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9月下旬。
学園祭ライブまであと1ヶ月。

曲はまだできていない。
頑張って独力で曲作りに挑戦してみたけれど、にっちもさっちもいかない。
それどころからキーボードの演奏ができないのだから、少しでも弾けるようにと練習する毎日。

最近はお茶の用意だけして、すぐに帰るようになった。

「ムギちゃん、最近忙しいの?」

「う、うん。ちょっと…ね」

「あんまり無理するなよー」

「ありがとう、大丈夫よ」

「曲作り、うまくいってないのか?」

「大丈夫…大丈夫よ!とっても素敵な曲にしたいから、ちょっと時間がかかっちゃって…」

うそ。
ちっとも大丈夫じゃなかった。
みんなが心配するのも無理はない。どうしよう…なんとかしなくっちゃ…。


どん。


「ご、ごめんなさいごめんなさい!」

考え事をしてよそ見していたら、廊下で誰かとぶつかった。

「あらあら大丈夫?ケガはない??」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

「…違う意味で大丈夫じゃなさそうね」

ぶつかったのは顧問の山中さわ子先生だった。


「…なるほどね」

私は全てを打ちあけて、先生に相談することにした。

「先生…私の代わりに曲を作ってもらえないでしょうか…?」

「・・・」

先生は黙ったまま答えない。

「お願いです。どうか…」

私は両手を合わせ、祈るようにお願いした。
女神が人間に祈るような仕草をむけるなんて…お笑いぐさだ。斎藤はなんていうだろう。あきれるかしら?

でももう体面にこだわってはいられない。なんとか曲を作りたい。私の中にある気持ちはそれだけ。

「本当にそれでいいの?私が作った曲を学園祭ライブで演奏しても」

「…今の私じゃ曲を作れないんです。誰かに作ってもらわないともう、間に合いません」

「悪いけど断るわ」

先生はにべもなくそう言い放った。

「そ、そんな…おねがい!おねがいです!」

「ムギちゃん落ち着いて。けいおん部のライブでしょ。オリジナル曲を演奏するって決めたなら、自分たちで作らなきゃだめよ。
 オリジナルを作れないなら、メジャーな曲のコピーをやればいいじゃない」

「でも…」

「言いづらい?本当のことをいう勇気がない?」

言えるわけない。

「…怖いんです。
 特別な力がなくなった私なんて…
 けいおん部に必要ないんじゃないかって…
 みんなに嫌われちゃうんじゃないかって…」

こらえきれずに瞳から涙がこぼれ落ちた。

「グズッ…みんなに…りっちゃんに…澪ちゃんに…唯ちゃんに…きらわれたく…ない…ヒック
 ライブを楽しみにしてるみんなを…頑張ってるみんなを…ガッカリさせたく…ないんです…」

「ムギちゃん…私ね。
 実は、あなたが女神だろうが人間だろうが、そんなことはどうでもいいのよ」

先生は私の頭の上に手を乗せると、やさしく撫でてくれた。

「え?」

「私にとってのあなたは、大切な生徒。けいおん部の可愛い後輩。ただそれだけよ」

「先生…」

「だからね、あなたに女神の力がなくなったって、何にも変わることなんてないの。
 嫌いになんて…なるはずないわ」

私の頭を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめながら先生は言った。

「ムギちゃん。
 みんなのこと…りっちゃんのことも澪ちゃんも唯ちゃんのことも…大好きなんでしょ?」

「はい…グスッ…だいすき…です」

「あなたに女神の力がなくなったからって嫌いになったりする?
 みんなそんな子たちじゃないでしょ。
 曲が作れなくたって、不思議な力が使えなくたって、あなたはあなたじゃない」

