………

………

………スーパー


澪「うう……高い……
増税か、世知辛い世の中になったなあ……」ガックシ


澪「虎の子の一万円…… 考えて使わないと」


梓「澪先輩澪先輩! 外にたい焼きの屋台が! ぜひ!」ぐいぐい


澪「キョアー! あっちへ行ってろ! 唯と遊んでこい!」


梓「は、はいいいっ!」ぴゅーっ


澪「まったく……」


………

………

………スーパー前ベンチ


唯「ほえ、いいニオイ!!」


唯「でも私、お金持ってないや……」しゅん


梓「唯先輩っ」ざくっ ざくっ


唯「あ! あずにゃーん」


梓「たい焼き買ってきました。 よかったらどうぞ」


唯「えーっ! いいの!?」

梓「はい、疲れたでしょうから」

唯「うわあい! ありがとうあずにゃんっ!」

梓「あとは澪先輩を待つだけです。ここでゆっくりしましょう」

唯「うんっ♪」

梓「ちなみに、唯先輩のはカスタードクリームです」

唯「じゃあ半分ずっこだね」ブチブチ

梓「しょうがないですねぇ。 本来アンコ以外は邪道なんですけど、今回は特別ですよ」

唯「えへへへへへ♪」



———ドルルルルルルッ ドドドドドドドドォォーッ!



唯「…………へ?」



駐車場の脇、高く積まれた雪山の向こう側から大きなスノーモービルが飛び出してきた。



和「FOO! 最高よ!」



空を駆けるスノーモービル、唯は運転席に幼馴染を見た。


唯「の、和ちゃん!?」


梓「律先輩にムギ先輩もいます!!」


律「おーう! 唯! あづスっッ!」ガグンッ

和「ッ……喋ると危ないって言ったでしょ」ドルルン ドルルルルン

紬「二人とも会いたかったわ〜♪」ザッ

唯「ムギちゃんっ! スゴいねこれ! どうしたの!?」

紬「和ちゃんが学校から借りてきてくれたのよ」

律「おう! 迎えに来てやったぜ!」

梓「助かります! あの道を戻るって考えたら気が滅入りそうだったんです!」

和「あ、あの吹雪の中、徒歩でよくここまで来れたわねぇ……二人とも無事でよかったわ。 それで、澪は?」

唯「澪ちゃんならまだ鍋の具を買ってるよ〜」

和「鍋?」

紬「そうよ、みんなでお鍋するの。 最初はティータイムのつもりだったけど、晩ご飯になっちゃったね。和ちゃんも一緒にどう?」

和「遠慮するわ。 家の晩ご飯あるし」

唯「そっか…… そうだよね、憂に連絡しなくちゃ。きっと心配してるよ。
………あ、でも携帯部室だ……」

和「私の携帯使いなさい」

唯「わあ! ありがとう和ちゃんっ。 頼りになるぅ」

和「どういたしまして。 …………あら、揃ったみたいね」



澪「———あれっ? 和じゃないか!!」




律「おっ、ホントだ、やっと来たか澪のやつ」

梓「スゴい荷物ですね。 楽しみです!」


………


………


………


唯「うん、だから今日晩ご飯はいらないよ、帰りも結構遅くなるかも。 それじゃあね」ピッ


唯「はいっ。 和ちゃんありがと〜」

和「…………思ったんだけど、学校で鍋するの……?」

澪「うん。 ずいぶん遅くなっちゃったけど」


和「ムギのお菓子はどうしたの?」


澪「ん? 喰べたよ? いつも通りに」


和「食欲の権化ね」


澪「そ、そんなあ!」ガーン


梓「和先輩の言う通りです!」


澪「お前が言うなァー!」

和「澪がこの調子なら、誰一人として反対者はいなかったようね…… とんでもない部活だわ」

律「それがアタシ達軽音部だ!!!」どん!

