まき「大体ねー……私ばかりがねー……そんな不幸に……」

まき「……すぅー……」

三花「あれ、おやすみかな?」

とし美「ちょっと寝かしてくるよ。三花、そっち持って」

三花「ん」

アカネ「あ、私も手伝うよ」

とし美「いいっていいって。二人はそのままここで待ってて」

三花「そういうこと〜。じゃ、行くよ」

アカネ「あ……」

アカネ(……行っちゃった、のはいいんだけど、布団はここにあるんだよ?
 あの子たち、まきをどこに連れて行っちゃったの?)

エリ「……」

アカネ(……ああ、そういうこと。気を遣ってるってわけね。
 いや確かにありがたいんだけど、突然すぎて心の準備が……)

エリ「……銭湯で言ったこと」

アカネ「えっ?」

エリ「今二人きりだから、話すよ?」

アカネ「ああ、うん」

アカネ(心の準備なんて、悠長なこと言ってられないか)

エリ「……」

アカネ(私の心はどんなにざわついてるか。エリは知ってるのかな。
 そして聞いてくれるのかな、私のこの鼓動を……)

エリ「えっと……それじゃ、まずは……」

アカネ(……まず私が伝えたいこと、それは……)


エリ「ほ……本当にごめんなさい!!」


アカネ「えっ……?」

エリ「私、考えが足りなかった。自分の気持ちは、自分の中で解決するものだよね。
 それもキスを使ってなんとかするなんて、許されないことだよね」

エリ「互いがそういう関係を受け容れてるならまだしも、
 そうじゃないときになんて……私最低だった」

アカネ「……」

エリ「しかもそれを冗談で済ますとか……ありえないよね」

アカネ「そ、それは誘導した私も悪かったんだし、謝らないで……」

エリ「アカネに非なんて無いよ」

アカネ「ううん! 私、エリの言ったことが冗談であってほしいって!
 きっと心のどこかで、そう思ってたんだよ。だから誘導なんかしたんだ」

アカネ「……私、怖かったんだ。なにかが変わって、壊れて、元通りにならないことが……」

エリ「へへ……それ私と同じだね」

エリ「アカネと同じ気持ちだったから、簡単に誘導されちゃった」

アカネ「エリ……」

エリ「でももう誘導されない。けじめはしっかりつけるから」

エリ「それに……元通りは無理だけど、私たちの関係は終わるわけじゃない。
 ちょっといびつな形になっても、いつまでも仲良しでいれると思うから」

エリ「って、これ私のセリフじゃないよね。ごめんごめん」

アカネ「ううん。エリの口からそう言ってもらえて嬉しい。
 私も同じ気持ちだよ。どんな形になっても、エリとは仲良しでいたい」

エリ「生きてる限り?」

アカネ「ずっとね」

エリ「……あー、もう!」

エリ「そういうこと簡単に言えちゃうんだよね、アカネは」

アカネ「まっすぐさではエリに負けるよ」

エリ「そんなに私、まっすぐなのかな?」

アカネ「まっすぐだよ」

エリ「アカネはそこまでじゃないってこと?」

アカネ「うーん、そうだね……エリに比べちゃうと」

エリ「そっか……」

アカネ「……あー、ごめん。やっぱ無理。今回ばかりは、私の方がまっすぐでいさせて」

エリ「えっ?」

アカネ「自分の気持ちに確かな答えなんて出せていない。
 だけど、言わせて。私の方からこんなこと言うのもおかしいと思うけど、言わせて」


アカネ「瀧エリさん。私はあなたが好きです」


エリ「は……はいっ!?」

アカネ「……」

エリ「い、いや、なんで……、えっ!?」

アカネ「言ったでしょ。私、怖かったって。
 でもエリは、一度変化したり壊れたりしても仲良しでいてくれるって、言ってくれた」

アカネ「それに、こうもエリは言っていたよね。
 私と同じ気持ちだから、って。私も同じ気持ちなんだよ」

アカネ「……正確にはあの日、あのことを言われてからだけど。
 でも一度意識しだしちゃうと、胸の奥が熱くなって、気持ちが抑えきれないんだ」

アカネ「これは一時の気の迷いみたいなモノなのかな、とも思ったよ。
 それは今でもわからない。……その点もエリと一緒だね」

エリ「アカネ……」

