最近、お姉ちゃんのお肌がみずみずしくなった。
ううん、前からお肌ぴちぴちだったけれど。でも最近、特に。
「そうなんだよ〜、なんか最近調子良くて〜。すごく元気だし」
お姉ちゃん、確かに最近朝も起きられるようになったね。
なんだか食欲もすごくて、料理のしがいがあるよ。
「うん! なんかね〜、憂の料理はいつもおいしいけど、最近もっともっとおいしくて……もしかして隠し味?」
ううん、いつも通りだよ、お姉ちゃん。そう言ってくれるのは嬉しいけど。
「あれ、そうなんだ……でもいつもありがとう憂」
お姉ちゃんに抱き締められる。
なんだかいいにおい……
ちょっと、色っぽくなった?
お姉ちゃん、大人の階段をのぼっているのかなぁ。
もう、高校3年生だしね。
私もお姉ちゃんみたいになれるかなぁ。
………
それから、数週間ぐらい経ったかな。
最初は「お姉ちゃんが色っぽくなった」ぐらいにしか考えてなかったけど、
なんだかちょっと、おかしいことも増えてきた。
「憂〜、ごちそうさま! 今日もおいしかったよ〜」
おそまつさまでした。アイスは?
「ううん、いいや……なんか眠くて。お風呂入って寝るね」
いいの……? はーい。
お風呂、沸いてるからね。
「うん……ふわぁ」
このごろ、お姉ちゃんの睡眠時間も増えてきた。
朝は早いんだけど、昼間はすごい勢いで活動して、たくさん食べて、たくさん寝る。
まるで、小学生のころに戻ったみたい。
すごく生き生きしてて、勉強も部活もはかどってるみたいだし、とてもいいことなんだけど。
先生方や、部活のみなさんは、「まるで別人だ」だとか、「ついにやる気を出したか」だとか言っているみたいだけど。
私には、なんだか心配。
……食器を洗い終えたころに、もうお姉ちゃんがお風呂からあがってきた。
速い。いつもはお風呂でのんびりしてるのに。
「お風呂あがったよ〜、憂」
パジャマ姿で、首にタオルをかけて、
……濡れた髪で、
火照った顔、つやつやさが増したお肌で、
潤んだ瞳で、こっちを……
「憂?」
あっ……ううん、何でもないよ、お姉ちゃん。もう寝る?
「うん。ごめんね、お先に寝ちゃうね。おやすみ〜!」
おやすみ。
……どきっとしてしまった。
お姉ちゃん、どんどん色っぽくなってる気がする……
本当に、どうしちゃったんだろう。
嬉しいこと、いいことも多いんだけど、異常な気がして……
………
「憂、お洋服買いにいこうよ」
そう誘われたのは、また1週間ぐらい後の休日のこと。
うん、いいよ? と何げなく返したけれど、なんか変な感じがした。
こんな風に誘われたことあったっけ。
あったと思うけど。いつもと、ニュアンスが違うような。
お姉ちゃんが変わり始めてから、そういえば初めて2人で一緒にお出かけだ。
一緒に並んで歩くと、やっぱり私との違いが際立つ。
私たち姉妹は、そっくりだってよく言われるけど。確かに、身長も顔も、ほとんど同じなんだけれど。
それでも今は……垢抜けた美人のお姉さんと、まだそういうことに興味ない妹、のようにしか見えなかった。
かわいいフォントの文字が入ったくたくたのTシャツが、今のお姉ちゃんにはちょっと不釣り合いだけどね。
そっか。それで新しい服を……
「あのお店入っていい?」
え……と思わず言ってしまったけど、すぐに「いいよ」と返事をした。
今まで入ったことのない、おしゃれなお店。
「ふっふーん、私ちょっと大人のお姉さん目指してみよっかなーって!」
いいね、お姉ちゃん。きっと似合うと思うよ。
と、普段なら心からそう言えたんだろうけど……
最近のちょっとおかしなお姉ちゃんを見ていると、なんだかお姉ちゃんがどんどん遠くにいってしまいそうで……
お姉ちゃんが大人びるのがいやなんじゃない。お姉ちゃんが変わっていくことは、嬉しい。
でも、急すぎるの。
不安だよ?
