第七章《青空の下から暗闇へ》
And I heard as it were the noise of thunder.
One of the four beasts saying come and see.
And I saw, and behold a white horse.
四匹の生き物のひとつが雷のような声で
来たれ、と言うのを聞いた
そして、私は見た
見よ、それは白き馬であった
「おい、大丈夫か? 起きれるか?」
「どうしたの!? 何が起きたの!?」
「地震か!? 爆発したのか!?」
「足が! 足があ!」
「なんかあっちこっちで爆発してるみたいだ……!」
「早く逃げよう! ここもやばいぞ!」
「でも、下手に動くよりレスキュー隊とかが来るのを待った方がいいんじゃない……?」
「おい、やばいぞ…… 向こうから煙が来てる! ここも燃えるぞ!」
「きゃああああああああ!」
「逃げろ! 早く!」
There's a man going around taking names
And he decides who to free and who to blame
Every body won't be treated quite the same
There will be a golden ladder reaching down
When the man comes around
主が降臨される 全ての人の名前を挙げながら
誰を解放し 誰を罰するかを決められるのだ
誰もが全く等しく扱われるわけではない
黄金のハシゴが天から地上へ
主が降臨される時には
「ダメだ! こっちは燃えてる! 通れないぞ!」
「非常口はどこだよ! こっちのドアはどこに行くんだ!?」
「おい、やめろ! 閉まってるドアをやたらに開けるな!」
「逃げなきゃ死んじまうだろうが! 早く逃げ―― ぎゃあああああああ!!」
「うわあああああ! 火が! 火が!」
「そいつはもう助からないよ! 逃げろ! 来た方に戻るぞ!」
「わああああ! こっちも燃えてる! やばい!」
「ちょっ、服に火が付いた! 助けて! 消してくれえ!」
「離せよ! 燃え移るだろ!」
「熱いよおおおおお! 助けてええええええええ!!」
The hairs on your arm will stand up at the terror in each
Sip and each sup will you partake of that last offered cup
Or disappear into the potter's ground
When the man comes around
恐ろしさでお前は総毛が逆立つ
最後の晩餐の時に差し出された杯を
お前は共にあずかるのか?
それとも陶器士の庭に身を投げるのか?
主が降臨される時に
「良かった! エレベーターが来た!」
「エレベーターが開くぞ! これで―― うわああああああああああ!!」
「ちょっと押さないで! やめて! きゃあああああ!!」
「押すな! 押すなって! エレベーターが無いんだよ! エレベーターが―― わあああああ!!」
「押さないでください! 開いたのにエレベーターが無いんです! 押さないで!」
「早く行けよ! 後ろが燃えてんだぞ!」
「さっさとしろっつってんだろコラ! 俺が乗れねえだろが!」
「押さないで! 押さ―― うわああああああああああ!!」
「後ろがつっかえてんだよ! どんどん乗れよ!」
「落ちる! 落ちる! わああああああああああ!!」
Hear the trumpets hear the pipers
One hundred million angels singing
Multitudes are marching to a big kettledrum
トランペットの音を聴け 角笛の音を聴け
億万の天使が歌っている
大群衆が太鼓に合わせて行進だ
「天井が崩れたぞ! こっちはもうダメだ!」
「おい、そこのアンタ! 起きるんだ! 早く逃げなきゃ!」
