『もしもし』

「あっ、もしもし、お姉ちゃん?」

『ええ』

「ちょっとだけ久しぶりだね。お姉ちゃんの声聞けてうれしいな」

『わたしもよ、菫。家の様子はどう?』

「そうだね……お姉ちゃんがいなくてさびしいよ……」

『わたしも少しさびしいけど、みんながいるから楽しいわ』

「みんな……ああ、そういえば……。同じ寮で本当によかったね」

『うん! もし寝坊した時も起こしてもらえるの!』

「こっちにいた時はたまに私が起こしに行ってたね……」

『ところで、菫は今日入学式だったんでしょ。楽しくやっていけそう?』

「うーん、どうかな……まだわからないや。あ、そういえば音楽準備室見てきたよ」

『どうだった、大丈夫そう?』

「実はまだ中には入ってないんだ。今度新歓があるらしいから、その後に行こうかな、って」

『うん、それなら大丈夫。くれぐれもお願いね、“ティーセットのお片付け”』

「……うん、絶対に! お姉ちゃんは大学生活楽しい?」

『もちろん! あとね、わたしたち、軽音部に入部したわ!』

「やっぱりそうなんだ」

『そしたらなんと、同じ寮の子も軽音部だったの! もう友達になっちゃった♪』

「友達作るの早いね! 私はどうかなあ……」

『心配しないで。きっと素敵なお友達が見つかるから! 運命的な出会いがきっとあるはずよ』

「運命的……あるといいんだけどなあ……」

『積極的にね。菫はちょっと消極的だから……』

「できればそうするよ。じゃあ今日はもう寝るね。おやすみ、お姉ちゃん」

『おやすみなさい、菫。素敵な高校生活を過ごしてね』

「お姉ちゃんもね。ありがとう、またね」


『はい』

「あっ、お姉ちゃん」

『あら、菫。元気にやってる?』

「あ、うん、元気だよ」

『そう、それならわたしもうれしいわ』

「あのね、お姉ちゃん。報告しておかないといけないことが……」

『報告?』

「うん。 ……実は私、軽音部に入部したの!」

『本当に!?』

「うん」

『わあ〜っ! 後でみんなに言わないと! あ、でもどうして軽音部にしたの? わたしがいたから?』

「それも少しはあるけど……軽音部の人たちを見てると、なんだか楽しそうだなーって思って……」

『そうでしょ? わたしもそう思ったから軽音部に入ったの!』

「お姉ちゃんも?」

『ええそうよ。新入部員を勧誘してる時のやりとりが見ていておもしろくって』

「そうだったんだ……」

『菫も自分の素直な気持ちに従ったのね……』

「えっ?」

『ううん、なんでもないの。新しく入ったのは菫だけ?』

「あ、もう一人いたよ。同じクラスの子だった。えーっと、奥田直さん」

『その子とも仲良くね』

「もちろんだよ! これから長いわけだし」

『その意気よ、菫! 軽音部でもがんばって!』

「うん、がんばるね。先輩たちに迷惑かけないようにしないと……」

『唯ちゃんも高校に入ってから音楽始めたから大丈夫よ』

「唯先輩、でいいのかな……まだお会いしたこともないけど……」

『気にしないで。みんなも新しい後輩ができてよろこんでくれると思うわ。菫も一生懸命練習すればきっとうまくいくから!』

「いっぱい練習するよ。まず楽器選びからだけどね。じゃあ、そろそろ寝よっかな」

『あっ、もうこんな時間……。じゃあまたね。おやすみ、菫』

「おやすみ、お姉ちゃん」


「もしもし、お姉ちゃん!」

『ど、どうしたの?』

「私の演奏する楽器決まったよ!」

『まあ! どの楽器にしたの?』

「驚かないでね……実はドラムになったんだ!」

『本当にっ!?』

「えへへ。楽器屋さんで叩いてみたら楽しくって!」

『りっちゃんにも言っとかないと! あれ、でもウチの学校ドラムセットが……』

「そこは大丈夫! さわ子先生が部費で出してくれたんだ〜♪」

『それならよかったわ。去年まではりっちゃんのドラムセット使ってたから……』

「部員が少ないとけっこう大変だね……」

『直ちゃんは何の楽器になったの? あと憂ちゃんも。純ちゃんはベースだっけ』

