AM 10:00


律「やっほー」ガチャ

憂「いらっしゃい、律さん。ピッタリ10時ですね」

律「憂ちゃんは小学校で習わなかった? 遊ぶのは朝10時からにしなさい、ってやつ」

憂「習った気もしますけど、ここにピッタリ10時に到着したってことは律さんが家を出たのは」

律「細かいことは気にしない!」

憂「ふふっ、そうですね。私の為に来てくれたんですもんね。ささ、どうぞあがってください」

律「お、そうだ、誕生日おめでと憂ちゃん。はいケーキ」

憂「ありがとうございます。後で一緒に食べましょうね」

律「えっ、いやいいよ、家族みんなで食べなよ」

憂「んー、でもたぶんお父さんお母さんかお姉ちゃんがもう一つ買ってくると思いますし」

律「ん、そっか……ダブっちゃったな、ごめん」

憂「だから、その分は一緒に食べちゃいましょうよ」

律「……そうだな、もったいないしな」

憂「やった、律さんと一緒に食べる口実が出来た!」

律「……そんなに喜ぶことかね」

憂「もちろんですよ。日頃離れてる分、恋人として今日は一日中いろんなことにしっかり付き合ってもらいますからね?」

律「あー、うん……ゴメンね? 私が卒業式の日に告白、なんて変なことしちゃって」

憂「それは謝らない約束じゃないですか。その分、私もN女には行きませんから。私と大学で会えない寂しさに身悶えてればいいんです律さんは」

律「……だって、まさか両想いだったなんて思わなかったし……ねえ憂ちゃん、今からでもN女受けない?」

憂「……さすがにもう遅いんじゃないかなあ。それに私だってちゃんと考えての結果です。律さんのせいみたいに言いましたけど」

律「……うん、わかってる。でもやっぱりちょっと寂しいかな」

憂「私も寂しいし、不安がないといえば嘘になりますけど……でも、お互い想いが届くかわからない3年間を過ごした身じゃないですか。その不安に比べたらどうってことないです」

律「……それもそうか。やれやれ、相変わらず憂ちゃんのほうがしっかりしてる」

憂「律さんのほうがしっかりしてると思いますよ?」

律「……どのへんが?」

憂「うーん……甘えたいなぁって思わせちゃうあたり?」

律「……甘えたいの?」

憂「はい!」

律「……ま、元々その予定だったしなぁ今日は」

憂「私の誕生日プレゼントは律さん!ですからね」

律「よーし、私も覚悟を決めた! なんでもどんとこいだ!」

AM 10:30

律「……で、なんでゲームなの? 別にいいんだけど」

憂「なんか懐かしくて。律さんと始めて会った時にやったのが」

律「……ふっふっふ、あの時はボロ負けだったけど実は大学入ってからバイトしてソフト買って特訓したんだよね」

憂「そうなんですか!? こっちは対戦相手のお姉ちゃんがいなくなっちゃったから腕が落ちてるかも……」

律「はっはっはー! いくら憂ちゃんが誕生日とはいえこの田井中律、勝負事では手は抜かないぜー!」


PM 12:00

憂「じゃ、罰ゲームは何にしますか?」ニコニコ

律「何でも言う事を聞きます」

憂「今日は元々その予定じゃないですか」

律「それ言うなら罰ゲームも事前に決めておくべきだー!」

憂「でも罰ゲームって言い出したのも律さんですよね」

律「……はい。なんか、こう、どうしても勝てないから自分を追い込むみたいな感じでですね、言っちゃいました、すいません」ドゲザ

憂「んー……じゃあ、5分間何があっても動かない、っていうのはどうですか?」

律「え、何かあるの? なんか怖いんだけど……」

憂「何でも言う事を聞いてくれるんですよね?」

律「……わ、わかったよ。じゃあ今から5分間な」

憂「えっへへ〜……とーう!」ダキッ

律「おわっ!? う、憂ちゃん!?」

憂「ほーら、動いちゃダメですよ?」ギュー

律「お、おぉ、何、こっから何かされんの私???」

憂「特に何もしませんよ? 5分間ずっとこのまま、です」ギュー

律「……なるほど、いつも通り、抱きつくの好きな姉妹なわけね」

憂「……久しぶりの律さんのあったかさ、気持ちいいなぁ」

律「……4月からは、もっと会いに行くよ」

憂「……先のことは、まだ、いいです。今、充分幸せですから」ギュッ

律「……そっか」

PM 12:10

憂「お腹空きましたね」

律「何か食べに行く? もちろん奢るよ?」

憂「それよりも一緒に作りませんか?」

律「お、いいね。恋人らしい共同作業ってやつ?」

憂「えへへ、改めてそう口にすると照れますね」

律「うん、確かに。よっし、それじゃあ」

憂「何を作りますか?」

律「……あれ?」

憂「? どうしました?」

律「あれ? 私がメインシェフ?」

憂「違うんですか?」

律「いや、その、なんていうか」

憂「…先輩の手料理が食べてみたいんです〜! せ・ん・ぱ・い・の!」キャルン

律「……何そのキャラ」

憂「……すいません///」

律「……わ、わかったよ。憂ちゃんに釣り合う女になるために密かに大学寮のご飯の味を盗み、帰省しては家で特訓してる私の実力を見せてあげようじゃないか!」

憂「そ、そうも大々的に宣言されるとやっぱり照れちゃいますね///」

律(こっちも憂ちゃんの珍しい先輩呼びにちょっとときめいたなんて言えない)