「きゃああああああああ!! そ、そっ、その人、下半身が無い!」
「うわあああああ!」
「天井がどんどん崩れてくるぞ! 逃げろ!」
「こっちも崩れた! 道が塞がれた!」
「もういやあああ!! 人がグチャグチャになってる! グチャグチャの人が降ってくる!」
「見るな! 下を向いてろ!」
「もうダメだ! 逃げられない!」
「お、おい、ここの天井もやばくないか……?」
「うわあああ! 崩れる!」
「ぎゃあああああああああああ!!」
Voices calling and voices crying
Some are born and some are dying
Its alpha and omegas kingdom come
呼ばわる声に 泣き叫ぶ声
生まれ来る者に 死に行く者
それこそが神の御国の到来なのだ
「おかあさん…… いたいよ……」
「誰か助けてください! 娘が死にそうなんです! 誰か助けて!」
「るっせえ! 離せコラ!」
「こんなとこに寝てんじゃねえ! 邪魔だ!」
「お願い! 私も怪我で動けないんです! 誰か娘を連れて行って!」
「早く逃げろ! 火がこっちに回って来たぞ!」
「邪魔だ! バカ野郎!」
「おかあさん…… おかあ―― ぐえっ!」
「やめて! 踏まないで! 娘を踏まないでえ! いやあああああ!」
「おい、床がやばいぞ! なんか崩れてきてるって!」
「いいから早く行けよ! もう火がすぐ後ろに来てるんだよ!」
「踏まないで…… 踏まないで……」
And the whirlwind is in the thorn trees
The virgins are all trimming their wicks
The whirlwind is in the thorn trees
It's hard for thee to kick against the pricks
When the man comes around
激しい風が茨を吹き抜ける
乙女達は灯心の手入れをしている
激しい風が茨を吹き抜ける
棘に逆らって伸びようとするのは難儀な話だ
主が降臨される時には
「はい! こちら現場です! 私は今、グラスタワーの前に来ております!」
「何!? 飛行機!? ミサイル!?」
「テロだ! テロ!」
「付近の方々の目撃情報によりますと、15分程前に旅客機らしき飛行物体がグラスタワーに
突っ込んだ模様です!」
「うお、すっげー! 落ちてる奴いるぞ! 落ちまくり!」
「やっべえ! 人がパラパラ降ってるって! マジぱねえ!」
「皆さん! 指示に従ってください! すぐに避難してください! ちょっと、そこ!
早く逃げて!」
「ご覧下さい! グラスタワーが! グラスタワーが崩れていきます!」
「やばい! やばいやばい! やばいって! 逃げろ!」
「これ以上は無理です! きゃあ! カメラさんも逃げて! 危ない!」
「うわあああああああああ!!」
And I heard a voice in the midst of the four beasts.
And I looked, and behold, a pale horse.
And it's name it said on him was Death.
And Hell followed with him...
四匹の生き物のひとつの声を聴いた時
私は見た
見よ、青白き馬であった
馬に乗りし者の名は“死”
後に地獄を従えて……
2022年10月21日午前12時35分。
琴吹紬の執務室は沈黙と緊張感に包まれていた。
紬の口から告げられた、日本史上に残るであろう大規模虐殺の決行。
梓と澪はどうしてもそれを現実とは受け止められなかった。
澪はともかくとして、唯の死から今この瞬間まで我が眼と耳を疑う体験ばかりだった梓でさえ、
紬の殺戮宣言が絵空事としか思えないのだ。
梓「とても信じられません。いくらムギ先輩でも……」
律「いや、本当の事を言っている。眼と声の調子でわかる。本当にやったんだ」