アカネ「それに私とエリがそういう関係になった時には、多くの障害があると思う。
 こんなでエリを巻き込むことが本当にいいのかって、自分でも思う」

アカネ「これから大学に行って新しい人と出会うのに、その出会いの一部……、
 あるいは人生全ての出会いを変化させてしまうことには、大きな責任を感じてるよ」

アカネ「でも少なくとも。私たちの関係はここで終わらないって。そう確信できたの」

アカネ「……だから最後はエリ自身で決めて。エリ自身の言葉で聞かせて。
 エリ自身の気持ちを、私に教えて」


アカネ「私はあなたと正式にお付き合いがしたいです。お願いします」


エリ「……」

エリ(……私の気持ち。そんなことわからない。
 だからこそ、あんなふざけた言葉をぶつけちゃったわけで)

エリ(ああ、でもダメだ。これ以上考えると、またアカネを利用するみたいになっちゃう)

エリ(私はどうしたい? このままアカネと付き合うの?)

エリ(……考え無しに言ったことで、あんなことになったっていうのに。
 今度は考え無しに付き合ってみろってことなの?)

エリ(……)

エリ「……アカネ」

アカネ「はい」

エリ「気持ちはすっごい嬉しい。私も胸が破裂しそうだよ」


エリ「でも今は付き合えない」


アカネ「……そっか」

エリ「やっぱり駄目だよ、これじゃ。考え無しに付き合うなんて。
 言えた口じゃないけど、恋愛に対しては私、真面目でありたいから」

エリ「今回の一件でそう思った」

アカネ「うん」

エリ「ごめんね、私が発端なのに……自分勝手で……」

アカネ「エリは自分勝手じゃないよ」

アカネ「一度目は考え無しだったけど、今度はしっかりとその意味を考えた。
 私は考え無しで付き合ってみてもいいかなと思ったけど、エリがそうじゃなかっただけ」

アカネ「エリがこれ以上責任を感じる必要はないよ」

エリ「アカネ……」

アカネ「……あーあ、ふられちゃったなあ。人生初めての告白だったのに」

エリ「そ、そういうこと目の前で言わないでよ……」

アカネ「ふふ、ごめんごめん。じゃあエリ、二つだけいい?」

エリ「なに?」

アカネ「今後も友達でい続けてくれますか?」

エリ「……当然」

アカネ「それじゃ……もし時間が経っても、
 エリのことを想い続けていたら、その時は……」


アカネ「またあなたを好きだと、言ってもいいですか?」


エリ「……当たり前じゃん。何度でもその気持ち、ぶつけてきてよ。
 その度、私は悩んで悩んで悩んで、その時の答えを出すから」

エリ「それに……、時間が経てば、私の気持ちも変わるかもだし」

アカネ「エリの方から付き合ってくださいって言ってきたり?」

エリ「ど、どうだろうねー……?」

アカネ「その時には私に彼氏が出来てるかもね。もしかしたら彼女かも?」

エリ「うぐっ」

アカネ「……先のことなんか、わからないよ。わかるのは先が“有る”ことだけ」

アカネ「その中で私がどういう風に答えを出したり、変化させたり、壊したりするのか。
 なんだかそれが楽しみで、ちょっとわくわくしてきたかも」

エリ「……そんなこんなで私のことを忘れていくかもしれないよね」

アカネ「エリにしてはネガティブじゃない」

エリ「だって……」

アカネ「大丈夫。こんな可愛いくて、私が大好きになった人のことなんて……」

エリ「アカネ……?」

アカネ「……忘れるわけないから」

エリ「あの、アカネさん……顔が近くないですか……?」

アカネ「今は近づくだけ」

エリ「えっ?」

アカネ「もう一つ段階を進めるのは、エリがそういう答えを出してからだから」

エリ「あ、うん……わかった……」

エリ(……なに残念そうに言ってるんだ、私は)

アカネ「……」

エリ「……」

アカネ「……」

エリ「……」


 「…………」


エリ(いつまで私たちは見つめ合ってるんだろう……)

アカネ「……えり……」

エリ「ん……?」

アカネ「すき……」

エリ「っ!?」

エリ(……もー、だから私はノーって言ったんだよ!?
 アカネってこんな悪女だったっけ!?)