PM 13:30

憂「ごちそうさまでした」

律「おそまつさまでした」

憂「すっっっっっごく美味しかったですよ! 好きな人と一緒に作って食べてるっていうのもあるんでしょうけど、それ抜きでも! とっても!」

律「ほ、褒めすぎだって、さすがに」

憂「そんなことありません! はぁーぁ、こんな料理を一年前に既に食べてた軽音部の皆さんが羨ましい……」

律「……一年で上達したってのもあると思うよ。練習してたのはホントだし」

憂「だとしたら、もしかして寮のほうでも料理してるんじゃないですか? そう疑いたくなるくらいですよ」

律「だとしたら……憂ちゃんの為に作ったから、かな」

憂「……えへへ///」

律(言ってて恥ずかしくなるな///)

憂「でも、誰かのために作ると作り甲斐があるっていうのはわかります」

律「そのあたりは憂ちゃんのほうが先輩だよな。ウチにも弟はいるけどさ、最近距離感が難しくてなー」

憂「反抗期ですか?」

律「わからんけど、もうそんな歳かねー。反抗期を経て男の子は自立するもんだってのは聞いてるから、シッカリ反抗してほしいもんだけど」

憂「ふふ、律さんは本当に面倒見がいいですね」

律「そうかなぁ? 自分ではわからないけど」

憂「私は律さんのこと、すっごく頼りがいのある人って思ってます。たぶん弟さんも最近それを実感してるんじゃないかと」

律「なんで最近? って、あー、私が家を出たからか……」

憂「私も、お姉ちゃんが家を出てから気づいたことって結構ありますし」

律「……んー、やっぱ自分じゃわからないところだなあ、そのあたりは」

憂「ふふ、そうですね。さてと、食器片付けますね」

律「あ、私がやるよ」

憂「そうですか? でもさすがに悪いですよ」

律「うーん、確かに人の家の食器割ったりしたらと考えると怖いけど、でもまあ誕生日だし、任せなさい!」

憂「うーん……」

律「……と思ったけど、食べてすぐ動くと身体に悪いって言うし、少し休憩しようよ。食休み食休み」

憂「あ、はい。じゃあ食器、水にだけ浸けときますね」

律「あぁっ、それも私がやるのに」

憂「まあ私の方が近いですからこれくらいは。向こうでこたつに入って待っててください」

律「ちぇっ」

憂「……ふふっ」

律「……うーいーちゃーん、はーやーくー」

憂「はいはい、今行きますよー」

律「よし、じゃあほら、こたつに入ってゴロゴロしようか」ゴロン

憂「……食べてすぐ寝たら牛になりますよ?」

律「眠らなければ大丈夫だって」

憂「あ、それ聞いたことありますね」

律「だしょ? 座ったり立ったりしてると重力で胃の中の食べ物が早く下りていってしまうからさ、消化しきらないこともあるんだって」

憂「へぇ、それは知りませんでした。そういうことなら」ゴロン

律「まあ適当に言ったんだけど」

憂「……りーつーさーんー?」ジト

律「い、いやぁ、でもそれっぽくない?」

憂「……そうですね、私も信じて横になっちゃった身ですし」

律「こうなっちゃったらしばらくゴロゴロしてようよ」

憂「……はい」

律「………」

憂「………」

律「……寒くない?」

憂「……いえ、大丈夫ですけど……」

律「そっか」

憂「はい」

律「………」

憂「………」

律「……もうちょっとこっちおいで」

憂「……はい」モゾモゾ

律「………」

憂「………」ピトッ

律「……密着したな」

憂「あったかいです」

律「そうだな……」

PM 15:30

澪「………こら律、いい加減起きろ」

律「…………ふげっ?」

澪「 起 き ろ 」

律「あり、澪? なんで?」

澪「私は予定通り来ただけだ」

律「……寝過ごしたあああああああああああ!」

澪「だからそう言ってる」

憂「あの、予定って?」

澪「うん、律がここにいるのは聞いてたからさ、3時に届け物を頼まれてたんだ、私が」

憂「なるほど、それで最初は律さんの電話が鳴ってたんですね」

律「全然気づかなかった……っていうか私いつの間に寝てたの?」

憂「わりとすぐですよ?」

律「マジですか」

澪「寝顔は撮ってムギに送っておいたぞ」

律「なんでそんなことを!?」

澪「人を運送屋として使っておいて寝てる奴のほうが「なんで」だよ」

律「すいません」

澪「まあ、憂ちゃんからいろいろ聞かせてもらったから寝過ごしたことはチャラにしてあげるけど」