梓「そんな……」
そこへ、デスクの上の電話が穏やかな呼び出し音を奏で出した。
室内の緊張感にはまったく似つかわしくないメロディだ。
紬は三人から離れ、ゆっくりと受話器を取る。
紬「私よ。 ……そう。ええ、わかったわ。ありがとう、斎藤」
言葉少なに通話が終わり、受話器が置かれると、今度はリモコンらしきものが紬の手に握られた。
それをデスクの背後、壁一面に並べられた数十台のモニターへ向ける。
すると、すべてのモニターが光を発し、それぞれに地獄絵図を映し出した。
天を衝くが如くグラスタワーがそびえ立っていた筈の場所は、巨大な瓦礫の山に変わっている。
懸命に瓦礫を掻き分ける人。血に塗れて倒れる人。誰かを探して叫び続ける人。
旅客機がビルに突っ込み、爆発する瞬間。ビルがまるで砂の城のように崩れ落ちていく瞬間。
火災から逃れようと窓の外にへばりつく女性。力尽きて数百メートル下へと落ちていく男性。
ビルの方々で起きた爆発によって降る炎の雨。付近の建物を巻き込む倒壊の衝撃。
絶望のあまり立ち尽くす老人。真っ黒な顔で泣きじゃくる子供。
梓「ひどい……」
澪「何て事を……」
律「……」
梓は両手で顔を覆い、澪は画面から眼を離せずにいる。しかし、どちらも両眼からは大粒の涙を
こぼしていた。
律はすぐに映像から視線を外し、音も無く奥歯を噛み締めながら、サングラスの奥から
紬を睨みつけている。
そして、この凄惨極まる場面を見ず、涙を流していないのは律だけであった。
つまり、紬もモニターに眼を向け、泣いていたのだ。
紬「やったわ……」
両の拳を握り、唇は僅かに笑みが形作られている。
他の二人とは明らかに別種の、歓喜の涙だ。
紬「これで私の使命を脅かすものはすべて排除された。放課後ティータイムという伝説は永遠に
守られたのよ。そして、次は神話という更なる高みに昇るの。私の手によって」
紬の言葉に力がこもり始め、朗々たる調子となっていく。まるで酔いしれるように。
紬「まずは書籍化。それから映像化も。あらゆる層の人間を虜にして、あらゆる媒体へのメディア
ミックスを果たしてみせる……!」
その言葉に、梓が敢然と顔を上げた。
梓「“次”ですって!? こんな、こんな大量虐殺に手を染めておいて、逃げられるとでも思って
いるんですか!?」
澪「そうだ! 私達が告発するぞ! お前は殺人犯だと!」
紬「……梓ちゃん、澪ちゃん」
狂気。
二人に向けられた紬の眼光を表す言葉があるとしたら、それはやはり“狂気”に他ならない。
ただし、同じく狂気に取り憑かれた律とは、多分に異なる雰囲気を醸し出している。
律の眼を冷たい青白さとするならば、紬のそれは煮えたぎる赤黒さ。
毛穴でも感じられそうな獰猛な悪意をほとばしらせながら、紬が二人の方へと近づいていく。
紬「真相のすべてを公表するという事は、同時にあなた達のスキャンダルやプライベートの恥部を
世間に晒す事になるけど、それでもいいの?」
澪「うっ……」
梓「……」
紬は梓の横に回ると、彼女の肩に手を掛け、耳元で囁いた。
紬「一般人だって、自身の性的な問題を周囲に知られるのは、恥ずかしくって堪らないのにね。
じゃあ、マスコミの手によって、そんな秘密を日本の全国民にばらまかれちゃう梓ちゃんは
どうなっちゃうのかしら」
梓「なっ……!」
紬「この先ずっと、男性からも女性からも淫猥と憐憫の視線を浴び続け、恋愛や結婚とは縁の無い
人生を送る事になる、というところね」
梓「……」ワナワナ
絶句した梓を捨て置き、今度は澪の方へ顔を向ける紬。
紬「澪ちゃんとプロデューサーさんは、何度もグラスタワーのスウィートにお泊りしていたわよね。
彼と五藤組の関係が表沙汰になれば、警察はあなたにも疑いの眼を向けるかも」
澪「わ、私は法に触れる事なんて、何ひとつしてないぞ! 違法カジノなんて聞いた事も無かった!」
紬「世間はそう見てくれないわよ? 交際相手の男性は暴力団と深い繋がりがあった。その男性と
違法カジノが開かれていた場所に出入りしていた。これだけで澪ちゃんには終生、ダーティな
