「困ったわ……」
迷っちゃった。
地図は何度も見返していたし、頭の中でもシミュレーションしてたから、大丈夫だと思ってたんだけどな……。
一人ぼっち、途方に暮れて強い太陽の光に照らされる。
初夏の陽射しは好きだけれど、一人ぼっちで照らされていてもあんまり嬉しくない。
あのお店、一体何処にあるんだろう……。
「どうしよう……」
念の為、持たされた携帯電話に視線を下ろす。
あれだけ我儘を言って送り出してもらったのに、困ってすぐ家族に連絡するのは申し訳無い。
菫だって私と一緒にお父さん達を説得してくれたんだもの。
菫のためにも、私は一日だけの我儘をちゃんと達成しなくちゃいけない。
やっぱりここはクラスの友達に連絡するべきよね。
いつもよくしてもらっているんだもの、きっと笑って私の相談を聞いてくれるはず。
お礼は後日、出来るだけのお返しをすればいいんだし……。
そうは思ってるのに、私は携帯電話の呼び出しボタンを押せずに固まっている。
迷惑に思われたらどうしよう?
急に呼び出して嫌な気分にさせちゃったらどうしよう?
私が我儘でやった事で誰かの時間を犠牲にさせてもいいの?
そんな弱気な思いが私の胸に湧き上がって仕方が無かった。
クラスの友達は皆いい子ばかりなのに。
一緒に街で遊ぶ事だって何度もあったのに。
迷惑に思われるなんて、そんな事があるはずないって思いたいのに、私は弱気の心に負けちゃってる。
思い出すのは、二年前、中学校に入学したての頃、忘れ物を取りに戻った時に耳にしたクラスメイトの言葉。
雑談していたクラスの子達の何気ない言葉。
『紬ちゃんに話し掛けられると、ちょっと緊張しちゃうよね』
悪い意味じゃないと思う。
その子達はただ素直な気持ちを口にしただけだと思う。
私の家がクラスの子達とはちょっと違う家だって事くらい私も知ってるわ。
だからその子達は私と話す時にちょっとだけ緊張しちゃう。
それだけの事。
それだけの事だって思いたいのに、ふとした瞬間に思い出して、私は動けなくなる。
困った時に、誰かを頼れなくなる。
誰かの緊張の原因になんて、誰かの迷惑の原因になんて、なりたくなくて。
「本当に……、どうしよう……」
傾き始めた初夏の陽射しに目を細める。
今日はパーティー。
一年に一度だけのパーティー。
ただ祝われるだけなのが嫌で、自分でも何かしたいと思って申し出た我儘。
その我儘の結果が迷子だなんて、今にも泣き出したい気分。
立ち竦んでいたってどうにもならない。
泣いたって何も解決しないのも分かってるわ。
でも、だったら私はどうしたらいいのかな……?
「どうしたの?」
「えっ?」
不意に誰かに声を掛けられた私は、つい変な声を出してしまった。
目の前に立って、首を傾げていたのは活発そうな服装の私より少し年下くらいの女の子。
前髪をカチューシャで纏めて、短めの髪型をした女の子だった。
初対面……のはずだよね?
私のクラスの友達に、この子くらいのショートヘアの女の子は居なかったはずだもの。
「えっと……」
「あ、急にごめんな。
ちょっと困ってたみたいに見えたからさ。
何かお困りですか、お嬢さん?」
そう言って、カチューシャの女の子は初夏の陽射しくらい眩しくキラキラ笑った。
♯
「本当にいいんですか?」
「いいっていいって、困った時はお互い様だからさ」
カチューシャの女の子は私の探していたお店の場所を知っていた。
地元の人で知らない人は居ないくらい有名な店だそう。
場所さえ教えてもらえば一人で行けますよ。
なんて言えなかった。
何度も地図を見返していても迷っちゃった私だもの。
場所を教えてもらったところで、また迷ってしまいそう。
言えなかった理由は、もう一つある。
このカチューシャの女の子の事が気になったんだよね。
お店ならともかく、道端で誰かに助けを申し出られるなんて初めての経験だったんだもの。
楽しそうなその子の顔を覗き込んでたのを気付かれたのかもしれない。
その子は何でもない事みたいにまた微笑んだ。
「今日はパーティーでもあるの?」
「どうしてですか?」
「どうしてって、今から行くのって有名なケーキ屋さんじゃん?