エリ(いや悪女とは違うかもだけど)

エリ(……ん? 扉の磨りガラスに人影が)

エリ「あっ」

アカネ「んっ?」

エリ「ああああああー!!」

アカネ「ど、どうしたのエリ?」

エリ「……扉のところ、見て」

アカネ「扉のところって……」

アカネ「……えっ」

エリ(そう、二人はまきを別室で寝かせにいっただけ。
 家の中から出て行ったわけじゃない)

エリ(そして、しばらく待っていてはくれるかもしれないけど、
 二人だって時間が経てば戻ってくる)

エリ(でも……)

エリ「……盗み聞きはよくないと思うよ三花、とし美!」


三花「げっ、ばれた?」

とし美「だから戻ろうって言ったのに」


アカネ「ど、どこから聞いてたの……?」

とし美「ついさっき戻ってきたところだから、そんなに多くの話は聞いてないよ」

三花「それに扉も閉まったから、声だって聞こえづらいし……」

三花「心配する必要はないよ?」

アカネ「ふーん……」

アカネ「……聞こえづらいってことは、聞こえてたときもあったってことだよね」

三花「うん、まあ……」

アカネ「……うわああああ……もうやだあ……」

三花「そんな恥ずかしいセリフを連呼していたの?」

エリ「人には聞かれたくなかっただろうねえ……」

アカネ「はあああ……最低な気分……今晩は飲ませて……」

とし美「の、飲みすぎないでよ?」

アカネ「うん、わかってる……」

アカネ「……うおおおお、もうヤケじゃあああい!!」

とし美「全然わかってない!!」

三花「図らずも聞いちゃったことは謝るから止めてー!!」

アカネ「誰も止めないで! うわああああん!!」

エリ「あははは……」

エリ(……こりゃ寝るまで収まりそうにないよ。うん、それだったら)

エリ「それなら私もどこまでも付き合っちゃうよ、アカネ!」


 ‐アカネの部屋‐


まき「……う、うーん。あれ」

まき「もう朝?」

まき(なんで私、アカネちゃんの部屋で寝てるんだろう)

まき「……しかも一人だしー」

まき(皆、先に起きちゃったの?)


 ‐リビング‐


まき「こ、これは……」

まき(私以外の皆が布団敷いて寝てる……)

まき「……ひ」

まき「ひどいよ私だけ仲間外れにして! こんなのあんまりだよー!」

アカネ「まき、うるさい」

まき「あれっ、アカネちゃん起きてたの?」

まき「って、これは私も騒がずにいられないよ!
 どうして私だけがアカネちゃんの部屋で寝てたの!」

アカネ「少し飲んだだけで爆睡したのはどこの子だっけ?」

まき「うっ」

アカネ「そういうこと」

まき「……まさか私があそこまで弱いとは思わなかったんだよー」

アカネ「私としてはイメージ通りだったけど」

まき「それで、エリちゃんとは元通り話せるようになったの?」

アカネ「ん……元通りってわけじゃないよ」

まき「えっ?」

アカネ「詳しい話は追々ね。その前に、皆を起こすの手伝ってくれる?」

アカネ「ご飯食べてから、近くの体育館に行こうと思ってるからさ」

まき「おっ、いいねー。前はビーチバレーだったけど、
 今度は正真正銘私たちのバレーをするんだね?」

アカネ「だと思ったんだけど……」

まき「だけど?」

アカネ「エリが突然セパタクローしたいとか言い始めて……」

まき「セパタクロー!?」

アカネ「“足を使ったバレーってことでしょ?”とか気楽そうに言ってたよ」

まき「絶対気楽なスポーツじゃないよ、それ」

アカネ「だよねえ」

まき「……でもどこか乗り気なアカネちゃん」

アカネ「え、そう見える?」

まき「その顔を見たらわかるよー」

まき「だけど良かった。いつものアカネちゃんだ」

アカネ「いつもの私?」

まき「うん! いつものだよ!」

アカネ「……そっか、いつもの私かあ……ふふっ」

まき「ご機嫌だね?」

アカネ「まあね。それじゃ、まきは皆を起こして回って。
 私は朝ご飯用意してるから」

まき「わかったよー。……みんな、起きてー!」


アカネ(学校のある日は、毎日エリとお弁当を食べていた)