イメージがつきまとうわ。ご両親もお気の毒に……」
澪「そんな……」
メンタルの弱い澪を突き崩すには充分過ぎる言葉だ。
顔を歪めてうつむいてしまった澪は、先程見せた気概を最早失ってしまっていた。
だが、紬は容赦せず、二人の精神に絡めた言葉の鎖を更に締め上げる。
紬「それと…… グラスタワーの黒い霧を晴らした事によって起こる、政財界や芸能界の大混乱。
あなた達の告発によって、何人の大物が社会的な打撃を受け、何人の大物があなた達に恨みを
抱くかしら。平和な暮らしなんて望むべくも無いわね」
梓「……」
澪「……」
二人は言葉無く、顔面を蒼白にして立ち尽くしている。
口を開けば、声ではなく、胃の内容物が飛び出してきそうだ。
重苦しく息苦しい空気がこの場を支配している。
不意に、紬は声の調子を変えて、こう切り出した。
紬「ねえ、考えてもみて……」
両眼からは赤黒く煮えたぎる狂気も消えている。
紬「可愛くて、面白くて、元気いっぱいで、歌もギターも上手で、音楽の才能に溢れていた、
唯ちゃん」
緩やかな足取りで、律と澪の背後を歩く。
紬「亡くなった今でも、ファンの心の中にはそんな彼女が住んでいるの。悪質なコメディアン
なんかじゃない。ファンの皆も、私達も大好きだった頃の唯ちゃんが」
そして、二人の眼前に立つ。
その顔には、リゾートハウスに踏み込んだ三人を迎えた時のような、にこやかな笑みが
浮かんでいた。
紬「あなた達が口を閉ざしてさえいれば、すべては穢れの無いままなの。唯ちゃんは天使のまま。
放課後ティータイムは伝説のまま。そして、あなた達はあなた達のまま」
澪「唯……」
何かに打たれたようにハッと顔を上げる澪であったが、それも束の間、再びうつむいて
口を閉ざす。
梓「……」
梓は蒼白な顔のまま無言を通しており、律も相変わらず何も話そうとしない。
音の無い部屋。その中で、四人の放課後ティータイムは微動だにしていなかった。
動くものと言えば、物言わぬ無数のモニターに映し出された、この世の地獄。
それから、永遠に続くかと思われた長い長い時間を経て、ようやく梓が絞り出すように
声を漏らした。
梓「……わかりました。秘密を守ると、約束します」
梓の言葉に勇気づけられたように、澪が顔を上げて後に続いた。
澪「……肯定も共感もしたくない。賞賛なんか出来る訳が無い。それどころか、非難されなければ
いけないんだ」
そこまで言うと、伏し目がちとなり、やや声のトーンが落ちていった。
大切な親友。音楽の神に愛されたミュージシャン。私の心を乱す悪魔。放課後ティータイムを
売った裏切りのコメディアン。誰よりも愛し、誰よりも憎んだ、あの人。
ああ、今、唯に会いたい。会って話をしたい。
澪「でも、唯の事だけは、理解出来る……」
律「笑わせるな」
突如、律が長い沈黙を破り、吐き捨てるように言った。
そのまま踵を返すと、部屋のドアへ向かって歩き出す。
澪は慌てて後を追い、律の前に立ち塞がった。
澪「ど、どこに行くんだよ」
律「世間に真相を明かす。唯の死の、すべての真相を」
澪「ムギの話を聞いてなかったのか? もう、そんな単純な問題じゃなくなってるんだよ」
律「自分の所業を闇に葬れる大義名分が出来て、ホッとしたか?」
澪「ムギも言ってたろ! 唯を、皆が好きだった唯のままで逝かせてやるには、これしか方法が
無いんだ!」
律「フン…… 今更、人間性に目覚めたのか? 都合のいいこった。最初から唯と、いや、
唯に映った自分自身と向き合っていれば、こんな事にはならなかったのにな」
澪「……!」
律の言葉が澪の胸に突き刺さり、それと同時に涙がポロポロとこぼれ落ちた。
自分でも薄々は気づいていた。いや、はっきりと自覚していたのに顔を背け続けてきた。
すべては手遅れだ。手遅れになるべく、時を過ごしてきたのだ。
澪「ダメなんだよ、律。唯はもうダメなんだ…… 私とムギが、唯を……」
そこへ、梓が割って入った。
止めなければならない。このままでは、ここにいる四人が共倒れになるだけだ。
