■五人目‐平沢憂の推測


梓「ねえ憂。色んな人から事件の聞き込みしてるんだって?」

憂「うん。犯人もわかったよ」

梓「えぇっ!? だ、誰なの!?」

憂「どうせなら皆を交えてお話しようかなって思ってるんだけど……」

純「お、なになにお話って?」

菫「わたし、気になります」

直「私もです」

梓(こいつら練習より食いつきがいいぞ)

憂「……皆、すぐに集まっちゃったね」

梓「この連帯感が今は恥ずかしいよ……」


  *  *  *


憂「じゃあ話を始めるよ……といっても今回の事件、
 犯人自体は結構簡単に編み出せちゃうんだ」

菫「えっ、そうなんですか?」

憂「うん。犯行理由は、ちょっと手間取ったけど……多分大丈夫」

直「それで犯人というのは……?」

憂「それはね……」

純「それは……?」


 「…………」


憂「……あなたが犯人なんでしょ?」

直「えっ」

梓「そ、そんな……」

菫「ど、どういうことなんですか!?」



純「……」

菫「純先輩が犯人だなんて!!」



純「……私が犯人?」

憂「そうだよ純ちゃん。ケースを盗んだのは他でもない、純ちゃん自身だよ!」


 「…………」


純「一応、理由は聞こうかな」

憂「とっても簡単な話だよ」

憂「純ちゃん……、どうして新しいケースを買おうとしないの?」

純「えっ?」

憂「今はさわ子先生に借りてるから大丈夫……」

憂「だけど、いつまでも借りるわけにはいかない。
 もし私がケースを盗まれたとしたら、盗まれたものを探しつつ、新しいものを買うよ?」

憂「でも純ちゃんはそれらしい行動を一つも見せていない。
 “誰も特別な行動を起こすことなく”、今日まで来ているんだよね、スミーレちゃん」

菫(私の手紙に書いた文章だ……)

純「なるほどなるほど。私が盗んだのなら、いずれそれが自分の手元に戻る……というか、
 私の手元を一度も離れてないわけだから、新しく買う必要はないもんね」

直「しかし憂先輩、それだけでは根拠が薄い気が……」

憂「直ちゃん、根拠はこれだけで終わらないんだよ」

憂「なんでケースは、梓ちゃんの机の上に置いてあったのかな?」

梓「私の?」

憂「うん」

梓「それは同じ軽音部員だったから……」

憂「そうだと私も思うよ。
 きっと犯人は梓ちゃんと純ちゃん、どっちにも詳しい人だったんだね」

憂「だって“梓ちゃんの机”を知っているんだから」

梓「あ……ああっ!」

菫「え、つまりどういうことなんですか?」

梓「私たちのクラスは、実は席替えをしたばかりだったんだよ」

梓「そうか……席替えをしたばかりの私の机を知っているということは、
 それだけで、私の身近な人間の犯行だといっているようなもの……!」

直「席替えをしたのはいつなんですか?」

梓「先週の金曜日。そしてケースが置いてあったのは、その次の月曜日だよ」

直「なるほど……」

純「で、でも席は調べようと思えば誰でも調べられるんじゃない?」

憂「席といえば純ちゃん、あの日間違えた席に座りそうになったんだって?」

純「う、うん……」

憂「でも、純ちゃんが登校してきたとき、既に多くの生徒が登校していたよね。
 周りには自分の席についている人も、たくさんいた。
 それなのに席替えしたことを忘れる、なんてあり得るの?」

純「それは……」

憂「……私が間違えるんだったら、それは“自分が一番乗りのときだよ”。
 だって他に誰もいないんだもん。間違えたって仕方ないよね」

純「ッ!」

憂「もう少し根っこのことを言うとね、
 純ちゃんのケースが盗まれたこと自体が、怪しすぎると思う」

憂「悪戯にしては無駄が多すぎるし、ケースをなにかに使いたかったにしても、
 ベースケースじゃなければ駄目ということは、そんなにない。もっと他に、代用品はあったはずだし」