お店に入ってからのお姉ちゃんの行動にも驚かされた。
「あの〜、これとか似合うと思いますか?」
男の店員さんに積極的に話しかけている。
それも、いつもみたいな無邪気な感じではなく……
明らかに、色目を使って。
女の私でもわかるよ。今のお姉ちゃん、すごくかわいい。
自分が男の店員さんだったら、どきっとしちゃうと思う。
実際、店員さんはたじたじになっていた。
ちょっとショックを受けていた自分に気づいて、いやになる。
お姉ちゃんが、急に男の人に色目を……
「憂〜、着てみたよ。似合う?」
うつむいていたら、お姉ちゃんが試着室から顔をのぞかせていた。
カーテンを開けてみると……
上品なワンピースに身を包んだ、お姉ちゃん。
「……変かな?」
……また、心を奪われててポカンとしちゃった。
とても、とても似合うよ。
すごくかわいいよ。すごくきれいだよ。
「よかった〜、ありがとう!」
いつの間にか他の男の店員さんも集まってきていて、大絶賛だった。
妹さんもどうですか? なんて聞かれたけど、そういう気分じゃなかったのでやめた。
帰り道、さっそくおニューの服を着て歩くお姉ちゃん。
道行く男性が、みんなこちらを振り返る。
私は並んで歩くのがちょっと恥ずかしくなって、お姉ちゃんより一歩下がっちゃった。
「憂? 憂はよかったの? 買わなくて」
ううん、いいの。
よかったね、お姉ちゃん。みんなの注目の的だよ?
「ねー! なんだか、見られるカイカン……って感じかなぁ?」
皮肉っぽく言ってしまった自分と、その直後のお姉ちゃんの発言にまたショックを受ける。
どうしちゃったの、どうしてそんなに急に変わったの、お姉ちゃん。
………
そのころから、ちょっと怖いことも起こるようになった。
私が買い物から帰ってくると、家の前に不審な男の人が立っていたり。
道端で男の人に話しかけられて、お姉ちゃんの番号を聞かれたり。
家に……ラブレターのようなものが届いていたり。
どうも、お姉ちゃんがその辺で見知らぬ男性に色目を使ったり、勘違いさせるような行動をとったりするせいで、
こんなことになっているみたい。
お姉ちゃん、ダメだよ。こわい男の人もいるんだから……
「うーん、私別に普通にしてるだけなんだけど……」
無意識のうちにそういうことしてるの?
「そうなのかなぁ……あ、でも最近男の人が気になるようになってきたかも」
……そうなんだ。
そうだよね。だから色っぽくなったんだよね。
ん? 逆かな?
ううん、どっちでもいいや。
お姉ちゃんの急激な変化に、私はついていけなくなってるのかもしれない。
「あ、憂、ごはんつくろっか?」
え?
