いつの間にか、好きになってた。
この気持ちって
いつまでも忘れられないものなんだろうか。
今でもよく、わからない。
1. 5月上旬
澪「おはよー聡、律起きてるか?」
聡「あ、...澪ねぇ。はよ」
聡「......ねえちゃん、まだ降りてきてないの?」
澪「うん、まだ」
聡「たくっ......まだ寝てんのか。起こしてくる」
澪「ごめんな、聡。よろしく」
聡「う、うん」
ねえちゃんの親友は、ねえちゃんのことをとても大切に思っているらしい。
どんな時でも朝は必ず家まで迎えにくる。
聡「おい、ねえちゃん、ねえちゃんってば!! 澪ねぇもう来たぞ!! 起きろよ!!」ドンドン
聡「ねえちゃ」ドンド
ガチャ
律「だぁー! そんなに怒鳴らなくても起きてるっつーの!」
聡「......起きてるなら返事くらいしろよ、澪ねぇ待ってるじゃん!!」
律「はいはい、わかったわかった。みおー、遅くなってごめーん」ドタドタドタ
律「へへっ、はよっ!」
澪「おはよ。たく。毎朝待たされる側にもなってみろよ」
律「悪い悪い」
澪「ごめんな、聡。律がこんなで」
聡「いや......うん......いいよ、別に」
聡(......なんで澪ねぇが謝るんだよ)
律「さっ、学校いこーぜ、みおー」グイッ
澪「ちょっ!? いきなり引っ張るなよ、律!?」
聡「ははは......あ、澪ねぇ」
澪「ん?」
聡「い、いってらっしゃい」
澪「うん、いってきます、聡」
律「みおー、何してんだよー」
澪「あぁ、今行く!!」タッ
聡「...... あ」
バタン
聡「......」
澪ねぇに毎朝会えるの、すげぇ嬉しい。
ちょっとまだ眠そうな澪ねぇが、俺の家の玄関で制服で待ってるのを見るの、
すげぇ嬉しい。
でも、それは
聡「俺のために来てるってわけじゃないもんなぁ......」ハァ
姉に対して嫉妬するだなんて、わっけわかんねーな、俺......。
聡「俺が澪ねぇと同い年なら良かったのに」
誰にも言えない愚痴、
言ってもどうにもならない事実が
また胸を締め付ける。
聡「俺も学校いこ......」
潰れた踵を直しもしないで靴に足を突っ込み、玄関を開けると、
中学2年目の5月晴れがやけに眩しく見えた。
2.修学旅行
コンコン
お、おいだれかきたって
えっまじ? だれだろ、はやくふくきて ガサゴソ
はやくくったって......よ、よし。いいぞ ガサゴソ
律「どうぞー!」
ガチャ
聡「居たならさっさと返事してくれよ。 てっきりねえちゃんいないのかと思ってた」
律「お、おう......なんだ、聡かよ」
聡「なんだとはなんだよ。 約束してたデジカメ貸して 」
律「デジカメかっ...ちょっと待ってな」
聡「うん」
澪「おっ、おー......さ、聡、お邪魔してるよ」
聡「あ、......澪ねぇ。来てたんだ」ドキッ
澪「う、うん。ちょっと前に。デジカメなんてどうしたんだ? どっか、行くのか?」
律「あー、あれだよ、澪。聡、明日っから修学旅行なんだってさ。 あれー? デジカメ、どこやったっけか......」ガサゴソ
澪「修学旅行?」
律「あぁ、私らもこの時期に行ったろ? 中学ん時」
澪「そう、だったっけ」
律「覚えてないのかよ、澪。 澪ちゅわんってば風呂場にパンツ忘れて」
澪「ッだーーーーー!?!?!? 思い出した、思い出した思い出した!!! それ蒸し返されるのが嫌だから知らないフリしたんだよ!!! もう何も言うな!!!!」
聡「あ、はは......はは......」
聡(みっ、澪ねぇのパンツ...///)カァァ
律「あー、聡。お前今澪のパンツ、想像しただろっ」ニヤニヤ
聡「んなっ!?/// そ、想像なんてするわけねーだろっ!? ばっかじゃねーの、ねえちゃん!?!?」
律「ムキになるなよw ウソっぽくなるぞw ちなみにクマなwww」
聡「ムキになんかなってねーよ!?(く、クマ!?)」
澪「あは、あはははははは.../// ......律、あとで覚えてろよ?」
聡(!? み、澪ねぇ顔真っ赤じゃねぇか!!!)
