子供の頃、夜空を見上げると、星が落ちてくるんじゃないかと思ってた。
丘の上の木から林檎が落ちるように。
現実にそんな事は無く、地球は太陽を中心に回り、月は地球を中心に回る。
お互いに重力で結びつき、飛んで行ったり落ちてきたりはしない。
心配していた星々は遥か彼方だ。
――――――――――――
「のどかちゃん、林檎切ったよ」
「んん……」
平沢家の炬燵で星の彼方に意識を飛ばしていた私を、憂の声が呼び戻した。
心地良い雨音が、私の心を落ち着かせる。
1月中旬の日曜日、午前中は自宅で勉強をし、午後は息抜きがてらに平沢家を訪ねる事にした。
唯は軽音部のみんなと勉強会に行ったらしく、憂が留守番をする格好となっていた。
「もしかして、私寝てたかしら?」
上体を起こしながら問い掛けると、
「私の目から見て、そうだね」
憂から微笑みが返ってきた。
時計の短針は2を示している。
昼食後の時間帯だから、こうなるのも仕方ない。
「唯はちゃんと勉強してるかしら」
「みんなと一緒だから大丈夫だと思うよ」
こうしていられるのも――あと暫くといったところだろう。
私と唯は高校を卒業し、別々の大学へ進む。憂は進級し、この町に留まる。
3つ並んでいた星は、離れ離れになる。
「どうしたの、のどかちゃん? ぼうっとして」
「まだ――眠いのかしらね」
「林檎食べたら寝てていいよ。受験勉強で寝不足なんでしょ?」
「そうもいかないわ。昼寝すると夜眠れなくなるもの」
そうは言いつつ、瑞々しい林檎を胃袋に入れると、私の意識は星の彼方へ飛んでしまうのだった。
――私達は、遠く離れた星々なのだろうか。
――――――――――――
「のどかちゃん起きて。朝だよ!」
憂ではなく唯の声に起こされ、眼鏡を掛けつつ、時計を見ると――。
「6時!? 朝!」
こんな時間まで寝てしまうなんて、いくら寝不足とはいえ。
「朝じゃなくて夕方だけどね」
台所から聞こえる憂の声が、私の認識をはっきりさせた。
私は昼から平沢家に来て、唯は出掛けていて、昼寝をして、林檎を食べて、また昼寝をして、もう夕方の6時となってしまった。
「もう帰らないと……」
「えーっ! 晩御飯食べていけばいいのに」
私が2度目の昼寝をしている間に唯は帰ってきていたらしい。
「長居しても悪いし、弟たちも待ってるから」
「そっか……残念だなぁ」
私は数時間ぶりに炬燵から出て、帰り支度を整えると、台所から憂が近づいてきて、
「さっきお姉ちゃんと話してたんだけど、のどかちゃんが大学合格したら、家でお祝いしない?」
「わざわざそんなことしなくていいわよ」
「だめだよのどかちゃん! ちゃんとお祝いしなきゃ」と、唯が炬燵から乗り出してきた。
「まだ試験を受けてもないのに、気が早いわ」
少し遠慮をしつつも、
「……わかったわ、じゃあ唯が合格した時もお祝いしてあげる。それでおあいこね」
唯の太陽のような笑顔を受けて、私の心も暖かくなる。
私はさながら月か地球か。
「それじゃあ帰るわ。唯、勉強頑張ってね」
「うん。絶対合格しようね」
2人に挨拶をし、玄関を出る。流石に1月の気温だ、顔が冷え、眼鏡も冷たくなる。
降り続いていた雨は止んだようで、路面をしっとりと濡らしていた。
「あ……」
少し気の抜けた声を出して、夜空を見上げる。
空は黒に近い藍色、星も出ている。
ドーム状の天球に光点が散りばめられ、その中で悠然と輝く月。
それは太陽の光を反射し、地球にその輝きを届けていた。
おしまい
最終更新:2014年06月23日 19:27