魔法使い澪「…………」
闘士律「…………」
僧侶紬「…………お言葉ですg」
澪「ムギ、言わなくていい」
紬「…………」
王様「そなたらのおかげで世界は救われた!褒美はそなたらの望むままに授ける!我が国から英雄が生まれたことをわたしは誇りに思う!」
楽器隊「われわれは勇者ご一行を心から祝福いたします」
姫「ありがとう!みなさま!!」
民「キャー勇者様よー!かわいいー!」
さわ子「よくやったなおめえらああああああああああああ!!このあとの宴会でわたしらデスデビルが凱歌演奏してやるよおおおおおおおおおおお!!」
楽器隊「ちょ、ちょっとそれは困ります!」
梓「王様、お言葉ですが私たちは長旅ですっかり疲弊してますので、催し物はまた後日に……」
王様「ほむぅ。それもそうじゃな。勇士らにはしばし休息が必要じゃ。こちらで宿を手配しておくぞい、勇士らにふさわしい豪勢な」
梓「いえ私たちは各々の我が家に戻ります」
姫「梓様……」
梓「王様のご厚意を無下にして申し訳ございません」
王様「良い良い。おぬしらは魔王から世界を救ったのだ。むしろもっとなんなりと注文して良いのだぞ?あっ、王の位はさすがに譲れぬ。王座は長男、もし男の子が生まれぬ場合は長女の姫が継ぐと憲法に定められておるしな」
王様「いくら勇者といえど系譜の掟は絶対じゃ。たとえ姫が男に嫁ごうとものぅ。同性はもってのほかだ……おおふっ、考えるだけでも気持ち悪い」
姫様「お父様!もうホモなんていません!!この世界は救われたのです!」
王様「うぉっほっほっほ、そうじゃったの」
梓「……ほんとうにお世話になりました」
梓「澪先輩、テレポートを」
澪「んっ」
王様「お、おい梓よ……帰ってしまいおった」
姫「よっぽど急ぎの用でもあったのかしら……」
召使い「今夜のために晩餐の準備をしたのに……どうします姫様?」
姫「……梓様」
王様「はむぅ。主賓不在なのは残念じゃが……よいよい!。今日を国家の祝日とし、国総出でお祭りをするぞおおおおおおおおおおおお!」
海風「ひゅるるるるるるる……ひゅるるるるるるるるるるるる」
カモメ「キャー……………………………………」
梓「……………………」
梓(テレポートで展望台へ降り立つと喧騒が風に乗って届いた。この国の民は皆城下に集まっているようで、展望台内には職員含め誰もいなかった。)
梓(国を見下ろすと見知った店や諸外国からの出店が見受けられた)
梓(掲揚された国旗が翻し、至る所で紅白の幕が高所から垂れ下げられていた。私たちを讃える文句を記した垂れ幕も飾られていた。このような祭りがきっと世界中で行われ、口ぐちに私たちを賞賛しているにちがいない)
梓(私たちの心中に届くことはなかったが……)
梓(魔王は魔族と共に地球上からいなくなった。世界の覇権は人類が掌握し、残された人類が人類の未来を築いていく)
梓(10年、100年、1000年後、……人類史上初の対人外闘争としてこの大戦は語り継がれていき、人々の胸には勝利の矜持が宿り続けるだろう。それが歴史というものだ。
結果が重視され、過程を勝者の言い様に描き、真偽の不確かな原因と結びつける。そんなだから人の愚かさはこの世界から淘汰されない)
冒険の書「……パラ……パラ……」
澪「…………………………………」
梓(物憂げに澪先輩は冒険の記録のページを手繰っていく。王様から与えられて以来喜怒哀楽を共にした書物は土色に朽ち始めていた)
