梓「ムギ先輩、聞きたいことがあるんですけど」

紬「なあに、梓ちゃん?」

梓「斉藤家は昔、琴吹家がオーストリアから連れてきて改名させたって、菫が言ってました」

紬「うん、そうよ〜」

梓「それ、もう少し詳しく聞かせてくれませんか?」

紬「長くなるけど、いいかな?」

梓「ええ、是非!」

紬「それは今から100年ほど前…」

梓(そんなに昔…!?)

紬「オーストリア=ハンガリー帝国で起きた、ある事件がきっかけなの…」

……

琴吹家は、当時からフィンランドを拠点としてビジネスを行っていたの。
その当時の当主の娘、シルキが、オーストリア=ハンガリー帝国の都市、ウィーンに父の付き添いで行ったときの話よ。

「お父様、少し街を散歩してもよろしいですか?」

「…まぁよいが、気をつけなさい。ヨーロッパ情勢は緊迫している、治安も悪い。すぐに戻りなさい」

「はい、わかりました」

シルキは庶民の生活を見るのが大好きで、すぐに下町に繰り出して菓子などを買っては食べてを繰り返していたから、父親も困っていたそうよ。
当時はまだ衛生状態もあまり良くなかったから、お腹を壊しちゃうことも多くて。

「わあ、あそこが市場ね!行ってみましょう」

そこでシルキは、運命の出会いをしたの。
市場に着いた娘の目に入ったのは、たくさんの売り物ではなく…
一人の、金髪碧眼の少女。

「…きれい…」

市場に買い物に来ていたその少女は、決して裕福には見えない服装だったそうだけど、その美しさにシルキは心を奪われ、しばらく見とれていたの。

「…あ、あの、どうかされましたか?」

「…えっ!?あ、いえ、お綺麗ですね」

「ええっ!?」

突然綺麗ですねなんて言ってしまったものだから、少女は真っ赤になってしまったわ。
少女が落ち着いたころに話を聞いてみると、その子はこの辺りに住む富豪の家のメイドとして働いていて、食材を買いにきていたそうよ。

「メイドさんなのね。ねぇ、あなたのお名前は?」

「…フィオラです」

「フィオラ…いい名前ね」

「えっと…あの…」

「こわがらないで。私とお友達になりましょう?」

「…うん」

フィオラはシルキより3歳年下で、とある庶民の家の娘。まだ若いのに、家が貧しいからメイドとして働いて家計を支えていたの。
同年代の友達を作る時間もあまりなかったフィオラは、最初は戸惑っていたけれど、すぐにシルキに懐いたわ。
それに、同年代の友達があまりいないのは、フィンランド系日本人のシルキも同じ。2人はすぐに、本当の姉妹のように仲良くなった。

「シルキお姉ちゃん!」

「あ、フィオラ!お待たせ」

それから2人は、市場で待ち合わせて何度も会うようになったの。
シルキが父の仕事の合間に抜け出して市場に行くと、そこにはいつもフィオラが待っていた。
フィオラはメイドの仕事を頑張って、待ち合わせの時間までに終わらせて、こっそり抜け出してきたんだって。たまに家主にバレて、怒られちゃうこともあった。

「フィオラ、今日はどこに連れていってくれるの?」

「今日はあっちに行こう?かわいい小物がたくさんあるよ」

シルキは、ウィーンの街に詳しいフィオラにいろんなところを案内してもらうのをいつも楽しみにしていたわ。
市場だけでなく、町外れにある隠れ家的なお店とか。音楽の都だけに、楽器工房とか、街中で演奏する人達を見たりもした。

「わあ、かわいい髪飾りね!こんなお店が町外れにあったなんて」

「お姉ちゃん、きっと似合うよ」

「いいえ、これはあなたに似合うわ、フィオラ」

「わ、私は…釣り合わないよ」

フィオラはあまり自分に自信がないみたいで、きれいなアクセサリーや服を身につけるのをためらっていた。でも、シルキはフィオラの綺麗さを知っていたから、それを引き出すような服やアクセサリーを買ってあげてたの。

「ほら、とてもかわいいわ!」

「そ、そうかな?えへへ…」

「これ、買ってあげるから!」

「い、いいよ!?悪いよ…そんな贅沢できないよ」

「いいの。フィオラは綺麗なんだから、もったいないわ」

「…あ、ありがとう」

こうしてるうちに、フィオラはどんどんかわいく、綺麗になっていった。少し自信もつき始めて、内面もどんどん美しくなっていった。
シルキとフィオラの姉妹が市場で買い物をする姿は、地元のちょっとした名物になっていたのよ。
でも…

