とある県のとある都市。
閑静な住宅街の一画。
ここに一軒の豪邸がある。
プロメイド斎藤菫の仕事場である。

世界でも有数のプロメイド。
彼女らの仕事は決して世間に知らされるものではない。

我々は、プロメイドの一日を追った。

Q.朝、早いですね?

菫「えぇ。朝のお掃除は大切ですからね。お嬢様の一日のスタートがどう幕を開けるのか、は私どもの仕事にかかっていると言っても過言ではありませんから」

日が登る前、人々が行動する前から菫は動き始める。

菫「私がここで働けているのはお嬢様の支えがあるからなんです。だから誰よりも早く動き始めないと」

そう語る菫の目は何よりも真剣だ。
プロに一切の妥協はない。
菫の誇りはそこにあるという。

「お嬢様は私の生きがいですから」

菫のお嬢様---琴吹紬の靴を磨きながら、菫の口角は緩んでいた。

Q.これもお仕事ですか?

「いえ、違います、あ、いや、そうなのかな?もう公私混同しちゃって(笑)」

紬の制服と今日付けていく下着にに手アイロンをかけながら、我々の質問にも笑顔は絶やさない。

「体が資本なところがありますからね。大切なんですよ、これ」


朝五時半。
手アイロンを終えた菫は真っ先にテレビをつける。

Q.休憩ですか?

「いえ、お嬢様が真夜中に予約しておられたアニメの録画の確認を」

Q.アニメ...ですか?

「はい。なにやら今期は女の子がキスをするアニメがやっておられるらしくて」

Q.!?

「私もお嬢様に勧められて一緒に見てるんですが、なかなか面白いんですよ? キスの大安売りって感じで。 よし、今回もちゃんとキスしてる」

五時五十分
菫がテレビから離れ、キッチンに向かう。
取り出したのは手動のコーヒーミル。
手馴れた動きで豆の分量を図り挽き始める。
目線の先は飾られたお嬢様の写真から離れない。
同時進行させることで、1つ1つの作業はどんな些細なものでもお嬢様に繋がっているということを魂に刻む。
隠し味の唾液混入も忘れない。

Q.大変ですね?

「やはり挽きたての方が美味しいですからね。すべてはお嬢様のためです」

Q 月並みな質問ですが プロメイドになろうって思ったきっかけは?

「んー 何でしょうか。私はもともと紬お嬢様の幼馴染をしてまして。
というか今もなんですが。

幼い頃から父がこのお屋敷で務めをしておりましたから、必然的に紬お嬢様とも幼馴染のような関係で、でもそれって自分の力でなったわけじゃないですか。
ある日ふいにそんな中途半端な自分にものすごい腹がたってきちゃって。
お嬢様に相談をしたら、『それなら菫、私のメイドになって私に一緒仕えなさい』と言われちゃいまして。
でもそんなの自分じゃなくなる気がして....すごいジレンマですよ。だったらいっそのこと本格的にプロになっちゃおっかな?みたいな(笑)
紬お嬢様とでしか私は生き方知らないし」

六時。
菫は急に慌ただしく動き始めた。

Q.どうされました?

「お嬢様の起床時間です!!!」

Q.早くないですか?

「お嬢様は電車通学なんです。すみませんが、ここからは集中力を使うので」

お口チャクの動作をされた。

我々の質問最中にもその手の動きに迷いはない。

湧いたお湯を片手にコーヒーを淹れながら
トーストを焼く。
その傍らでは熱されたフライパンにペーコンが2枚、
その上には玉子が投下され
とても美味しそうである。

すぐに出来上がるコーヒーと焼きたての食パン。
ハウルのムービング城を見てお嬢様が食べたいとリクエストして以来作っている
目玉焼き&ベーコン。

朝食のタイミングはプロメイドを始めた頃から変わらないという。

「効率の面もありますけど、これを食べることで朝を迎えた、っていう紬お嬢様の笑顔が私の朝食です」

一切の抜かりはなく、素早く食べ終わる菫。
時刻はまだ、六時半だ。

Q.これから学校ですか?