憂「例えば偶然あの場にいて、偶然ケースを使わなければいけない場面に遭遇した時でも、
 わざわざ他人のモノだとわかっているものを使うなんて、それはちょっと勇気がいることだよ」

憂「でも犯人は“なんの躊躇もなく”、純ちゃんのケースを使った」

直「あっ、確かに捜索したあの日、ケースが盗まれたこと以外は“全部普段通り”……。
 つまり外部の人間が、なにかを探したあともありませんでした」

憂「うん。普通の人がそういう場に居合わせたとしても、
 他人のモノ……それもベースのケースを使うなんて。もっと違うモノを探すよ」

憂「でもただ一人だけ、そのケースを躊躇なく使える人物がいるんだね」

梓「……持ち主である、純自身……」

憂「そうなんだよ梓ちゃん。そもそもこの事件に、余分な推理なんていらなかった。
 “ベースのケースが盗まれた時点でほとんど犯人は決まっていたんだから”」

憂「あとはもう少しだけ、純ちゃんに繋がるような証拠を見つければいいだけだったんだね」

純「……あっぱれだよ、憂」

梓「じゃあ犯人は……本当に純なの!?」

純「そう……全ては私の計画通り」

純「でも、憂。“その理由”まではわかっているの?」

憂「……」

純「憂?」

憂「……」

純「……そっか……はは」

直(二人の間でなにが……?)

憂「……あのね、私も実は、理由まではわかってなくて。
 明日までに考えておくね」

梓「えっ……?」

憂「梓ちゃんも家で考えてみようよ! スミーレちゃんも、直ちゃんも!」

梓「えぇ!?」

菫「そ、そんなのわかりませんよー!」

憂「これ宿題だからね?」

菫「ひぇぇ〜……」

直「今日の憂先輩、やけにスパルタですね……」

梓「ちょ、ちょっと! ほんとに宿題にするつもりなの!?」

憂「当然だよ!!」

梓(どうしてこうなった)


  *  *  *


純「……」

憂「純ちゃん」

純「……さて。他の全員を帰らせて、憂はなにをしてくれるのかなー。
 もしかして愛の告白でもしてくれんの?」

憂「……皆には宿題って言ったけど、私は今日中に提出しようと思うよ」

純「ああ……やっぱり。わかってたんだ」

純「だから他の皆が帰ったあとで、私に言うんだ」

憂「純ちゃんだって、そうして欲しかったでしょ?
 ……大丈夫、間違ってたら、ちゃんとそう言ってくれれば」

純「わかった。それで、私がこの事件を起こした理由は、なんだと思うの」

憂「純ちゃんは、この部室に入る“侵入者の影”を見たんだよね」

純「……」

憂「そしてそれをどうにか“誰の目にもつかず”、“学校の外に出して”しまいたかった」

純「……」

憂「そしてその侵入者の正体、それは……」



憂「……“蛇”、なんじゃない?」



純「……ほんと。花丸をあげたくなるね」

憂「やっぱり……」

純「どこで気づいた?」

憂「純ちゃんさ、私に、地元紙に載ってたニュースの話をしてたでしょ?
 あれがどうしても気になっちゃって……」

純「私が新聞読むこと自体が珍しいから?」

憂「ううん。そうじゃない。
 実はそれよりもっと重大なニュースが、近所であったんだよ」

純「えっ」

憂「この近辺に、全国指名手配犯が潜伏していたって……知らない?」

純「う、嘘……!」

憂「……やっぱり」

憂「私はこのニュースを差し置いてまで、あんなニュースを挙げることが不思議だったの。
 それで調べてみた。純ちゃんの言っていた三つの事件は、全部同日の地元紙に載っているものだったね」