「憂先輩はギター、純先輩はベース、奥田さんはパソコンで作曲を……」

『パソコンで作曲?』

「うん、どうしても楽器が演奏できないらしくて……」

『そう……』

「けど、『私がみんなをプロデュースする!』って張り切ってるよ。頼りになるなあ……」

『直ちゃんが元気そうならよかったわ……。パソコンで作曲するのを勧めたのはもしかしてさわ子先生?』

「よくわかったね!」

『うふふ。さわ子先生は頼りになるとっても素敵な先生だから』

「実はね……一時は奥田さん、軽音部辞めちゃいそうだったんだ。それを引きとめたから、さすが大人……とは思ったかな」

『でしょ?』

「まあたまに変な服着させられたりするけどね。けど、いい先生だと思うよ」

『そうね……。あ、そういえば私たちのバンド名はさわ子先生が付けてくれたのよ! “放課後ティータイム”って』

「あああっ! そういえば、バンド名も決まったんだ!」

『なんてバンド名なの?』

「“わかばガールズ”っていうんだ! みんなそれぞれ一年生だからって意味で」

『“わかばガールズ”……わああ〜っ……! 素敵な名前よ、菫!』

「私もそう思うよ、お姉ちゃん!」

『さすがさわ子先生! パートも決まったことだし、これからの“わかばガールズ”に期待できるわ!』

「うん。これからいろんな曲演奏できればいいんだけどね」

『焦らず、ゆっくり、じっくり、がんばって!』

「ありがとう。 ……なんだか今日は疲れちゃった。ドラムってけっこう体力使うね……」

『もし練習中も疲れたのならお茶でも飲んで、休憩を挟みながらゆっくりやればいいのよ。 ……じゃあ明日フランス語の小テストあるから、もう切るね』

「わかった。勉強がんばってね。おやすみ、お姉ちゃん」

『おやすみ、菫』

ツーツーツー

「(あっ、そういえばティーセットまだ回収できてなかった!! どうしよー!?)」


「あ、お姉ちゃん」

『あら、久しぶり。菫の声しばらく聞いてなかったから寂しかったわ』

「いろいろバタバタしててね。 ……ところで、お姉ちゃんに一つ訊きたいことが……」

『どうしたの?』

「“ティーセット回収”のことなんだけど……」

『回収できそう?』

「……ごめん、しばらくはできそうにないかな。少なくとも私が卒業するまでは!」

『……そっか、それなら仕方ないわ。ティーセット回収についてはまたその時にでも……』

「……お姉ちゃんは……こうなることをわかってたの?」

『えっ?』

「私が軽音部に入部すること……」

『そうねえ……。どうなるかはわたしもわからなかった。けど、一つだけ言えることがあるわ』

「…………」

『わたしは菫にも運命的な出会いをしてほしかったの』

「運命……?」

『そう、運命。それも自分の人生をとびっきり変えてくれるような最高の出会いを』

「最高の……出会い……」

『このことはいつか言ったかしら。 ……菫にそんな出会いはあった?』

「……うん、あったよ。楽しくて優しい先輩たちに、最高の友達に出会えたよ!」

『よかった、それならよかったわ……。ありがとう、菫』

「こちらこそ。ありがとう、お姉ちゃん。あ、お願いもあったんだ……」

『お願い?』

「今度ね、合宿に行こうって話になって……その……」

『別荘ね、わたしに任せて! 家の方にはわたしから言っておくから!』

「ありがとう!」

『今度こそ一番大きい別荘を用意するからね!』

「どの別荘かはお姉ちゃんに任せるね……」

『あ、水着も忘れないでね』

「え、合宿なのに水着?」

『夏といえば、合宿といえば海よ! 練習も大事だけど、遊ぶのも大事!』

「わ、わかったよ」

『まあその辺りは部長の梓ちゃんがいるから安心ね。あ、ところで、去年までの梓ちゃんのあだ名のこと話してたっけ?』

「え、梓先輩にあだ名?」

『あら、話してなかったのね。梓ちゃんね、“あずにゃん”って呼ばれてたのよ!』

「あず……にゃん……?」

『そうよ、あずにゃん! かわいいでしょ?』

「ネコみたいだね……って、言われてみれば梓先輩ネコっぽいかも……」