律「憂ちゃん何言ったの!?」

憂「そ、そんなに大したことは言ってませんよ!?」

澪「ごちそうさま、ってことだよ。仲良さそうで何より」

律「くっ。そ、それより澪! 例の物を早く渡せ!」

澪「あ?」

律「渡してくださいお願いします」

澪「よろしい。ほら」ガサッ

憂「……紙袋? 重そうには見えませんけど、中身は何なんですか?」

澪「………」

律「……はい、憂ちゃん」スッ

憂「へ?」

律「プレゼント。開けてみて?」

憂「……へ? えっ? プレゼント? で、でも……」

澪「憂ちゃんがプレゼント要らないって言ってたのは聞いてるよ。その代わり律を朝からレンタルするって言ってたのも。だからこれは私と律の二人からのプレゼント」

律「ちょっとズルいけどさ、やっぱり何か渡したくて」

憂「そんな、いいのに……」

澪「律なりのワガママだよ、憂ちゃん。聞いてあげて?」

憂「……はい」

律「……澪、ありがとう」

澪「別に、お礼を言われるようなことじゃ」

律「いや、土壇場の思い付きにも関わらず作り方を調べてもらって作るのも手伝ってもらって最初から最後までいちいちチェックもしてもらって、なんていうか、澪がいないと作れなかったのは確実だからさ」

憂「……手作りなんですか?」

澪「うん。大丈夫、律はああ言ってるけど作ったのはほとんど律だから」

律「そんなことない!……けど、あれ? 憂ちゃん的には私が作ったことにしといたほうが喜んでもらえるのか…? 点数稼げるのか?」

澪「そういうのは声に出さずに考えような?」

憂「あはは……開けてもいいですか?」

律「もちろん。気に入ってくれるか怖いけど……」

憂「好きな人が作ってくれたものですから気に入らない理由はありません……っと、これ…エプロンですか?」

律「う、うん。今すぐにとは言わないけど、いつか使ってくれたら嬉しいなって」

憂「……///」

律「……?」

憂「……裸エプロンしろってことですか?///」

律「ブハッ」

澪「り、律! お前! 憂ちゃんになんてこと教えてるんだお前!! こらお前コラ!!」

律「ち、違うって! 誤解だって! っていうか私は教えてないって!」

澪「そういうのは結婚してからにだなー!!」

律「だからぁー!!!」

憂「ふふ……ありがとうございます、律さん、澪さん」

澪「ん? あ、うん……」

律「ど、どういたしまして……」

澪(あれ、一杯喰わされた?)

律(私達が勝手に振り回されただけにも思えるけど)

澪(……小悪魔?)

律(……なのかな?)

憂「それにしても、なんでエプロンなんですか?」

律「ん、えーと、憂ちゃんの家庭的なところも私はすごくいいなって思ってるから……」

澪「唯の世話をする憂ちゃんの話を聞いて、唯に「憂ちゃんくれ」って言ったこともあったな」

律「まさか真剣に言うことになるとは当時は思ってなかったけど」

憂「そ、そんなことがあったんですか」

律「あとは、私もちゃんと裁縫とか出来るようになっておきたいなぁって常々思ってたのもあって。ボタン付けだけじゃなくて」

澪「それで日頃からチマチマ特訓してたから、ここらで発揮してみよう、ってなったらしい」

憂「……ありがとうございます。でも、もったいなくて使えませんよ、こんなの……」

律「……ううん、使って欲しい。使って汚して破いて、またいつか私にエプロンをプレゼントさせてほしい。その時はもっと上手く作れるようになってるはずだから」

憂「……もしかして、そのために汚れそうなエプロンを選んだんですか?」

律「……それも、ちょっとある。憂ちゃんに私の成長を見てもらえるから」

憂「どうして…?」

律「どうしてって…それだけだよ。見て欲しいって。それだけ」

憂「別に…そんな風に気を配らなくても、私は律さん以外の人をそんな目で見たりしませんよ?」

律「……ああ、そっか。えっと、憂ちゃんを疑ってるわけじゃなくて……いや、なんて言うのかな……自分に自信が持てれば誰かを疑ったりしなくて済むような、そんな気がしない?」

憂「……というと?」

律「例えば、例えばだけど、私が憂ちゃんの浮気を疑う時が来たとする」

憂「……はい」

律「その時の私がダメダメな私だったら、愛想尽かされて浮気されてもしょうがないなー、ってなるけど、逆に自分に嫌われる理由がないと自信を持って言えたら、浮気も勘違いだと言い切れる、みたいな?」