あのお店のケーキを食べるのなんて、パーティーや宴会くらいでしょ?」
それはそうかもしれない。
距離的な問題で、私の家でもあのお店のケーキを食べる事は滅多に無い。
あのお店以外のケーキは普段のお茶の時間によく食べているけれど、それは黙っている事にした。
普通は毎日ケーキなんて食べたりしないみたいだし。
「そうですね、今日はパーティーなんです」
「あ、やっぱりそうなんだ。
誰かの誕生日パーティーとか?」
「はい、今日は私の誕生日なんです」
「お、そりゃおめでとう!
何歳になったの?」
「十五歳になりました」
「それじゃ私と同じ学年なんじゃん。
私の誕生日は八月だから、私の方はまだ十四歳なんだけどさ」
「そうなんですか!」
ちょっと驚いた。
しっかりした様子だったけど、幼い雰囲気だったから菫と同い年くらいだと思ってた。
もしかしたら菫より年下かもって思ってたくらい。
ううん、菫が同年代より落ち着いているだけよね、きっと。
「あれ? それなら誕生日なのに自分の食べるケーキを買いに行くんだ?」
「はい、祝われてばかりなのも申し訳無いので、ケーキくらい自分で用意したくて……」
「そうなんだ。
一年に一回の誕生日なんだから、思い切り甘えちゃってもいいのに。
なーんて私に言えた義理じゃないけどさ」
カチューシャの女の子が頭を掻いて笑う。
その笑顔は眩しくて、悪気みたいなものは全く感じられなかった。
本気でそう思ってくれてるのがよく分かった。
そうだったのよね……、今日は誰かに甘えてもいい日だったんだよね……。
私はそれが嫌で我儘を言っちゃって、結果的にこの子に助けられる事になっちゃったんだ……。
もっと、誰かに甘えてもよかったのかな……?
首を傾げながらカチューシャの女の子の顔を覗き込むと、彼女は軽い苦笑いを浮かべた。
「でも緊張したよ、正直」
心臓が強く鼓動するのが自分でも分かった。
緊張?
やっぱり私、誰かを緊張させてるの?
クラスの子達以外も、初対面のこの子でも緊張させちゃってるの?
私は誰とも普通に話す事が出来ないの……?
「困ってるのはすぐに分かったんだけどさ」
やめて。
「私が声掛けていいものなのか本気で迷ったよ」
それ以上言わないで。
「だってさ」
私を……、特別扱いしないで。
「美人さんなんだもんなー、羨ましいよ、本当に」
……えっ?
「スタイルもいいし、長い髪も綺麗だし、そりゃ声掛けるの勇気いるって。
あー、緊張した。
話してみると同い年で丁寧な子で助かったけどさ」
カチューシャの子が照れた様子でその頬を掻く。
その頬が赤く見えたのは、単に陽射しが傾いているからだけじゃないみたい。
そっか……。
この子が緊張してたのは、私の家が原因じゃないんだ。
当たり前よね、初対面で私の家の事なんて知ってるはずないもんね。
それでもこの子は緊張しながら私を助けてくれたんだ……。
私が困って途方に暮れていたから……。
そっか……。
どうしよう……、すっごく泣きたい気分……。
「ど、どうしたんだ?