梓(そのような記録を辿らずとも瞼を閉じればその闇に、私はこの数年の軌跡を昨日のように思い巡らすことができる。澪先輩も同じだろう。律先輩も、ムギ先輩も。
私たちは単なるバンドメンバーの集まりではなく、ここ始まりの国を出発する前から今日まで共に一つの思いを掲げ死闘を乗り切った間柄なのだから)
梓(闇を濃厚な記憶が幾つものシャボン玉の流れを形作り横切っていく。大小様々なシャボン玉は美しいが触れてしまえばいとも容易に割れてしまいそうに儚げだ。表面は七彩が形を変え続け、映像が再生されている)
梓(大学生に成りたての頃、頻発した殺人事件や失踪事件の犯人がUMAであるとマスメディアが騒ぎ立てた。新聞やテレビが頻りにUMAの想像図をとっかえひっかえしていることを面白がり、私の周囲でもオリジナルUMAを描くブームが到来していた。
私自身はゴシップネタに興味が無く冷めた目をしていた)
梓(世界が異常を来していることを理解したのはそれからすぐだ。同級生の何人かが超能力に目覚めたと触れ回り、澪先輩も指先から蝋燭の火程度の焔を点火して響く周囲の目に負けて失神した。
カラクリがあるのなら手品だろうけど、澪先輩がそのようなわるふざけをする人でないことは明白だ。超能力の存在を信じるほかなかった)
梓(そのころに唯先輩と憂の失踪を知らされた。二人の両親が彼女等を三ヶ月も自宅に放置していたことにも驚いたが失踪のニュースは私たち軽音部を脱力させた。依然として私たちは彼女等と仲直りできていなかったからだ)
梓(つけくわえると、彼女等と最後に連絡を取った澪先輩が言うには、依然として彼女等は私を恨んでいる、のみならず軽音部全員を信用しておらず世界への恨み辛みを叫んで携帯電話を壊したらしい。日付は私が唯先輩に赦しを乞いてから一月後。
以来彼女等とは音信不通だったが、まさか世間を騒がせている失踪事件の被害者に加わるとは思いもよらなかった)
梓(私の中を流れる時間は彼女等の失踪を機に速く流れていった。ある厄日にUMAの正体とされる異形の集団が世界同時多発テロを仕掛けた。
加えて異形の集団の正体について宗教的対立が勃発し、異形を信仰する新興宗教までもが出現するという混沌を極め、世界が宗教戦争に明け暮れた。さらには混乱に乗じ利己的野心を発揮した人々が村や町を襲い暴虐の限りを尽くしたともラジオで聴いたことがあった)
梓(テロや戦争失踪事件も合わせると世界人口は10億人にまで減少、世界の趨勢に呑まれ統治のままならない国家は解体され、中央集権制の国家は地方分権を進めていった。こうして同胞と認めた者同士が手を取り合い、世界の至る所に新興国家が建国されていった)
梓(絶え間なく変動していく環境で離れ離れになるまいと、私たちバンドメンバーは懸命に適応していった。終末を迎える前触れのようなこの世界での過ごし方を模索していった。発現した超能力を各々に磨いて武器に用いときに他人のために用いた。
ただ唯一超能力を持たなかった私はどうしたって先輩方の足手まといになることが多かった。それでも先輩方は私を蔑むことなく、和やかに私に接してくれました。時代が変遷しても軽音部の空気は不易のものだった)
梓(そんな状況に一石が投じられた。神の啓示とやらで私は無能力の弱者から世界の救世主へと変貌したのだ。『異形の化け物は魔族と呼ばれる魔界の生物であり人間界を巣食おうとしている。
魔族を統べる魔王を打ち滅ぼせば世界を救済できる。しかし魔王を打ち滅ぼす力を持つのは勇者、貴女しかいないのです』これはお偉いさんの口から紡がれた言葉だ。無能力者で優れた体術を持ち合わせない私には荷が重かった)