「あなたはそんなことで変わらないわ。ムギちゃんはムギちゃんでしょ?
 ま、お茶とお菓子がなくなったら、ちょっとだけ悲しいけどね」

そう言って先生はイタズラっぽく笑った。

「…大丈夫です。お茶とお菓子はなくなりませんから」

私も笑って答えた。

「やっと笑顔になったわね。
 …ほら、私がついていってあげるから。いきましょ。善は急げよ」

「でも…やっぱり…」

「あら、まだうじうじしてるの?」

「い、いえ。言います。本当のことはちゃんと伝えようと思います。
 でも、オリジナル曲をどうしてもあきらめられなくて…」

どうしても曲を作りたかった。
けいおん部だけの…私たちだけの…世界でひとつだけの曲を演奏したかった。

真実を明かす決心はついた。でも、曲作りをあきらめるのはつらかった。

「曲?作ればいいじゃない?」

「だって力が…」

「女神の力なんかなくたって曲作りはできるわ。私が力を貸してあげる!」

「え?せ、先生…さっき、曲は作らないって…」

「私が作るんじゃないの!あなたたちが4人で作るのよ!
 基本的なことやわからないことは私が教えてあげる。
 これでも一応、けいおん部の顧問だしね!!」

「先生!!」

「わっ!ちょ、ちょっとムギちゃん!」

今度は私が先生に抱きついた。
先生…先生…先生は最高です!さわちゃん!だいすき!!


私は部長失格だ。

部長は部員のことにしっかり目を配らなきゃいけない。
なのに私ときたら…

ムギの様子がおかしいことにはそれとなく気がついてはいたんだ。

でも特に心配してるわけじゃなかった。
だって女神だぜ!女神様が悩んでたとしたら、私たち人間がどーこーしたってどうしようもねーこったろ。

…バカ。大バカ。私は大バカだ。

なんて薄情なヤツだったんだ。

女神だとか人間だとか。カンケーねえ!
同じけいおん部の仲間じゃないか!?

仲間が…友達が悩んでるのに助けてやれなかったなんて…サイテーだ。

「ごめんムギ…いつの間にか私、ムギの力をアテにしてて…自分たちで頑張ることを忘れてた気がするよ…部長なのに、ダメダメだな…」

「律は悪くないよ…私だ…元はと言えば私がオリジナルやろうって言い出したんだ。…ハナからムギに曲作ってもらおうって思ってた。ゴメン…」

「あ、謝らないで!悪いのは私なんだから…
 力を制限されてすぐに言わなかった私が悪かったんだから!」

「違う!悪いのは、部長の私だ!」

「何言ってんだ!オリジナル曲を作ろうって言い出したのは私だぞ!」

「私よ!曲を作れなくなった私が悪いの!」

「私!」
「わたし!」
「ワタシ!」

「フフ…
 アハハ…アハハハハ!」

な、なんだ唯。真面目な話をしてるんだぞ!?

「お、おい唯…」

「…フフ…ゴメンゴメン。なんだかみんな謝ってばっかりでおかしくなっちゃって」

「そういえば…そうだな」

「…そういえば、そうね…」

唯のおかげで場がしらけた、というか空気が変わった。

「ムギちゃん、ごめんね。
 私たち気がつかないうちにムギちゃんのこと追いつめちゃってたんだね…ホントごめん。
 でもね、私、実はね。こんなこと言うと怒られちゃいそうだけど…
 今のムギちゃんの話を聞いてちょっと嬉しかったんだ」

「唯ちゃん…」

「ムギちゃんってやさしいし、美人でかわいいし、髪の毛はふわふわしてきれいだし、キーボードもすっごくうまいし、勉強もできるし、持ってきてくれるお茶もお菓子もとってもおいしいし…なんでもできちゃうでしょ」

「…そんなこと、ないわ」

「あるよ。だからね、私、ちょっとだけコンプレックスだったの。
 私って、楽器は初心者だし、勉強もできないし、ドジだし…何の取り柄もないから…
 だから、ムギちゃんが本当は楽器を弾けないってわかって嬉しかったの。私と一緒だ、って」