「えへへ、いつまでも憂にお世話になりっぱなしじゃ悪いもんね〜。たまにはお姉ちゃんらしいとこ見せなきゃ」
ありがとう。
でも、今のお姉ちゃんは十分お姉さんらしいよ。
だって、すごくきれいだもん……
「んも〜、嬉しいこと言ってくれちゃって〜、でへへ」
そうやっていつもみたいにくねくねしながら頭をポリポリとかくお姉ちゃん。
いつもみたいなのに、いつもみたいじゃない。
くねくねする腰つきとか……照れた表情とか……
今までの「かわいい」とは違う、かわいいお姉ちゃん。
あ、また見とれてた……
私も最近変だね、うん。
その日の夜。
お姉ちゃんの部屋から、夜な夜な声が聞こえてきた。
気になって部屋の前まで行ってみて、「お姉ちゃん、具合悪いの?」と聞こうとして、やめた。
その声は、明らかに……
「……あっ、あぁ……っ」
ノックしようとしてかかげた手を空中で硬直させたまま、私は立ちつくした。
「はぁ、はぁ……っ」
甘い声。
何してるの、お姉ちゃん? ……と、言いたくなったけど、だいたい想像はついた。
「ほしい……ほしいよ……あぁ」
何が。
「あ、あ、あっ……ああっ!」
自分でも驚くぐらい、今の私は……怖い顔をしていると思う。
何が、誰が、欲しいの、お姉ちゃん。
……私じゃ、ないよね。
「あぅ、うう……ふ、ふぅ……」
声が止んだ。
私はしばらくその場から動けなかった。
お姉ちゃんの甘い声が、頭の中で繰り返される。
それに支配される。
その日は寝れなかった。
………
決定的に「おかしい」と思い始めたのは、それからまた数週間後のこと。
「憂〜、生物の教科書どこいったっけ」
……?
なんで生物?
お姉ちゃんの部屋にはないの? じゃあ私の貸してあげようか?
「あ、うん。ありがと〜」
教科書を貸してあげると、その場で食い入るように読み始めた。
確かにお姉ちゃんは最近成績も上昇してきてるらしくて、勉強熱心なのはわかるけど……なんで突然生物?
ねえ、座って読みなよ。
「あ、うん……もう読んだから返すね、ありがと!」
も、もう読んだの? 速いね。
その日から、お姉ちゃんは図書室から生物系の本を借りてきて読みあさるようになった。
そして、読んでは「うーん、やっぱりこれなのかなぁ……」などとつぶやいて、次の本に移る。
次第に本のレベルは上がっていって、ついには大学の教材を欲しがるようになった。
さらに、お姉ちゃんの……「性欲」は、異常なまでに増していくばかり。
毎晩のように、甘い声をあげて……甘いどころか、最近は激しくなってきた。
あんまり大きな声出すと、お父さんとお母さんに聞こえちゃうよ。
私は、ついそれを聞きに行ってしまって。やめればいいのに。寝不足だった。
お姉ちゃんが男の人に対して送る視線も、ちょっと異常になってきた。
以前はまだかわいいもので、色目とか、ぶりっこ、のような表現で済まされるぐらいだったけど、
最近はもう……とろんとした目で、あるいは逆に「野獣」のような目で、男の人をじっと見つめる。
見つめるのは、男の人の顔だけじゃない。
筋肉とか、あとは……
その異常っぷりはさすがに軽音部の人たちも気付いているようで、
お姉ちゃんが一人で行動しないようになるべく一緒にいてくれてるみたい。
私も、休日は目を離さないようにしてる。ふと気付くと、勝手に外出してたりするから。
やっぱり、おかしいよ、お姉ちゃん。
ついに私は、直接お姉ちゃんに聞いてみることにした。
なんで今まで聞かずに黙ってたんだって思ったけど……
「異常」だという免罪符が与えられたから、かな。
認めたく、なかったのかな。
「そうだよね、おかしいよね私……。あのね、最近男の人を見ると、なんだか体が熱くなって……」
聞きたくないけど続けて、お姉ちゃん。
「私、変態さんになっちゃったのかな。ごめんね、えっちなお姉ちゃんで」
……そうやって上目づかいで見ないで。
余計な感情が湧くから……
「病気なのかなぁ。えっちな気分になる病気?」
そんなのあるのかな。
うん、でもそれがいいよ。それであってほしい。
……お姉ちゃんが病気であってほしいと思うなんて、私何考えてるんだろ。
「あのね……憂。憂だから言うね。この変な気分は何なんだろうってずっと考えてたんだ」
……うん。
「えっちとか、大人になりたいとか、そんなんじゃなくてね、もっと本能的というか」
……。
「私、子供が欲しい」