和「廃部に追い込んじゃうわよ?」

律「勘弁してくれ」

唯「ねー、暗いし寒いしもう行こ〜」

紬「お腹も空いたね〜」

澪「ゆ、唯は全身にカイロ貼ってるから大丈夫だろうけど……」

律「アタシらは凍えちゃうよ。 行こ行こっ!」

紬「出発しましょう和ちゃんっ!」


和「そうね。 じゃあ席順というか……どこに座るかだけど……」


和はスノーモービルを眺めた。


——この桜が丘女子高等スノーモービルは、三つのユニットで成り立っている。

一つはハイパワーエンジンを搭載したボディー。
洗練されたデザインの運転席に後部座席が二人分連結されている。

残るはボディーを中心にその両端へ結合されたブースター兼座席。 各ユニットに一人ずつ座ることが出来る。


和「この一人用の席はかなり振動が激しいのよね……」


和「とりあえず唯、あんたは私の後ろの席に座りなさい。 じゃないと走行中心配でマトモに運転出来ないわ」

唯「う、うんっ」

和「みんな、それで異論はない?」

澪「あ! 私も真ん中の席! せっかくの食材がこぼれちゃったら大変だし……」ぎゅっ


和「うん、なら決まりね。 真ん中は唯と澪、残りは横の席に座ってちょうだい」


澪「……不安だなぁ」


唯「ほっ! 結構いい座り心地だね! 澪ちゃんおいで〜♪」

澪「あ、ああ! よっこいしょ……」どすん


律「おーし! アタシはここだ!」さっ

紬「私はこっち。 激しいの楽しみ〜♪」ひょい


梓「じゃあ私は………あれっ?」


梓「あれっ?」


和「あっ」


澪「?」 唯「んー?」 紬「あ……」 律「おお……」


和「どうしましょ…… 梓ちゃんが座れないじゃない」


律「梓、歩いて来れるか」


梓「バ、バカ言わないでください! 空腹もあいまって死んじゃいます!」


律「………馴染んだ後輩の顔立ち、特徴的なツインテール」

紬「スーパーの入り口に置いてかなくちゃいけないのかな……」


梓「冗談はよしてください!!!」


唯「あ、あずにゃん……」


梓「先輩方!! どうにかしてください!」


和「そうねぇ…… 後ろに縛り付けて無理矢理にでも乗せてくくらいしか……」


梓「そんなのイヤですぅーッ!」


律「別にいいだろー? しっかりしがみついてれば大丈夫だってェ♪」


梓「失望しました律先輩!!」


律「そうか。 失望されるような先輩にはついてきたくないよな…… 和、出してくれ」ばんばん

梓「すみませんウソです! ごめんなさーい!」

律「つーん」ツーン


梓「う〜……ううぅ…… あ、あんまりです……」


梓「HEEEEYYYY!!」ドバー


澪「なあ、いくらなんでも……」

唯「りっちゃん、あずにゃんがかわいそうだよぉ……」

和「まさか本気で置いてくつもりじゃないわよね?」


律「当ったり前だろー、そこまで過酷な後輩いびりはしないってえ」

梓「グスッ……よかったぁ……」


澪「で、結局どうするんだ?」

紬「やっぱり縛り付けるしか……」

梓「そ、それはイヤです!」

和「…………梓ちゃん、私の膝の上でよければ、乗れるけど」

梓「あ、ホントですか!? ぜひ!! ぜひ乗らせてください!!」ギュッ

和「そう、なら覚悟してね」



……


………帰校!