私、変な事言っちゃった?」
気が付けばその子は慌てた様子でハンカチを差し出してくれていた。
いつの間にか本当に涙がこぼれちゃってたみたい。
心配しないで、これは嬉しくて少し溢れ出ただけの涙だから。
考え過ぎちゃってた余計な想いを、涙にしてこぼしただけだから。
ハンカチを受け取って、涙を拭いながら私は笑う。
初対面の、初夏の陽射しみたいなその子に向けて、笑顔を向ける。
「すみません、夕陽がちょっと眩しかったみたいです」
「そ、そうなのか?」
「はい、心配掛けてすみません。
ハンカチ、ありがとうございます」
「いいよ、気にするなって。
でも確かに日が沈み掛けてるのは本当だよな。
よしっ、パーティーがあんまり遅くなるのも何だし、ちょっと急ごうか?」
「はいっ!」
私が返事するが早いか、その子は私の手を引いて駆け出した。
私は手を引かれて、その子の手の温かさを感じながら、目当てのお店に向かった。
早く家に帰って菫達を安心させたい気持ちは確かにあった。
だけどそれ以上に、この時間がもっと長く続いてほしいなって思ってた。
キラキラ輝いているその子の笑顔を見ながら。
♯
夢みたいな時間があっと言う間に過ぎて、その子とは最寄りの駅で別れた。
誕生日パーティーを終えて、その子の名前を聞き忘れていた事を後悔して長い時間が経った頃。
高校に入学した私は、合唱部に入部しようと訪れた音楽室でその子と再開する事になった。
りっちゃん。
私に素敵な誕生日をプレゼントしてくれた、あの日のカチューシャの女の子。
「軽音部に入りませんかっ?」
りっちゃんは気付いたかしら?
りっちゃんに肩を掴まれながら、私の心臓が喉から出て来そうなほど高鳴っていた事に。
……気付いてないよね。
だって、りっちゃんはあの日、私と出会った事をすっかり忘れてたみたいだったから。
私の中では大切な思い出なのに、りっちゃんの中では日常の一つでしかなかったみたい。
それを残念に思わなかったって言ったら嘘になる。
でもね、りっちゃん、私はそれ以上に嬉しかったんだよ?
りっちゃんが誰かに親切にするのは、誰かに優しくするのは、特別な事じゃないんだって分かったから。
りっちゃんは誰が困っていても、その手を差し伸べてくれるんだよね。
誰を特別扱いするわけでもなく、その優しさで。
そんなりっちゃんだから、私は好きになったんだと思う。
「大好きよ、りっちゃん」
ベッドの中、隣で眠っているりっちゃんのおでこに唇を重ねる。
昨日、りっちゃんは私に素敵な二十回目の誕生日をプレゼントしてくれた。
一日中遊んで、美味しいケーキを用意してくれて、素敵な夜を過ごさせてくれた。
素敵な誕生日だった。
素敵な昨日を終えて思い出すのは、やっぱり私とりっちゃんが初めて出会った十五回目の誕生日の事。
私だけが憶えている何でもない特別な誕生日の事。
あの日の事を話したら、りっちゃんはどんな顔をするのかしら?
驚くのかな?
それともやっぱりそうだったのかって微笑むのかな?
「うーん……」
おでこに私の唇の感触を感じたせいかしら。
りっちゃんが身じろぎをして目蓋を動かし始めた。
起こしちゃったみたい。
りっちゃんがあの日の事をどう思っていても構わない。
大切なのは、特別じゃなかった私が、りっちゃんの特別になりたいって思えた事。
りっちゃんの特別になれて本当に嬉しいって事なんだもの。
だから目を覚ましたりっちゃんに伝えるの、素直な気持ちを隠さずに。
「おはよう、りっちゃん。
昨日は素敵な誕生日を過ごさせてくれてありがとう。
私、りっちゃんと一緒に居られて、本当に幸せよ」
そうして二人で過ごしていこう。
あの日見たりっちゃんのキラキラした笑顔みたいな毎日を。
彡^・∋/[オシマイ]\∈・^ミ
ちょっと遅れましたが誕生日おめでとうございます。
最終更新:2014年07月05日 20:26