梓『・・・憂、ごめんね、今日行けない。プレゼントは純に前もって渡してあるから受け取ってね。ホントにごめん・・・』
純「と、そんな電話を憂が受けたのが30分前になるわけだよ諸君」
菫「なるほど、それで・・・」
直「憂先輩が誕生日パーティーに似つかわしくない空気をまとっているわけですね」
憂「ごめんね・・・」ドヨンド
菫「だ、大丈夫です、気持ちはわかるつもりですから」
直「それにしても中野先輩は何故急に来れなくなったんでしょうか」
純「私の持つ限りの情報を提示しよう。昨日までの梓は普通だった、否、それどころか憂の誕生日に向けて非常に意欲的だったとさえ言える。以上だ」
菫「ところで純先輩のその喋り方も何なんですか? キャラ作りですか?」
直「しかも私達でも察せるくらいの情報ですね」
純「憂、かわいい後輩が私をいじめるよ?」
憂「うん・・・」ドヨン
純「・・・ダメだこりゃ」
菫「・・・梓先輩、電話かけても出ませんね」パタン
純「そりゃそうでしょ。変な意地張ってるの見え見えじゃん」
直「意地、ですか」
純「そ。しょーもないことを一人で抱え込んじゃってさ。いつものことよ」
菫「い、いつものことですか・・・。今回は何か事情があったのでは?」
純「ならそれを説明すればいいだけじゃん? 私達からの電話に出ない理由にもならないし」
直「なるほど。鈴木先輩、探偵みたいですね」
菫「かっこいいです!」
純「さっき君らはそれをキャラ作りと一蹴したんだがね?」
菫「・・・それで、私達にできることは何でしょう?」
直「教えてください、鈴木先輩」
純「・・・さっすが、話が早い。ま、結局は梓を憂の前に引きずり出す、これに尽きるね」
菫「ふむふむ」
直「となると、どうやって?」
純「梓の家まで行こうか」
菫「・・・・・・」
直「・・・・・・」
純「・・・それしかないじゃん?」
直「まあ、そうですよね」
菫「そうなんだけど・・・でもなんだろう、この釈然としない気持ち・・・」
直「というわけで梓先輩の家の前まで来ました」トタトタ
菫「何気に私と直ちゃんは来るの始めてだよね」
直「うん」
純「一番来てるのは多分憂だろうし、ピンポン押すのも憂に任せようか」
憂「えっ、で、でも・・・」
純「悪いのは梓なんだから憂が怯えることはないって。何言えばいいかわからないのなら私が喋るから」
憂「・・・ありがと、純ちゃん。それじゃあ・・・」
ピンポーン
梓母「はーい、どちらさま?」ガチャ
純(しまった、親が出てくるとは予想外!)
直「家なんですから親がいてもおかしくないのでは?」
純(心を読まれた!?)
直「鈴木先輩は顔に出やすいですからね」
菫「直ちゃん? 何の話してるかわからないけど・・・静かに」
直「えっ?」
菫「ほら」
梓母「憂ちゃん、ごめんなさいね、ウチの梓が・・・今度は何やらかしたのやら」
憂「あっ、いえ、それはわからないんですけど、というか、わからないから来たというか・・・」
梓母「あの子はもう・・・憂ちゃんほどいい子はいないんだから憂ちゃんにだけは絶対嫌われちゃダメよ、って毎日言ってるのに」
憂「ま、毎日ですか」
梓母「そうよぉ。大学も同じところに行ってくれたら安心だったんだけど・・・子供の意思を縛る親にはなりたくなかったしね、そこはしょうがないわ」
憂「すいません・・・あの、でも」
梓母「わかってるわ、梓も憂ちゃんもそれぞれ進みたい道が見つかったんだってことは。だったら大人として背を押してあげるしか出来ないからね」
憂「・・・大学が別になっても、梓ちゃんとはずっと仲良しでいたいと思ってます」
梓母「・・・ありがとう。はぁ、梓はこんな幸せにも気づけてないんだから、ホントにダメな娘だわ・・・」
純(え、何、憂はいつの間にこんなに梓の親と仲良くなってたの)
梓母「梓が何に落ち込んでるのかは大体予想つくし、親として力づくで引きずり出すことも出来るんだけど・・・あなた達に任せたほうが絶対にいいわよね」