………
あれから、私とお姉ちゃんはぎこちなくなっていた。
「憂だから言うね」と私のことを信頼してくれていたのに。
そのせいで、お姉ちゃんの異常性の変化に気付きにくくなってたのかも。
いつの間にかお姉ちゃんは先生にお願いして、大学の教授に取り合ってもらって、
生物学の専門的な本を借りたり特別講義を受けたりしていたらしい。
すごい行動力。
男の人に対する異常行動だけはみなさんネックに思っていて、先生方や先輩方、
軽音部員のみなさんが協力してお姉ちゃんを隔離してくれているみたい。
本人もそれを了解していて、なるべく男の人を見ないようにしているって。
でも、その我慢の反動からか、毎時間の休み時間にトイレにこもって、
口にハンカチを突っ込んで声を出さないようにしながら……処理しているんだって。
……女子高でよかったね、お姉ちゃん。
その異常行動以外の変化はむしろ好意的に受け止めもらえているみたい。
勉強熱心だし、ギターも上手くなったし、やる気に満ち溢れてるし。
きれいになったし。
なんだか、女性として……というよりは、生き物として、女として、生命力が爆発しているような状態ね、
って、さわ子先生が言ってた。
確かに、その通りかも。
ただ、次第に……見過ごせないぐらい、おかしな発言が出るようになってきた。
「ねぇ憂、ミトコンドリアって知ってる?」
ミトコンドリア? えっと、一年のとき生物で習った……
「そうそう。ミトコンドリアはすごいんだよ、人間とは別の遺伝子を持ってて……」
ミトコンドリアは細胞の中にある細胞小器官の一つで、独自の遺伝子を持ってて、エネルギーを作って……
生物の授業で習ったこともあるけど、だんだん専門的な話になってくる。
お姉ちゃんは止まることなく、ペラペラと専門用語を連発する。
ええと、あでのしん山林さん……? コエンザイム……? あ、お肌の?
ミトコンドリア遺伝子は母系遺伝で……?
ごめん、お姉ちゃん、ついていけないよ。それ、大学で教わったの?
「あ、ごめんね憂。うん、そうなんだ。ミトコンドリアはすごいんだよ〜」
うーん、何がすごいのかわからないけれど……
どうしてそんなにミトコンドリアが好きなの?
「だってすごいんだもん。ずーっと昔、私たちの先祖の単細胞生物に、ミトコンドリアの先祖が寄生したんだよ」
寄生……?
そこから、お姉ちゃんによるミトコンドリア万歳の演説が始まった。
寄生したミトコンドリアは、私たち生物にエネルギーを提供する代わりに「乗物」を得た。
ミトコンドリアは「乗物」に乗っているにすぎないんだって。
独自の遺伝子を持って、独自に進化している。
そして、「乗物」がいらなくなったら……捨てることもできる。
その話の内容自体よりも、それを嬉々として語るお姉ちゃんの表情のほうが、怖いよ。
「私、進化してるのかも! ふっふーん」
………
お姉ちゃんはあのミトコンドリアの話をみんなに言いふらして回っているらしい。
その内容はさらにエスカレートしてるみたいで、「私は人間から進化したんだ」とか、
「私のミトコンドリアは特別なんだよ」とか、言ってるんだって。
最近、梓ちゃんや軽音部の先輩方、さわ子先生から心配されるようになった。家での様子はどう? と聞かれる。
うん、家でもそんな調子です。
でも、どうしたらいいのかは、相変わらずわからない。
精神の病なのかな。
虚言症……? でも嘘と決まったわけじゃないし。
そもそも、あの体の変化は何なんだろう。むしろ、本人が言っている「進化した」が、一番しっくりくるのがちょっと怖い。
思い切って、今まで言えずにいたけどお父さんお母さんに相談しよう。
と思ったのだけど、最近いつにもましてお父さんお母さんは家にいない。
お姉ちゃんが病気? だってことは本当に気付いていないみたい。
お父さんに電話してみる。
出ない。
お母さんに電話してみる。
出ない。
どうしちゃったんだろう……。
「あ、憂〜。聞いて聞いて、私本当に進化してるかもしれないんだ! 大学の先生が言ってたよ〜」
最近私はお姉ちゃんを直視できない。
ぎこちなさは続いているんだけど、お姉ちゃんは忘れてしまったみたいで、よく話しかけてくる。
でも、内容はミトコンドリアの話か、子供が欲しいって話ばかり。
「ねぇ憂、聞いてよ〜」
聞きたくない。
「ねぇ憂、こっち向いて……」
いや!!!