……



梓「ひやあああああああ!! 和先輩ィィィィーッ! もっとスピード落としてくださァーい!」

和「何言ってるの! やっと調子が出てきたところよ!」ギャギャギャギャギャ


唯「〜〜〜〜っ……」ガクガク

澪「」ブクブク

律「おい! 澪 ………こ、こいつ、気絶しても食材を離さないとは……!」


紬「あふあふあふあふあふふ」ガグガグガグガク

律「そしてムギ……一層ウットリしてやごァンッ!?」ガクンッ

唯「喋ると舌噛んぢッ——」ガチッ

唯「〜〜〜〜〜っ!!」


和「フルスロットルでコーナー突入!」グイィィッ


律「ひぃえぇーーーっ!!」

梓「か、髪が巻き込まれッ……ぎゃあああああああ!!」

唯「あうぅ〜〜〜っ」がくがく

紬「まあ! 唯ちゃんのヨダレがッ! どんと来〜—— ザザザザザザッ


律「大変だあ和ァ!! ムギの席が雪に突っ込んでる!」


和「い、いけない! 私としたことがついカーブを描き過ぎちゃった……!」グッ


紬「パァ! これよ! この雪を掻き分け突き進む快感! これこそ私が求めていたもの!」ザザザザザ


律「あ、大丈夫そうだわ」

和「そうね」


………

………

……桜が丘女子高等学校

……正門前


——ザザザザザザっ


梓「ぁぁぁぁぁぁあい」

和「ふうっ……みんなお疲れ様、到着よ」

唯「怖かったぁ……」

律「け、軽音部史上最大の綱渡りだった気がする……」

紬亜種「」

澪「」


………

………


和「それじゃあ、私は行くから。 鍋が終わったらすぐに帰りなさいよ」

唯「ありがとう和ちゃーん」

澪「ホントに助かったよ和!」

梓「ありがとうございました……」

紬「またいつでもティータイムに来てね♪」

律「精一杯のもてなしをするからな!」


和「ありがとね、じゃ」ドルルルルルルンッ


——バオオオーーーン


和は闇に消えた。


律「………アレ、返さなくてよかったのか?」

澪「知るか」

梓「そんなことより鍋です!」

紬「行こ行こ〜♪」

唯「はあ……疲れたな……」

………

………

………音楽室



澪「さあ! 具材を並べるぞ!」どさどさ

タラバガニ一杯
牡蠣三パック 鱈の切身 車海老二パック
豚肉牛肉鳥肉各二パックずつ
白菜 えのき 白ネギ 椎茸 バナナ 人参 もやし
豆腐 しらたき
昆布だし 各種調味料

律「えらい買ったなぁ……」

唯「なんでバナナなんてあるの?」

梓「あ、それは私のです」


紬「それじゃあ作ろっか。 私はお鍋の用意してくるね」

律「お、そんなら野菜切るのは任してくれ!」

唯「りっちゃん得意だもんね〜」

梓「じゃあ澪先輩はカニを捌いてください」

澪「えっ……捌く?」

梓「はい、一旦甲羅を剥いて、エラとかを取り除くんです。 あ、ミソは残すんですよ」

澪「わ、私には無理だ! そんなこと!」

梓「はあ……? 澪先輩のリクエストした具材なんですから、澪先輩がやるべきでしょう」

澪「怖いよおお……ゆ、唯ぃっ」

唯「任せてっ! 私がやる!!」どん

澪「ありがとう……それじゃ私は出汁作るよ!」


………


………


澪「や、やったぞ! 完成したぞ! やっほーい!」

紬「あとは煮えるのを待つだけね〜」

律「はーら減ったなァ……」グー

唯ぃ「もう9時過ぎだね〜……」

梓「なんだか眠くなっちゃいましたよ」ごしごし

澪「お、いいぞ梓、寝ても。 その代わりお前の分はなくなるけどな」

梓「その手には乗りません! 牡蠣を目の前にして眠るなんてあり得ませんよ!」


………

………

………実食


澪「時は満ちたな。 ムギ、頼む」

ムギ「えいっ」ぱかっ


ムギが蓋を開けると、陸空海産物が所狭しと詰まったこの世に二つとないスペシャル鍋が全貌を現した。

とりあえず鍋に合いそうなものはなんでもという考えの元に購入され、鍋に放り込まれた様々な食材は、
澪特製の出汁"澪汁"によって素材の味を何倍にも引き立てられ、最高峰の具材へと昇華した。

