少し恥ずかしそうに横に目を逸らす澪ちゃん。

本当は唯と二人でどっかに食事でも行きたかったんだろうな。
肝心の唯にその気は無かったみたいだが。


「……待ってな」

「簡単なスープでも作ってやるよ」


私も私でクリスマスに何やってんだろ。


「ほい、りっちゃん特製コンソメスープぅぅぅ(ダミ声)」

「ドラ○もんかお前は」

「冷めない内にどーぞ」


下らないやり取りを交わしつつ、スープの入ったカップを差し出す。

ちょいちょい味見して味を整えたから不味くは無いハズ。
むしろ会心の出来だ。

自分の才能が怖い。


「良い匂い……いただきます」

「召し上がれ」


澪は上品にスプーンでスープを口に運んでいく。
なかなかサマになってて羨ましい。

……私だとこうはいかない。


「いかがです?」

「……美味しい」


そうでしょうとも、そう作ったんだからな。


「凄い美味しいよ、あと……」

「……暖かいな」


どこか哀しくも安心したような表情で澪は答える。

……こんな顔を見るのは久しぶりだ。


「律は本当に料理上手だな」

「私、やっぱり律と付き合おうかなぁ……」


はぁ?


「私には梓という先約があるんで」


どうせただの冗談だ。聞き流せ私。


「律の二番でも良いよ」


……何言ってるんだこの人は。
ていうか、よく見ると澪の顔がさっきからほんのり赤い。

寒さのせいかと思ってたけど、もしや……


「もしかして酔ってんの? ……お酒飲んできた?」

「ちょっとだけワイン入ってます」


ほら、案の定だ。


「なら、さっきのは聞かなかったことにしてやる」


大人だな私。


「本気なのに」

「はいはい」

「嘘じゃないぞ」

「もう良いって」

「本当の本当だぞ?」


しつこい。


「ヤケになってんじゃねーよ。唯が悲しむぞ」

「別に良いもん」


もうやめろ。


「……あのさ」

「私を唯への仕返しの道具にしようとすんのやめて」

「愚痴くらいならいつでも聞いてやるさ、親友だし」

「でも、私は澪のものなんかじゃない」

「今更……」


今更、私を惑わせるようなこと言わないで。


あの時私をフって唯を選んだのは澪じゃないか。

以前、私は澪に恋していた。

いつも澪を守らなきゃ、力にならなきゃと思って一緒にいる内に、
この気持ちがいつしか恋心に変わっていった……んだと思う。

その想いを伝えたのは高校最後の冬。

澪の家に行ってストレートに「好きだ」と言った。
でも返答は「ごめん」の一言。

理由はその時には既に澪は唯と付き合っていたから。

それで私の恋はあっさり終了。

そのあと少し経ってから梓に「律センパイが好き、付き合って欲しいです」と告白された。
私が卒業して離れ離れになる前に伝えたかったんだとか。

私は二つ返事で了承した。

正直、澪に未練たらたらだったけど、
梓と付き合えばそれを忘れることが出来るんじゃないかと、
自分にも梓にも失礼で安易な考えでのことだ。

結論から言えばその目論見は当たった。

最初はなんとも思っていなかったが、
触れ合っていく内に梓に惹かれていくようになったのだ。

常に私を信頼し、遠慮することなく私を愛してくれる。

時には辛辣な言葉で私に怒りを表すこともあったけど、
それも愛されてるが故にと知ってからは、それさえも愛おしく感じた。


梓のことを好きになった。

そして、澪への情念を断ち切ることが出来た。


……なのに。


「……もう帰ってくれ」

「いい加減、梓も帰ってくるだろうしな」


冷たい言い方だけどこれで良い。

私も澪も一時の気の迷いに流されちゃいけない。


「……ごめん」

「……帰って」

「……」


申し訳なさそうに立ち上がる澪。

そう、そのままどっか行ってくれ。


「わっ!」


澪が小さな悲鳴をあげた。……どうした?

澪に視線を移すと、足元のカーペットに何かのシミが出来ていた。


「……コーヒー倒しちゃった」


……余計な仕事増やしてくれちゃって。


「服には掛かってない? 大丈夫?」

「あ、うん……」

「私が片づけるから帰って良いぞ」


洗面所からタオルを取りつつ言う。


「そ、そんなの駄目だ! 私がやったんだから私も手伝う!」

「いいって」

「駄目!」


床に転がったコーヒーの缶を拾おうとした私の手に澪の手が重なる。

暖かい澪の手。


「あ、ご、ごめん……」


そう言って、手を引っ込めようとする澪。


しかし、私は何故だかその手を掴み返してしまった。


「……」

「……律?」


その手を離せよ。何やってるんだ私。


さっさと帰らせろよ。


諦めたんじゃなかったのかよ。


いいや、こんなチャンスもう無いぞ?


そのまま押し倒してしまえ。


梓のことなんか構うもんか。


だってお前が本当に好きなのは澪なんだから。


「……」

「……律?」

「私……」


その先の言葉を言いかけた所で私の携帯が鳴った。
梓からの電話。


「……」

「……電話、出ないのか?」


黙って携帯を手に取り、通話ボタンを押す。


「もしもし」

「もしもし、律さんですか? 梓です」

「ようやくお仕事終わりました! 今から帰ります」

「折角のクリスマスなのにこんな時間まで遅くなってすみません」

「埋め合わせと言ってはなんですが、律さんにとても素敵なプレゼントがあるので楽しみに待ってて下さい」

「それでは」

「……ああ、じゃ」


通話を終え、携帯をクッションに向けて放り投げる。
上手く届かずに壁にぶつかったがどうでもいい。


「今の梓から……だよな。私、帰るよ」

「コーヒー、ごめんな」

「二人でゆっくり楽しんでくれ。……メリークリスマス」


足早に玄関に向かう澪。

「待って」

「……?」


これは神様からのクリスマスプレゼントなのか、
はたまた触れてはいけない禁断のリンゴなのかは私には分からない。

きっとこの選択を私は後悔するだろう。

梓も悲しむだろうし、澪だって酔いから醒めれば悔やむに決まってる。

けど、あんなにも欲しかったものがすぐ目の前にある。

届かないと思って諦めていたものが。

「なぁ」

「もし私が……」

「……私が?」

「……」


視線と視線がぶつかる。

その瞬間、何かが終わって……


何かが始まった気がした。


おわり



最終更新:2012年10月24日 23:44