梓(使命を受け入れきれない私は一晩悩み寝落ちした。その晩で夢を見た。夢の中で私は簡素な戦闘服を纏い立派な剣を左腰に携えていた。なんとはなしに、遥か遠方に見える地平線へ腕を突き出すと五指の先からギターの弦が生えてきた。
驚愕して思わず尻餅をつくと弦は引っ込んでしまった。己の掌をまじまじと眺め、もう一度念じると五指から生えた弦が額に刺さった)
梓(額の痛みに悶絶していると固いものが背中に当たった。何の変哲もない、私のムッタンだ。懐かしい私の分身は埃を被り弦が古ぼけて今にも切れそうだった。
『ごめんなさい……』口から謝罪の言葉が零れ落ちた。指から生えた弦で張り替えてあげた。埃まみれのボディに新品の弦の光沢がよく映えている。戦闘服が汚れるのもかまわず、ムスタングを抱きしめた)
梓(そこで視界が輝き白く塗り潰されていった。まぶしい中目を開けると朝陽が割れた窓から差し込んでいた。夢の内容を思い返す。もしかしたらと上体を起こし、指先が天井を向くよう掌を開き念じるとやはり五指から弦が生えた。
直後に玄関のドアがノックされ開くと、先輩方の姿が揃っていた)
梓(連なっていたシャボン玉が忽然と連鎖破裂を起こした。冒険の末路を知ってしまっては思い出すのが辛い……。これ以上は私の心が自身の呵責に呑まれてしまう)
律「見てみなよ……魔界への入口が崩壊していく……」
紬「本当に何も残さないのね……」
梓(魔界への扉はここ始まりの国に数年前から存在していた。記録に残されていないがたしかなのは、私の冒険が始まる頃には一般人に存在が知られていたことか。しかし注目されることはなかった)
梓(石作りの扉状に石像が鎮座しているだけだった。海食崖に寄り添う形で佇む石像に近づくのは興味本位子供や浮浪者くらいだった。私たちも冒険の始めにこの国を一周りするときぐらいしか寄ったことがなかった)
梓(その石像がああして魔界扉の役割を終えて朽ち果てていく。ある意味であの扉もまた長い冒険を象徴する証だった)
梓(石像には円状の凹みが6つほど掘られていた。逆正五角形を形作る5つの凹みと、その中の下端の凹みと接する凹みが一つ。地球上にはそれぞれの凹みに対応する紋章の刻まれた石板が散らばっていたが、今崩壊しかかっている魔界扉には全ての紋章が揃っている)
梓(雫の紋章、ヒトガタの紋章、悲劇の紋章、泡沫の紋章、絆の紋章、そして雫の紋章の傍には堕天使の紋章。いずれも魔族が管理していたものだった)
澪「…………グスッ………………」
冒険の書「………………パサッ……」
梓(冒険の記録を読み返す澪先輩の目には涙が溜まっていた。土で汚れたページを横目に覗けば、紙面上には使命感に煌めいていた頃の私たちがいた。冒険の終わりを目指して勇み続けていく)
梓(そうだ……物語を終わらせないといけない。この人類に刻まれた歴史は都合の良い解釈のものだ)
梓「先輩、冒険の書を完結させましょう」
澪「うん……………………」
梓(本当の歴史はこの冒険の書であり歴史書だ……。それがあの二人への贖罪になると信じる)
梓(そうとでも自分に言い聞かせないと自分が壊れてしまいそうだから…………)
憂『へ~?その眼はやっと魔王の正体に気づいたってことだよね?遅っ!』
憂『アッハハハハハハハハハハハ!!ばっかみたい!!ていうか馬鹿っ!!!!ハハハハッハハハ!!!!ばーかばーか!!ハハハハハハハハハ!!ハーーーーーハハハハハハハッ!!!!!!ハハハハハ!!