唯…。

「りっちゃんも澪ちゃんも経験者でしょ?初心者がもう1人いるってわかったらなんだか心強くって…。
 それにね、私、気づいたよ」

唯はいつになく真剣な顔をして喋り続けた。

「ムギちゃんが美人だとか、髪がきれいとか、キーボードがうまいとか…そんなこと本当はどうでもよかったんだよ。

 ムギちゃんはね。ムギちゃんであればいいの。それでいいんだよ。他にはなにもいらない。
 女神様だとか人間だとか、そんなことどうだっていいことだよ」

「唯ちゃん…ありがとう」

「ムギ。私だって唯と同じ気持ちだ。女神とか人間とか。曲が作れるとか作れないとか。そんなこと関係ないぞー!難しいことはわかんないけど…ムギはムギだからな!」

「もちろん、私も…な」

「唯ちゃん…りっちゃん…澪ちゃん…ありがとう……グズッ」

「あらあら。また泣いちゃったわね」

「泣いてる暇なんかないぞ、ムギ!さあ今日から曲作りだ!」

「澪ちゃんの言う通りだよ!
 さわちゃん先生!ご指導よろしくお願いします!」

「任せておきなさい!私がばっちり教えてあげる!覚悟しなさいよ!」

盛り上がってきた!よぉし学園祭ライブまであと1ヶ月!みんな飛ばして行くぜぇ!

「あ!みんなちょっと待って!曲作りの前に肝心なこと忘れてた!」

「な、なんだどうした唯!?」

「今日まだお茶飲んでないよ!!」

…一気に力が抜けた。
まあいいか。これもけいおん部、だ。

(ありがとう…ありがとうみんな。私、みんなに出会えてよかった…)


今日はとっても寒い1日だった。

一年中春のような天界とちがって、下界には四季がある。
聞いてはいたけれど、冬ってこんなに寒いのね。

あの日から本番までの一ヶ月。
さわ子先生がつきっきりで指導してくれたおかげでなんとかオリジナル曲は完成。
特訓に次ぐ特訓で、なんとか本番に間に合った。

みんなで力を合わせて作った曲。
みんなで一生懸命練習して臨んだライブ。

あの瞬間、ステージで演奏している数分の間、私たち4人は1つになっていた。

今まで生きてきて、こんなに嬉しかったことも楽しかったことも、達成感を感じたこともなかった。

もし、女神の力で簡単に曲を完成させていたら、こんな気持ちにはなれなかっただろう。

ライブを終えて、私たちはお互いをもっと近くに感じられるようになった気がする。


天界に戻ると、下界の寒さが嘘のように暖かい。私は首に巻いたマフラーを外した。

「お帰りなさいお姉ちゃん。寒かったでしょ?」

「ありがとう、菫…。あ、ちょっといいかしら」

カバンを持って先を行こうとした菫を呼び止める。

「なあに?どうしたの?」

「斎藤に…紅茶を淹れて部屋に来るよう伝えて」

菫は笑顔で頷いた。

部屋に戻って制服姿のまま、椅子に腰掛ける。

コンコン、と扉をノックする音。さすがに斎藤は仕事が早いわね。

「どうぞ、開いてるわ」

「失礼致します。紅茶をお持ちしました」

けいおん部でのお茶淹れ役がすっかり板についてしまった私としては、誰かに淹れてもらうお茶を飲むのは不思議な感じがする。
ちょっとこそばゆい。

「…お味はいかがでしょうか?」

「…おいしいわ。悔しいけれど、私が自分で淹れるよりずっとおいしい。斎藤の淹れた紅茶には、勝てないわね」

斎藤の淹れた紅茶を飲むのは久しぶりだ。
おかしな意地を張り続けて、このところずっと自分で淹れた紅茶しか飲んでいなかった。

「私が琴吹の家にお仕えして、どれだけ紅茶を淹れたとお思いですか?まだまだお嬢様に負ける気は致しません」

そう言って斎藤は少し笑った。私も笑った。

「斎藤、ありがとうね」

「恐れ入ります。お嬢様さえよろしければ、いつでも紅茶をお淹れ致します」

「違うわ。紅茶のことじゃなくて」

「なんのことでしょうか?」

「…わかってるくせに」

トボケた顔しちゃって…。

「なんのことやら。お嬢様から感謝の言葉をいただく理由など…身に覚えがございません」

「そう。ならいいわ」

「では、失礼致します」

「ちょっと待ちなさい」

斎藤を呼び止める。

「…はい。なんでしょうか」

「斎藤。私、子供だったわ。大人になるってことがどんなことなのか考えたこともなかった。
 下界に降りて女神としての仕事を始めれば、それで大人だって思っていたの。
 でもそうじゃなかったのね。
 大人になる、ということは…自分の足でしっかりと立つこと。
 そうしてまわりの仲間…友達と力を合わせて何かを成し遂げることなのね。
 女神の力が使えなくなって、初めてそうだって気づいたの」 