「すいません、静かに」

我々クルーを諌める菫。

「耳を済ましてください。声がほら、きた、きたきたきた、ほら声がするでしょう?かわいい声が」

確かに遠くにかわいい声がする。

「紬お嬢様は登校される時、近所の皆様に朝のご挨拶をされるんです」

この声を聞くことで紬と社会とつながっている、そして紬と接している自分もまた紬を介して社会と繋がっている実感をもつ、と菫は語る。

「ほら、こんな仕事でしょう?社会に切り離されてるんじゃ無いかって不安になってるころに、この声に気づいてね、それからは日課なんですよ」

こうして登校や出社する人々と挨拶をする紬の声や足音を聞くことで
登校した気分になる、と言う。
プロならではの、技である。

七時四十五分。

「ふぅ、もういいかな」

沈黙を破ったのは、菫であった。

「これ以上は危険ですからね。見極めが大切なんですよ」

あまり深く聞き入ると、紬の世界にひきづりこまれる。
プロの生命をたたれる可能性がある危険な作業なのだ。

Q.怖くは無いんですか?

「怖いといえばこわいですね。あと何年紬お嬢様のお側にお仕えできるのかわからない。その時どうなるのかも。ただ、続けたいですね。生きてる限りは」

そう笑う菫には、確かに、
プロメイドの面影が見えた。

八時。
汗を流すために菫は風呂にはいる。
風呂と同時に掃除も兼ねる。

「こうして朝に洗えば、紬お嬢様がお入りになられる夜には乾くでしょう?」

熟練の技が、光る。

八時半。

風呂から上がってきた菫は、
おもむろに学生服を着出した。

Q.これから外出ですか?

「違いますよ、紬お嬢様の急な学生服リクエストが来た時に、だせるでしょう?昼なら早退。夕方になれば早く帰宅できた雰囲気が」

この気配りこそがプロならではの続ける秘訣である、と菫は語る。

九時。
紬お嬢様の洗濯を終え、干した菫が部屋に戻ってくる。

Q.これからのご予定は?

「そうですね。まずは読書かな。今日読む本は、これです」

『ゆるゆり 1〜11』

Q.これは?

「日々勉強することだらけですよ。マーケティングの知識だって、何かに活かせるかもしれない」

プロメイドを続けるという覚悟は、決して譲らない。
菫の気持ちは選ぶ本にも現れていた。


昼、一時。

レンタルしてきたDVDを取り出しセットする。
一つ一つの動作が洗練されて無駄の無い動きだ。

「毎日、この時間になったら見てますからね。コツっていうか、慣れですよ。慣れ」

本日見るタイトルは
『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 2nd A's』

「胸をね......打つんです」

長いプロメイド期間の間に、過去の名作はほとんど網羅したという菫。

選び方にも、プロのセンスが光る。

午後三時
エンディングのスタッフロールを見終わり、菫は自身の部屋の布団に入る。

Q.早いですね?

「いつもこの時間になるとすこし疲れが出ますからね。お嬢様のためにも休憩をきちんと取らないと」

休憩の時すら、次を考える。
プロとしてひと時も気が休めないと言うと、菫おもむろにまぶたを閉じた。

「科学的にも証明されていますが、昼寝は体にいいわけですし。それでは、おやすみなさい」

枕下に紬お嬢様の写真を入れるのを我々は見逃さなかった。

Q.ちょっと待ってください。その写真は?

「これは、夢の中でもお嬢様に会えるように」

頬を染めながらそう囁く菫に我々は微笑みを禁じ得なかった。

午後四時半

布団から起き上がり、パソコンを起動する。
デスクトップのあるアイコンをクリックすると、動画が現れた。

Q.これは...??

「お嬢様の所属される部活動の部室の様子です。昔は選択肢がなかったけど、今はお嬢様の様子を見る手段はたくさんありますからね。恵まれてますよ。おっ」

早速、気になるものを見つけたらしい。
目つきが、鋭くなる。


「ふーん、なになに……最近はマカロンばっかでチョコ分が少ない?」

「......バナナケーキは必須......」

「この紅茶は……。なるほど、あの茶葉をお持ちに。そろそろなくなるでしょうから発注をかけておかないといけませんね」

「卒業旅行はロンドン……と」

ものすごい早さでシャーペンがノートに打ち付けられる。
プロのメモ、本領発揮だ。

Q.いろいろ書き込んでますけど?

「だいたいは他の方の体験談、趣向や紬お嬢様の生きた意見ですよ。把握しておくことは大切なことですからね」

Q.それが、今に生きている、と?