ヒャハハハハハッ!!!!!!!ばか!ばか!ばか!ハハハハハハハハ!!!ばーーーーーーーーーーか!!!!!ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーか!!!!!!ハハハハハッ!!!!!』
憂『バッカみたい!さっきまでお姉ちゃんと戦ってたくせに、側近がお姉ちゃんだってことにも気づけないなんて!アハハハハ!!!』
紬『そんな……!?』
律『憂ちゃん……唯……』
梓『憂……ごめんなさい。悪いのは私だけだから!私にだけ傷付けて!こんなこと、もうやめよう?拉致した人々を解放してよ?ねえ……』
唯『あず…………ッ』
憂『なにそれ?私たちの幸せな日々を歪ませておいて今更謝罪!?あんたが裏切らなきゃ私たちは誰にも迷惑かけずひっそりと生きていけたのにっ!!遅いよ!遅すぎるよ!』
澪『違うんだよ憂ちゃん!梓は脅』
憂『おそい!!!おそい!!!ああああああああああああああああああああああああああ!!!!遅い!!!!どの面下げて私たちの前に現れたのよ!!』
憂『……遅すぎたんだよ』
律「あずさっ!!」
梓「ハッ…………」
紬「平気?目をつむったまま固まっちゃってたの。ムリなら私が代筆しても……」
梓「いえ…私にやらせてください……」
律「あっ……冒険の記録が終わる前に魔界の入り口が瓦礫になっちまったよ……」
澪「うぅ……………………」
梓(筆が止まっていた。回想に浸りすぎていた)
梓(冒険の書が最後に更新されたのは魔界扉へ踏み入る前の日だった。この場で記す内容は魔界へ侵入してから世界の救済、そして始まりの国への帰還までとしよう……)
梓(そうだ、冒険を終えての総括も記そう。後世に残す書物にするなら私たちの願いを聞いてもらいたい。こんな冒険が人類の武勇伝として語り継がれることには納得できない)
梓(気分は眼下の海原とは裏腹にちっとも晴れない。宙を飛び交うカモメの群れが心任せに海岸に降り立っていく。町から楽しそうな祭囃子の音がここ展望台にまで響く。ああ平和とは何なのだろう)
梓「みなさん、一つ相談があります」
律「お、おう?」
紬「なにかしら?」にこっ
澪「…………………………」
梓「この冒険の書は今日まで私たちの目で見てきたことを書き残してきました」
梓「しかしここで今、事実を一つだけ捻じ曲げようと思います。死闘の末『魔王は討伐された』と。よろしいですね?」
律「それって……」
紬「なるほどね……」
澪「そうしてくれ…………」
梓「はいっ」
梓(平和とは何か。脅威となる存在が排除された平穏、と愚かな人類は定義するらしい。ならば私たちの記した虚構もまた平和に必要だ)
梓(事実を知るのは私たちだけ。『魔王討伐』の証に魔界と魔族の消滅を示せば人類は納得するはず。これ以上この大戦について追究することはないでしょう)
梓(人類は己の矜持を保てればどんな物語でも構わないんだから)
梓(ああ人類はなんて愚かだろう。己の理解できないものを虐げ排除することに悦楽を得る残虐さよ。思い返せばいつだって人間は自分が一番可愛かった。自分が虐げられるくらいなら、と仲間を差し出す非情さを誰もが持っていた。
異性愛者も同性愛者も同朋じゃないか。何故異性愛者は同性愛者に手を差し伸べようとしなかった)
梓(その報いがこの世界の異変だった。一時の反道徳的快楽が不幸を呼び寄せるのだ。世界の真理だ。それなのに私は人類が幸福を取り戻すことに躍起になってしまった。
憂や唯先輩が与えてくれた正当な裁きを私という罪人が薙ぎ払ってしまい、世界の真理が真理たりえないものとなった)
梓(人類に己が悪業への報いを与えたい。世界の真理を成すためにその身を捧げた彼女等の意志を受け継いで私が……。そのためにも私は冒険の書を完結させ真実を世に広めるんだ。人類に己が過ちに気づいてもらうんだ……)
梓(それとも、ほかにあるのですカ?人類ニ悲シミノ雨ヲ降ラス方法ガ……)
――数時間前、魔王城にて
憂『――やさしかったんだね、あずさちゃんって。じぶんをずーっと、ずーっとうらんできた相手なのにやさしくてしてくれて……ぷっ、ふふふ……』
梓『笑わないでよ……』
憂『ごめんね……あのときのじぶんがバカらしくおもえちゃって』