「…フィオラ、どうしたの、その服…?」

「…ごめんなさい」

「髪飾りは…?」

「…ごめんなさい、お姉ちゃん。お父様に、こんな高いものどこで買ってきたって怒られて…取り上げられちゃった」

「…そう…フィオラ…ごめんなさい、私が舞い上がっていろいろ買ってしまったから…」

「ごめんなさい…ごめんなさい…せっかく、お姉ちゃんに綺麗にしてもらえたのに」

「ううん、いいの。ごめんね、フィオラ。あなたは何も飾らなくても綺麗よ」

「お姉ちゃん…」

シルキが優しくフィオラを抱きしめると、フィオラの頬が染まったの…
フィオラは自分に自信がなかった。でも、シルキがいろいろコーディネートしてくれたおかげで自信が持てた。それがなくなった今、また自分はみすぼらしい頃の自分に戻ってしまった…そう思っていたの。
でもシルキは素のままの自分を綺麗といってくれた。よくよく思い出してみれば、初めて出会ったときも綺麗って言ってくれてた。
フィオラは、初めて自分を受け入れてくれた人に…

「…お姉ちゃん、戻らなくていいの?」

「…たぶん…フィオラこそ、戻らなくていいの?」

「戻りたくない…」

シルキとフィオラはその日、日が暮れるまで、ドナウ川のほとりでずっと抱きしめあっていた。
シルキは近頃遊びが過ぎて、フィオラも服のことで怒られたばかりなのに帰りが遅くなって…2人ともこの後親に怒られるのは目に見えていた。だからこそ…時間を止めたくて、ただひたすらに抱き合って、2人だけの時間に浸っていたの。

そして、日も沈んだ頃…

「…帰りましょう。大丈夫、明日があるわ。明後日もある。フィオラがいれば、怖くない」

「いや…いや…」

「…わがまま言っちゃダメ…ほら、顔を上げて」

「…え?」

涙で濡れたフィオラの顔を上げると、シルキは、優しく口ずけをしたの。

「……フィオラ……」

「…おねえ、ちゃん」

「私、初めてあなたに逢ったときから…ずっとあなたのとりこよ」

「…うれしい…!」

「だから、また明日も、明後日も、その次も会いましょう。明日が来るように、今日は帰りましょう」

「…うん、わかったよ、お姉ちゃん」

…でも、それは叶わなかった。

翌朝、たっぷり怒られてふて寝していたシルキは、また父の怒号で起こされたの。

「シルキ!起きなさい!」

「…?は、はい、何でしょう、お父様」

「…大変なことになったぞ。シルキ、そこに座りなさい」

父から聞かされた話は、こう。
なんと、フィオラがメイドとして働いている家に住む富豪は、父の仕事のお客さんだった。
そして、その富豪の奥方が、昨夜のシルキとフィオラの逢瀬を目撃していたの!
「うちのメイドを誑かしたレズビアン」と、奥方はクレームをつけてきたそうよ。

「シルキ。お前は最近よく外出しているが、そういうことだったのか?」

「………」

「本当ならそうと言いなさい」

「………はい、本当です」

「………わかった。取引は中止だ。フィンランドへ引きあげる」

「…そんな!!」

「わがままを言うな!」

「っはい……」

シルキはその日の午後、いつもの市場へと行ったけれど、フィオラは現れなかった。
また、日が暮れるギリギリまで待っていたけど、ついにフィオラは現れなかった。
やはり、フィオラも大目玉を食らっていて、外出禁止になっていたそうよ。

そして、失意のシルキは、帰り道…周囲の人の視線を感じた。
もう、噂は広まっていたの。ウィーンの名物の美人姉妹は、実は「デキて」いた、と。

シルキは、悔しさで涙を流しながら、ひたすらに走って家に向かった。
家に着くと、引越しの手伝いをしないことを怒る父の怒号を無視して、ベッドに直行した。
そして、一晩泣き明かしたの…

でも、事態はまた急変した。
翌日、渋々引越しの手伝いをしていたシルキと父親の元に、衝撃的なニュースが舞い込んできたの。
オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者、フランツ・フェルディナントがサラエボで暗殺された…サラエボ事件よ。

「これはまずいことになったぞ…戦争が始まるかもしれん」

国内は混乱に陥って、フィンランドへ帰る手立ても一時的に失われてしまった。なんとか、父親は帰る手段を探していたのだけど、なかなか見つからずに日が過ぎていった。
その間、シルキはフィオラを探し続けたわ。フィオラが働いていた富豪の家に、恥を忍んで直接訪ねてみると…