憂「じゃあ、お邪魔させてもらっても?」
梓母「もちろん。どんな手段を使ってもいいから、ウチの娘をよろしくお願いね?」
憂「はい!」
菫(なんか違う意味合いに聞こえてしまうのは私だけかな)
純「というわけで梓の部屋の前までやってきたのだった」
菫「誰から声かけましょうか?」
純「憂でダメなら誰でもダメだろうけど、初っ端から憂が行けるかは・・・どう?」
憂「・・・大丈夫、いけるよ。みんなありがとう」
直「頑張ってください平沢先輩。いざとなったら誕生日プレゼントを総動員して扉を破る準備もありますので」ジャキ
菫「どんな誕生日プレゼント!?」
憂「あはは、お手柔らかにね」
憂「・・・すぅっ・・・」
憂「あ、梓ちゃん!」
梓『・・・憂?』
憂「・・・うん」
梓『・・・やっぱり、来ちゃったんだ』
憂「・・・梓ちゃんのいない誕生日パーティーは、やっぱり寂しいから」
梓『・・・他のみんなは?』
憂「ここにいるよ。だから出てきて? パーティー開いてくれる他のみんなに失礼かもしれないけど、居てくれて当然の人がいないっていうのは、やっぱり寂しいよ」
梓『・・・なんか、ドラマで見た引きこもりの説得をするお母さんみたいだね』
憂「そ、それは笑うところなの・・・?」
梓『ど、どうだろ・・・ゴメン、変なこと言ったね』
憂「う、ううん、いいんだけど・・・」
梓『・・・でも憂、ごめん。私はやっぱり自分が許せないから・・・今更出ていけないよ』
憂「・・・何があったの・・・?」
梓『・・・憂はきっと、あの時みたいに些細な事だって笑ってくれるけど。でも私はどうしても許せない。そういうコト』
憂(・・・あの時・・・?)
梓『・・・ごめんね』
直「・・・取り付く島もなさそうですね」
純「うーん、私の勘違いだったのかな・・・? いつもみたいに憂に対してはあっさり折れる梓が見れると思ったんだけどな・・・」
菫「あ、憂先輩が戻ってきました」
憂「・・・純ちゃん」
純「あ、憂、ごめん、なんか今回は・・・」
憂「純ちゃん、絶対に梓ちゃんを引っ張り出すよ。何かいいアイデアない?」
菫「う、憂先輩、怒ってます・・・?」
直「」ガタガタ
憂「え、うーん、怒ってるってわけじゃないけど・・・梓ちゃんの悩みの予想が付いたから、ここは私も意地をぶつける場面かなぁって」
純「そ、そうなの? よ、よぉし、アイデアね、うん、ちょっと待ってね・・・」ポクポクポク
菫「う、憂先輩、お茶でも飲みますか? 誕生日プレゼント用にと持ってきた高級茶葉があるんですが・・・あっ、バラしちゃった!」
憂「あははっ、ありがと、スミーレちゃん。でもいいの? そんな高級なものを」
菫「大丈夫です、お嬢様達には許可もらってますから」
直「というか菫、今更だけどその肩から提げてるクーラーボックスって」
菫「うん、ケーキだけど?」
憂「ご、ごめんねスミーレちゃん! うちに置いてきて良かったのに!」
菫「だ、大丈夫です! 琴吹家のメイドは荷物運びくらいは軽々とこなせないといけませんので!」
憂「そういうことじゃなくて! 私、落ち込んでばかりで気づけなくて・・・!」
純「・・・直も私も、なんとなくプレゼント持ったまま来ちゃったよね」
直「はい。まあ私達は菫ほど大荷物じゃないので大丈夫ですけど」
純「・・・これだ!」
菫「えっ?」
純「引きこもりにはお母さんの説得より、外に興味を向けさせることのほうが大切なんだよ」
直「というと?」
純「名づけて・・・ミッション:天岩戸作戦!」
直「ミッションと作戦って一緒じゃないんですか?」
純「ええい黙れっ」モニュ
直「あばば」
憂「純ちゃん、作戦名から予想は付くけど、要するにここでパーティー始めちゃおうってことだね?」
純「そうそう、それで梓の気を引くのよ。一応梓のお母さんからもどんな手段でも構わないって言ってもらえた訳だし、多少ならドンチャンやってもいいんじゃないかなって」