梓「落ち着いてください、律先輩。ここは冷静にならないと。真実を公表すれば、ムギ先輩以外の
有力者達が一斉に私達を抹殺しようとしてくるんですよ」
律「……私は唯と約束したんだ。血塗れの唯と。必ず真相を暴くって」
もう律は、梓を見てはいない。澪も。紬すらも見てはいない。
見えているのは、見る事が出来るのは、唯の顔らしき真っ赤なロールシャッハ・カードだけ。
律「だから絶対に妥協しない。たとえ、偉物共に殺されようとも。たとえ、放課後ティータイムが
壊れようとも。たとえ――」
強く握り締められた律の拳が僅かに震えていた。
律「――唯が、穢れようとも」
紬「行かせる訳にはいかないのよ。りっちゃん」チャッ
声の方へ澪と梓が顔を向けると、そこには口径の小さい旧式の回転式拳銃を構えた紬の姿があった。
銃口はこちらへ、厳密に言うと律の方へ向いている。
澪「お、おい、ムギ、銃なんて……」
梓「ムギ先輩、やめてください……!」
律「そうか……」
一言呟き、律が振り向いた。
紬「私の力は、どんな人間も変えられる、どんな人間も操れる、と思っていたわ」
紬の手でゆっくりと拳銃の撃鉄が起こされると、梓と澪は反射的に律から飛び退いた。
紬「でも、唯ちゃんと、りっちゃんは……」
律「ムギの創り上げた放課後ティータイムを守らなきゃな。それには、メンバーの死体が
もうひとつ必要なんだろ?」
左手がニット帽を掴み、頭から乱暴に取り去った。
バサリと顔へ落ちる皮脂で汚れた前髪。
続いて右手がサングラスを外す。
そこに狂気に光る眼は無かった。あるのはただ溢れそうな程に涙を湛えた弱々しい瞳。
律「どうした? 何をためらってる……」
紬「……」
律「さあ、やれよ……!」
震える声。隙あらば漏れ出ようとする嗚咽。
一筋の涙が律の頬を伝い、流れ、落ちた。
紬「……」
澪「ダメだ、ムギ……」
梓「お願い、やめて……」
律「殺せェ!!」
絶叫と同時に銃声が部屋いっぱいに響き渡った。
銃口からは細く硝煙が昇り、律が床へ崩れ落ちる。
梓「いやああああああああああ!!」
梓が悲鳴を上げながら駆け寄り、すぐさま抱き起したが、既に律は事切れていた。
いまだ涙が浮かぶ両眼は薄く開けられたまま虚空を見上げ、胸からは絶え間無く血が
溢れ続けている。
梓は物言わぬ律を強く抱き締めた。
梓「ああ…… 律先輩…… 律せんぱぁい……」ギュッ
澪「律、ごめん…… ごめんね……」
澪もしゃがみ込み、律の手を握っている。
梓はしばらく顔を律の髪へ押しつけて泣きじゃくっていたが、急に弾かれたように顔を上げ、
憤怒の表情を紬の方へ向けた。
そして、遺体を床に寝かせると、まるで食堂での律が乗り移ったかの如く、紬に突進した。
梓「このォ!」バシッ
少しの手加減も無く、平手で紬の頬を打ち据える。
梓「この! この!」バシッ バシッ
一発では終わらせない。梓の両の掌が続けざまに何度も紬の顔へと襲いかかる。
しかし、どういう訳か、紬は何の抵抗もしようとしない。ただ、打たれるに任せるだけだ。
やがて、紬の両頬が赤く腫れ上がり、口の端に血が滲み出した頃、梓は彼女の胸倉を掴み上げた。
梓「放課後ティータイムを守ったですって!? アンタは放課後ティータイムを歪めただけよ!!」
罵倒の言葉を浴びても、紬は無表情のまま何の言葉も発しない。
上体を強く揺さぶられても、紬は抵抗の様子を見せない。
梓「何とか言ったらどうなの!?」
激怒する梓の勢いは、紬の背中をモニター群へと強く叩きつけた。
それでも紬は顔を歪めようともしない。
そのうち、胸倉を掴む力も、上体を揺さぶろうとする力も、徐々にその強さを無くしていった。
怒りに勝る悲しみが、こみ上げる涙が、梓の動作を封じ込めていくようだ。
終いには、梓は紬から手を離し、弱々しくその場へ座り込んでしまった。
梓「何とか…… 言いなさいよ……」
紬「……最後には私が正しかったと証明されるわ」
見下ろす事無く、梓にも他の誰にも言うでもなく、小さな声で紬が呟く。
澪「最後……」