「何しに来たんだい!あのメイド?気持ち悪いから追い出したさ。さあ、あんたもさっさと消えな、気持ち悪い!」

シルキは、フィオラの家の場所を知らなかった。市場に行けば絶対に逢えると信じていたから。何で聞いておかなかったんだろうと、とても後悔したの…

来る日も来る日も、シルキはウィーンの街を駆け巡ってフィオラを探した。国内は緊迫した状況で、度々兵隊に止められることもあった。それでも、めげずに探し続けた。

そして、サラエボ事件から一ヶ月後…
シルキは、ドナウ川のほとりに座り込んでいるフィオラを、ついに見つけた。

「…!!フィオラ!フィオラ!!」

「…え…!!」

フィオラは、痩せ細って、ボロボロの服を着ていたの…

「フィオラ!!逢いたかった!!!ああ…ごめんなさい、フィオラ…!!」

「お姉ちゃん…お姉ちゃん…!!」

2人は強く抱きしめあった…いえ、フィオラは弱々しくシルキを抱きしめた。

「フィオラ、あなた…こんなに痩せて…」

「お姉ちゃん…私…どうしたらいいの…」

フィオラはメイドを辞めさせられた。家族も、差別を受けて仕事を失ってしまった。そこへ追い打ちをかけるような国内の混乱。フィオラの家族はみんな、ここ数日何も食べられていなかったの…

「ごめんなさい…私のせいで!!」

「お姉ちゃんの、せいじゃないよ…」

「いいえ…私が…私が…責任を取るわ」

「…え?」

シルキはある決心をすると、フィオラとその家族分のパンを買い与え、一緒にいたい気持ちを抑えて一旦家に帰した。そして、自分の家に帰ると…

「お父様!」

「シルキ!どこをほっつき歩いていたんだ!今は兵隊が…」

「お願いです!フィオラとその家族を、うちで引き取らせて下さい!!」

「…な…?何だと?」

「フィンランドに帰る手立てが整ったら、フィオラ達も一緒に連れて行ってください!お願いします!!」

「…シルキ!一体お前はどれだけ勝手なことを…!!」

「お願いします!!」

シルキは必死で頭を下げた。そのあまりの気迫に圧倒された父は、しばらく黙ってしまった。

すると…そこへまた、ニュースが飛び込んできた。
いつも、悪いニュースは畳み掛けるように来る。

「宣戦布告…ついに来たか…これは世界大戦になるぞ!」

オーストリア=ハンガリー帝国がセルビアに対し宣戦布告。第一次世界大戦の始まり。

「もはや時間はない。シルキ、実は今しがた、フィンランドへ帰る準備が整ったところだ」

「!!」

「今夜、出るぞ。開戦してしまった今となっては、早く動かないと手遅れになりかねん。用事があるなら、早くしなさい。日付が変わるまでに帰らねば、お前といえども置いていくぞ?」

「…お父様!ありがとうございます!」

シルキはすぐに、ウィーンの街へと駆け出した。夜とはいえ、辺りは兵隊がたくさんいて物々しい雰囲気だったわ。
兵隊に怪しまれないようにこっそりと移動して、先程聞いておいたフィオラの家に向かう。

「フィオラ!フィオラ!!私よ!!」

家の戸を叩くと、出てきたのはフィオラの父親。

「貴様…貴様が娘を誑かした女か!貴様のせいで一家はこの様だ!」

「…はい、全ては私のせいです…申し訳ありません…ですから、どうか私に責任をとらせてください!」

「黙れ!もう二度と顔も見たくない、帰れ!!」

「やめて、お父様!!」

後ろから、フィオラが出てきた。少しは元気を取り戻したようで、顔色も良くなっていて、それを見たシルキは安心したの。でも、問題はここから。

「お父様!シルキお姉ちゃんは、私達にパンを…」

「うるさい!元はと言えばこの女のせいで…」

「お姉ちゃんのせいじゃない!私が、私が…」

「いえ、私の責任です…ですから、私と一緒に、安全なフィンランドへ来てください!!」

それをきいたフィオラの父親はポカンとしていたわ。何を言っているのかわからない、という顔だった。
シルキは一から説明した。シルキの家は実業家であること。フィンランドから来たこと。迷惑をかけてしまったせめてもの罪滅ぼしに、フィオラの一家を保護し、戦火の中から救い出したいこと。