律「えっ、や、やだなーもー澪ったらこわーい。ホンのジョークだよ、ジョーク!!!」
聡(か、......かわいい///)
澪「ほ、ほら、さ、聡。別にいいじゃないか、パパパパパパパパンッのことは......///」
聡(ちょーテンパってる澪ねぇかわいい......///)
聡(じゃなくて!! 澪ねぇまで俺が想像したと思ってるじゃねーかよ!? 想像したけど!!!!)
聡(くそくそくそ、せっかく澪ねぇと話できるチャンスだったのに。 変に場をこじらせやがって......!!!)
律「ん? あ、あったあった」
聡「ねえちゃんのばかやろーっ!!!」
ドアガチャバターン
律「これデジカメ......えっ、なになに? いきなりどったのよ、聡のやつ」
澪「どうしたじゃないだろ、このバカッ!!!///」
ゴチン
律「あいたっ!?」
澪「あと、家に人がいる時はしないって言ったのに......ほんっとにもう」
律「そ、それはほら......澪がかわいいのが悪いんだろー」
澪「か、かわいいとか......い、いきなり言うなよ///!?!?」
律「照れちゃってもー、ほんとーにかわいいなぁ澪は」
澪「だからやめろってば......んっ」
---
(-修学旅行-}
友1「うぇーいwww 田井中、写真とろーぜ、写真www」ピ-スビ-ス
聡「いいぜーwww俺デジカメ持ってきてるからwww」ガサガサ
友2「ちょwww 聡www 早く撮れよwww このポーズくっそはずいんだからな」ピ-スビ-ス
聡「ちょっと待てってwww これ姉ちゃんのだから操作がwww」ポチポチ
聡「あっ」
友3「ん、どしたん? ちょーし悪いなら俺ので撮ろうか?」
聡「い、......いや、だ、大丈夫!!! 撮るぞー!はい、チーズ」
間違えた操作をしたらねえちゃんのデジカメの中に保存されてた写真を見てしまった。
後で気になって、ちょっと......確認してみたら、
そのほとんどに澪ねぇが映っていて。
というか、デジカメの中はねえちゃんと澪ねぇのツーショット写真ばっかりだった。
本当に、仲いいな。
こんな風な顔をして澪ねぇは笑うことがあるんだなって、知った。
俺の知らない、俺が知ることのできない澪ねぇがそこにいた。
3. 劇の練習
律「た、ただいま......」
聡「......かえり」ピコピコピコ
澪「お邪魔します」
聡「あ、み、澪ねぇ!!! お、おかえり.../...//」
澪「おじゃましてるよ、聡」
聡「......う、うん/// 今日はどうしたの?」ピコピコ
澪「ちょっと劇の練習を律としようかなって思ってな」
律「......ったく、なんで私が」ブツブツブツ
聡「劇って? 何の劇するの?」ピコピコ
律「......」
律「ロミオと......ジュリエット......」
聡「へぇー。 ジュリエットは澪ねぇ?( 澪ねぇならすっごい似合うだろうな)」グビッ
澪「いや、私じゃなくて......」チラッ
律「私だ」
聡「ブゥーーー!!!」
聡「ねえちゃんがwww ジュリエットwww」
律「わ、笑うなーー!?!? 私だって納得してないんだからなぁあああ!?!?」
聡「ぐぇっ!?!? ねえちゃん、く、苦しい!!! しまってるしまってる!?!?!?」
澪「はは......まぁ、練習するぞ、律」
律「へいへい......、聡、部屋覗くなよ」ビシィ
聡「の、覗かねぇよ......ケホケホ」
---
聡「......」ピコピコピコ
/ドタンドタン\
聡「......」ピピコキュィィィ-ン
/ドタン\
聡「なんか上がうるせぇなぁ......ロミオとジュリエットってそんなに激しい劇なのか?」ピキキキュュ---
聡「あ、くそ、や、やられる......あっ!?」
デデ-ン
聡「あーっ!?!? もう少しだったのに......!?!? 楽勝かと思ってボス前でセーブしてねぇよ!?!?」
聡「......はぁ」
聡(家に澪ねぇがいるってなるとちょーし狂うな......)
