ザザーン。

「うわー、海だー!」

海はやっぱり、テンションがあがる。
たとえ6月だとしても、海は海のまんま。
1年中海は海のまま。
ずっとずーっと、
海は海のまま、
私を同じ場所で待っていてくれてる。
多少の変化はあっても、
大部分は変わらない。
海は海のまま。

「やっほー!」

「お姉ちゃん、それ違うよ」

「お姉ちゃんじゃなくて、名前で呼んでよ」

「唯、それ違うよ」

うはっ

「照れるくせに」

「照れてるんじゃない、嬉しいの」

「これからどうする?」

あ、話逸らされた。

「ちょっとここで座っていたいかも」

少し、そこで座っていた。
砂浜は温められててあったかかった。
サンダルの隙間から砂が入って来て、
サンダルを履いている意味がなかったから脱ぐ。
足を砂の中に入れるともっとあったかかった。
憂を見ると、横で膝を抱えて座っていた。
サンダルも脱いでないし、砂に足も突っ込んでない。
なんだか私の行動、幼稚園児みたい。
両手で砂を掬うと、
指の隙間からどんどんと砂がこぼれていって
しまいにはあれほど両手の上にあった砂がなくなってしまう。
サラサラとした、
そのこぼれ落ちて行く感触が気持ち良くて
私は何回も掬っては何回もこぼれ落として
その感触を確かめた。

「それ、楽しい?」

「うん、とっても」

「なら、よかった」

憂は憂で、
私の隣で気持ち良く風に吹かれていた。

「リボン、取らないの?」

「なんで?」

「取った方がかわいいかなって思って」

憂は慣れた手つきでリボンをほどいてくれた。
私よりちょっとだけ伸びた髪が、風になびく。
その様子に少し見とれた。

「これがいいの?」
「うん、とっても」

「なら、よかった」

とてもよかった。
本当に。
本当にとても私たちはよく似ていた。

それが嬉しくて、でもどこかブルーになった。

そんな空気を察したのか、私のお腹が
グー
と鳴る。

「お腹すいた?」

「めんぼくねぇ、めんぼくねぇ」

恥ずかしさに座っているのに立ちくらみがしそう。

「お昼にしよっか」

憂はハンドバッグから2人分のお弁当を出してくれた。

「うわーうわー!憂のご飯!!」

「そ、そんなに大声出さなくても」

「食べていいの?」

「いいよ、でも、手を拭いてからね」

「いただきます!」

「はい、めしあがれ」

私は2ヶ月ぶりくらいの憂の手料理を口に頬張る。
生きてるって感じ!

「あぁ!!!この卵焼きなんだよ、卵焼きはこの味じゃないと」
モグモグ
「この味付け好きだよね、私はもうちょっと甘くない方がいいけど」
モグモグ
「えへへ、おいしいなぁ、おいしいなぁ」
モグモグ
「そんなにおいしい?」
モグモグ
「うん、おいしいよ!ホントにおいしい!すごくおいしい!」
モグモグ
「私の料理の腕って普通だと思うんだけど」
モグモグ
「ちっちっちっ、わかってないなぁ」
モグモグ
「なにを?」
モグモグ
「憂が作ってくれたら、それだけでおいしいんだよ」

ゴクン

あはは、照れてる照れてる
世間体なんて気にしないで
頭を撫で回したいくらい、
憂が、とても愛しい。

それからも2人でボーッと海を眺めてたら、
いつの間にか夕方が近づいて来て
気づいたら砂浜にいるのは私と憂だけだった。

私はこういう時、とてもズル賢い。
絶対に「近くに来て」だなんて、
声に出して言わない。

はじめは憂の手を、指を
触ったり撫でたり握ったり離したりを繰り返す。

「なに?」

って聞かれても

「ううん、なんでもないよ」

って返して触り続ける。
憂はそんな私の行動を
はいはい、わかったわかった
って感じで受け入れてくれるから、
私が憂の手に触れていることが次第に当たり前になってくる。