「……う、憂……?」
懐かしい声がした。
私が怒ったときの、おびえたような声。
最近、自信に満ち溢れた声しか聞いたことなかったから、新鮮だった。
だから、思わず振り向いてしまった。
ちょっと涙目になっている、とってもかわいいお姉ちゃんがそこにいた。
見てしまったことを後悔した。
目が離せない……
「憂……ごめんね、ちょっと一方的に話しすぎちゃったよね、私」
いいよ。こっちこそごめんなさい。
「う、憂……にらまないでよ」
睨んでなんかいない、あなたに釘付けになっているだけ。
男の人を見るときのお姉ちゃんのように……
睨んでるようにしか見えていないのが、ちょっとショックだった。
「ごめんね、憂。私、ほんとに自分が抑えられなくなってて」
……うん。
「ちょっとでも気を抜くと、子供欲しいって本能が湧いてきて……無意識のうちに男の人を探しちゃう」
……うん。
「ミトコンドリアの勉強に夢中になってる間は忘れられるんだ。だからそればっかり……」
そっか。わかってあげられなくて、ごめんね。
「あのね、いろいろ勉強して、あと自分の本能でわかったことがあるんだ。聞いてくれる、憂?」
……はい。
………
ミトコンドリアの遺伝子は、人間のに比べたらすごく速いスピードで進化しているんだって。
進化といっても、遺伝子をコピーして増やすときの単なる写し間違いなんだけれども。
その回数が多いほど、たまたますごい機能を獲得する確率があがるから、「進化」が速い、って。
それで、お姉ちゃんのミトコンドリアはたまたま「進化」した。
ミトコンドリアはエネルギーを作る器官だから、それが進化したお姉ちゃんは生命力に満ち溢れている。
だから急にやる気が出たり、頭が良くなったりしたのかな。
消費するエネルギーも多いから、食べる量も多くなった。
そして……なんとお姉ちゃんのミトコンドリアは「意思」を持って、寄生している「乗物」……つまりお姉ちゃんを、
乗っ取って、利用して、捨てる。
……つもりらしい。
お姉ちゃんは、体の奥深くから湧き出る何かに支配されそうな感覚と戦っているんだって。
もしかしたら、いつか完全に理性を失っちゃうかもしれない。
理性を失ったらどうなるかというと、「子供を作る」。
生物としての本能、子孫を残すこと。
お姉ちゃんのミトコンドリアは、お姉ちゃんを操って子供を作らせて、
「完全なミトコンドリア生物」を生み出そうとしている。
……寄生していたミトコンドリアが、宿主に反逆した、ってことなのかな。
だから、お姉ちゃんは最近、女性としての魅力に溢れるようになってきたんだ。
そして、すごい性欲が出るようになったんだ。
「私、子供が欲しいって本能的に思うんだけど、子供作ったらまずいことになる気がするよ……」
高校生が子供作ったらとかそういう話じゃなくて、もっと深刻な話。
生まれてきたミトコンドリア生命体は、たぶん人間より圧倒的に強くて、
そのうち人類を滅亡させちゃうつもりなんじゃないか、ってお姉ちゃんは言う。
……人類が滅ぶと言われてもあまり現実感ないけど、
お姉ちゃんが子供を作るという部分にショックを受けてしまう私は、なんなんだろう。
「だから私、なんとかこのえっちな気分を抑えて、男の人と関わらないようにして生きていこうかなと思って」
……じゃあ。
「でも不安だよ……関わらないなんて無理だし、いつかほんとに私ケモノになっちゃうんじゃないかなぁ」
……じゃあ、私が抑えててあげよっか?