聡「......ジュースでも持ってってやるかぁ」ヨイショ
聡「い、いいよな」
聡「べ、別に澪ねぇの顔が見たいとか喋りたいとかそんなんじゃねぇし!!!」ウンウン
聡「ジュ、ジュース差し入れてくるだけだし!!!」ウンウン
聡「やましさなんてなんにもねぇーっての!!!」ウンウン
---
聡「おっとっと......」カチャカチャ
聡「ねえちゃ...」
ちょっと...り、りつ、......んっ...んんっ...やだって......やだってば......あっ......
聡「......えっ」
聡「い、今のは......澪ねぇの声?」
聡「......」
なんだよ、いやがってるのにべっちゃべちゃじゃんかよ、みお
聡「......こ、これってまさか」
俺は音を立てないようにしてジュースとコップの乗ったお盆を廊下の床の、邪魔にならない位置に置いた。
そして、息を殺してその場で中腰になって、ねえちゃんの部屋のドアノブを、左手と右手で音を立てないようにしてゆっくりゆっくりと回した。
両手で回したのは、そうしないと手の震えでドアノブを回す加減が狂いそうだったからだ。
覗くな、って俺の中で警報が鳴ってた。
覗かなくても気づいてるだろ、中で何が起こってるか、って誰かが囁いた。
首元で脈を打ってるのがわかるくらいに心臓が拍動して、手が汗ばんでいた。
中を覗くのには、ほんの少しの隙間でよかった。
神経を集中させてドアを開ける。
隙間から漏れ出た部屋の明かりが数センチ分、俺に降り注ぐ。
右目でその隙間から中の様子を覗いた。息をのんだ。
聡(......ウ、ウソだ......そんな、ウソだろ......?)
目を見張るってのは自然と起こるものなんだ、と思い知らされた。
信じたくない現実、
目を背けたくなる事実に、
それでも俺の目は釘付けになる。
澪ねぇがねえちゃんとヤってた。
これ以外にその状況を表せる言葉はないほど、それは明らかに。
ドアを開けた分、より鮮明に澪ねぇの感じてる声が聞こえて、
自分の耳と頬が熱くなるのを自覚した。
普段の澪ねぇの、あの落ち着きはらった声とは全く違ってて、それは甲高くてとっても甘ったるく俺の耳に届いてくる。
力を抜いてしまったら上歯と下歯がカチカチと音を鳴らしそうで、
だから、ものすごい力で奥歯を噛み締めた。
まるで、AVみたいだった。
気持ち良さそうに悶える澪ねぇの反応に嬉しそうにしている、
ねえちゃんの話し声が聞こえる。
さ、っさとしが...きたらどうするんだよ......あっあっ......
だいじょうだって、あいつしたでげーむにむちゅーになってたし、さ、だからもうすこしこえだしてきかせてよ
一瞬にして口の中がカラッカラになって、唾が粘り出した。
唾を飲み込もうとしても口の中に唾が見当たらずうまくいかない。
むしろ喉の粘膜同士が互いに張り付いてしまうようで、むせ返りそうになった。
俺はここにいちゃいけない。ここにはいられない。
身体中の血管がジンジンと痛む。
澪ねぇの声が若干大きくなった気がした。
聡(.........)