『しっかり者の部長をみんなで支えて上げてね。梓ちゃん、一人でがんばりすぎるかもしれないから……』

「面倒見のいい先輩たちで甘えてばっかりだよ本当に……」

『ふふ。一年生のうちは、ね。その代わり、菫にも後輩ができたら優しくしてあげるのよ!』

「まだ先のことなんて考えられないよ〜……」

『楽しい時間はあっという間だから存分に楽しんでね』

「練習もいつも以上に! それじゃあ、晩ご飯食べてくるね」

『わかったわ。また電話してね、菫』

「もちろんだよ、お姉ちゃん。じゃあね」


「もしもし、お姉ちゃん!」

『あら、菫。何かいいことでもあったの?』

「なんと……この前叩けないって言ってた所が叩けるようになったんだ!」

『それはよかったわ! いっぱい練習した成果ね』

「あ、えーと……実は直ちゃんの作った譜面にミスがあって……」

『ミス?』

「さわ子先生が気づいてくれなかったら絶対に無理だったよー……。あのままだったら腕が三本必要だったんだって!」

『大変だったのね……』

「でもね。そのおかげか知らないけど、今はけっこう上達したよ! この前見せてもらった、“放課後ティータイム”みたいな演奏とまではいかないけど……」

『焦らなくていいのよ。菫たちは菫たちの、“わかばガールズ”の演奏をしてくれればいいの!』

「……うん!」

『みんなの成功を祈ってるからね!』

「ありがとう……ふわあ〜……」

『いっぱい練習して疲れたでしょう、もう眠たいのね』

「けど、学祭が迫ってると思うとなかなか眠れなくて……」

『あたたかいお飲み物でも飲めばぐっすり眠れるわ。体調管理もしっかりとね』

「そうだね、風邪なんか引いて迷惑かけちゃイヤだし……」

『……ふふ』

「何かおかしかった?」

『ああ、いや、唯ちゃんが学祭前に風邪引いたのを思い出しちゃって』

「ええっ! じ、じゃあ、その唯先輩は体調悪いのに演奏したの!?」

『そうよ。万全じゃなかったかな。けどあの時の唯ちゃん、とっても輝いていたわ……』

「そうなんだ……さすが憂先輩のお姉ちゃん……」

『……ふふ。今年は“わかばガールズ”が輝くのね』

「お姉ちゃんの言うように輝けるかなあ……?」

『ええ、もちろん。楽しんで演奏さえできれば!』

「緊張するだろうけど、そのことは忘れないでおくね」

『本当に体には気をつけてね。おやすみ、菫』

「おやすみ、お姉ちゃん」


『もしもし、菫』

「あ、お姉ちゃん。どうしたの?」

『今電話だいじょうぶ?』

「だいじょうぶだよ。本番まであと少しあるから」

『それならよかった。どう、緊張してない?』

「思ったより平気だよ。直ちゃんがたこ焼きくれたから少しマシかな。実はさっきまでは緊張しぱなっしで……」

『だと思った。けど、元気な直ちゃんがいるなら安心ね』

「あの強心臓がうらやましいよ……本番に強いのかなあ……」

『始まっちゃえばあっという間よ』

「その本番まではドキドキだけどね……」

『菫、失敗を恐れないで。リラックスリラックス。本番前にまた緊張しちゃったら落ち着いて深呼吸よ』

「リラックス……」

『そう。ここまでのがんばりはみんなの力だから! 息を合わせてね。いっしょにティータイムを過ごしたみんなならきっとできるわ!』

「ティータイム……今思えば、あの時間のおかげでみんなともっと仲よくなれたような……」

『ええ。いっしょに楽しくお茶を飲んで、お菓子を食べて、誰とでも仲よくなれる不思議な時間なのよ』

「……ああ、だからお姉ちゃんは……」

『菫、これからもそんな時間を経験していってね。きっと一生ものの素敵な思い出になるから!』

「ありがとう、これからも軽音部の伝統引き継いでいくね!」

『……そろそろ時間、だいじょうぶ?』

「あっ、そろそろ集合しないと。 ……それじゃあいってくるね! 私たちのライブ!」

『うん。がんばってね、菫!』

「任せて! がんばるよ、お姉ちゃん!」


〜完〜



最終更新:2014年07月02日 06:43