そうしたら、憂がちょっとずつ私が憂の手に触れやすいように2人の間を狭めてくれる。
ちょっとずつちょっとずつ。
まるで、アハ体験の動画をみてるみたいにその変化ってホントにちょっとずつ。

「海に太陽が沈んで行くね」
私が憂に言う頃には、
2人の影は重なって
憂の暖かさが私の肩に
もたれかかっていた。

空いた右手で憂の頭を撫でてみる。
指や手のひらの下を
サラサラと
髪が気持ち良く流れていく。
まるでさっきの砂のような感触だな、と私は思った。

「あぁ、さっきまであんなに高いところにあったのに、もう太陽が沈んで行っちゃう」

憂のその言葉が私にはなんだかとても悲しく聞こえて

「憂」

と、名前を呼んだ。

「ん、なに?唯」

呼ばれた名前に応えるように
私は憂にキスをした。

私の右側からオレンジ色の光が消え、辺りが闇に支配されて行く。
太陽は完全に沈んでしまった。

離れても、憂は無言で
そのことが私を戸惑わせる。

「唯は、私とそういうことがしたいの?」

ザザーンと波の音がやけに耳に届いた。

「そういうことって?」
ザザーン
「それ言わせるの?」
ザザーン
「うーん、どうなんだろう。わかんない」
ザザーン
「わかんないって......」
ザザーン
「でも、今とっても憂とキスがしたかったんだ。憂にキスしないと不釣り合いになりそうな気がして」
ザザーン
「なにと不釣り合い?」
ザザーン
「立ち位置、かな?」
ザザーン
「演じてるの?」
ザザーン
「そうじゃないよ」
ザザーン
「よくわかんない」
ザザーン
「憂は?私とそういうことしたくないの?」
ザザーン
「よくわかんない」

即答されて、私は少なからずショックを受けてた。

「これが唯を好きって気持ちなのかも良くわかんない」

ザザーン

もっとショック受けた。
座っているのに立ちくらみがする。

「お姉ちゃんとしてはちゃんと好きだよ、それは私にも分かってる。
家族として、ちゃんと好き。
大好き。
でも唯として好きか、って言われるとまだ良くわかんない」

ザザーン

「ごめん、やっぱりさっきのウソだった」

「え、さっきのって?」
ザザーン
「私、憂としたいと思ってる。だから、きっと今憂の言葉にすごくショックを受けてるんだと思う」
ザザーン
「ショックなの?」
ザザーン
「うん、すごくショックだった」
ザザーン
「じゃあ、私どうしたらいいの?」
ザザーン
「もう一回キスしていい?」

憂の返事を待たずに私はまた憂にキスをした。
もう一回なんて、そんな優しいもんじゃなかった。
ずっとずっとキスしてた。
憂が私を好きになってくれるまで。
憂はそんな私を拒まないでずっとキスをされ続けていた。

憂は、やっぱり海と似ている。
受けてれてくれてるのか、
それとも受け流しているのか。
よく、わからない。

「唯がキスしてくれると、ドキドキする」

憂がそう言った。

「きっとこれは恋だね」

「そうかな?」

「そうだよ」

「なら、よかった」

「そろそろ帰ろうか」

ギュ
と、憂の手が私の手を握った。

「したいなら、してもいいよ?」


久しぶりの我が家はやはりスッキリ片付いていた。
私の寮の部屋とは大違い。
私の部屋、なんであんなにすぐ汚くなるんだろう。
この家の清潔さと比べたら、部屋が丸ごとゴミ箱になったみたいな汚さだ。

