありがと、純。憂も」

純「おお、素直にゃんだ」

梓「…にゃん言うな」

いつの間にか寝てしまっていた間に二人が色々買ってきてくれていた。
三連パックのゼリーを三人で食べてから風邪薬を飲む。
純はこれで貸しひとつだね、なんて言ってたけど。
ホント、助かるなあ。

長居も何だし、またくるよ、ありがとうと二人が部屋から出るのと入れ違いに唯先輩とムギ先輩が入って来た。

唯「あずにゃん!だいじょーぶ?」

紬「プリン持ってきたの〜」

梓「ありがとうございます」

紬「お薬はもう飲んだ?」

梓「いま飲みました」

唯「苦くなかった?」

梓「いえ、カプセルでしたので」

唯「ならよかったねぇ」

と、二人から代わる代わる頭をなでられるがままでいると、律先輩と澪先輩も入って来た。

律「梓ー、大丈夫か?」

澪「一応、飲み物とか買ってきたけど一足遅かったかな…」

先に机の上に置かれたプリンやスポーツドリンクを見ながら澪先輩が呟いた。

梓「いえ、ありがとうございます。ホント助かります」

澪「あ、でもマスクも買ってきたんだ。これで少しは人が来ても気にならないかと思ってさ」

喉の乾燥も防いでくれるんだって、と澪先輩が袋からマスクを取り出して渡してくれた。
お礼を言いながら装着する。

梓「それより、こんな時に風邪ひいてしまって、すいません。あの、明日は私抜きで、」

律「あー、その事だけど、明日の演奏は中止だ」

梓「えっ」

律「四人でやっても憂ちゃんは喜ばないだろ?」

紬「そうよ、梓ちゃん」

澪「誕生日自体をお祝いしないわけじゃないからな」

唯「そうだよ、あずにゃん!5人で放課後ティータイムなんだから!」

梓「…すいま、せん」



紬「だからね、泣く事なんかないのよ」

澪「ほら、梓。熱が下がらなくなるぞ」

唯「あーずにゃん。あずにゃんがね、早く良くなる方が憂も私達も嬉しいよ?」

風邪をひいてしまった悔しさと、先輩方の優しさと、熱で上手く制御できない気持ちのせいで涙と鼻水が止まらない。
ぐしゃぐしゃになっている私の顔を律先輩がタオルで拭ってくれた。

律「さっきも言った通り、演奏は梓が治ってからだ。ただし、」

梓「…?」

何だろう…?と頭の働かない私に、律先輩はにやりとしながら耳打ちをした。



−−−どこかで誰かが歌う声がする。
聞いたことのあるやわらかな声。
同時に額にやさしい感触。
ああ、この温もりは−−−

憂「〜ふわふわたーいむ♪」

梓「…うい?」

憂「あ、ごめんね。起こしちゃった?」

梓「ううん。手のひら気持ちいいよ」

憂「よかった。小さい頃に熱出した時はお母さんやお姉ちゃんがやってくれてたなあと思って」

梓「あー、ウチも母さんがしてくれてたかも…って、小さい頃?」

憂「ふふ。ついつい」

梓「むぅ。そうだ、いま何時?」

憂「えっと、11時27分だよ」

梓「えっ、こんな夜遅くまでごめん」

憂「実は夕方もお姉ちゃんと来て、着替えとお薬飲むお手伝いしたんだけど覚えてない?」

梓「えっ、わかんない…」

憂「やっぱり。梓ちゃん、すごくぽやっーとしてたから」

梓「…あ、ありがと」

憂「それでもう一回、梓ちゃんが起きたら着替えとか手伝ってあげてって皆の代表だよ」

憂の台詞に、先ほどの律先輩の耳打ちの内容を思い出した。

律『22日になった瞬間にこの部屋で憂ちゃんにちょっとしたサプライズをしかける。
なーに、梓は寝とけばいいから。とにかく任しとけ!』

って、あの人、明日誕生日の主役に何させてんですか?!
だいたい風邪がうつったらどうするの?と憂をよく見るとマスクをつけていた。律先輩にもらったとのこと。
…日付けが変わったら驚かすってことは、多分この部屋にみんな来るつもりなんだろうけど。
私が眠ってたら、というか熱が酷くなってたらどうするつもりだったんだ…。

