梓「ねえ憂。色んな人から事件の聞き込みしてるんだって?」
憂「うん。犯人もわかったよ」
梓「えぇっ!? だ、誰なの!?」
憂「どうせなら皆を交えてお話しようかなって思ってるんだけど……」
純「お、なになにお話って?」
菫「わたし、気になります」
直「私もです」
梓(こいつら練習より食いつきがいいぞ)
憂「……皆、すぐに集まっちゃったね」
梓「この連帯感が今は恥ずかしいよ……」
* * *
憂「じゃあ話を始めるよ……といっても今回の事件、
犯人自体は結構簡単に編み出せちゃうんだ」
菫「えっ、そうなんですか?」
憂「うん。犯行理由は、ちょっと手間取ったけど……多分大丈夫」
直「それで犯人というのは……?」
憂「それはね……」
純「それは……?」
「…………」
憂「……あなたが犯人なんでしょ?」
直「えっ」
梓「そ、そんな……」
菫「ど、どういうことなんですか!?」
純「……」
菫「純先輩が犯人だなんて!!」
純「……私が犯人?」
憂「そうだよ純ちゃん。ケースを盗んだのは他でもない、純ちゃん自身だよ!」
「…………」
純「一応、理由は聞こうかな」
憂「とっても簡単な話だよ」
憂「純ちゃん……、どうして新しいケースを買おうとしないの?」
純「えっ?」
憂「今はさわ子先生に借りてるから大丈夫……」
憂「だけど、いつまでも借りるわけにはいかない。
もし私がケースを盗まれたとしたら、盗まれたものを探しつつ、新しいものを買うよ?」
憂「でも純ちゃんはそれらしい行動を一つも見せていない。
“誰も特別な行動を起こすことなく”、今日まで来ているんだよね、スミーレちゃん」
菫(私の手紙に書いた文章だ……)
純「なるほどなるほど。私が盗んだのなら、いずれそれが自分の手元に戻る……というか、
私の手元を一度も離れてないわけだから、新しく買う必要はないもんね」
直「しかし憂先輩、それだけでは根拠が薄い気が……」
憂「直ちゃん、根拠はこれだけで終わらないんだよ」
憂「なんでケースは、梓ちゃんの机の上に置いてあったのかな?」
梓「私の?」
憂「うん」
梓「それは同じ軽音部員だったから……」
憂「そうだと私も思うよ。
きっと犯人は梓ちゃんと純ちゃん、どっちにも詳しい人だったんだね」
憂「だって“梓ちゃんの机”を知っているんだから」
梓「あ……ああっ!」
菫「え、つまりどういうことなんですか?」
梓「私たちのクラスは、実は席替えをしたばかりだったんだよ」
梓「そうか……席替えをしたばかりの私の机を知っているということは、
それだけで、私の身近な人間の犯行だといっているようなもの……!」
直「席替えをしたのはいつなんですか?」
梓「先週の金曜日。そしてケースが置いてあったのは、その次の月曜日だよ」
直「なるほど……」
純「で、でも席は調べようと思えば誰でも調べられるんじゃない?」
憂「席といえば純ちゃん、あの日間違えた席に座りそうになったんだって?」
純「う、うん……」
憂「でも、純ちゃんが登校してきたとき、既に多くの生徒が登校していたよね。
周りには自分の席についている人も、たくさんいた。
それなのに席替えしたことを忘れる、なんてあり得るの?」
純「それは……」
憂「……私が間違えるんだったら、それは“自分が一番乗りのときだよ”。
だって他に誰もいないんだもん。間違えたって仕方ないよね」
純「ッ!」
憂「もう少し根っこのことを言うとね、
純ちゃんのケースが盗まれたこと自体が、怪しすぎると思う」
憂「悪戯にしては無駄が多すぎるし、ケースをなにかに使いたかったにしても、
ベースケースじゃなければ駄目ということは、そんなにない。もっと他に、代用品はあったはずだし」
憂「例えば偶然あの場にいて、偶然ケースを使わなければいけない場面に遭遇した時でも、
わざわざ他人のモノだとわかっているものを使うなんて、それはちょっと勇気がいることだよ」
憂「でも犯人は“なんの躊躇もなく”、純ちゃんのケースを使った」
直「あっ、確かに捜索したあの日、ケースが盗まれたこと以外は“全部普段通り”……。
つまり外部の人間が、なにかを探したあともありませんでした」
憂「うん。普通の人がそういう場に居合わせたとしても、
他人のモノ……それもベースのケースを使うなんて。もっと違うモノを探すよ」
憂「でもただ一人だけ、そのケースを躊躇なく使える人物がいるんだね」
梓「……持ち主である、純自身……」
憂「そうなんだよ梓ちゃん。そもそもこの事件に、余分な推理なんていらなかった。
“ベースのケースが盗まれた時点でほとんど犯人は決まっていたんだから”」
憂「あとはもう少しだけ、純ちゃんに繋がるような証拠を見つければいいだけだったんだね」
純「……あっぱれだよ、憂」
梓「じゃあ犯人は……本当に純なの!?」
純「そう……全ては私の計画通り」
純「でも、憂。“その理由”まではわかっているの?」
憂「……」
純「憂?」
憂「……」
純「……そっか……はは」
直(二人の間でなにが……?)