斎藤は何も言わずにただ私の言葉を聞いている。

「ごめんなさい斎藤。私、あなたのことただの嫌なうるさい使用人だって思っていたわ。
 でも違った。あなたは本当に私のことを考えてくれていた。
 それなのに…気がつけなくてごめんなさい。こんなんじゃ私…女神失格ね」

「そんなことはございません」

斎藤が口を開いた。

「失格など、とんでもない。お嬢様はちゃんと願いを叶えておられるではありませんか。
 琴吹の家の家訓では16歳になる春、女神として初仕事に臨むことが義務づけられています。
 それは、『女神の力に頼りすぎない』ことをこの年頃に学ぶ必要がある、ということなのです。
 逆説的ですが…立派な女神になるには、女神の力に頼りすぎない、それをきちんと知る必要があるのですよ。
 お嬢様はその意味に気がつかれた。それは女神として立派な一歩を踏み出したという確かな証明です」

私が…立派な…女神…?

「自信を持ってください」

「斎藤…」

「おやおや…」

最近の私、泣いてばかりだわ。ダメね。子供みたい。


「こうして泣いておられるお姿を見ると、まだまだ子供ですな」

「…うるさい」

泣かせたのは誰よ。
私はなんとか涙を止めようとしながら、自分の本心に気がついた。

そうだ、私認めてもらいたかったんだ。誉めてもらいたかったんだ、斎藤に。

他の誰でもない、斎藤に誉めてもらいたかったんだ。

「お使いください」

斎藤が差し出したハンカチで涙を拭う。

「…ありがと」

「では、今度こそ失礼します」

「ちょっと待って!」

「まだ何か?」

「あのね…斎藤。1つだけお願いがあって…女神の力を使いたいのだけど」

「原則に反しない使い方でしたらどうぞ」

「そ、それがね、ちょっと…違反しちゃうかもしれないんだけど…どうしても使いたいの」

斎藤が渋い顔をする。
それはそうだ。さっきの話とまるで逆のことをしようというのだから。

「お願い斎藤!今回だけ!今回だけでいいから目を瞑って!」

「…わかりました。最近お嬢様は頑張っておいでですから、それに免じて。
 但し、一回だけですよ」

「ありがとう斎藤!大好きよ!」

あ、つい本音がこぼれちゃった。

思わず斎藤に飛びついて、首の後ろに腕を回し、ぎゅぅっと力強く抱き締めた。

勢いに押されて2、3歩後ろに下がる斎藤。

「…お、お嬢様。
 少し落ち着いてください」

努めて冷静なフリをしているけれど、真っ赤になった顔は隠しようもない。

「ご、ごめんなさい…わたしったら…つい」

な、なんだか私まで恥ずかしくなってきちゃったじゃないの…
二人して顔を真っ赤にして…なにしてるのかしら、私たち・・・

「……コホン。それで、何の為に力を使いたいのですか?」

「あ、えーっと、あのね斎藤…実は…」


私にはささやかな願いがあります。ねえ、願いごときいてくれる?

「もちろんだ!元々は私がムギに願いを叶えてもらったんだ、
 今度は私がムギの願いを叶える番だぜッ!」

りっちゃんは、もうたくさん私の願いごと叶えてくれてるよ。

「そうだっけ?まあなんでも言ってくれよ」

「なになに〜ムギちゃんのお願いって??」

「律だけじゃ不安だからな。私でよければ力になるぞ」

「澪しゃんしどいッ!」

ありがとう、みんな。
私、クリスマス会をしたいの。友達といっしょにクリスマスを過ごすのが夢だったの。

「いいじゃーん!やろうよクリスマス会!」

「やろうやろう!」

「いいんじゃないか、楽しそうだ!」

「場所はどこにする?」

それでね、前々から誘いたいなってずっと思ってたんだけど…

「みんな、私のお家に来てみない?」

おしまい。



最終更新:2014年04月07日 23:00