やれやれ。

梓「…ありがとね、憂。あと、明日はごめん」

憂「仕方ないよ。って、そんな事気にしなくてもいいのに」

梓「…でも私が風邪ひかなければ」

憂「ほら、寝てなきゃ治んないよ?」

梓「うん。……ねぇ、うい」

憂「なあに?」

梓「もうちょっとそばに居てもらってもいいかな」

憂「もちろん。あ、その前に着替えちゃおっか。汗かいてるみたいだし」

梓「そだね」

汗を拭いて着替えたら少し気分が良くなった気がした。
携帯をそっと確認すると、11時52分。

もう少し。

着替えついでに薬も飲んで、布団に入り直すと枕元の目覚まし時計が12時を知らせた。

梓「22日になったね」

憂「うん」

梓「誕生日おめでとう、憂」

憂「えへ。ありがとう、梓ちゃん」

そう言って、私と憂が目を合わせて微笑みあった瞬間、入口のドアが開いた。



   『憂(ちゃん)誕生日おめでとう!』



迷惑になるかならないかのギリギリの声でそう言いながら、皆がなだれ込んでくる。

唯「ういー、おめでとう〜」

澪「憂ちゃん、おめでとう」

紬「おめでとう、憂ちゃん!ケーキ期待しててね!」

純「憂、誕生日おめでと!」

律「憂ちゃん!今日のライブは延期になったけど、誕生会は夕方から盛大にやるからね!」

憂は唯先輩とムギ先輩に両脇から抱き着かれ、珍しく皆からもみくちゃにされていた。

唯「夕方は晶ちゃん達も参加してくれるって」

憂「お姉ちゃん、皆さんもありがとうございます。楽しみにしてますね」

純「梓も調子はどう?」

梓「どうもこうもないよ…」

憂「あ、和さんからメールが着てる」

唯「えー、憂いいなあ」

澪「いや、誕生日のお祝いだろ」

律「よしっ、梓もまだ風邪だし全員撤収だ!」

紬「了解です!」

一瞬でワッと賑やかになった部屋はまたすぐに静粛に包まれた。



憂「…びっくりしたよ」

梓「あはは…台風みたいだったね」

憂「梓ちゃん、大丈夫?」

梓「うん。マスクもしてるし」

また憂の手が額に触れる。やっぱり気持ちいい。

憂「うーん、まだ少し熱いかなあ。朝になって熱が下がってなかったら病院行かなくちゃだね」

梓「う、それは避けたい…」

憂「じゃ、頑張って良くならないとだね」

そう言うと、憂はもう一度私の額に手のひらをつけて目を閉じらせるように下になでる。

ああ、演奏はまた今度って事になったけど、夕方までにはなんとか体調を整えておかないと。
皆にもお見舞いのお礼を言わないといけないし。
とりあえず起きてから、ちゃんと憂に「おめでとう」って言いたいな…。

憂「…梓ちゃん?寝ちゃったのかな?」

とりとめのない思考が薄れていくなか、何かあったら電話してね、おやすみなさい、と憂の声が聞こえた気がした。

パタンとドアが閉まる音にいったん意識が浮上した。部屋は静かな闇に塗られている。
そんな中、まだじんわりと残る憂の手の感触に、熱が下がったのか上がったのかわからないまま、
またぼんやりと目を閉じた。



おしまい!


これでおわりです。
なんとか間に合ったよ!憂ちゃん、お誕生日おめでとう!!!



最終更新:2014年02月22日 21:53