憂「……あのね、私も実は、理由まではわかってなくて。
明日までに考えておくね」
梓「えっ……?」
憂「梓ちゃんも家で考えてみようよ! スミーレちゃんも、直ちゃんも!」
梓「えぇ!?」
菫「そ、そんなのわかりませんよー!」
憂「これ宿題だからね?」
菫「ひぇぇ〜……」
直「今日の憂先輩、やけにスパルタですね……」
梓「ちょ、ちょっと! ほんとに宿題にするつもりなの!?」
憂「当然だよ!!」
梓(どうしてこうなった)
* * *
純「……」
憂「純ちゃん」
純「……さて。他の全員を帰らせて、憂はなにをしてくれるのかなー。
もしかして愛の告白でもしてくれんの?」
憂「……皆には宿題って言ったけど、私は今日中に提出しようと思うよ」
純「ああ……やっぱり。わかってたんだ」
純「だから他の皆が帰ったあとで、私に言うんだ」
憂「純ちゃんだって、そうして欲しかったでしょ?
……大丈夫、間違ってたら、ちゃんとそう言ってくれれば」
純「わかった。それで、私がこの事件を起こした理由は、なんだと思うの」
憂「純ちゃんは、この部室に入る“侵入者の影”を見たんだよね」
純「……」
憂「そしてそれをどうにか“誰の目にもつかず”、“学校の外に出して”しまいたかった」
純「……」
憂「そしてその侵入者の正体、それは……」
憂「……“蛇”、なんじゃない?」
純「……ほんと。花丸をあげたくなるね」
憂「やっぱり……」
純「どこで気づいた?」
憂「純ちゃんさ、私に、地元紙に載ってたニュースの話をしてたでしょ?
あれがどうしても気になっちゃって……」
純「私が新聞読むこと自体が珍しいから?」
憂「ううん。そうじゃない。
実はそれよりもっと重大なニュースが、近所であったんだよ」
純「えっ」
憂「この近辺に、全国指名手配犯が潜伏していたって……知らない?」
純「う、嘘……!」
憂「……やっぱり」
憂「私はこのニュースを差し置いてまで、あんなニュースを挙げることが不思議だったの。
それで調べてみた。純ちゃんの言っていた三つの事件は、全部同日の地元紙に載っているものだったね」
憂「逆を言えば純ちゃんは、“その日の地元紙の内容しか頭に入っていない”。
つまり、その日の地元紙に載ったニュースが印象的なんだろうなあって、思った」
憂「じゃあ、それはどのニュースか」
純「……」
憂「それで考えてみたよ」
憂「この一件の解決にはケースが必要だった。そしてケースの存在は隠す必要があった。
そして、その一件の主犯が自分であることも隠す必要があった」
憂「“真相を誰にも知られてはならなかった”」
憂「それにしても、ベースのケースは自分の持ち物だとしても、
余程差し迫った事態じゃなければ使えないよ。
でもそれを“朝早くに”、“咄嗟に”使わなければいけない状況になってしまった」
憂「それは朝早く……登校するときに、“なにかを見てしまった”からなんじゃない?」
憂「あの日の朝、部室でなにが起きていたか。確か直ちゃんがこう言っていた。
部室の窓が開いていた、と」
憂「純ちゃんは“窓から何かが入った姿を見てしまったんだ”」
純「……よくわかってるじゃん」
憂「それなら純ちゃんが“あの事件”に関心を寄せたのもわかるよ」
純「“無許可で危険なペットを飼ってた人が捕まった”……ってニュースでしょ。
だったら正解。私はそのニュースがいつ流れるのか、気が気でなかったよ」
憂「純ちゃん……」
純「あの日登校してた私は、本当びっくりしたよ。
この辺でも見かけないような色のなにかが、窓から部室に入っていったんだ」
純「あれはなんだったんだろう……。
そう思って、ベースを置いていくフリをして、部室に行った」
純「そしたらそこには……色鮮やかな“蛇”がいたんだよね。
いやー、驚いた。驚いたけど、それよりも私は考えたんだ」
純「……邪魔をしてくれるな、と」
純「蛇が出たとか、捕まえたとしても蛇が苦手な人からすれば、
前にここにいたとかいう事実だけでも駄目でしょ?」
純「そんなことで邪魔されてたまるもんか……って、咄嗟の行動。
いつの間にかケースの中に、蛇が入ってた」
憂「優しいんだね、純ちゃん……」
純「梓が……、私の親友が、あんなに真剣なんだ。
人だろうと蛇だろうと、誰にも邪魔なんてさせないよ」
憂「純ちゃん、かっこいい」
純「そ、そう言ってもらえると嬉しいな……」
憂「でも危ないことは、めっ! だよ」
純「う……一応、さわ子先生には伝えといたんだけどね……」
憂「あ、やっぱり? ケースがすぐに用意されてたから、
そうなんじゃないかなーって思ってたんだ」
純「あとジャズ研時代の後輩で、爬虫類に詳しい人にも相談乗ってもらったり……」
憂「二年生?」
純「あ、うん、そうだよ。その人は蛇とかトカゲとか、全然大丈夫な人だったからさ、
他言無用ってことで色々話してた」
純「で、まあ……保健所に行って。それを預けて。
多分そっから、警察に連絡がいったんだろうね」
憂「なるほどねー……」
純「さ、これで話はおしまい! 帰ろう!」
憂「……」
純「……危ないことだったって自覚はあるし、
二度としていい真似じゃないことも、わかってるから。許して? ねっ?」
憂「……もう絶対、そんな危険なことしないでよ……?」
純「もちろん」
憂「よかった……。あ、それと純ちゃん」
憂「このことはやっぱり隠し通すの?」
純「うん、そうするつもり」
憂「それじゃあ、純ちゃんにも宿題だね」
純「えっ」
憂「純ちゃんは代わりの、嘘の理由を用意してくること」
純「うえぇ、そうきたか……やっぱり用意しなくちゃ駄目かぁ……」
憂「……ふふ、大丈夫だよ純ちゃん」
純「えっ……?」
憂「今度は私も、共犯者になってあげるから!」
‐ お し ま い ‐
最終更新:2014年05月20日 22:06