憂「逆を言えば純ちゃんは、“その日の地元紙の内容しか頭に入っていない”。
 つまり、その日の地元紙に載ったニュースが印象的なんだろうなあって、思った」

憂「じゃあ、それはどのニュースか」

純「……」

憂「それで考えてみたよ」

憂「この一件の解決にはケースが必要だった。そしてケースの存在は隠す必要があった。
 そして、その一件の主犯が自分であることも隠す必要があった」

憂「“真相を誰にも知られてはならなかった”」

憂「それにしても、ベースのケースは自分の持ち物だとしても、
 余程差し迫った事態じゃなければ使えないよ。
 でもそれを“朝早くに”、“咄嗟に”使わなければいけない状況になってしまった」

憂「それは朝早く……登校するときに、“なにかを見てしまった”からなんじゃない?」

憂「あの日の朝、部室でなにが起きていたか。確か直ちゃんがこう言っていた。
 部室の窓が開いていた、と」

憂「純ちゃんは“窓から何かが入った姿を見てしまったんだ”」

純「……よくわかってるじゃん」

憂「それなら純ちゃんが“あの事件”に関心を寄せたのもわかるよ」

純「“無許可で危険なペットを飼ってた人が捕まった”……ってニュースでしょ。
 だったら正解。私はそのニュースがいつ流れるのか、気が気でなかったよ」

憂「純ちゃん……」

純「あの日登校してた私は、本当びっくりしたよ。
 この辺でも見かけないような色のなにかが、窓から部室に入っていったんだ」

純「あれはなんだったんだろう……。
 そう思って、ベースを置いていくフリをして、部室に行った」

純「そしたらそこには……色鮮やかな“蛇”がいたんだよね。
 いやー、驚いた。驚いたけど、それよりも私は考えたんだ」

純「……邪魔をしてくれるな、と」

純「蛇が出たとか、捕まえたとしても蛇が苦手な人からすれば、
 前にここにいたとかいう事実だけでも駄目でしょ?」

純「そんなことで邪魔されてたまるもんか……って、咄嗟の行動。
 いつの間にかケースの中に、蛇が入ってた」

憂「優しいんだね、純ちゃん……」

純「梓が……、私の親友が、あんなに真剣なんだ。
 人だろうと蛇だろうと、誰にも邪魔なんてさせないよ」

憂「純ちゃん、かっこいい」

純「そ、そう言ってもらえると嬉しいな……」

憂「でも危ないことは、めっ! だよ」

純「う……一応、さわ子先生には伝えといたんだけどね……」

憂「あ、やっぱり? ケースがすぐに用意されてたから、
 そうなんじゃないかなーって思ってたんだ」

純「あとジャズ研時代の後輩で、爬虫類に詳しい人にも相談乗ってもらったり……」

憂「二年生?」

純「あ、うん、そうだよ。その人は蛇とかトカゲとか、全然大丈夫な人だったからさ、
 他言無用ってことで色々話してた」

純「で、まあ……保健所に行って。それを預けて。
 多分そっから、警察に連絡がいったんだろうね」

憂「なるほどねー……」

純「さ、これで話はおしまい! 帰ろう!」

憂「……」

純「……危ないことだったって自覚はあるし、
 二度としていい真似じゃないことも、わかってるから。許して? ねっ?」

憂「……もう絶対、そんな危険なことしないでよ……?」

純「もちろん」

憂「よかった……。あ、それと純ちゃん」

憂「このことはやっぱり隠し通すの?」

純「うん、そうするつもり」

憂「それじゃあ、純ちゃんにも宿題だね」

純「えっ」

憂「純ちゃんは代わりの、嘘の理由を用意してくること」

純「うえぇ、そうきたか……やっぱり用意しなくちゃ駄目かぁ……」

憂「……ふふ、大丈夫だよ純ちゃん」

純「えっ……?」

憂「今度は私も、共犯者になってあげるから!」


 ‐ お し ま い ‐



最終更新:2014年05月20日 22:06