菫「なるほど、神話に倣った名案ですね」
直「とはいえ、あまり過剰に楽しそうに騒ぐと中野先輩に申し訳ないですね」
純「まあねぇ・・・あの子猫に拗ねられちゃ元も子もないからね」
憂「あ、それならいいアイデアがあるんだけど・・・」
〜〜〜
純『というわけで、憂の誕生日パーティーの始まり始まり〜』
直『いえーい』
梓「ええっ!?」
思わず声が出た。
私の部屋の前で誕生日パーティーを始める!? 何が狙いなんだろう、純のやつ。
菫『ではまず、ネタのバレちゃってる私のプレゼントから渡してもいいですか?』
純『どうぞ〜』
菫『はい、憂先輩、誕生日おめでとうございます。いつもありがとうございます』
憂『えへへー、ありがとうスミーレちゃん。大事に使わせてもらうね?』
直『では、私からはこちらを』
憂『あっ、直ちゃんこれは・・・手作り?』
直『はい。だいぶ失敗を繰り返しましたけど・・・』
憂『ううん、とっても上手だよ! ありがとう、大事にするね!』
純『んじゃ私は駅前で買ってきたこれを』
憂『あっ、かわいー! ありがと純ちゃん!』
駅前というと、私と一緒に買いに行った時のだね、間違いなく。
あっ、もしかして・・・
純『あと、これは梓から預かってるものなんだけど・・・』
憂『・・・・・・』
菫『・・・・・・』
直『・・・・・・』
やっぱり。このタイミングで私に出て来いって言ってるんだ、純のやつ。
・・・はあ。何やってるんだろうな、私。こんなに皆に気を遣わせて。
梓「・・・・・・」
でも・・・さすがに憂に二回連続でこんなものを渡すわけには・・・
純『・・・ではここでスペシャルゲスト、唯先輩の登場でーす!』
唯『やっほー』
梓「ええええっ!?」
な、なんで唯先輩がここに!?
い、いや待て、いくらなんでもタイミングが完璧すぎる! 憂の声真似に違いない!
唯『ういー、誕生日おめでとー』
憂『ありがとう、お姉ちゃん!』
唯『・・・ん? 憂、ちょっと元気ない?』
憂『・・・そんなことないよ?』
唯『・・・あずにゃんがいないから?』
憂『ぎくっ』
わざとらしい! わざとらしすぎる!
い、いや、でもああ見えて唯先輩は物事の核心を突く人ではあった、あったんだけど・・・
梓「・・・・・・」
でも、もし万が一、本物だったとしたら?
だったとしたら・・・妹を悲しませる後輩の姿を見て、唯先輩はどう思うだろうか?
信じて軽音部を託してくれた先輩は、こんな私を見て、どう思うだろうか?
梓「・・・ち、ちょっとだけ・・・一瞬だけ見れば、ね。それでわかるよね・・・」
なんて誰に言い訳するでもなく呟きながら、ほんの僅かにドアに隙間を開けて外を覗き見る。
・・・で、まあ、あとはお察しの通り。
純「突入ーーー!!!」
梓「わああああ!?」
〜〜〜
菫「さすがは憂先輩の作戦と演技ですね」
憂「えへへー」
純「で、どういうことなのよ梓。憂は予想ついてるみたいだけど、説明してくれるんでしょうね?」
梓「そ、それは・・・」
直「・・・なんか甘い匂いがしますね、この部屋」
憂「うん。この部屋というか、この家全体にうっすら残ってるんだけどね。でも梓ちゃんの部屋が一番匂いが強いよ」
菫「よくわかりますね・・・」
純「憂がそう言うということは・・・甘い匂いの元が原因?」
梓「ギクッ」
純「・・・直! スミーレ! 部屋をひっくり返してでも見つけ出すんだ!」ビシッ
梓「ああもう! わかった! わかったから! 隠さないから! ほら!」
直「これは・・・チョコケーキ?」
純「へえ、上手く出来てるじゃん」
梓「見た目だけはね・・・味が微妙でね・・・一人で作るとやっぱ上手くできなくて・・・」
純「あー、そういえば去年も一昨年もバレンタインは憂に手取り足取り教えてもらってたっけ」
梓「うん。もうその時点で持って行けたものじゃないんだけど、更に作った後で気づいたことがあって・・・」
菫「何ですか?」