俺は再びゆっくりとドアを閉めた。大丈夫だ、気づかれてはいないはずだ。落ち着け俺。大丈夫。ねえちゃんは気づいてない。 澪ねぇも夢中にヤってた。大丈夫だ。
大丈夫だ。......大丈夫だ。
ゆっくりとドアノブを回して元の位置まで戻した。
両手はさっきよりも震えがひどくなっていた。
もう手を離してもいいはずなのに、まるで瞬間接着剤でくっついてしまってドアノブの一部と化したように、なかなか手をノブから離すことができない。
ようやくノブから手を離すと、手は汗でびっしょりだった。
その汗の感じがとても不快に思えて、急いで自分のズボンで汗を拭いた。
床に置いたお盆を持って再び立ち上がった時、俺は自分がいつにも増して勃起していることに気がついて、とても惨めな気持ちになった。
動くと、パンツに先っちょが擦れて痛い。
でも、ここに俺はいてはいけないから。
痛みを我慢しながら、痛みが最小限になるように、俺は注意して下に続く階段を降りていった。
居間のテーブルの上にお盆を置く。
時計をみると、まだ10分くらいしか経っていなかった。
さっきまで座って居た場所と同じ場所に腰を下ろした。
トレーナーの袖で額の汗を拭う。
トレーナーを見ると汗が染み込んで、その部分だけ色が濃くなっていた。
減っていないジュースのペットボトル、
使っていない2つのコップ、
テレビの前に置かれたゲーム機とコントローラー。
飲みかけの炭酸飲料水。
何も変わっていない。
ほんの10分前と何も変わっていない。
なのに、俺は、
もう、10分前の俺とは全くかけ離れてしまっていた。
それを象徴するかのように、まだ、勃起は収まらなくてズキズキと脈を打っていてズボンがとても苦しい。
力一杯食いしばっていたせいで、歯茎がじんわりと変な感じになってる。
頭に血が上ってるのか、座っているのにフラフラとした目眩を感じる。
さっきの光景は一体なんだ?
澪ねぇは、ねえちゃんと一体、一体何をしていた?
2人は劇の練習をしていたんじゃなかったのか?
聡「どうして澪ねぇがねえちゃんと......」
そこまで口に出して、先を言うのをためらった。
ためらう?
何でだ?
あんなにはっきりとこの目で見てしまったじゃないか。
あんなにはっきりとこの耳で聞いたじゃないか。
俺はなにを認めたくないんだ?
澪ねぇがねえちゃんとヤってたことか?
いや、違う。
俺は、......そうだ。
俺は、
怪我されて、
叶わなくなったことを
認めたくないんだ。
わかってしまったんだ。
澪ねぇの恋愛感情が一切俺に向いていないこと。
胸の奥がホコリッぽくなって、苦しくなった。
両手を胸の中に入れて、内側から掻きむしりたくなる衝動に駆られる。
あれを見て、気持ち悪さはわかなかった。
だって、俺、勃起したんだ。
勃ったんだ。
そしてまだ勃ってるんだ。
気持ち悪いって思ったなら、萎えてるだろ、フツー。
ん? フツーってなんだ?
フツーってなんだっけ?
なんかもう......わけわかんねぇよ。
女と女がヤってて、
片方が自分の初恋の相手で、
気持ち良さそうにヨガってて、
それに興奮して。
こんなもん、わけがわかってたまるか。
たまるかよ。
俺は消しても消しても浮かんでくるさっきの光景と澪ねぇの声に、
股間に伸びる手を必死にとどめて、
簡単にこの痛みを快楽に変えることを否定した。
そして、これからも澪ねぇと今まで通り接するためにはどうしたらいいのかを考えている。
簡単に、好きって気持ちは消えないんだ。
あの気持ち良さそうな声を聞いても、
知らなかった澪ねぇの下品な一面を見ても、
まだ好きなんだ。
好きなままなんだ、澪ねぇが。
自分でもバカらしくなるくらい思ってしまうんだ、
どうして、
澪ねぇの好きなやつが俺じゃないんだろうって。
飲みかけの炭酸をグイッと飲み干す。
炭酸はもう気が抜けてしまっていて、あまり旨くはなかった。
了
最終更新:2014年03月02日 08:30