アカネ(いま私が作ってる朝ご飯は、そんな毎日の終わりなんだ)


三花「ん〜……あれ、まきがこっちの部屋来てる〜……?」

とし美「そりゃ起きたら周り誰もいないもんね……焦る焦る……」


アカネ(……そう思うと、少しこの朝ご飯が特別に見えてきて)

アカネ(なんだかじんわりきちゃうんだよね……)


まき「ほらほら、しゃきっとして!」

エリ「朝から子供は元気だなあ……」

まき「こらそこ!」


アカネ(……とか一人思ってたけど、ちょっと待って)

アカネ(私って今、エリとの京都旅行を計画しちゃってるよね?
 案外早くそんな毎日が帰ってきちゃうよね?

アカネ(いや正確には毎日ではないけれども、でもさ……)

アカネ(うーん、なんというか、その……)



アカネ「……釈然としない」

エリ「えっ?」



第二十六話「桜高バレー部の解答」‐完‐


 ・

 ・

 ・


 ‐数年後・京都府某所‐


 えっ? なにか言った?。

 ああ、ごめん。ちょっと泣ける話を思い出しててね。聞いてなかった。

 怒らないでよ、謝るってば。ん?
 いや我ながら情けなくて泣ける話。うんそう、全然良い意味じゃないんだよ。

 いいよ話続けて。聞きたいことがあったんでしょ。
 まあ久しぶりに会ったしね、聞きたいことも山ほどあるよねえ。

 えっ、美容師? そりゃもちろんなったよ。
 まだ勉強することが多いけど、もうそれなりに経験はあるよ。今度遊びにおいでよ。
 ちょっとだけ安くしてあげるからさ。心配しないで、坊主にはしないから。

 そっちはどう。大学生活で面白いこととか一杯あるんでしょ。サークルとかさ。

 えー、飲みサーってどうなの?
 あれ、エリは入ってないんだ。まあ飲む友達には困ることなさそうだしね。

 私はね、髪切ってるときに色んな人と話すんだけど、この間びっくりしたことがあったの。

 なんだと思う? 違うよ。もっと身近な人の話題。

 あのね、大学で三花の友達っていう人が来てくれたの。
 その友達の実家が、私の働いてるとこの近くだったみたい。

 話を聞く限り、三花もまるで変わってないんだって。
 不思議だよね、私とかエリは変わってるのに。それとも実際に会ったら違うのかな。
 ほら、人から聞く話だけだと、わからないところあるじゃん?

 いやいやエリも変わったって。私も変わってると思うよ。
 髪型なんか高校の時とは変えてるし。……うん、ありがと。エリも可愛いよ。

 照れないでよー、言ったこっちも恥ずかしいじゃん。
 そういえばさっきからなにか握りしめてるけど、なにそれ?

 昨日神社で買ったって……、昨日から来てるの? 日数が足りない? さすがね。
 それで、なに買ったの? ……あ、可愛いお守りだね。

 ちょっとよく見せてよー。なんでお守り一つでそんな恥ずかしがるのさ。

 じゃあさ、どこで買ったのかだけ教えてよ。……ふーん、野宮神社っていうの。
 計画の中に無いから調べてなかったけど、どんな神社なの?

 ちょ、ちょっと! どうして逃げるの! 待ってってば! ねえエリ、そのお守りはなんなのー!?

 ふう、やっと捕まえた。なんで逃げたりしたの。
 ……なにそれ。まだその時じゃない、って言われても。

 いつがその時なの? いつやるの? そう、今でしょ。
 ごめんごめん、今のはわざと。

 今日中に教えてくれるんだね。うん。それならいいよ。

 ……答え合わせ、待ってるから。


 ≪エリ「我ら桜高バレー部!」≫‐ お し ま い ‐




最終更新:2014年04月06日 15:48