抜け殻のような面持ちの澪は、律の冷たくなりつつある手を握ったまま、律の赤みを失いつつある
顔を見つめたまま、やはり誰に言うでもなく、小さな声で呟いた。
澪「私達の“最期”はどんな形でやってくるんだろうな…… こんな事をしてしまった、
私達の最期は……」
答える者は誰もいない。
ただ、梓が身体を震わせ、嗚咽を漏らすだけ。
梓「神様、お願いです。どうか、時間をもう一度、あの頃に戻してください…… 楽しかった、
あの頃に……!」
唯の死。すったもんだの入部。悪魔のような紬。部室でのティータイム。屈した自分達。
夏休みの合宿。律の死。学園祭ライブ。
思い出と感情の爆発が、梓に天井を仰がせ、喉も破れんばかりの叫びを上げさせた。
梓「誰か時計を戻して!!」
時は流れ――
2023年10月29日午後2時9分。
群馬県某所にあるローカルコンビニエンスストア“ニューフロンティア”。
二人の若者が買い物を終え、自動ドアから出てくるところだ。
店員「ありがとうございましたー」
若者1「んぐんぐ、アメリカンドッグうめー。雑誌、何買ったの?」
若者2「アワーズ」
若者1「なあなあ、さっきのコンビニの店員さ、あずにゃんに似てなかったか? 名札も
“中野”だったし、もしかして本人じゃね? 」
若者2「あずにゃん……? ああ、放課後ティータイムの
中野梓か。えー、似てたかぁ?
髪短かったし、メガネだったし、結構デブだったろ。大体、なんで中野梓がこんな
とこでコンビニの店員やってんだよ」
若者1「いやー、似てたと思うんだけどな。この俺が見間違うワケ無いし」
若者2「つか、お前まだ放課後ティータイムとか言ってんの? 何年前の話だよ。あんなの
もうオワコンだって。やっぱ今、時代は渋谷凛だよ。しぶりんテラカワユスw」
若者1「いやいや、まだ終わらんよ。放課後ティータイムは神話だからな」
若者2「放課後ティータイムは神話www 名言キタコレwww」
若者1「今季からアニメも始まったんだぞ。『けいおん!』ってタイトルで、五人の高校時代の話でさ。
見ろよ、このTシャツ。先行発売だぜ」
若者2「月9ドラマとかじゃなくてアニメwww しかも深夜www 放課後ティータイムさん
マジ神話www んで、その自慢のTシャツにケチャップ垂れてんですけどwwwww」
若者1「ぬおおおおお!! “ん”のとこがあああああ!!」
若者2「wwwwwwwwww」
若者1「あ~あ……」
若者2「帰ったらすぐ水に浸けときゃ取れるってw あ、そうだ。放課後ティータイムって言えばさ」
若者1「なんだよ」
若者2「
田井中律っていたろ。ドラムの。死んじゃったんだっけ」
若者1「ああ、あれからもう、一年経つんだ…… 嫌な年だったな。唯ちゃんが変態ストーカーに
殺されたかと思ったら、それから何日もしないうちに10.21のグラスタワーでりっちゃんも
亡くなっちゃうんだもん」
若者2「そうそう、その田井中。そいつのさ」
若者1「あれからすぐに澪ちゃんは活動拠点をアメリカに移しちゃうし、あずにゃんに至っちゃ
インディーズの活動もやめちゃって完全に姿消しちゃったし。ムギちゃんはよく見るけど、
何だか雰囲気変わっちゃったしなー。はぁ……」
若者2「聞けってw その田井中が書いたブログっつって、VIPの糞スレにリンク先貼られてたから、
飛んでみたんだけどさ。なんか気味悪いんだよね。書いてる内容もおかしいし」
若者1「マジで? どれ、見してみ」
若者2「ちょっと待てって。今、スマホ出すから。……ほら、これ」
若者1「えーと、なになに…… 『日誌 田井中律、記 2022年10月12日――』」
青空の下から暗闇へ
与えられるものには代償が付きまとう
行けば二度とは戻れない
青空より暗闇を選ぶのならば
――ニール・ヤング
ThE eND
以上となります。
初めての方は、気分の悪いSSを読ませてしまい申し訳ありません。
続きを気にしてくださっていた方は、お待たせしてしまい申し訳ありません。
では、またいつか。
最終更新:2014年04月26日 20:22