はち切れそうなほど大粒の牡蠣は一つ一つがキラキラと宝石のように輝き、
真っ赤に茹で上がったタラバガニは溢れんばかりの旨味を今もスープ中に放出している。


唯「うっわぁー! おいしそぉーっ!」

唯がヨダレを垂らす。

澪「……ゴクリ」

梓「早速いただきましょう!」

律「こりゃー喰いきれねーな!」

紬「そうかしら? あっという間になくなっちゃいそう♪」

澪「よし! 喰うぞ! みんな手を合わせろ!!」


一同「いただきまーす!」


………


梓「唯先輩! 牡蠣どうぞ! 濃厚でおいしいですよ!」グググ

唯「ちょ、あずにゃんっ、自分で食べれるからっ……」

律「梓の唯に対する牡蠣推しはなんなんだ」


………


梓「澪先輩、ネギ喰べてください」ぼちゃ

澪「あっ! 好き嫌いはよくないぞ! こいつッ!」


………


梓「ムギ先輩、バナナ剥いてください」

ムギ「はい梓ちゃん、あーん」

………

………


澪「……」


——パキ…… するっ……


澪「うわああああ! どうしてもカニの身が取れない!!」

梓「おとなしくハサミで切り開いたらどうです?」バキバキ

澪「それはなんか負けたみたいでやだ!」

唯「んー、とりあえず貸してみて澪ちゃん」

澪「ああ……」

唯「こーゆうときってぇ、吸うと取れるんだよね〜」

唯「〜〜ッ」ズポッ

唯「むー! ほれた!(取れた)」

澪「おお! やったな唯! さあ! それをくれ!!」

唯「ふァああい」ぷらぷら

澪「はむっ」がぶちゅ


律「今のうちにアタシは他の具をいただくぜ!」どどど

紬「まあ! りっちゃんズルイわ!」ドゴォ

律「いってえええええええ!!!」


………

………

………三十分後


完食!


梓ちゃん「見事にすっからかんですね」

唯「なんだか体が熱くなってきたよ〜」

澪「ちょっと汗かいちゃったな」

紬「みんな〜、食後のデザートはいかが〜?」

律「おっほお! 喰う喰う!」

梓「エクレアあります?」

ムギ「あるわよ〜」

………

………

………数時間後


唯「ふわぁ……眠いかも……」

澪「外は寒いし、帰るの面倒だなあ……」

律「なー、もう今日はここに泊まらね〜?」

梓「私もそれ考えてました」

紬「じゃあ歯ブラシと寝袋キット用意するわね」

澪「あ、私はストーブ持ってくるよ」

律「澪〜、なんか適当に漫画な〜」

澪「はいはいっ……」

唯「りっちゃん、明日はお休みだから夜更かししようね〜」

りっちゃん「おう! 望むところだ唯!」

梓「今夜は遊び呆けましょう!!」

唯「よーし テンション上げてくよ〜↑」


………

………

………


澪「……じゃ、電気消すぞ」

唯「んー……」 律「ぁぁ……」 梓「ふぁーい……」

紬「みんなクタクタね」


——パチン


澪「さ……寝よっか」

紬「ええ」

澪「………っと」ごろん

紬「……」

澪「今日は楽しかったなぁ」

紬「そうねぇ……」

澪「明日はどうしようか?」

紬「山にスキーでもしに行かない?」

澪「スキーか! いいな!!」

律「澪うるへ〜……」

澪「あ、ごめん」

紬「うちの貸切ゲレンデがあるから、そこに行きましょう♪」

澪「楽しみだなあ……眠れないよ」


………


………


………


………翌朝


紬「今日はみんなでスキーに行きましょう♪」

唯「やったー! スキーだ!」

梓「冬ならではですね!」

律「おーし早速出発だ!」


澪「今日も楽しい一日になりそうだなあ」


………

………


………


………平沢家


憂「お姉ちゃん……なんで帰ってこないの……? うぅっ……」



——おしまい



最終更新:2014年05月01日 08:27