憂「わかるような気もします、けど……前向きに見えて後ろ向きですね、それ」

律「……そうだなあ。そういう時が来ないのが一番だっていうのはわかってるんだけど。憂ちゃんはいい子だから誰もが放っておかないだろうし、どうしても不安になる時もあってさ……」

憂「………」

律「……幻滅した?」

憂「……いいえ。その不安をなんとかしてあげるのもきっと恋人の役目なんだなって、そんな簡単なことにようやく気づけただけです」

律「……ああ、憂ちゃんほどの子を恋人に持ってて不安だなんて、私も贅沢なこと言ったもんだなぁ……」

澪「まったくだ」

律「うお、澪、まだいたのか」

澪「まだって……憂ちゃん」

憂「はい。律さん、一生の親友にそんなこと言っちゃメッ、ですよ!」

律「あっ……これ心に刺さるわ……唯の気持ちがようやくわかった……」

澪「……ま、律が最近いろいろ頑張ってるのは確かだから。憂ちゃん、長い目で見てやって欲しい」

憂「その長い目っていうのは、一生でもいいですか?」

澪「はあ……これ以上食べられないから帰るよ、私は。お邪魔でしたね、お邪魔しました」

律「あ、澪!」

澪「……?」

律「……ありがとな」

澪「……はいはい」

PM 16:30

憂「さて」

律「はい」

憂「目の前にあるのは律さんが持ってきてくれたケーキ、の最後のひとかけらです」

律「……はい」

憂「はい、あ〜ん」

律「……いや、憂ちゃんへのケーキなんだから憂ちゃんが食べt」

憂「あ〜ん」

律「……あ、あーん……」パク

憂「ふふ、やっぱりこれはやっておかないと」

律「ベタベタなイベントだけど、自分がやることになるとこんなに恥ずかしいとは…」

憂「どんどん恥ずかしがらせるといいって澪さんのアドバイスですから」

律「ちょっ、澪ぉ!?」

憂「仲いいですよね、ほんとに。さて、これからどうしましょうか?」

律「うーん、そろそろ唯とかご両親とかも戻ってくるんじゃないか? 私はおいとましようと思うんだけど……」

憂「えっ?」

律「えっ」

憂「両親に挨拶していってくれないんですか?」

律「いや、家族団欒を邪魔しちゃ悪いし……って、今なんか気の早い言葉が聞こえたような?」

憂「気のせいですよ」

律「まあ、うん、気が早いって言い方も失礼か。私だって憂ちゃんと一生一緒にいたいんだし、早い遅いの問題じゃないよな。でもほら、なんというか、お互いが将来をしっかり見据えてからじゃないと説得力が伴わないっていうか」

憂「……あの、えっと、じゃあ、挨拶はともかくとしてももう少し一緒にいてくれませんか? ね、律さん」

律「ぇ? あ、いや、だから家族団欒が……」

憂「将来家族になるんですから、今から一緒にいて慣れておきましょうよ」

律「なにその理屈」

憂「……ダメ、ですか?」

律「い、いや、ダメってわけじゃなくて、私なりの気遣いというか、ね?」

憂「じゃあ逆にお父さんお母さんから一緒にいてくれって言われたらどうします?」

律「それなら……まあ、拒むのも失礼だけどさ。緊張はするだろうけど、私だって憂ちゃんと一分一秒でも一緒にいたいって気持ちは嘘じゃないし……」ゴニョゴニョ

憂「じゃあ……」

父「じゃあ、言わせて貰おうかな」

律「えっ?」

母「うふふ」

律「……えっ?」

唯「憂、いえーい!」ハイタッチ

憂「いぇーい!」ハイタッチ

律「………えっ?」

父「どうも、お久しぶりです、憂の父です」

母「母です」

唯「姉です」

律「は、はめられたー!? ど、どどどっどうも、お邪魔してます田井中律ですぅ! バンドでドラムやってます! ほ、本日はお日柄も良くっ!」

唯「りっちゃん、それ今言う必要あったの?」

律「え、えっと、じゃあ、ご趣味は???」

母「お見合い?」

父「話に聞いていた通り、面白い子だね」

律「え、えーと、えっと……」

……真っ白になる頭の中で、こんなサプライズを仕掛けた憂ちゃんを恨みつつ、いやそうは言うけど恨めなんかするはずもなくて、どうせいつもの可愛らしい顔で笑ってるんだろうなぁとか思いながら憂ちゃんの方を見ようとしたらそれより先に憂ちゃんがそっと私の手を握ってくれて、それでようやく私は落ち着けたっていう、そういう話。

おわり



最終更新:2014年02月23日 10:16