憂『うぐっ……ゲホッ、ゲホッ……』
梓『一緒に帰ろう?憂たちの生存は世界の人には黙っておくから!』
憂『んーん。それはむり』
梓『ムリじゃない!!』
憂『もう身体も魔力も限界なんだ……。魔族の人はね……存在するだけで魔力を消費する。魔力が空になったら…その身は蒸発してしまうの……』
梓『じゃ、じゃあ魔力を補給すれば……!』
憂『あはは……魔力の根源って人間は知らないのかあ……カハッ…アッ…!』
梓『……もしかして、人の生命……?』
憂『んーん……。それはね、人への憎悪なの』
澪・紬『えっ……』
梓『憎悪……?』
憂『正確に言うと異性愛者への復讐心…グフッ……はぁ…!』
梓『ご、ごめん!苦しいよね……治療する方法を探そう!』
憂『無いよ……。魔族の人が人間を襲う理由は復讐心を持ち続けなければならないから…。それ以外の方法で魔力を補充することはどうしてもできないの…。私もお姉ちゃんも例外じゃない……。人間を襲うことで復讐心を燃やし続けないと、魔力枯渇を起こして蒸発してしまう』
梓『そんな…………なら私を恨んで!!憂たちに死なれたら私……私……うぅ……』
憂『こんなことをいまさら言うのはおかしいけどもう……誰かを恨みたくないの………疲れちゃった』
梓『っ…………!』
紬『…………魔族にお祈りを捧げてもいいのかしら…』
梓『ムギせんぱいっ……不謹慎です!』
憂『つむぎさんもやさしいですね…。おねがいします……』
梓『どうして諦めるのよぉ……!!』
律『梓!』ギュッ
梓『やだあ…!やっと再会できたのに!やっと謝罪できたのに…!やっと…仲直りできたの…に!!どうして死に別れなきゃいけないのよおおおおおおおおおおおおおおお』
憂『……人の行いには、報いが返ってくるもの……善行も…悪行も……』
澪『……憂ちゃん。一つ確認したい。存在するだけで魔力を消費するということは、時が進まなければ消費を抑えられるのか?』
憂『…もちろんです。時が止まれば、抑えるもなにも…消費しませんから。しかしそれがいったい…』
澪『ありがとう。そういうことならいける…か』
梓『憂たちを救えるんですか!?』
澪『……梓の望むような形にはならないけど』
梓『…それってどういうことですか』
憂『…聞かせてください……といっても魔力量的にあまり時間が無いようなので手短に……』
澪『憂ちゃんたちを時の座標が一定の異次元空間に封印する。空間内で魔力を使わない限り魔力枯渇を引き起こすことはないよ……』
梓『封印って……それじゃあ二人が世界から追放されるみたいじゃないですか!そんなのイヤです……』
澪『でももうこれぐらいしか憂ちゃんたちを生かす手段が……!』
憂『…生きるのもいい……かなあ…』
梓『憂…………でももう会えなくなるんだよ…』
憂『うん…。でも生きてればみんなの顔を思い出せるから。……ふふっ…魔王現役時代はあんなに憎かった…のに、梓ちゃんのあんな顔やこんな顔も今じゃ愛しい…』
梓『どんな顔よぉ…………』
憂『でも…っ』ぐいっ
梓『わっ…ひゃっ!?』
憂『こうやって梓ちゃんの顔を引き寄せれ…ば、梓ちゃんの顔を間近で見れる…。ああ…数年前の梓ちゃんの面影がある…目、鼻、口、……』
梓『う…憂こそ昔と変わってないところあるよ?目も鼻も口も…手の温もりも』
憂『……ねえ、一度だけ抱きしめていい、かな……?』
梓『この距離で言うこと?』
憂『それもそっか…』ギュッ
梓『あっ…………温かい』ギュッ
憂『…うん……』
憂『お姉ちゃんよりは体温低いね』
梓『あっ、やっぱり?』
憂『だから…温めてあげるね♪』頬スリスリ
梓『んあぁぅああぅ……』
唯『わたしもハグする~!』ギュッ
梓『グエッ!!』
律『あっ起きた』
唯『あっずにゃん分あずにゃんぶ~ん♪どうしてこんなに愛しいんだ~い♪』頬スリスリ
憂『あっ、梓ちゃんの体温上がってきた…』頬スリスリ
梓『ひゃたぁひみゃえへひょ……!!///』
紬『あらあらあらあらあらあら』
律『変わんないなーおまえら……』
澪『準備終わったよ……ぜんぜん元気そうじゃん二人とも』
一時だけの和やかな時間が六人の空間を過ぎていった。数年ぶりに集結した放課後ティータイムは教室から魔王城に代わろうと、紅茶やお菓子がなかろうと放課後でした。