「な…何を勝手な…」

でも、このままウィーンにいても、飢え死にするのと戦死するのとどちらが先か、という状況。
ほとんど選択肢のない状況につけこんでしまった罪悪感はあれど、フィオラとその家族を救いたい思いで、シルキは必死に頭を下げた。

「お父様…私、シルキお姉ちゃんと一緒に行きたい」

「……」

「ご迷惑をかけた罪は一生かけて償います。どうか、お願いします!」

「……このまま野垂れ死ぬよりはましか。仕方あるまい」

ついに家族の承諾を得たシルキとフィオラの2人は、その場で抱きつきたくなる衝動を抑えながら、家族を誘導してシルキの家へと向かった。
そして深夜、11時ごろ。家に到着すると、シルキの父親はフィオラの家族に頭を下げ、すぐに準備を始めて、みんなでウィーンを出た。

「フィオラ…もうすぐ、もうすぐよ。あと少しで、2人でいつでも逢えるようになるの」

「うん…楽しみだね、お姉ちゃん」

そして2人は、長い旅に出た。国境付近でセルビア軍に襲撃されたりもしたけれど…それでも2人は一緒に、歩みを続けた。
そして、ついにシルキのふるさとへと、たどり着いた。

………

紬「その後、フィオラの家族は、シルキの一族に引き取られて、第一次世界大戦の戦火の外だったフィンランドで幸せに暮らすことができたの。そのまま、斉藤家になったのよ〜」

梓「…なんか圧倒されちゃいました。そんな壮大な話があったんですね。その、シルキとフィオラはその後結ばれたんですか?」

紬「ええ。永遠に…」

梓「よかったです…あ!もうこんな時間!すいません、これで失礼します。いろいろ聞かせてくれてありがとうございました」

紬「うん! またね、梓ちゃん」


紬「……あれ?私、何してたんだっけ…あ、梓ちゃんは?もう帰ったの?」

………


梓「やっば、遅れちゃう遅れちゃう」

梓「…そうだ、ちょっと菫に聞いてみよ」

梓「あ、もしもし菫?」

菫『もしもし、梓先輩?』

梓「あのね、ムギ先輩から菫のご先祖様のこと聞いたんだ!すごいね、戦争が始まる寸前のオーストリアから斉藤家を連れ出したんだってね」

菫『あ、はい。実は私もよく知らなかったんで、あの後父に詳しく聞いたんです』

梓「そっか! それで、えーと…フィオラとシルキ、幸せになれたんだよね!」

菫『え…?何の話ですか?』

梓「え? 菫のご先祖様のフィオラとムギ先輩のご先祖様のシルキが…えっと、その、恋に落ちて」

菫『ええっ!?そんな話があったんですか!?』

梓「ええっ!?詳しく聞いたんじゃなかったの?」

菫『古い資料とかも持ち出してきて全部詳細に聞いたはずですが…そもそもフィオラとかシルキとかの名前すら初耳ですよ。おかしいな、お嬢様だけが知ってる話なんでしょうか』

梓「あれ…そうなのかな」

菫『あ、フィンランドへの移動中にセルビア軍の襲撃を受けて何人か亡くなられたというのは聞いています』

梓「え…!?それまさか…いや、おかしいな、2人は永遠に結ばれたってムギ先輩が…」

菫『帰ったらもう少し詳しく調べてみますね』

梓「あ、うん…じゃ、またね」


梓「…ま、いっか。いい話だったし…」

………

…フィオラ。よかった、あなたにはたくさんの大切な人ができたのね。
私の夢だったの。フィオラは綺麗で可愛くて、みんなが大好きになってくれる人だから、私だけで独り占めしちゃうのは悪いな、と思ってたわ。
だから、あなたにはフィンランドでたくさんの友達を作って欲しかった。それが叶って、本当に嬉しい。
私にも、かけがえのない人がたくさんできた。こうやって、2人で今を生きていけることが、幸せ。
……たまには、あの頃みたいに熱いキスを交わしてみたくなるけど……ふふ、思い出したら、ね。
永遠に一緒よ、フィオラ。


シルキお姉ちゃん…ずっと見守っててくれたんだね…ありがとう。
大好きだよ!

菫「…はっ!」

菫「あれ…?寝ちゃってた。調べもの、調べもの!」

菫「おかしいな…梓先輩が言ってた話、全然出てこない…もうお姉ちゃんに直接聞いちゃおう」

菫「…あ、もしもしシルキお姉ちゃん?」

紬『もしもし、どうしたのフィオラ?』


おわり!