澪が怒ったのは、私が唯を怒ったからだ。
私が唯を怒ったのは、唯が指環をつけていたからだ。
唯が指環をしていたのは、私達のインディーズデビューを記念したライヴ中だ。
別に練習中はとやかく言わないけれど、本番の時は外せよ、と演奏後の控え室で私は言った。
謝ったのは梓だった。
「すみません、気づいていたのに何も言わなくて」
その指環は、ライヴの記念に前日梓が贈ったものだそうだ。
次から気をつけろよ、私はそう言ってこの話を打ち切ろうとした。
「なんであやまるの?」
不思議そうにそう言ったのは、唯だった。
「どうしてあずにゃんからもらったリングをつけてちゃいけないの?」
怒っているわけでも、悲しがるわけでも、挑発するわけでもなく、いつもの唯のまま、唯は心底不思議そうにそう言った。
「それは……それはインディーズでデビューするバンドとしての自覚がだな——」
ぱあん。
頬を張られた私は、続く澪の言葉で撃ち抜かれた。
「バンドを言い訳にしないでくれ」
私が初めて見る顔をして、振り絞るように澪はそう言った。
そう言って、控え室を飛び出した。
「あ、澪ちゃん」
次に飛び出したのは唯だった。
一拍、いや、二拍遅れて、梓もその後を追っていった。
「……あの、私、追いかけ——」
そこまで言いかけ、何かを確認してから——私を見てから、
「先に行ってます」
と言い直して。
後に残ったのは、私とムギだった。
「ねえ、りっちゃん」
先に口を開いたのはムギだった。
「唯ちゃんの指環、きれいだったね」
あぁ、そうだ。
ギターを弾く、唯の指に光る指環は本当にきれいだった。
————しかし、ここまでの話は私の妄想に過ぎない。
現実は、梓は不承不承納得したが、謝りはしなかった。
唯はものすごく不機嫌だったし、ムギも表立っては主張しなかったが、納得はしていないようだった。
澪も、私の頬を張ることも、部屋を飛び出ることも、声を上げることもしなかった。
ただ無言のまま暗い眼をしていただけだ。
そして、私の部屋を飛び出して実家に帰り、もう一週間も口を利いていない。
だけど、だからこそ、こう思う。
あれは本当にきれいだった、と。
照明を身一杯に浴び、ギターを弾く唯。
その指できらきらと光る、指環。
おしまい。
最終更新:2014年05月21日 07:43