でも、この家はシーンと静まり返っている。
私のあのゴミ箱の中の喧騒が懐かしくなるほど、
物というものが音を立てずにそこに居座っていた。

「お姉ちゃんの部屋、今ほとんど物置みたいになっちゃってるから、私の部屋でいい?」

『お姉ちゃん』という単語を聞いて、あぁ、私のことかと一瞬気づかないくらい、
今の私は憂に対して唯だった。

「お風呂入れたけど、先に入る?一緒に入る?」

「......後に入ります」

「わかった。じゃあ、先に入ってくるね」

パタンと扉がしまって、
フゥ
と私は息をついてその身をベッドに横たえた。
憂の部屋もやっぱりキレイに片付いていて、
私のあの寮の部屋と憂のこの部屋をトレードしたい
と思うくらいだった。

「こんなことになるなんて......」

と私はつぶやいた。

自分のセリフが一体なんのことを指しているのか自分でもよくわからなかった。

こんなこと......

憂が妹として生まれたこと?
私が憂を好きになったこと?
2人でたびたびデートしてること?
キスしたこと?
2人でこれからすることのこと?

思いつく全てが可能性を持っていて、頭がイタクなった。
グルグルしてくる。
なんて問題が多い恋なんだろう。
嫌になってきた。

たとえば、
このまま憂がお風呂に入っている間に家から飛び出して逃げたらどうなるんだろう。
グルグル
憂は私のことを嫌いに思うだろうか。
グルグル
怒って電話をかけてくるんだろうか。
グルグル
私は憂から逃げてどこに行くんだろうか。
グルグル
寮のあのゴミ箱に帰るんだろうか。
グルグル
帰って、りっちゃんからよっちゃんイカを回収でもしにいくんだろうか。
グルグル

私は憂とどこに行きたいんだろう。
間違えた道に進んだらどうしよう。
駅の改札口みたいに、
ブー!
ってなって
バタン!
って
扉が出て通れなかったらいいのに。
お2人に社会への進行許可は降りていません。
残念。
無念。
また来週。

あぁ、もう!

「ひらけ~ゴマっ!」



ガチャ

っとドアが開いた。

「上がったよー」

「あ!う、う、うん!!!?」

「なにを驚いてるの?」

「い、いろいろありまして」

「もしかして部屋、漁った?」

「そんな、滅相もない!?」

アワアワしている私をよそに、
「全く......もう」
と飽きれながら憂は化粧水を手に取って
ベッド淵にさりげなく座る。

化粧水。
お風呂上がり。
シャンプーの匂い。
手際良く、憂は大人を身につけていく。
一歳違いなのにどうしてこうも違うんだろう。

「唯」

「な、なに?」

「『ひらけ~ゴマ!』って英語ではオープンセサミって言うんだよ」

「聞いてたの?!」

「あれだけ大声で叫んでたら聞こえてくるよ」

クスっと憂が笑う。

「懐かしいね、小さい頃に2人で読んだね、アリババと盗賊の話」

「千夜一夜物語だっけ」

「本がお土産だなんて、チョイスが変だなって小さい時は思ってたけど、今はなかなかいい趣味だなお父さんって思うな」

「髪、乾かすよ」

私は憂の近くに行き、
首にかけられたタオルで憂の頭を覆った。
憂は下を向いたままだった。

千夜かぁ、とゴシゴシしながら思う。

私は憂と千夜どころか六千夜くらいはともに過ごしてきたはずなのに、
その六千夜をもろともしないくらいのことを今夜してしまうのかな、
と考えると
時間の重みってなんなんだろう、
と不思議に思えた。

憂の顔は前髪とタオルで隠れてよく見えない。

「もう乾いたかな」

と、憂の髪を撫でた。
サラサラと砂がこぼれ落ちる感触に、憂の顔を覗き込んだ。

目が合うと、憂は優しく笑った。
普通の妹は姉を見てこんな風に笑うんだったっけ?
いや、きっと笑わないだろうな。

「オープンセサミだっけ?」

「ひらけゴマ!でしょ、唯」

憂にキスをした。

その瞬間、
世界のどこかで
ブー!
っとなって
バタン!
って扉が開いた。

おわり



最終更新:2014年06月01日 23:42