梓「・・・ケーキは菫が持ってくるって言ってたような、って」
直「言ってましたね、前々から」
純「梓はテンションあがると時々周りが見えなくなるからねぇ」
菫「で、でも、それなら電話でもいただければ私はケーキ置いてきましたし・・・」
純「そーよ、それが嫌だとしてもちゃんと他にプレゼントも買ってあるんだし、ひきこもる理由にはならなくない?」
梓「・・・・・・」
憂「・・・大丈夫だよ梓ちゃん、このケーキ、おいしいよ?」モグモグ
梓「あっ!?」
純「あ、ズルいよ憂! 私にも食べさせてよ!」
梓「ダメっ!!!」
純「あ、梓・・・?」
梓「それは・・・その・・・憂に、個人的に作ったものだから・・・」
純「あ、ああ、そういう。そりゃ失礼・・・」
梓「でも・・・憂に食べて欲しかったわけでもない・・・」
純「え?」
憂「・・・・・・」
梓「憂は・・・どんな失敗作でも、笑って美味しいって言うから・・・」
憂「・・・だって、本当に美味しいもん」
梓「この前のバレンタインだってそうだった! 私の失敗作のチョコを美味しいって!」
憂「失敗作なんかじゃないよ、あれも、これも。本当に私は美味しいって思うから」
梓「憂がN女の合格祝いにってくれたチョコのほうがずっとずっと美味しかったのに! なのに憂はいつもの笑顔で笑うから! もうそんな顔をさせたくなくて、私はっ・・・!」
憂「梓ちゃん」ギュッ
梓「あっ・・・」
憂「ありがと、美味しいって言ってくれて。気持ちを込めたから、そう言ってもらえるとすごく嬉しいよ」
梓「・・・私だって・・・気持ちは、込めたんだけど・・・でも、どうしても美味しく作れない・・・!」
憂「ううん、美味しいよ? 嘘だって思うならみんなにも食べてもらう? 梓ちゃんの想いを独占できなくなるのは悔しいけど・・・」
梓「・・・・・・」
憂「スミーレちゃんのケーキもあるし、みんなでそれぞれ切り分けて食べたほうがいいかもしれないね?」
梓「・・・わかった・・・」
〜そして〜
純「なんだ、ホントに普通に美味しいじゃん」
菫「すごいです、梓先輩!」
直「もぐもぐもぐもぐ」
梓「直が夢中になって食べてる・・・」
憂「ほらね? 想いを込めた料理が美味しくならないわけがないんだよ」
梓「うん・・・自分ではイマイチと思ったんだけどなぁ」
純「そりゃあんた、ムギ先輩の持ってくる超高級お菓子とか憂の作る超高級家庭料理とかばかり食べてて舌が肥えたんでしょ」
憂「純ちゃん、紬さんのお菓子と並べるのはさすがに持ち上げすぎだよ・・・」
梓「あー、でもそうかもね。三年になってからなにかと憂のご飯を食べる機会も多かったし・・・」
純「えっ」
菫「?」
直「?」
純「・・・オホン。ねえ梓、さっき憂と話してた今年のバレンタインの件だけどさ」
梓「うん、何?」
純「私達は三人それぞれ市販のチョコで交換してたよね? 受験生だから手作りする時間はない!とか言って」
梓「あっ」
純「・・・何、私の知らないところで二人だけで交換してたの?」
梓「それは、その、あれだよ・・・あれ・・・」
純「・・・・・・」ジトー
憂「・・・梓ちゃん、もう隠せそうにないよ?」
純「いやまあ薄々気づいてはいたけどさ」
梓「・・・っ///」
菫「そ、そういう関係だったんですか!?」
直「道理で中野先輩のお母さんと平沢先輩があんなに仲良さげだったわけですね」
菫「あと最初の憂先輩の落ち込みっぷりも、引きこもる梓先輩に怒ってたのもそういうわけですか」
直「鈴木先輩、これ私達お邪魔なのでは?」
純「そーね、プレゼントも渡したしケーキも食べたし帰ろうか」
菫「お、お邪魔しました!」
梓「やめてー! そういう気遣いが恥ずかしいから隠してたのにー!」
憂「大丈夫だよ梓ちゃん、梓ちゃんのお母さんも「娘をよろしく」って言ってたし!」
菫「それ多分そういう意味じゃないかと!」
終わった
最終更新:2014年02月22日 23:22