‐森の中‐


澪「なあ、律。あれ見て」

律「ん?」


 【西洋料理店 沢庵軒】


澪「お腹も空いてきたし、ここに入らないか?」

律「こんな山の中の西洋料理店か……ちょっと怪しくないか?」

澪「でもここ以外にお店は見当たらないし」

律「だからといって名前に沢庵を採用する西洋料理店はどうかと思うんだ」


 ‐沢庵軒‐


律「ごめんくださーい」

澪「誰もいないな……」

律「ほらな、やっぱり怪しいお店だったんだ」


——「いいえ、怪しいお店なんかではありません」


澪「ひぃっ!?」

律「だ、誰だ!」


——「わたしはここの店長。訳あって、姿を見せていません」

——「料理が食べたいのでしょう? それでしたら、席についてくださいね」


澪「なんだかよくわからないけれど……、とりあえず席に座ろう」

律「あ、ああそうだな」


——「それではご説明します」

——「この料理店では料理の提供前、お客様にいくつかの注文をさせていただきます」

——「あらかじめご了承ください」


律「客に注文をするお店……?」

澪「マナーにうるさいってことだよ、きっと」

律「そういうことか」


——「では注文一つ目」

——「二人で静かに見つめ合ってください」


律「み、見つめ合う……?」

澪「……こうかな?」

律「……」

澪「……」

律「……ちょ、ちょっと恥ずかしいな」


——「はい、一枚いただきました」


律「一枚!? 一枚ってなんの話!?」


——「では続いて」


律「聞けよ!」


——「隣り合った椅子に座り、どちらかが相手の肩に寄りかかってください」


律「なんなんだこの注文は……」

澪「きっとマナーなんだよ」

律「んなわけあるか!」

澪「それより律、そっち行くぞ」

律「あ、いいけど……」

澪「どっちが寄りかかる?」

律「……じゃ、わたしが」

澪「ん」

律「……」

澪「……」


——「Excellent...!」


律「Excellent...じゃねえよ! 一体なにをさせたいんだよ!」

澪「だからマナーなんだって」

律「お前はもっと人を疑えよ!!」


——「さて次は二人とも向かい合ってください」

——「あ、テーブルは挟まないで」

——「一人が相手のことを優しく抱き締めて、その頭を撫でてあげてください」


澪「じゃあ、私からでいいか?」

律「……ほら、来いよ」

澪「ん……」

律「……」

澪「……」

律(……あー、恥ずかし……)

澪「……気持ちいいか?」

律「まあ、撫でられて悪い気持ちはしないな」

律(……澪の手って、やっぱ大きいんだな……)

律(すっげえ落ち着く……)


——「また素晴らしいものが撮れたわ……!」


律「撮れた!? いま撮れたって言っちゃった!?」

律「……そうか、お前さっきから写真に撮ってるんだな!」

律「さっきの一枚、っていうのもそれだ」

律「そういうことは良くないと思うぞ!」


——「今度はビデオカメラです」


律「一層ひどくなってんじゃねえか!!」


——「あとで焼いて、観賞用と保存用と布教用にしましょう」


律「やめろ。特に三つ目はやめろ」


——「そんなこんなしているうちに、最後の注文となりました」


律「やっと飯にありつける……」


——「最後の注文はずばり、その体制からの口づけです」


律「はっ!?」


——「キス、または接吻でも構いません」


律「同じじゃねえか」


——「今までの流れにのっとって、澪ちゃんからお願いします」


律「ちょ、ちょっと待てって……そりゃさすがに……」

澪「仕方ないだろ、これがマナーなんだから」

律「お前はいい加減目を覚ませって!」


——「目を覚ませ?」


澪「……まだ目を覚ましていないのは、どっちなんだろうな」

律「は?」


——「残り時間はあと三秒です」


律「えっ、残り時間?」


——「三、二、一……残念時間切れ〜」


律「ちょ、え、本当に意味がわからないんだけど。
 あれ……そういえば、なんでわたし森の中にいたんだ?」

澪「それはお前自身が一番知ってるよ」

律「えーっと……どゆこと……?」


——「はい、またのご利用をお待ちしておりま〜す」


  *  *  *


「……」

「…………」

「……んー……」

「…………はっ!」

「……」

(……すげえ変な夢を見た気がする)

「……」

(あ、これ今日ムギにあげる誕生日プレゼント……)

(そうだ、女の子同士の恋愛を描いた漫画……。表紙に澪に似た子がいたから、
 わたしも気になって、プレゼント用とは別にもう一冊買ってたんだ)

(それを昨日、時間も忘れて夜中まで読みふけってた)

(……)

(誰への誕生日プレゼントなんだっつーの。はあ)

(まあいいか。……起きよう)


  *  *  *


律「——って夢を見たんだけどさ」

紬「素敵ね……!」

律「よ、喜んでくれてるのか?」

紬「最高の誕生日プレゼントになったわ」

律「真顔で言わないでくれ」

紬「だって本心だもの〜」

律「そりゃよかったよ」

紬「……それにしてもりっちゃん」

律「ん?」



紬「食べ損ねた上に、食べられ損ねたのね」

律「真顔で言わないでくれ」



 ‐完‐

ムギちゃんおめでとうございます!



最終更新:2014年07月02日 21:49