唯先輩が憂のギターとギー太で結婚ごっこをし始め、途中ムッタンを貸したら三角関係の修羅場ごっこを繰り広げられたので全員が大笑いしました。
私たちはこれからの行動を打ち合わせました。憂が異次元へ封印されてしまえば魔界は存在を維持できず崩壊しまうらしい。事が済んだら私たちはすぐに魔界を脱出しなければならないのでした。
自分たちの残酷な運命を前提としているにも関わらず、二人が旅行の計画でも練っているかのように明るかった。胸が痛んだ。
打ち合わせを終え、みんなで永別の挨拶を交わした。唯先輩と憂を四人は交代で抱きしめた。さようならと。私の場合は再び平沢サンドに挟まれるはめになったが、暑苦しさの中に人の愛しさを見出した。
彼女等は二度と目覚めの朝を迎えることはない、だけれど二度と悲哀と復讐の明日に怯えることもない。
澪先輩が異次元へのゲートを開いた。この魔法を発動するのに相当の魔力を消費するらしくムギ先輩の協力が不可欠だった。二人の顔には疲労の色が見え、汗と涙でくしゃくしゃだった。
憂がゲートの開門を確認すると掌を天へ掲げた。すると四方八方から青白いエネルギーの塊が飛んできて、彼女の掌の真上にエネルギーの小球を作り上げていった。あれが、魔族の命の灯火……か。なんて美しい輝きを放っているんだろう。そして……なんて儚いのだろう。
魔界中の魔族も人間界の魔族も分け隔てなく、憂は彼等を連れ添っていく。唯一、自身の姉だけは生身のまま連れていくようだ。
魔族の姉妹が別れの言葉を告げた。四人の中で律先輩だけは声を張って返事をした。澪先輩とムギ先輩はすすり泣いた。最後の最後で私は彼女等に何をしてあげれば良いかわからず、言葉を選んでいられなかった。
梓『うい!!今日ね、あなたのお誕生日だったの!!おめでとう!!』
憂『…………魔界にいたから知らなかったや』
憂『ありがとう……ほんとうにありがとう!!!』
こうして二人の平沢は二つのギターを携え異次元ゲートの向こうへ旅立っていった。
茫然と佇んでいるとゲートの閉まる寸前、澪先輩が慟哭を上げながらゲートへ駆け出した。静止の声を上げる律先輩とムギ先輩の劈く悲鳴が響き渡る。その様子をただ眺めているだけだった。
澪先輩は残酷な運命を提案した本人だけれど、その気持ちには本当の気遣いがあったのか……、と無気力の中に僅かな安心が在った。
ところが、まもなくゲートを越えようとする澪先輩が弾かれて倒れた。直後魔力の残滓を捉えた。尻餅をつく澪先輩に律先輩が飛び掛かる。愛のある罵倒が慟哭の中に飛び交う中、ゲートは閉じて消えていった。
二人に飛び掛かるムギ先輩を視界の端に捉えた。三人の声がこの広い空間に響き渡った。一方で私の視線は先程までゲートの存在していた場所を向いていた。ありがとうございます……。
全てが終わったことに全身の力が抜ける。冒険の始まりは希望の光陰が差し込んでいたのに、どうして絶望に満ちた終わりを迎えてしまったのか。どうしたら私たちはハッピーエンドに終わっていたのでしょうか。
これから訪れる平和な世界から爪弾きにされたような錯覚に陥る。『勇者の役目は終わった。もう用は無い』と言われているようだった。
手が首元を優しく撫でる。そこにはキスの跡が刻まれていた。先程の平沢サンドの際に口づけされたのだろう。二人の生きた証は此処に遺っている……よ。だから泣いてはいけないんだ…………。
そうだ…国に帰ったら二人の曲を作ろう…。二人の温もりにふれた最期のときを思い出せるような、やさしい曲を…。
どんなフレーズにしようか…。あっ…学校をイメージしようかな……唯先輩も憂も卒業式を迎えなかったっけ……私たちが代わりに卒業式を挙げてあげようかな……?
卒業して…世界へ羽ばたく鳥たち……そんな二人にしてあげたい……。『力が欲しいか』どこからかそんな声が聞こえた気がした……インスピレーションが足りない…。またあとで考えよう。まずは崩壊を始めた魔界から脱出しなきゃ……。
さようなら
平沢唯、
平沢憂。世界があなたたちへの憎しみを歴史に刻もうと、わたしたちは願います。あなたたちが永劫結ばれていることを――。
おしまい!
最終更新:2014年02月25日 08:27