「はは、まあそうですね」

そうして、二時間。
午後七時。

モニタから顔を離すと、玄関に向かう。

「先ほど電車から降りられたはずなので、すぐですね」

「きた」

菫の声と共に玄関の重たい扉が開く。
紬お嬢様の帰宅である。
さっと荷物をお持ちし、コートを受け取り制服を脱がせる。
歩きながらも、笑顔はやめない。

これもまた、効率の果てだという。

「これはまあ、アマチュアの(メイドの)人たちもやってる技ですからね。自然体って奴ですよ」

午後八時。

お嬢様の食事もようやく一段落ついたらしく、菫は紬とおしゃべりの時間を得る。

エプロンのポケットにいれてあったハンディレコーダーをオンにする。

「お嬢様の声は永遠に、ね」

Q.もしかして日中にイヤホンをしながら聴いていたのは?

「ふふ、秘密です。では、お嬢様が待っているので」

二時間。
紬とのひと時に我々の取材の許可は降りなかった。
この扉の向こうで彼女たちは一体どんなことを話しているのだろう。


Q.なぜ、録音を?

「建前をいえば世間体ですかね。お嬢様が趣味、といえば、許容されやすいですから。もっともワーホリですから仕事が趣味みたいなところがあるんですけど(笑)」

午後九時。
またもパソコン前でメモにいりびたる。

Q.今度はどこを?

「これはお嬢様の部屋です。防犯対策は万全ですが、万が一のこともあるので」

夜になろうとが鳴り止むことは無い。
衰えないどころか勢いはさらに増す。

「この時間は、本当に勢いがありますから。つい熱が入っちゃって」

この日、メモは、十一時まで続いた。

時刻はとうに十一時半。

風呂に向かう菫だが、休む気配は無い。

Q.休まないんですか?

「お嬢様からのお風呂のお誘いがありましたので。
一緒に風呂に入って頭と目を覚まさないと。まあご飯食べて4時間たってるから寝てもいいんですけど」

食事は寝る四時間前には済ませる。
これもプロの譲れない流儀だ。
紬からのお呼びがかからない時はこのまま寝てしまうこともあるという。

「さて、お風呂か」

菫は真剣な表情で紬お嬢様を眺める。
膝にはパソコンにつながったキーボードの姿が。

「メモしながら。これが最高なんです」

お風呂と同時に、キーの音は風呂場中に広がる。


「もともと、シャンプーを作る仕事に就こうか迷ったこともあるんですよ、でも今の(プロのメイド)をとった。後悔は無いですね」

そう語った菫。
志していただけに見る目も厳しい。

「あー、紬お嬢様、天使の輪っか!!決まってますよ!さすがですね!!今日も髪がお綺麗です!」

「ここカット、いつもより短めにしておきますね」

「おっおっおっ、ぶひいいぃぃぃ!!」

「あー、やっぱリンスはフランス製ですね。今度からそういておきます」

「あ、はなぢ」

お嬢様と別れ自身の部屋に戻りメモをまとめ直す。


時刻は朝の三時

菫はこれから寝るという。

Q.睡眠時間短く無いです?

「確かにね。でもお嬢様のために体調管理は気をつけているし、昼寝も効果あるからね。むしろ眠く無いよ(笑)」

Q.これを365日、つらくないんですか?

「正直、はじめのうちはやめたいと思ったこともある。毎日、溜め込まれる知識の行き場所もこれでいいのか。ってね。ただ、プロとして譲っちゃいけないラインを考えた時、アマとプロの違いは何だろうって考えて。それからかな。ふっきれて専念できる様になったのは(笑)」

Q.プライド、ですか?

「なんていうのかな。私にはこれが向いてる!っていう確信めいたものがあって。ほら、昔はプロどころか、メイドって、なかったじゃないですか」

Q.確かにありませんでしたが

「それが、今、プロになれる。だからこそ頑張ろうって。それが今の私で。プロを維持するのは大変だけど、お嬢様のために毎日この決まった生活は満足してます」

午前四時

消灯し、菫の部屋は闇に包まれたが、布団には明かりがあった。
手元にあるiphoneで、アプリを起動し
絶え間なくお嬢様の様子をチェックする。
待ち受けでは紬と菫のツーショットがまばゆく彼女を照らす。

画面を見つめ真剣に見つめる姿。
紬お嬢様のプロはそこにいた。

プロメイド、斎藤菫。
彼女は明日の朝もまた、六時には起きるという。

おわり



最終更新:2014年04月07日 23:28