「……うん。もしそうなったら、私を止めてほしいな」
ううん、今から。
今から、私と一緒に住まない、お姉ちゃん?
「え? もう一緒に住んでるよ?」
違うの。これから先も、ずっと。この家で、一緒にだよ、お姉ちゃん。
「……うーん……そうだよね、お外に出ないほうがいいよね」
うん。私、頑張って働くから。
ずっとここで2人で暮らそうよ。
「え、お父さんとお母さんは? あ、そういえば最近どうして帰ってこないんだろう……大学行くのに夢中で忘れてたや」
「あれ……お父さん出ないや。お母さん…あ、もしもし? え? 妹欲しくないかって? 憂がいるじゃん。何急に……あ、切れちゃった」
ねぇ、お姉ちゃんってば。そうしようよ?
「あ、うん……いいよ。たまには軽音部のみんなにも会いたいけど。よろしくね、憂」
ふふ、よろしくね、お姉ちゃん。
「そういえば憂、最近お肌きれいになったね」
………
「あっ……ふあっ……!」
お姉ちゃんの甘い声。
この声は、私のものになった。
「あぅ……ふ、ふぅ……あ、あ、」
私の指の動きに合わせて、お姉ちゃんがあえぐ。
「あ、あ、あぁ……っ」
でも、お姉ちゃんはこっちを見てくれない。
いつも、私は背後からお姉ちゃんをせめる。
「あ、あああっ!!!」
この声は、まだ私のものにはなってないのかもしれない。
本能では、お姉ちゃんは男性を求めている。
私のことを考えながら、あえいでいるわけじゃないんだ。
それがちょっと悔しくて、つい意地悪したくなってしまう。
えい。
「あ、あ、ダメ、憂! もういいよ、やりすぎだよ……」
一応、お姉ちゃんの性欲の処理という名目で、この行為をしている。
私が心から求めてやっているということは、言っていない。
気付いてもいなさそう。それが悔しい。
お姉ちゃんはもうかなり理性を支配されてしまったようで、
今では四六時中、こんなことをして性欲を発散させている。
そうでないとお姉ちゃんの本能を抑えられない。
もうずっと家に引きこもっている。
私がたまに買い物に出かけて大量に食材を買ってきては、大ざっぱに料理して2人で平らげる。
お父さんとお母さんは帰ってこない。
お金もそろそろなくなりそう。
軽音部のみなさんや先生がたまに来て扉をたたくけど、無視している。
食材やお金を玄関先に置いていってくれるので助かるけど、いつまでそうしてくれるのかな。
このまま無視してたらきっとそのうちなくなりそう。
そうなったらどうなるのかな。餓死するのかな。警察に保護されるのかな。
この家から出されたら、お姉ちゃんは男の人と子供を作って、ミトコンドリア生命体が人類を滅ぼすのかな。
どうでもいいや。
ただただ、お姉ちゃんが欲しい。
お姉ちゃんの体をさわっていたい。くっつきたい。ひとつになりたい。
………
あれから何日たったのかな
ねぇ、わかったよ、お姉ちゃん
私も進化したの
完全なミトコンドリア生命体の子供を産みたいの
でも、おかしいの
男の人に興味がわかないの
そこがズレてる
でも、そんなものだよね、お姉ちゃん
「完全」なんてない
いくら進化したミトコンドリアだって、生命体なんだから
生物学的な「ミス」は起こりうるよね
私、あなたが欲しい
おわり
ミトコンドリア云々の元ネタ→「パラサイト・イヴ」
(ストーリーはだいぶ違います。)
最終更新:2014年07月19日 09:24